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第2話 初めての魔法

「ふぁぁぁ~」


 俺は大きく手足を伸ばしながら大きな欠伸をした。昨日の夜、ようやく父さんに魔法を教えてもらえるということで、興奮してなかなか寝付けなかった俺が眠りについたのはもうすぐ日が昇るかという頃合いだった。さすがに眠い。

 今、俺は屋敷の庭にいる。心地よい秋風がいくらか眠気を覚ましてくれるが、気休め程度といってよい。


「昨日、あんまり眠れなかったのでしょう?」


 俺の傍にいた女の子は俺にそう話しかけると呆れたと言ったようにため息をつく。青い髪を短く肩くらいの長さにまとめた女の子がそこにいる。現代風に言えばボブカットだろう。切れ長のきれいな目で俺を見つめている。ジト目というやつだ。


「フランは相変わらず子供なんだから」


「ミスティだって俺と大して変わらないだろ?」


「馬鹿ね。私の方が生まれたのが早いのだからお姉さんよ」


「ほんの1ヶ月だけじゃないか…」


「それでも私の方がお姉さんなのに変わりはないわ」


「そうですか…」


 きっと俺がいくら反論しようともダメだろう。


 彼女の名前はミスティ。俺の家の近くに住む女の子で、いわゆる幼なじみというやつにあたる。彼女の母親は村の教会で働く神官で、教会の司祭を務める母さんの部下にあたる。家も近く、母親同士のそんな縁もあり僕らは子供の頃から一緒に過ごすことが多かった。

 性格は物静かで、あまり活発なタイプではない。俺より生まれたのが少し早いこともあって何かとお姉さんぶろうとするのが微笑ましい。


 この世界の何もかもが興味深かった俺は昔からしょうもないことばかりしていた。魔獣という存在がいると聞けば魔獣を探して村の外へと繰り出し、村はずれの不気味な屋敷を幽霊屋敷といって深夜に忍び込んだりもした。

 そして、その度に彼女は心配だからと必ずついてきた。そして、魔獣の群れに取り囲まれる前に俺を引っ張って村へと引き返し、古くなった村はずれの屋敷の床板を踏み抜きそうになった俺を助けたりしてくれた。


(…まぁ、これじゃあ精神的には完全に俺が子供だよな)


精神年齢はずっと年上のはずなのに、至らない自分の行動の数々を思い返しながら自己嫌悪でうな垂れていると、向こうから父のアルフォンスがやってきた。


「やぁやぁ、待たせてしまってすまない。必要なものを取ってきたよ」


準備があると言ってうち家の裏手にある納屋に入っていった父さんが戻ってきた。その手には大きな厚手の麻袋が携えられている。これが魔法の練習に必要なものらしい。

 父さんが麻袋を地面に置くと、ガチャっと硬くて重そうな音がする。中には石か何かがたくさん詰まっているようだった。


「父さん、この麻袋は一体何に使うの?なんだか石か何かが詰まっているみたいだけど…」


「いい質問だけど、それはおいおい話すとして…さぁ、まずは魔法のおさらいからだよ。フラン。魔法の一番の基本は何かな?」


「一番の基本?」


 俺が呆けた顔をしていると、それを見かねたミスティが代わりに答える。


「強化の魔法です、アルフォンスおじさん」


「うん、正解だよ」


 父はにっこりと笑いながら答えた。そして、俺はようやくこれから行われるであろうことを理解した。隣のミスティは少し得意げな表情をしている。


 この世界における魔法とは魔力を運用して引き起こされる事象一般をいう。そして、魔力による身体の強化は魔法を学ぶ上では一番の初歩だ。なぜなら、特に特別な技術を必要とせず、単純に魔臓の魔孔を自分の力で広げられるようになればそれでいいのだ。


 俺は不意に、昨日母さんが治療した男性を軽々と運んだ女性の姿を思い出した。前世ならまず見られない光景だろう。自分よりも体の大きな男性をあのように簡単に運べるのも、実は強化魔法のおかげなのだ。

 この世界の人間は程度の差こそあれ、あの女性のようにほとんどの人が強化魔法を使うことが出来る。そのため、この世界は前世と比べて女性が社会の表舞台に立つことも多いのだ。強化魔法のおかげで男女の身体能力の差が小さいからだ。

 実際にここウンディネス皇国では多くの女性が国家の重鎮を務めている。主神ウンディアナが女神であること、この国で一番優位とされる水の魔法の適性は女性の方が高いことなどがその理由だ。実際にうちでは母さんが一家の稼ぎ頭となっている。


「じゃあ、さっそく始めようか?まずは、体内の魔臓に蓄えられている魔力の存在を感じられるようになることからだよ。目をつぶって、魔力の存在を感じとってみて?ミスティも『来た』のならきっと魔力の存在を感じられるはずだよ」


 父さんは手馴れた感じで僕らに魔法の指導を始める。父さんは村の自警団の団長として、自警団に参加する村の若者の育成も引き受けているため、人に魔法を教えるのに慣れているのだ。かつて、サラマンディア帝国の帝都警備隊で培ったノウハウもあるのだろう。


「お腹の中心辺りに重くて、温かいものが感じられるかな。そこに魔臓があって、体内の魔力が集まっているんだ。体内の魔臓の存在が感じられたのなら、今度はそこから魔孔を通って魔力が小川のようにちょろちょろと体中に流れ出しているのを感じてみて。どうかな?」


 隣に目をやるとミスティが父の言葉を聞いて目をつぶっているのが見える。そんなミスティの姿を横目に、俺も父の言葉に従って目をつぶり自分の魔力を探るふりをする。


「はい。アルフォンスおじさんの言うような温かいものを感じました」


「父さん、俺も大丈夫みたい」


「うん。二人ともさすがに優秀だね」


 父さんは俺たちの言葉を聞いて嬉しそうにしている。息子の俺のことはもちろん昔から娘同然のミスティが魔法の才能の片鱗を見せていることに喜んでいるようだ。


「それじゃあ次は実際に強化魔法を使ってみようか。やり方としては、お腹にある魔臓の表面にある魔孔を開き、流れ出す魔力の量を増やして体を魔力で満たすんだ。水門を開けて、小川を流れる水の水量を増やしてあげるイメージだね」


 魔孔の開放が起きても魔力の開放は一過性のもので、すぐに体は魔孔を閉じてしまうのだ。これは急激な魔力の奔流に体が驚くからと考えられている。しかし、これにより完全に閉じていた魔孔が開通し、自分の意思で魔孔を開け閉めができるようになる。


「魔孔を自由に開け閉めできるようになることが魔法上達の最初の一歩だよ。さぁ、二人とも、見ててね?」


 父さんはそう言って少しだけ目をつぶると、麻袋を片手で持ち上げた。どう見ても片手で持ち上げられる重さではない。なんとなく父の体全体が生気で満ち溢れているように見える。


「今、僕は魔孔を開いて体を魔力で満たした状態にある。これが強化魔法だよ。これにより普通よりも体は力強く、頑丈になるんだ。魔孔を開けて、体内の魔力量を増やせば増やすほど強化魔法は強く働くよ。だけど、その分だけ魔臓から流れ出る魔力も多くなるから消耗が激しくなるよ。気をつけてね」


 父は麻袋を静かに地面に下ろすと、麻袋の中から12,3個ほど石を取り出した。


「二人はまだ小さいからね。最初はこれくらいから試してみよう。この袋を握ってから、少しずつ魔孔を開いていってこの袋が持ち上がるように調整してみて。弱すぎても強すぎてもダメだよ。さぁ、やってみて」


 とはいえ、見た感じでは麻袋は子供一人分くらいの重さはありそうだ。俺がそんなことを考えていると、ミスティが俺の前に出た。


「アルフォンスおじさん、私からやってみてもいいですか?」


「おっ、ミスティからいくのかい?僕は全然構わないよ」


ミスティは右手で麻袋を握るとグッと力を込める。そして、目をつぶって魔孔を開けるために精神を集中させる。今、自分の魔孔をどうにかこうにか広げようと必死になっているのだろう。


「コツは魔孔を開くというよりも、魔力の圧力を高めて魔孔を押し開けるイメージだよ」


 父のアドバイスを受けながら、ミスティが精神を集中させること約10分。少しずつ麻袋が持ち上がり始める。


「おお!」


 俺は麻袋が上がり始めたことに驚きの声をあげる。そして、ふらふらしながらもゆっくり胸の高さくらいまで麻袋を持ち上げると、ミスティは麻袋から手を離し、その場にへたり込んだ。10分間も精神を酷使して疲れ果てたのだろう。


「はぁ、はぁ、できました…」


「すごいよ、ミスティ。一回で成功させるなんて、滅多にないことだよ!?」


 父はミスティが一度で強化魔法を成功させたことに少し興奮していた。最初はなかなか魔孔の広げ方の感覚が掴めず、何日も悪戦苦闘するのが普通らしい。ミスティは父さんの様子に満足そうな顔をすると、俺の方を見た。


「ふふ、どうかしら?」


「すごいよ!一度で成功させるなんて驚いたよ」


 ミスティは俺の様子を見て、嬉しそうな顔をする。いつもはほとんど変わらない表情に喜びの色が混じる。


「よし、次はフランだね。ミスティに負けずに頑張るんだよ?」


 父の激励を受けながら、俺はおもむろに麻袋に手をかける。そして、「いつも通り」に魔孔を開いて魔力で体を満たした。


「よっと」


「なっ!?」「えっ!?」


 軽々と麻袋を持ち上げると、二人は信じられないようなものを見たといった様子で俺を見ている。口を開けて、言葉を紡ごうとするようだがなかなか上手く言葉にならないようだ。

 生後3ヶ月で魔孔の解放が来た俺はそれ以来、人目を盗んでは独学で魔力の操作を練習していた。そのため、これくらいの強化魔法の行使は朝飯前だった。だから、父に魔法における一番の基本を聞かれたときは答えに困った。俺には当たり前のこと過ぎたのだ。


「フラン!あなたは馬鹿にしているの?さっき私を褒めたのは嘘だったの?」


 ミスティが声を荒げて俺に詰め寄った。その瞳には少しだけ涙がにじんでいた。


「ち、違うって。本当にすごいと思ったんだ」


 そうなのだ。俺の言葉に偽りはなかった。独学とはいえ、俺はミスティのように一度で強化魔法を成功させたわけじゃない。試行錯誤の上でできるようになったに過ぎない。だからミスティを褒めたのは俺の素直な気持ちからだった。


「私が、あなたに、置いていかれないように、どれだけ必死なのか…本当に、わかっていないんだから…」


「そんなことはないつもりなんだけど…」


「あなたが5歳で来たときもそうよ。私がどれだけ焦ったのか、分かってないんでしょ…」


「あー、ごめん…」


 落ち込むミスティを慰めるように頭を撫でてやる。そうしてしばらく撫でていると、ようやく落ち着いてくれたようだ。彼女の纏う空気が穏やかになる。


「…まぁ、仕方ありません。これから追いつくことにします」


 機嫌を直してくれたようだ。本当に良かった。


「さて、フラン。どういうことかな?」


 父の方はあまりに不可解な状況に俺への追及をやめる気はないようであった。


「えっと…俺は5歳で魔孔が開いてしまったから、なんとなく魔力の操作が身についてしまったという感じで」


 半分は本当だが、半分は嘘だ。来るのが早かったおかげで魔力に慣れる期間を十分にとることができたのは事実だが、自然に身についたものではない。ましてや、俺が来たのは生後3ヶ月だ。そう考えると嘘ばかりだ…。


「まぁ、そういうこともあるのかもしれないな…」


 父はどうも腑に落ちないといった表情をしていた。しかし、自分を無理やり納得させようとしているようであった。


「さぁ、少しずつ麻袋の中の石の重さを増やしていって強化魔法のコントロールの練習をしようか?」


 気を取り直した父の言葉に従い、俺とミスティは麻袋に少しずつ石を加えていき、強化魔法の精度を高める練習を続けた。
















 アルフォンスは、先ほどから目の前で麻袋を軽々持ち上げる我が息子を見ている。麻袋の重さを変えても一瞬で適切な魔力を全身へとめぐらせ、簡単に麻袋を持ち上げていく。


(そんなに簡単なものではないんだけど…)


 隣にいる女の子は重さを変えるたびに魔力のコントロールに四苦八苦しているのが見える。これが普通なのだ。むしろ、その制御はまだまだ拙いとはいえ一度で強化魔法を成功させた彼女は非常に優秀な部類に入る。


(確かにフランは昔からどこか子供離れしているところがあったからなぁ…)


 アルフォンスは彼が生まれた時のことを思い出していた。






「おお、目を開けたようだよ!」


「アルよ…赤ん坊が怯えてしまうぞ?」


 生まれてすぐ驚かされたのは息子の髪の色だった。妻のミネルヴァとも僕とも違う純白の髪の毛。かつてはサラマンディアの帝都守備隊の隊長として多くの人間と出会ってきたが、ついぞこのような髪の色の人物にはあったことがなかった。

 最初はその珍しい髪の色に心配もしたが、今では健康に生まれてきたことが何よりも嬉しかった。僕と愛する彼女の子供、その事実だけで僕は興奮せずにはいられなかったのだ。


 息子は周囲の様子を探るように辺りを見回している。そして、ミネルヴァが我が子を抱き上げてからも自分の手や足をまじまじと見つめると、少し驚いたような素振りを見せた。


(どうしたのだろう?)


 僕はあまり赤ん坊らしくない様子に首をかしげていた。


「どうしたのだ?君の母親はこっちだぞ」


 その声に反応した息子はミネルヴァを見上げると再び驚いたような顔をする。


(何か驚くようなことでもあったのだろうか?)


 そんな息子の様子に疑問を覚えながらも、我が息子のかわいさに思わず笑みを零すと妻に負けじと自己紹介をすることにした。


「始めまして。僕がパパですよ!」


 そんな僕の声に反応したのか息子がこちらに目をやる。なんだかよく分からない表情をしている。

 そんな息子をミネルヴァが抱き上げながらあやし始める。なんだか子供らしくない様子であった息子も、少しずつ目蓋を下げ始めると、赤ん坊らしい寝顔で寝息を立て始めた。


「なんだか私たちをじっと見ていたな」


「そうだね…。それに全然泣かなかった」


 二人とも少し変わった我が息子の様子に疑問を覚えながらも、かわいい息子の寝顔を見つめると、自然と笑みがこぼれたのだった。






 その後、息子はすくすくと元気に成長した。熱を出すこともあったが大病を患うことなく、健康そのものと言ってよい。しかし、息子は少々変わった子供であった。


 幼い頃から私に文字の読み書きを教えて欲しいとせがみ、3歳を過ぎた頃にはすでに文字の読み書きができるようになっていた。いくら何でも早すぎる。

 文字の読み書きができるようになると、妻の職場の書庫へ赴き、歴史や政治、産業や文化、魔法に関する様々な文献を読み漁るようになった。そんな大人ですら読みたがらないような―そもそも大人でも文字の読み書きができる者はそう多くはないのだが、そんな難しい本を楽しそうに読んでいた。

 一方で、魔獣を見るために村の外へ抜け出したり、古くなって棄てられた廃屋に忍び込んだり子供らしい好奇心にも溢れていた。


 そして、現在、目の前には易々と強化魔法を使ってみせる息子の姿がある。傍らにいる幼なじみのミスティはそんな息子の様子に少し涙目だ。


(まったく…この子はこれから何度私やミネルヴァを驚かせてくれるのだろうか)


 そんな息子の不思議な頼もしさに僕は思わず苦笑いを零したのだった。


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