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episode 5

 ハルジはTVフォンのモニターが切られていることに感謝した。

 今、自分がいかに醜い表情をしているかを知ってはいたが、その表情は消せない。それが出来るほどハルジの心の傷はまだ乾いていなかった。

 そんな情けない自分の姿をサンドラに見られなくて済むのはハルジにとって、とてもありがたかった。

 サンドラの前ではそういう意味でいつも強がっていたい。

 ハルジは声にだけは激しい感情が出ないように、細心の注意を払いながら言葉を紡ぐ。

「地球のMCウイルス汚染地区、その中でも日本に都市を作り、提供者を集めて住まわせる。提供者ドナー同志の婚姻によって血を濃くし、提供者の数を増やして安定的にメディスンを供給するという……サンドラ、よく調べられたな。AFプロジェクトそのものは超一級機密なのに」

 このような人権を無視した計画が当局によって進められていることなど、公には出来ない。

 超一級機密にされる所以はそこにあった。

「あたしにはそれを知る権利があるの。両親が共に提供者だから。AFプロジェクトに賛同した提供者……エンジェルだから」

 エンジェルという単語だけで、ハルジにはサンドラが当局の作成した文書からこの知識を得たことが判った。

「サンドラ、彼らは自分たちをエンジェルなんて言わない。単に地球に住む提供者~~アーシアンドナーって言うんだ。エンジェルというのは当局が哀れんでつけてくれた美称だからね」

 穏やかな物言いを常とするハルジとしては、かなり痛烈な皮肉だ。

「両親が提供者の場合、その子供が提供者である確率は8割なんだってね」

「そう。その8割から俺はもれたんだ」

 ハルジの声が突如として真剣味を帯びる。

「……俺はエンジェル・フィールドで生まれた。あそこに住めるのは、提供者か技術者だけなんだ。子供は提供者じゃなくても15歳までは居住を許される。衛星都市に移っても両親がアーシアンドナーだから、当局から無尽蔵の資金援助が受けられるんだ。本当の意味で生活には困らない。だけど、俺はそれに甘えたくなかったから奨学金を取ったし、こうやって自分で稼いでいる」

「そして、エンジェル・フィールドに戻るために技術者になることを選んだのね」

 ハルジはサンドラに答える代わりに別のことを口にした。

「前、サンドラに言ったのは嘘なんだ。両親は生きている。会うことは出来ないけど。どちらにしてもサンドラに嘘をついていたことには変わらない。謝るよ。本当にごめん」

「いいよ別に。機密で喋れなかったんでしょ」

 明るい調子だったサンドラの声に、一瞬後に堅い響きが混じる。

「……カレリアさんには、本当のことを話してあるのね」

「カレリアも俺と同じ境遇だから、改めて話すまでもなかった」

 ハルジの胸に、サンドラに対する後ろめたさが湧き起こってくる。

「そう……」

 短く応えるとサンドラはいったん口ごもり、呟くように続ける。

「今なら判るの。あたしが小さい頃、友達に引きずられて遊び半分でDNA検査に行こうとしたのを、親が必死になって止めたのが」

 次の言葉はハルジにも予想できた。最も聞きたくなかったことなのだが。

「ハル、私も提供者なの。自分でしたDNA検査の結果だから間違いない。あたし、地球に……エンジェル・フィールドに行く。そうしたら、たくさんの人の命を救える。そういうことが出来るんだから、そうした方がいいよね」

「それでサンドラは満足なのか」

 ハルジ自身、驚いてしまうほどの叱るような強い語勢に、サンドラは答えない。

「人が自分の能力を生かすのは、いいことだよ。だけどそれが稀な能力の場合、本人の意志にかかわらず選択肢が狭められたりする」

「だってエンジェル・フィールドに行けば、ありあまるくらいの援助金が出るんでしょ? 育ての親にだって恩返しが出来るし、生みの両親にも会ってみたいし……」

「そうされたくないからこそ、君の育てのご両親はDNA検査を受けさせなかったんじゃないのか? サンドラ、常識で決まる取るべき道じゃない。君はどうしたいんだ、君は? 君が、君自身で選ぶんだ。そうじゃないと絶対に後悔するぞ」

 ハルジにしては珍しくきつい物言いだった。絶対に、などという脅迫めいた言い方はするものではない。特に受け取り側の精神が不安定な場合には。

 言葉が不吉な暗示となって受け取り側を縛り、錯乱に拍車をかけるだけだ。

 そんなことは身に染みて判っていたが、ハルジも動揺していた。だが当然ながら、サンドラの動揺はハルジを上回っている。

「怖いの、あたし。だって磯崎さんをあきらめようとしているもの」

「磯崎氏は優秀な技術者だ。彼自身が志願すればエンジェル・フィールドに行けるほどのね。心配ない。彼とは離れなくてもいいんだ。磯崎氏なら君と一緒に行くことを選ぶよ」

「それが怖い。あたしの選んだ道に彼を巻き込んでしまうのが怖いの。あたしそこまで自信ない。そこまで磯崎さんの人生を曲げる権利なんてない」

 サンドラは、もはや金切り声になっていた。感情の波がそのまま声に表れる。

「いいのか? エンジェル・フィールドに行ったら二度とこっちには戻れない。あそこに行くというのは、そういうことなんだ。磯崎氏と一生別れることになる、会えなくなるんだぞ。そこまで知ってて言っているのか?」

 しばらくの沈黙。

 そして、通話ユニットの向こうでサンドラの気配が変わったのをハルジは感じた。普通に考えればありえないのだが、この瞬間、ハルジには目の前に彼女がいる時と同じくらい、それを察することができた。

 事実、耳で聞き取れたのはサンドラがかすかに吐いたため息だけだった。

「それよりハル、あたしと一緒にエンジェル・フィールドに行こう」

全11回完結の予定。

次回更新予定は2週間後の12月11日です。

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