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episode 10

「俺はここにいる。サンドラとは行かない。ただ、彼女とこのまま別れてしまうのが嫌なんだ。どうすればいいんだろう」

「それなら簡単、何かプレゼントをすればいいのよ。いつも身につけてもらえるようなものをね。例えばこの曲」

 店内に流れているのは、弾き手こそ変わっていたが磯崎と一緒にハルジが聞いていた曲だった。二人の男がどうしても思い出せなかった曲のタイトルを、シンガー志望のカレリアはいとも簡単に口にする。

「『シルバー・スノウ・クリスタル』っていうの。映画のテーマソングにもなった曲よ。あたしの最大のライバル〈フィギュア〉のビリオン・エイトの作詞作曲」

 ビリオンはカレリアと同じ年にして10年のキャリアを持つメジャーシンガーだ。もちろん、ビリオンとカレリアの間に面識はない。彼女が一方的にライバル視しているだけだ。

「女の子は19歳の誕生日に銀の指環をプレゼントされると幸せになれるっていう話があるの。この曲ではね、女の子が19歳の誕生日に、偶然その話を知って自分のために指環を探すのね、で、いろいろあって指環は見つかる。幸せは自分で捜すことが大切だっていうところで映画ヴァージョンは終わるの。でもね、後でアルバムにこの曲が収録された時、ビリオンはこんな歌詞をつけ加えたのよ。『でもやっぱりプレゼントで欲しかった』」

 いつの間にオーダーしたのか、カレリアの前にオレンジ色の液体で満たされたカクテルグラスが運ばれてきた。カレリアは運んできたウエイターに会釈する。

 グラスの足に指をからませ、カレリアは続けた。

「プレゼントには贈り主の想いが込もる。相手が喜びますように、幸せになれますようにっていう想いがね。そういう想いが相手を幸せにするんだから」

 グラスに口をつけ、カレリアは味を確かめるように中身を少量、口に含んだ。

「あなたは彼女に自分の想いを伝えたいんでしょ、幸せになって欲しいんでしょ。大丈夫、想いは伝わるわ。あなた、優しい人だもの。あたしはそれを、誰よりもよく知ってる」

 そう言うとカレリアはグラスを持ち上げ、傾けて一気に口へと注ぎこんだ。

 飲み干すとカレリアは再び口を開く。

「もう少しワガママになっていいよ。磯崎氏やあたしに気兼ねしなくていい。サンドラが好きなら好きでいいじゃない。たまたま相手が異性で、相手にも自分にも恋人がいるからって、その気持ちを抑えなきゃならないなんておかしい。恋人に対する以外の好きっていう感情もあると思う。せっかくそう思える人に出会えたんだから、想いを歪めたり抑えたりしないで、素直に伝えてみたら? あたしとしては、ちょっと妬けちゃうけどさ。あたしは、あなたがあたしの所へ戻って来てくれるなら、それでいいのよ」

 カレリアも酔いが回ってきたようだった。頬が染まり、目つきがとろんとしてくる。

「あの子、今年19歳でしょ。ちょうどいいじゃん、プレゼントしちゃえ。あ、でも指環はサイズがあるわね。あなたのことだから、どうせそういうの調べてないだろうし……ピアスがいいんじゃないかな。そうなさいよ。あの子、ピアスの穴、開けてた筈だし。ピアスならいつもつけてもらえるから」

 ハルジはカレリアにほとほと感心していた。付き合いが4年目に入ろうとするハルジが気づきもしないことを、2、3度会っただけのカレリアが覚えていたからだ。

 ピアスならば、ハルジにも心当たりがあった。

 一月ほど前にカレリアのバースディプレゼントを探していた時に、最後まで候補に上がっていたものだ。

 金の針がついた小さな銀の六角形。

 手に取ってみると、その六角形には枝状の細かな細工が施されているのが判る。

 中心に水晶が埋めこまれたそれは、雪の結晶を象っていた。

 腕に物が当たるのを感じて、ハルジは我に返る。腕に当たったのは横倒しにされたカクテルグラスだった。

 見れば、隣でカレリアが突っ伏していた。

「やれやれ……」

 そうは言いながらもハルジの顔には笑みが浮かんできていた。

 閉店まで粘ろうと心に決める。それまでカレリアが起きなかったら、部屋に彼女を運んで行こう。

 ここからはカレリアの部屋よりも自分の部屋の方が近い。

 間違いなくハルジにとってカレリアは大切な人だ。おそらく唯一、人生を供にできる人だろう。

 長い人生、互いに弱みをさらけ出さなければやっていけない。

 夜は更けていく。物憂さを増していく店内を、ピアノの調べと作りものの熱帯魚だけが輝いて、変わらずに流れていくのだった。

全11回完結の予定。

次回、最終回の更新予定は1週間後の2月5日です。

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