表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/11

episode 2

 ハルジが、映像を切った音声限定のTVフォンをサンドラから受けたのは、4年来の付き合いの中で今回が3度目である。

 1度目は初対面から1年が経とうとする夏のこと。

 蒸し暑い夜だった。

 衛星都市の気候は気象局によって制御されているが、地球環境とあまりずらさないようにするため、時に不快と感じる環境ですら故意に再現する。

 学生専用の住居複合体コンプの一室で、ハルジが怠惰な空調設備に代って夜風を入れようと窓を開け放っていると、フォンが鳴った。

 通話ユニットを取るとサンドラだった。

 その頃には二人は互いにフォンのやり取りをしていたので、別に珍しくはなかった。真夜中という時間も不思議ではなかった。実験を終えて部屋へ戻るとそのぐらいの時間になることは、よくあった。

 音声限定だという以外は、普段と変わらないフォンだった。

 サンドラの最初の一声は、いつものように共同実験者パートナーと上手くいっていないという悩みの告白から始まった。

 彼女のパートナーは閉鎖的思想を持つ東洋人エイジャンだった。彼は、衛星都市で少数である太洋州人オセアニアンに一般に根拠のない差別意識を持っており、太洋州人を酷く軽蔑していたのである。

 特にサンドラに対しては彼女の才能への嫉妬もあり、傍目からも辛く当たっているように見えた。が、サンドラが気にかけていないかのように明るく振る舞っていたので、ラボの人間のほとんどはその深刻さに気づいていなかった。

 周りに気づかせないぐらいにサンドラの演技は良く出来ていたとも言えるし、ラボ入りを選ぶほど一つの才能が突出している人間は他人の感情に鈍いのだとも言えた。

 だが、気づいてはいるのだが、自分が手を貸すことでもないと見えないふりを決めこんでいる者が一番多いのではないかとハルジは思っていた。

 決して責められることではない。誰彼ともなく救いの手をさしのべることはないのだ。

 が、それにしても無関心すぎる。

 ハルジも、それほど人に偉そうには言えない。サンドラからちょくちょく相談を受けていたので深刻さを知っていただけなのだから。

 相談されてほおっておけるほど無神経ではなかったが、ハルジの性格ではこうやってサンドラの愚痴を聞いて自分が思っていることを彼女に伝え、彼女が最悪の選択をしないように力づけてやるぐらいしか出来ないのだ。

 サンドラが自分を相談相手に選んだ以上、彼女が最も望んでいるのはそういうことだと思うようにしていた。そうでなければ救いがない。

 前向きに愚痴めいたことをひとしきり語った後、サンドラはお決まりの台詞を吐いた。

「あたしは自分が太洋州人だってことに誇りを持ってるから。こんな不当な差別には決して屈しない。戦い抜いてみせるわ」

 喋り続けた後なので、一人称が崩れて「私」から「あたし」になっていた。こういうところにムキになるのが年齢相応で、何処となくサンドラを微笑ましく思ってしまうのが常のハルジだったのだが、その日は違っていた。

 言い方に奇妙な真剣さと自分に言い聞かせるような痛々しい調子が含まれていたので、ハルジは不安になってしまったのである。

 通話ユニットを片手に持ったまま窓辺に歩いて行き、開けていた窓を閉めるとハルジは思い切って聞いてみた。

「サンドラが、自分が太洋州人だということに誇りを持つのは良いと思う。俺には誇りを持てることなんか一つもないから、うらやましいぐらいだよ。だけど、それとこれとは話が違わないかな」

「どういうこと?」

 フォンの向こうから噛みつくようにサンドラは言った。

 ハルジは努めて落ち着いた口調で続ける。

「俺たち研究生の役目は、研究員から与えられた実験を確実かつ速やかにこなすこと。そのためにはパートナーとの人間関係を円滑にすること。こういうことを言うと悲しくなるけど、人間っていうのは相性があって、上手くいかない人とはどうやっても上手くいかない。そういう時は、お互いの関係を事務的なものに留めて立ち入らないようにする。それが世の中を渡っていく方法の一つじゃないかな」

「あたし、彼に立ち入ってなんかいない」

「いいや、立ち入っているよ。彼の太洋州人に対する感情を改めようとしている」

「……うん、まあ。でも……」

 静かに、だが断固としてハルジはサンドラの言葉を遮る。

「でも、と君は言うけれど、彼だって根拠なしに太洋州人に悪い印象を持った訳じゃないと思う。理由があるんだよ、きっと。それに今までそうして生きてきたんだ。そう簡単に態度を改めるなんてできやしない。できるなら、もう、そうしているはずだよ」

 実際、ハルジはサンドラのパートナーからそんな話を聞いていた。言ってしまえば、父親の後妻である太洋州人の義母から幼少時に酷い虐待を受けたということだが、一言で片づけられるほど彼の心の傷は浅くはないようだった。

「サンドラだって、人にどうしても譲れないものはあるだろう?」

「だけど、それはあたしが負けを認めたってことじゃない?」

「勝ちとか負けとかの単純な問題じゃないよ。上手く言えないけど視野が狭いんじゃないかな。サンドラはもっと聡いはずなんだから、自分でよく考えることをすすめる」

 サンドラの優越感をくすぐって頭を冷やそうとしたのではない。ハルジは本気でサンドラの才能を認めていたので、こういうことが当然のように言えるのだ。

 もし小細工をしたのなら、サンドラはすぐ見破って機嫌を損ねてしまう。

 ハルジの飾らないやり取りは、サンドラの高ぶった気持ちを鎮めることができた。

「つまり、彼の太洋州人のイメージに口出しするなってこと?」

「もう少し穏やかな方法があるはずだよ。色々やってみて駄目だったら パートナー解消願いを室長に出せばいい。でも、それをする前に自分にできることはやった方が良い」

「うん、判った……と思う」

 先程より幾分か明るい声が返ってきたので、ハルジはほっとした。

「それにしても……」

 と言いかけて、ハルジは慌てて口をつぐむ。

「何?」

「いや、いいよ」

 ハルジは自分が言いかけたことこそが、サンドラにひどく立ち入ることだと気づいた。

 いくら親しい間柄とは言え、ハルジには失礼に思えたので言葉を飲み込んだのだ。が、サンドラはハルジの言葉の端から彼が口にしかけたことをつかんでいた。

「どうして私が太洋州人にこんなに拘っているんだろう、 って思っているでしょ」

「けっこう思っていたりする」

 妙な言い回しで、気にしていないから、というニュアンスをハルジはサンドラに伝えたつもりだった。

 人が拘っていることには、他人が触れてはならない、その人にとってとても大切なものがしばしば含まれている。そこに判っていて自分から入り込むほど、ハルジは無神経ではなかった。

 そのちょっとした気遣いもサンドラは感じ取ったようだった。

「いいよ、教えてあげる。私の秘密」

 サンドラはなめらかに続けた。

「私ね、養女なんだ」

全11回完結の予定。

次回更新予定は2週間後の10月30日です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ