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プロローグ

拙い部分も散見されると思いますがよろしくお願いします。

いわゆる異世界転生ファンタジー物です。


10/27 改稿

 ――辺りは白一色だった。


 ここは地方都市近郊の総合病院の一室。ベッドから身を起こし、なんとなく部屋を見回す。目に映るのは白い壁、白い天井、そして白いシーツ。

 窓から見える風景だけがこの部屋に色を与えている。とはいえ、季節は秋。窓からは物憂げな秋の空が見えるだけだ。

 目を下に向けると、小さな中庭が見える。しかし、秋も深まる今日この頃。中庭には誰もいない。青々としていた芝生の緑もすっかり息を潜め、古ぼけた桜の木が一本だけ寂しげにたたずんでいる。すでに多くの葉を散らし、数枚の葉が情けなくついているだけだった。

 向かいには反対側の病棟の白い壁が見えるだけ。やはり、そこにも色はなかった。






 かつての俺はこの地方では名門の公立の男子校に通い、それなりに充実した高校時代を過ごしていた。

 そんな高校生活に終止符が打たれたのは高校3年生に進級してすぐのこと。授業中、突然の激しい頭痛に襲われた俺は机から転げ落ちた。騒ぐ教師や友人の言葉が頭上を通り過ぎるのをどこか他人事のように感じながら、俺は意識を手放した。目を覚ますと、俺はこのベッドの上にいた。


 俺の体は原因不明の奇病に蝕まれているそうだ。医者は治ると話すが、自分のことはよく分かっている。投薬や点滴で死を先延ばしにするのが精一杯だ。こうして窓から枯れていく風景を眺めながら、俺はゆっくりと死んでいくのだ。悔しさのあまりに右手を強く握りこむ。けれども、右手はまったく痛くなかった。

 窓の外に見える桜の木から、また葉が一枚散っていく。


 暗澹あんたんたる感情に沈む意識を、突然のノックの音が現実へと引き戻した。俺が振り返って入室を促すと、静かにドアが動く。

 そこには女の子が立っていた。身長は150cmぐらいだろう。きれいに手入れされたさらさらの黒髪を背中まで伸ばし、お気に入りの薄桃色のパジャマに身を包みながら温かそうなカーディガンを羽織っている。


「窓から見えたから」


 彼女は人懐っこそうな笑顔で部屋に入ってきた。彼女の後ろで閉まる音がする。


「中庭を見てたんだ。病室って変わり映えがしないから気が滅入るし」


「そっか…」


 俺の心のうちを見透かしたのか、彼女の瞳に少しだけ悲しみの色が混じる。しかし、すぐにいい笑顔を作ると俺の方を見る。


「ねぇ、相談があるの」
















 彼女と出会ったのはここに来て数週間ほど経った頃だ。

 色気のない病室に嫌気のさした俺は相変わらず窓の外を見ていた。そんなとき、向かいの病棟の窓が突然開くと、一人の少女が窓から顔を覗かせた。俺が呆けながら彼女を見ていると、彼女の目が俺を捉える。俺に気がついた彼女はその人懐っこい笑顔で手を振ってきた。

 それが俺と彼女の最初の出会いだった。


 翌日、のどが渇いたので談話室の自動販売機売り場に足を運ぶと、そこで彼女の姿を見つける。


「あっ!」


 俺はそんな間抜けな声をあげていた。


「あれ?」


 俺のそんな声に彼女が振り向く。


「昨日窓から見えた、向かいの病棟の男の子だよね?」


「は、初めまして。えっと、辻堂です。辻堂瑞樹(みずき)


 俺は覚えられていたことに驚いてしどろもどろしていた。


「ふふ、初めまして。風祭かざまつりやよいです」


 そんな俺の様子に笑みをこぼしながら、彼女も自己紹介をする。俺と同い年で、隣町の高校の生徒らしい。俺の身の上話に興味深そうに耳を傾け、時には驚き、時には笑い、俺に感情豊かな表情を向けてくる。


「ここっておじいちゃんやおばあちゃんばかりだから、同じ年の人に会えて嬉しいんだ。よろしくね?」


「えっと、こちらこそ…」


「瑞樹くんはどうして入院してるの?」


 その目には多少の緊張が見て取れた。


「よく分からないんだ。なんだか難しい病気らしくて。治療が大変なことはわかるんだけどね…」


 俺はそう言って俯くと、横目で彼女の反応を見る。


「そっか、大変なんだね…」


 彼女は予想通りに顔色を暗くした。


「…風祭さんは?」


 俺はそう質問しながら、内心で彼女を馬鹿にしていた。どうせお前はもうすぐ退院するのだろう。突然、将来の可能性を奪われた俺の気持ちが分かるものか。そんなどす黒い感情を抱えながら彼女の答えを待つ。


「私はね、生まれつき心臓が悪くてずっと入退院を繰り返してるの。なんとか騙し騙し高校に入学はできたんだけど、ダメね。2年生に上がった頃からずっと入院してるの」


予想もしなかった彼女の答えに俺は言葉がでなかった。


「だから私はまだ高校2年生。つまり、私は瑞樹君と同じ年だけど、瑞樹君の後輩なの。あっ、でもここでは私の方が先輩だね。わからないことがあったら何でも先輩に聞いて?」


 彼女は笑いながら胸を叩くような仕草をする。その笑顔にかげりは見えない。


「治るの?」


「……治すには移植が必要らしいの。私の心臓はポンコツだから。でも、日本じゃなかなかドナーが見つからないみたいで、今は順番待ちしているところかな」


 彼女は笑いながらそう返した。やっぱり彼女の笑顔は変わらなかった。


「…なんでだよ?」


「えっ!?」


「どうしてそんな風に笑ってられるんだ!」


 俺は語気を荒げて、彼女に問いただしていた。俺には彼女が笑っていられる理由が分からなかった。俺と違って夢すら見ることを許されなかった。最初から絶望で塗りつぶされた未来。楽しい高校生活さえ送ることを許されなかったのだ。


 彼女は俺の様子に少し驚いたようだったが、すぐに笑顔に戻る。


「だって、悔しいじゃない?自分の運命に負けちゃったみたいで。どんな不合理でも、私はこの心臓と付き合っていくしかないもの。だったら私は笑って生きたい。短い命かもしれないけど楽しかったって言って終わりたい」


 そう言うと彼女は窓から中庭を見る。


「だから、私は桜の木が好きなの」


 彼女の笑顔の向こうには、中庭の桜の木が見える。中庭一面を桜色に染めていた。


「でも、私もね、最初からこうだったわけじゃないよ?入退院を繰り返していた頃はひどかったなぁ。生きてるのが馬鹿らしくて」


「そんな風には見えないけど?」


「本当よ?今の瑞樹くんみたいに作り笑いして何でもない風を装いながら、内心では悪態ついてた」


「えっと…」


「だから言ったでしょ?ここでは私の方が先輩だって」


 返答に困った俺をからかうように、彼女は楽しそうに笑った。このとき彼女には勝てないだろうと内心で密かに納得していたのだった。


 それ以来、俺は彼女と時間を見つけては話すようになった。話の自体はいつもなんてことはないものだったが、彼女の笑顔は俺の心を癒してくれた。

 自分の心の醜いところを見せても、笑って許してくれる。彼女の傍は本当に居心地がいいものだった。
















「今日の夜、流星群が来るのは知ってる?」


 病室を訪ねてきた彼女はそう切り出した。


「知ってるよ。テレビのニュースでしきりに特集組んでるしね」


 何十年に一度しか見られない流星群が今夜来るそうだ。今回の流星群は非常に大規模なもので、かなりの数の流星を見ることが期待できるらしい。今日の天気も良好。絶好の流星群日和と言っていい。


「そんな流星群を病室で見るのはもったいないと思わない?裏山の山頂で見ようよ!」


 俺は彼女の笑顔の意味を理解した。自分の体がもう長くはもたないことは分かっていたが、もちろん俺に否やはない。俺も口元を崩すと、彼女に望むところだと伝えた。






 午前2時。俺たちは病院の裏にある山の山道にいた。病人にこの山道は少々厳しい。

 平地にポツンと存在する標高500m程度のこの小さな山は霊山として祭られ、山頂の広場には祠が設けられている。噂の絶えない山で霊界と繋がっているなんていう噂すらある。


「瑞樹、大丈夫?」


「はぁ、はぁ……なんとかね。やよいこそ大丈夫か?」


 俺は手を膝につきながら呼吸を整える。


「鍛えてますから」


 やよいは腕を曲げて力こぶを作る仕草をする。彼女のそんな仕草に俺は笑ってしまった。1時間半ほどの道のりを経て、山頂にたどり着く。不思議と俺たち以外に人はいなかった。


「ようやく着いたね」


「……ああ」


「瑞樹?」


 俺は自分の体重に耐えられず、地面に膝をついた。


「ちょ、ちょっと。瑞樹大丈夫?」


 彼女が俺の傍に駆け寄ると、俺の手を取った。


「大丈夫。ただちょっと立っているのは辛いから膝を貸してもらえないかな?」


「べ、別にいいけど…」


 俺はなんとか山頂に備え付けられたベンチの上に横たわると、かたわらに座る彼女のももに頭を乗せた。


「本当に大丈夫?」


 やよいが俺の顔を心配そうに覗きこんでくる。彼女の顔が少し赤い気がする。


「大丈夫。それより、星がきれいだぞ」


「うわぁ…」


 山道からは木で空がよく見えなかったが、山頂の広場の頭上には一面の星空が広がっている。何度も夜空をほうき星が駆けていく。


「きれいだな…」


「うん…」


 そんな幻想的な景色に俺は心底見とれていた。真っ白な病室とは違う。一面の漆黒の夜空を駆ける流れ星の数々。俺は満ち足りていた。


「やよい、ありがとう」


「えっ、なにが?」


 やよいが不思議そうな顔で俺の顔を覗きこむ。


「俺はもう長くない。でも、この景色をやよいと見られた。悔いはないよ」


「そ、そんなの…嘘だよね?」


「嘘じゃない。でも、後悔はないんだ。絶望していた俺の人生にもう一度希望を与えてくれたのがやよいだった。だから、ありがとう」


 俺はそうやって彼女に笑いかけた。そんなとき、彼女の瞳からいくつもの流れ星が落ちてくる。触ってみると俺の頬は濡れていた。


「馬鹿っ…うぅ、馬鹿っ…あぁ」


 俺の目の前には顔をくしゃくしゃにして、涙を流すやよいの顔があった。


「ごめんな?でも、責めないでくれ。俺はもう長くなかった。あんな病室で死んでいくより、この景色をやよいと見たかったんだ」


「でもっ…」


「ごめんな、こんな辛い思いをさせて。だけど、これはやよいのせいじゃないから。気に病まないでくれ」


「無茶を言わないでよ…」


「本当にごめんな。それと、ありがとう」


「ううん…」


 それでも、やよいの涙は止まらない。俺は彼女の目に手をやって涙をぬぐいながら笑って言った。


「あの世では今度は俺が先輩だな」


「馬鹿っ…瑞樹、私ね?瑞樹のことが――」


 やよいが何かを言いかけたが、そこで俺の意識は途切れた。
















 病院の廊下を、夜勤の看護師が病室の見回りをしながら歩いている。ある病室のドアに手をあてると、静かにドアを開けて中を覗き込む。


「あら、辻堂さん?」


 病室の中にはいるはずの人物がいない。看護師は薄暗い病室の中に入ると、いるはずの人物を探して室内を見回る。


「まったく、どこに行ったのかしら」


 彼女は腰に手を当てながら呆れた顔をする。なんとなくカーテンを開けると、窓からは空が見えた。


「まぁ、どこかで星でも見ているのかしらね」


 彼女は空を見上げながら、そんな言葉を漏らす。

 そんなとき彼女の視界の端にある桜の木の最後の葉が静かに地面に落ちていった。


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