episode 4
サンドラからの2度目の音声限定フォンは、1か月前のことだ。
「私、今、提供者と被提供者の研究をしているの」
被提供者はMCの症状が酷く、通称、メディスンと呼ばれる薬無しでは生きていけない人々のことである。
問題はそのメディスンにあって、これがある特殊な遺伝子を持つ人々の血液からしか抽出できないのだ。
その特殊な遺伝子を持つ人々が提供者である。
しかし提供者の数があまりに少ないので、一度、提供者と判明した人は、某所――一説にはそこは医療施設が集中する衛星都市、コローネーにあると言われている――に収容され、一生血液を採取される生活を送る。
被提供者の中に、稀にだが賜物と呼ばれる超感覚的知覚(E.S.P)を持つ人間が出現する。
月などの資源採掘の際に絶大な能力を発揮する金属探査者。
犯罪捜査に欠かせない思念追尾者・情緒感応者。
治安維持に活躍する予兆感知者など。
彼らなしで社会生活を営むことが出来なくなりつつある衛星都市の現状もあり、汎衛星都市連盟当局ではこの問題に手を焼いていると言う。
どちらにも人権はあり、どちらか一方を優遇することはできないというのが建前だったが、どちらか一方を優遇すれば、提供者、被提供者、衛星都市市民の寄生関係ともいえるバランスが崩れて衛星都市は事実上、崩壊するだろう。
提供者と被提供者の問題は歴史は浅いが、東洋人と太洋州人の問題よりずっと深刻だった。
提供者や被提供者が生み出された原因は、MCウィルスがもたらした遺伝子の歪み構造にあり、それが解析されつつあるという学術的な話から、美味しい料理を出すパブを見つけたから二人で一緒に行ってみるといい(もう一人は、この頃にはすっかりハルジの恋人と呼べるようになっていたカレリアのことなのだが)ということまで一通り話すと、サンドラは言った。
「あたし、今日、磯崎さんにプロポーズされちゃった」
「受けた、よな」
言葉とは裏腹にそんな筈はないという確信がハルジにはあった。もし受けたのなら、こんな回りくどい言い方はしないだろう。
思った通りの返事をサンドラは口にした。
「まだ。心配事が一つあって、それを片づけてからにしようと思って。……ハルはカレリアさんに自分のご両親のこと、話した?」
思わぬ所に話の矛先が向く。お陰でかえって変に意識することなくハルジは答えることができた。
「と言うかね、カレリアは知ってるんだ。彼女とは孤児の集まりで知り合ったから」
「そっ……か」
疑問というよりは確認の為にハルジは聞いた。
「サンドラ、磯崎氏に話してないの?……その、ご両親のこと」
気まずくなるのを恐れてハルジの歯切れが悪くなる。しかしサンドラは、そんなことを気にかけることは全くないようだ。
「実はね。話さなきゃってずっと思ってたんだけど、タイミングを逸したっていうの? それでここまで来ちゃったよ」
「いつかは話さなきゃ」
強い調子でハルジは言った。サンドラと磯崎ほどの親密な間柄なら、そういうことは、はっきりしておくべきだという思いからだった。
「そんなのハルに言われるまでもないってば。でもね、早くても来週かな。来週、IDもらえるから。そうしたらDNAトレーサーを使えるの。それから」
「絶対に話さないと」
しつこく念を押しすぎたせいだろうか。サンドラがハルジに反撃した。
「うん。それより、プロポーズされるっていいものよ。ハルも早くカレリアさんにプロポーズしてあげたら?」
ハルジは一瞬、言葉に詰まってしまった。
「……うすうすは考えているんだけど。俺たちにはまだ早いかな、もう少し収入が多くなってから本格的に考えるよ」
「手遅れにならないように」
「ご忠告、ありがたく承ります」
あれほど想っていた磯崎と結婚できないなどと口走るとは。
ハルジには判った。何か――自分の根本を崩す程の何かが、サンドラの身に降りかかったのだ。
あれから一か月たった。サンドラがこんなフォンをかけてきた理由は、DNAトレーサーの結果にあるであろうことは容易に想像がつく。
だが、それをハルジから口にはしない。飽くまでも彼女の口から聞かなければ。
「……サンドラ。話せることだけでいいから話して欲しい。おこがましいけど力になりたいと思うんだ。話してもらえないと、それもできない」
実際にはどうであれ、サンドラの心の中では、磯崎は役に立てないことになっている。ハルジがどうにかするしかないだろうし、また、彼はどうにかしたいとも思っていた。
「うん、判ってるんだけど自分でもよく整理がついてなくて。でも、判ってるの。ただ、突然すぎるだけ」
サンドラの声は揺れている。
「落ち着いて。最初から話してみるといい」
「うん」
2回程、解読不能な声を出しかけて、3回目にサンドラはやっと喋り始めた。
「あたし、もらったIDで自分のDNAを調べてみたの。やっぱり片親は東洋人。父親よ。名前は周東チカシ。母は太洋州人。周東レナ。この母が、育ての父の妹に当たる人だった」
覚えたての言語を話すように短文を重ねていくサンドラ。動揺していることの表われだ。
「サンドラは伯父さん夫婦に引き取られたんだね」
「そうみたい。それがね、両親のDNA情報が封鎖されていたの。準一級機密」
「準一級……!」
機密の等級の高さに驚いたというのもあったが、その等級がハルジにとって耳慣れたものであって最悪の予感がしたから、という方が驚きの声を上げた主な理由だった。
「研究員IDで注釈を見ることができた。あるプロジェクトに参加しているため機密扱い、なんだって。プロジェクトについては、詳しくはハルにも言えないんだけど」
「エンジェル・フィールド計画のことだろ」
「え!?」
今度はサンドラが驚かされる番だった。
「あたしだってかなり特別な手続きをしてから判ったのに……」
全11回完結の予定。
次回更新予定は2週間後の11月27日です。