第4話 森の狼
俺が手のひらから白い光を出して以来、母さんや父さんは白い魔力光について過去に記録がないか、知人などを頼って色々調べてみた。しかし、結局そのような記録を見つけることは出来なかった。母さんのコネを使い、聖都にある国立図書館を調べてみたもののやはり記録を見つけることはできなかった。
特に体に問題もないようだが、白い魔力には一つだけ大きな問題があった。普通、どの属性魔法を使えるかはその魔力光の色によって決まる。例えば、ミスティの魔力光は青なので、彼女は水の属性魔法を使うことができる。
しかし、白の魔力光を持つ俺は全ての属性魔法の適性がなかった。火も、水も、風も、土も。全ての属性魔法の適性がないのだ。魔導士にとってこれはどうしようもないハンデとなる。
まず、属性魔法が使えないということは魔法の戦略的価値を著しく損なう。例えば、ミスティのように水の属性魔法を使えれば霧を生み出して相手の視界を奪ったり、氷の槍を作り出して相手を攻撃したり、さらには治癒魔法を使って怪我を治療することができる。しかし、属性魔法を使えなければ魔力球を作り出し、相手にぶつけて攻撃するのがせいぜいである。正直なところ使える戦術の幅に圧倒的な開きがある。
そして、何よりも魔力運用の効率が悪すぎるのだ。例えば、属性魔法であれば属性によって差はあるものの100の魔力を使って100の攻撃力を生み出すことが出来るとしよう。しかし、魔力球をぶつけるのがせいぜいの俺では100の魔力を使って10から20の攻撃力を生み出すのが関の山だ。属性魔法に頼らない魔力運用はあまりに効率が悪いのだ。
正直、俺は自分の境遇を、自分の運命を呪った。前世では原因不明の奇病により夢半ばで自分の人生に幕を下ろさざるを得ず、そして、こうして転生して、新たな生を得られたかと思えば再び自分の前には如何ともし難い障害が立ち塞がるのだ。
「くそっ…俺が一体何をしたって言うんだよ…」
自分の魔法についての真実を知ったとき、俺は部屋に閉じこもって腐っていた。部屋を訪ねてくれる両親やミスティを追い返し、食事もろくにとらずに何日も部屋でいじけていた。
そんな時、両親がいつものように部屋へとやってきた。俺は相変わらず両親の言葉を聞こうとせず、帰ってくれと伝える。しかし、俺のそんな俺の言葉を無視するように突然扉が開くと両親が部屋へと入ってきた。
「父さん…母さん…。だから俺のことは放っておいてくれよ…」
俺がそんな言葉をもらすと、母さんは申し訳なさそうに伏し目がちに口を開いた。
「すまないな…フラン」
「…なんで母さんが謝るのさ?」
俺には母さんが謝る理由がまったくわからなかった。母さんに謝る理由がないからだ。そんな俺の疑問に父さんが口を開く。
「火と水は逆の属性として位置づけられることが多い。お前に全ての属性魔法についての適性がないのは僕たちのせいかもしれないんだ…」
いつもは人好きのする笑顔でにこにこしている父がひどく落ち込んだ顔でそう答えていた。俺はそんな見慣れぬ父の様子に戸惑った。
「そんな……二人のせいじゃないよ」
確かに、逆の属性同士で子を成すことは稀であった。しかし、それでも決してそれは皆無ではなかったし、それにもかかわらず俺と同じ白い魔力光を持つ者は誰一人としていなかった。つまり、俺の白い魔力は二人が原因ではなかった。
だが、二人は俺の境遇について俺以上に自分のことを責めているようだった。ろくに眠れてもいないのだろう。薄暗い室内にもかかわらず二人の目元には薄っすらと隈が見える。
「本当にすまない…」
そう言って母さんは頭を下げる。そんな母さんの目からは涙がこぼれていた。かつて冷血魔女と言われた母さんが初めて見せた涙だった。
そのとき俺は心底理解した。母さんがどれだけ俺のことに胸を痛めているのか。母さんはかつて魔導士として第一線で活躍してきた。魔法の極意たる属性魔法が使えないことが、魔導士の道を進もうとしている息子にとっていかに困難なものか。そのことを肌身で理解しているのだ。
「…大丈夫だよ」
母さんと父さんの心の内を悟った俺は、自分は世界で一番不幸なのだと悲劇のヒーローを演じていたことが無性に恥ずかしくなった。
「よく考えれば別に不治の病に罹ったわけでもないんだ。生きてさえいれば何とでもやりようはあるよね。だから二人ともそんなに落ち込まないでよ?」
そうだった。俺は別にいつかと違って不治の病に罹ったわけではない
「しかし!」
「それよりもごめんね?母さんと父さんのどちらの魔法の素質も受け継げなかったみたいだ…」
「そ、そんなことは気にすることではない!お前の今後の苦労を考えれば…」
「そうだよ!僕たちのことは気にしなくていいんだ」
父さんと母さんは悲痛な顔でそう叫んでいた。魔法の才がないと知っても、俺に愛情を注いでくれる両親に感謝せずにはいられなかった。
「大丈夫さ!俺はこうして生きていられるだけで幸せなんだ。だからさ…俺を生んでくれてありがとう、母さん」
その言葉に偽りはなかった。よくよく考えてみれば、前世で一度全てを失った俺からすればこんなもの大した逆境ではなかった。
(それにこの程度の逆境でいちいち挫けていたら、彼女に笑われてしまいそうだ)
俺の脳裏にはいつも笑顔だった彼女の顔が思い浮かぶ。
笑いながら俺がそんな言葉を返すと、母さんは俺にかけより強く抱きしめてきた。俺の耳元では母さんの嗚咽が聞こえる。俺はそんな母さん腕の中で今ある幸せを噛みしめつつ、心配をかけてしまったことを心より詫びていた。
それから3年近くの歳月が流れた。俺とミスティは10歳になっていた。
あれからも父の指導の下、魔法の訓練は毎日欠かさなかった。むしろ、俺は以前よりもはるかに熱心に自分の魔法と向き合った。自分に何ができて、何ができないのか。それをとことん突き詰めていった。
俺が馬鹿にされるのは一向に構わない。しかし、俺の未熟さが原因で大好きな両親が卑下されるのは嫌だったのだ。もちろん、どんなに努力しても俺は属性魔法を使うことはできなかった。しかし、ようやく自分の魔法というものが少しずつ見えてきたように思う。
一方、ミスティはまだ10歳という若さにもかかわらず属性魔法を身につけ、水の魔導士としてその才能の片鱗を見せつつあった。彼女は俺に申し訳なさそうにしていたが、俺は幼なじみとして素直に鼻が高かった。
そんなある日、村の北にある森でグレイウルフが目撃されたとの情報が入ってきた。グレイウルフは単独では大した脅威にならないが、群れで行動する場合には大きな脅威となる危険な魔獣だ。未だ村に直接的な被害はないが、このままではいつ被害が出るかわからない。そこで、かつて帝国の帝都守備隊の隊長を務めた父の主導の下に村の自警団がその討伐にあたることになった。
「いい経験だ。フランとミスティもついて来るといい」
父さんは俺とミスティを呼び出したかと思えば、突然そんな言葉をかけてきた。
「いいの?」
「いいんですか?」
魔獣の討伐という危険な仕事に同行を許されたという事実に俺とミスティは動揺を隠せなかった。
「もちろんだよ。二人の実力ならきっと大丈夫。それに、実戦は非常にいい経験になる。せっかくこうして毎日磨いてきた魔法の技術を腐らせていては勿体無いよ」
父さんはそう言って不敵に笑って見せた。父さんには珍しく含むところのある笑いだ。まぁ、父さんほどの優秀な魔導士が大丈夫というのならば大丈夫なのだろう。それに正直なところ俺も魔獣という存在には興味がある。
魔獣とは通称『魔の森』とよばれる大森林からやってくる生物一般をいう。魔の森以外に住む普通の動物たちと比べて、はるかに凶暴でその危険性も際立っている。
皇国が存在するこの地域には全部で4つの国が存在している。
まず、この地域の南東に位置し、その国土の多くを海に面しているここ『ウンディネス皇国』。
そして、皇国の西側には、その国土の多くが乾燥の厳しい土地であるものの、工業大国として大きな国力を誇る『サラマンディア帝国』が存在している。
皇国の北側には多種族が共存する国、『シルフォニア共和国』がある。その国土には広々とした草原と深い森林が広がっており、各種族の代表者による共和制政治が行われている。
さらに、皇国の北西には多くの職人たちの住む国、『タイタニア職人連合国家』がある。その国土が高原や山地であり、山間部に点在する街では山から取れる豊富な鉱石を利用して多くの工房が営まれていて、各街の職人ギルドが大きな権力を有している。その結果、それぞれの街が独立しつつも互いに協力することでこの国を形作っている。
そして、シルフォニア共和国、タイタニア職人連合国家、サラマンディア帝国の外側を取り囲むように『魔の森』が広がっている。そのため、この4カ国が存在するこの地域は魔の森によって囲まれる形で外界とは隔離され、孤立している。これにより外界とは交流を取ることができないのだ。
皇国は他の三国のおかげで魔の森と直接接することはないが、ときどき他国を通過して魔獣が流れ着くことがあるのだ。ここメディナ村はシルフォニア共和国との国境に程近い。恐らくグレイウルフは共和国の向こうにある魔の森からここまで流れ着いてきたのだろう。
「そういうことなら一緒にいこうかな?」
「私もよろしくお願いします、アルフォンスさん」
「うん。ただし、必ず僕の指示には従うこと!いいね?」
「「はい」」
「いい返事だね。出発は明日の早朝。今日は準備をしたら早く寝て、明日の朝、村の北門に集合だよ」
俺たちは父さんから細かい点を確認した後、明日の準備のために帰路についたのだった。
翌日の早朝、村の北門には15人ほどの人影があった。彼らは村の自警団の団員で、普段は農作業などに勤しんでいるが、非常時にはこうして召集され村の脅威の排除にあたるのだ。
「みんな集まってくれ。出発前に紹介したい者がいる」
父のそんな言葉に団員たちの視線が集まる。
「僕の息子のフランと、教会の神官であるネスティアさんの娘のミスティだ。二人とも幼いながらも優秀な魔導士だから今回のグレイウルフの討伐の役に必ず立ってくれるはずだ。二人とも慣れないことも多いだろうからみんな良くしてやって欲しい」
俺たちを紹介された団員たちの様子はこんな子供が魔導士という驚き半分、本当に大丈夫かという戸惑い半分といった感じであった。
そんなやりとりを終え、父を先頭に北門を出発する。グレイウルフが目撃されたのは北門からまっすぐ北に向かったところにある森だ。大体2時間ほどの道のりだろう。俺とミスティは初めての実戦を前に少し緊張した面持ちで集団の中ほどを歩いていたが、そんな俺たちに話しかけてきた人物がいた。
「なぁ、お前って魔導士なのに属性魔法が使えないんだって?」
話しかけてきた人物は俺よりも5、6歳上の青年だった。
「…ええ、まぁ」
「優秀な父親がいるのにまったく勿体ないな。アルフォンスさんも気の毒に」
彼の瞳には明らかな侮蔑の色が見える。そんな彼の態度に隣を歩くミスティの視線が鋭くなる。俺はそんなミスティを右手で軽く制すると、言葉を返した。
「俺もそう思います。両親には本当に申し訳ないです」
俺は本心からそう答えていた。
実際に彼のような手合いは少なくない。魔導士になれるかどうかは遺伝によるところが大きいため、魔導士になりたくてもなれない者は非常に多い。自警団の団員の多くが魔導士になりたくてもなれなかった一般人である。彼もそんな人間の一人なのだろう。
そんな彼らからすれば優秀な魔導士である両親の子供にもかかわらず属性魔法を使えないという落ちこぼれの魔導士である俺は、その神経を逆なでする存在であり、自らの鬱憤をぶつけるのにちょうどいい相手なのだろう。自然と言葉も荒くなる。
「せいぜい俺たちやそこのお嬢ちゃんの足を引っ張らないことだな」
そんな風に楽しそうに笑いながら彼は俺たちから離れて行った。彼の周りには彼と同じような目でこちらをうかがう人間が何人かいた。
「まったく…氷付けにしてやろうかしら?」
「こらこら。ミスティ、冗談でもそんなこと言わないの」
「あら、冗談に聞こえるのかしら?」
「………」
そんなやり取りもあったが、街を出て2時間ほどで目的の森に到着した。森は不気味な雰囲気を纏っており、いかにもといった様子であった。
森に到着すると父さんの指示で3つの班に分かれ、周囲の捜索を行うことになった。
「いいか!グレイウルフと遭遇しても決して深追いをするんじゃないぞ。グレイウルフを見つけたら目撃した地点を確認してから一度下がるんだ。分かったか?」
普段は温厚な父が団員達に厳しい口調で命令する。下手すれば命を失う状況だ。俺は父さんの普段は見せない横顔を見て、緊張感を高めていく。
「フランとミスティは副団長たちと行くんだ。決して無理はしないように」
「「わかりました」」
俺とミスティが真剣な面持ちでそう答えると、父さんは満足そうな顔をしてから自分の率いる部隊の指揮へと戻っていった。
「副団長のジーノだ。二人ともよろしく頼んだぞ」
そう声をかけてきたのは少し強面の初老の男性だった。父が来るまではこの自警団を統率していたらしい。こういう場に慣れているのだろう落ち着いた雰囲気はを放っている。
「ジーノさん、こんな子供の出る幕じゃないっすよ」
そう言って割り込んできたのは先ほど俺たちに絡んできた若者だった。
「ボルス、言葉が過ぎるぞ」
「なに、グレイウルフごとき俺たちで十分ですよ。出来損ないの魔導士が出るまでもないさ。なぁ、お前らもそう思うだろう?」
ボルスと呼ばれた若者がそう言って取り巻きの連中に同意を求めた。
「違いねぇ」
「ボルスの兄貴の言う通りですぜ」
それを受けたボルスの取り巻きたちが楽しそうに囃し立てる。俺の隣にいるミスティからは冷気が漂ってきた。
「…足手まといにならないように気をつけます」
俺は冷や汗を流しながらそう答えていた。
グレイウルフを探して、俺たちの班も森の奥へと踏み入っていった。
「ふむ…これは」
副団長のジーノさんが地面についた足あとを見て唸っていた。
「目標は近いぞ。お前ら、警戒を怠るなよ!」
班員にも緊張が伝わる。そして、しばらく足あとをたどると一匹の灰色の狼が姿を現した。
「…いたぞ。お前ら、その場で止まれ」
ジーノさんが班員に制止の指示を出す。しかし、一人だけ彼の言葉を無視して狼の前へと踊りだした。
「なんだ、一匹だけじゃねぇか。ビビるこたぁねぇ。俺だけでやってやるよ」
それはボルスだった。ボルスは腰から剣を引き抜くと、グレイウルフと対峙した。
「こら、無茶するんじゃねぇ!」
しかし、ジーノさんの声はボルスに聞こえていないようだった。そんなジーノさんの声に驚いたのか、グレイウルフは回れ右をするとその場から逃げ出した。
「あっ、こら逃げんじゃねぇ」
そう言ってボルスはグレイウルフを追いかけて森の奥へと走っていってしまった。狼の逃げ足に負けないように身体強化の魔法を使っているのだろう。一瞬でその姿が森の中へと消える。
「あの馬鹿野郎!深追いするなと言われただろうに」
ジーノさんがそう言って毒づく。しかし、彼は動けなかった。ジーノさんはここでボルスを追いかけてしまっては残りの班員を危険に晒してしまうことに躊躇しているようだった。
「…俺が行きます。ジーノさんは父さんを探して来てください」
そう言うと俺はボルスを追いかけて森の中へと駆け出していた。
「あっ、ちょっと待たんか……」
俺を制止しようとするジーノさんの声を置き去りにして、俺は足へと魔力を込める。木々が立ち並ぶ森の中を器用に走りぬける。
「まったく、あんな男は放っておけばいいんですよ」
俺のすぐ後ろからミスティが声をかける。彼女もジーノさんの制止を振り切って追いかけて来たらしい。
「やっぱり、そういうわけにもいかないでしょ」
ミスティとのそんなやり取りに苦笑いをこぼしながら森を駆け抜ける。しばらくすると少し開けた場所に出た。そして、その空間の中心には20匹近いグレイウルフに取り囲まれたボルスの姿があった。彼は必死で剣を振り回しながらグレイウルフの接近を防いでいるようだった。しかし、長くはもたないだろう。
(あの馬鹿野郎が…こんな単純な罠にかかりやがって)
グレイウルフは賢い魔獣だ。個では分が悪いことを知り、こうして囮を使って敵を縄張りに誘い出しては集団で攻撃することを得意としていた。
俺はさらに強い魔力を足に込めると、一気に10メートル近い距離を飛び越えてグレイウルフたちの輪の中心へと降り立った。
「なっ!?お前は…」
突然の闖入者に驚くボルス。同じく戸惑うグレイウルフたちを全身に魔力を滾らせて、威圧する。グレイウルフたちがたじろいだのを確認すると、ミスティも同じようにグレイウルフたちを飛び越し、俺の隣にやってきた。
「手伝いは必要ですか?」
「いいや、大丈夫」
俺はグレイウルフたちへと目線を送ると、思わず笑みをこぼした。