✴︎リースの記憶✴︎
・・・・・・まただ。
また、この空間・・・・・・。
右を向いても。
左を向いても。
何も見えない。
何も、聞こえない。
右手を前に伸ばして見る。
・・・・・・どうやら自分のことは認識できるらしい。
いったいここはどこなんだ・・・・・・?
周りに警戒しながら暗闇の中を少し歩いてみる。
「・・・・・・リース・・・」
「っ!!」
突然聞こえてきた声に思わず後ろを振り返る。
そこには髪の長い女の人がいつの間にかそこに立っていた。
前髪のせいで顔はよく見えない。
この人、前にも・・・どこかで・・・・・・。
「・・・・・・あんた、誰なんだ。何で俺のことを知ってる?」
その問いに答えることなく、女性の体はまるで違う時空にいるかのようにゆらゆらと揺らめきだす。
「わた・・・は・・・・・・・・・絶対に・・・・・・」
「・・・・・・?」
自分の名を呼ぶ声は聞き取れるのに、大事な部分は何かに邪魔されているかのように聞き取れない。
距離を縮めればちゃんと聞こえるだろうか。
そう思い足を前に踏み出した時だった。
女性が顔を上げ、勢いよくこちらに向かってきたのだ。
ーーー殺される。
何故か反射的に頭にその文字が浮かんだ。
この人は自分に恨みを持っている。
だから殺そうとしている。
だからこうやって、俺の前に現れるのか。
死を覚悟し、恐怖から逃れるため強く両目を瞑った。
「リース!」
「・・・・・・!」
目を開けると向かってきていたはずの女性は消え、そこにはこちらをじっと見つめるルチルの姿。
どうやらまた夢を見ていたらしい。
「なんだかうなされてたわよ。やな夢でも見たの?」
「・・・ああ。ちょっとな・・・」
体を起こし軽く後頭部をさする。
特に問題無さそうだと判断したルチルは笑顔を見せると、すぐそばの川辺を眺めに一人足を走らせた。
エシャロットさんと別れた後、俺たちは降り出した雨を凌ぐため近くの林の下に避難した。
辺りも暗く見通しも悪かったため結局その日はそのままそこで一夜を明かすことになった。
先を急ぎたいレイは不満そうにしていたが、ルチルのことを気にかけてくれているのかまたどこかへ行ってしまうということもなく俺たちに付き添ってくれている。
なんだかんだ、いい奴なんだよな。
打ち解ける様子は一ミリもないけど。
そのおかげもあってか旅は順調に進み、特に敵襲に合うこともなくノワール国王が言っていた川辺まで辿り着くことができた。
その途中でルチルは無事に目を覚まし今ではすっかり回復している。
「また、例の夢?」
「・・・ああ」
心配そうに声を掛けるフランは俺のすぐ横に座った。
ルチルがピケに刺され、血に塗れた光景を目の当たりにしたあの日からあの女性はよく夢に現れるようになった。
彼女が誰で、何の理由で現れるのか。
けど、思い当たるとするならば・・・やっぱり・・・・・・。
「・・・やっぱり、あの時のは・・・・・・俺がやったのか?」
「・・・それは、ノワール兵のこと?」
頷いてみせるとフランは口を開いたが、そのまま言葉を返すことなく口をつぐんだ。
その様子からやはりそうなんだと自覚する。
「でも、僕は君がやったんじゃないと思う」
「それでも力を使ったのは俺なんだろ?なら、他に誰がいるっていうんだ」
「あの時・・・、リースがスーラたちに言ったこと」
「・・・・・・」
そう。
あの時俺は、こいつらに感じていたある違和感を問い詰めた。
<お前たち、俺らの思考を操ってるだろ!>
思えば今まで何故スーラたちに対し何一つ疑問を持たず旅をしていたのか。
スカイ・ネイルを封印する。
その思いは互いに同じだ。
・・・・・・けど、過去の主の時はどうだったとか、再びスカイ・ネイルの封印が解かれてしまった理由はなんなのかとか。
話した方がいい情報はいくらでもあるはずなのに、スーラたちは進んでそのことを開示しない。
俺たちもそれに対して特に気にしていなかった。
全てがそうであったわけではないが、スカイ・ネイルの力が現時点でまだ使われていないとわかるのもおかしい。
それってこの場になくても感覚でわかるものなのか?
それなら、残り二つの神器も今どこにあるのか把握できているんじゃないのか?
本当に、彼らの目的はスカイ・ネイルを封印することなのか?
・・・・・・でもこれら全てを話しても、スーラとモニアは否定するだけだった。
それからというもの、俺は心のどこかでスーラたちに疑いの目を向けてしまっている。
「リースが言うように彼らが僕らの思考を操り、例えば力を使わせるように誘導している、という可能性もなくはない。
それに・・・・・・僕もリンドブルムがいながら今まで自分自身で情報を集めていた。それに対して特に何も疑問を抱かなかった。
・・・・・・けど、全部がそうだったわけじゃない。
彼らが否定している以上、今は疑っても互いの溝を広げるだけなんじゃないかな」
「まあ・・・そうなんだけど」
フランの言う通り、これ以上疑ったところで何の進展もない。
ただ、本当にこのままスカイ・ネイルを目指していいのだろうか。
またどこかで・・・・・・俺の知らないどこかで、誰かを殺めてしまったとしたら。
次にその事実を知った時、俺はそれを受け入れられるのか?
今だって、記憶の片隅にすら無い。
例えそれが神器の力だったとしても。
俺がそうしてしまったことに変わりはない。
見えぬ自分に対する恐怖に右手が微かに震える。
それを落ち着かせるため、ぎゅっと手を握り締めた。
「・・・夢の方も、もしかしたら過去の記憶が関係しているかもしれないってリース、そう言っていたよね。・・・・・・無理に思い出そうとすると心にも負担がかかる。焦らなくても、ゆっくりで大丈夫だよ」
「っでも俺は、今すぐにでも思い出したいんだ!」
思い出したい。
思い出さなきゃいけない。
彼女が夢に現れる理由も。
忘れてしまっている訳も。
俺は知らなくちゃいけない気がする。
いや、知らないといけないんだ。
「・・・・・・でも、思い出そうとしても、やっぱり何も思い出せない。・・・・・・きっとあの女の人のことだって、俺が・・・っ」
「うざいな」
「・・・っ!」
「ちょっ、レイ!その言い方はないだろう!」
横で聞いていたレイは表情を変えることなく視線をリースに向ける。
「わからないものに対して思考を張り巡らしたところで、その時間は無意味だ。戦闘の際も必ず足を引っ張る。・・・・・・自分を強く持て。そうすれば、要らぬ考えは捨てられるはずだ」
「自分を・・・強く・・・・・・」
「ねーぇ!あそこに小魚がたくさんいるわよ!・・・・・・って、みんなどうかしたの?」
ルチルの明るい声が重かった空気を和らげる。
今までのことはルチルには話していない。
傷が癒えたとはいえ、やはりピケのことを気にしているようで、更に俺のことで悩ませるのは嫌だと思ったからだ。
「いや、何でもないよ」
一気にいろんなことが起こり今はまだ整理がつけられないけど。
君が笑っていてくれさえすれば、それで・・・・・・。
するとルチルの顔が急にこちらに近付いてくる。
何事かと思わず座り込んだまま後退りする体制になると、彼女はお構い無しに至近距離でリースを見つめる。
「な、なに・・・・・・」
「・・・・・・嘘ついてる」
不満そうにぽそりと呟くと、ルチルはリースから離れ立ち上がる。
「言いたくないなら言わなくてもいいけど。リースが悩んでることくらいわかるんだから。・・・・・・話せる時が来たら、ちゃんと話してよ」
ああ。
君には敵わないな。
結局気を使わせてしまって、これじゃあ隠しても何の意味もないじゃないか。
もっとしっかりしなければ。
今は一旦、考えることをやめよう。
「ありがとう、ルチル」
その言葉に一瞬目を見開いたが、ルチルは嬉しそうに微笑んだ。
「フランと・・・レイも。ありがとな。俺、ちょっと正気じゃなくなってた」
「ううん。いつでも頼ってよ。僕らは仲間なんだからさ。・・・・・・ねっ、レイ」
「・・・・・・」
すっとレイも立ち上がると、少しだけ川沿いを歩いていく。
「日が暮れる前にそろそろ行くぞ」
「・・・そうだな」
リースとフランも立ち上がり、レイの後に続いていく。
ルチルもその後を追おうとしたが、また何か発見したのか地べたに転がる小包を拾い上げる。
「これって・・・・・・」
中を開けて見てみると、丸型や星型をしたチョコが入っていた。
少し形が悪くなってしまっているものもあるが、この小包の持ち主はおそらく・・・・・・。
言うより先に手元から忽然と消えた袋にルチルは目をぱちくりさせる。
「ねえ、それ・・・・・・。私がプロスペリティであげたやつでしょ?まだ待っててくれたのね」
「・・・・・・うるさい」
「ふっ」
わかりやすい照れ隠しに思わず吹き出してしまった。
また機嫌を損ねてしまうのをわかっていても、これは流石に堪えきれない。
予想通り彼はその後険悪オーラを放ったが、そこまでがレイだとわかっているから。
暫くの間、その場は笑いに包まれていた。
ーーー
「それにしても、レイがチョコを好きだなんてね」
思い出したようにフランがそう言うとくすくすと笑いを溢す。
「・・・・・・切り裂かれたいか?」
手のひらに魔力を集め風魔法をちらつかせるとそれを見たフランは片手を横に振り慌てて謝罪した。
「でもなんか良かったよ。俺、お前のこと普通の人間だと思ってなかったからさ。そういうのが知れて」
「・・・・・・」
「あ、ねえ。橋ってあれじゃない?」
ルチルが指差した先には川に架かる橋。
さらにその先には生い茂る林に、大きく聳え立つ山々。
あそこの山の麓にザンスカールが・・・・・・。
「聞いていた話だと治安はかなり悪くなってるようだから、ここからは気を引き締めていこう」
フランの一言に一気に緊張感が増す。
あそこにはどんな奴らがうろついているかわからない。
確か神器を持たない者は集落へ入る手前で追い返されているらしいが・・・。
目を向けられないほどの事がすぐそこで起こっているかもしれない。
・・・・・・それでも、行くと決めたから。
スカイ・ネイルを封印して、もう人の手の届かないところへ隠し、俺はルチルと共にギルじいさんの元へ帰るんだ。
それまでは絶対に・・・・・・。
橋に辿り着き周りを警戒しながら渡っていく。
川の流れる音と体重が掛かる度に軋む木材の音だけが辺りに響く。
それがいっそう心臓を縮ませ歩幅も先程より小さくさせた。
俺はルチルとなるべく離れないよう距離を保ちつつ、橋は難無く渡り切ることができた。
林の前で一度止まり、深く深呼吸をする。
「行こう」
フランの声とともに俺たちは未知の領域へと足を踏み入れた。
「今のところ、人の気配は感じないわね」
「そうだね。何事もなく辿り着ければ良いんだけど・・・・・・」
何事もなく。
それが一番望むところだが、気を緩めるわけにはいかない。
アンテナを解いた瞬間に狙われる。
例え出くわした相手が友好的でも、いつ豹変するかわからない。
ピケのように・・・・・・。
「ルチル、あまり俺から離れるなよ」
「う、うん。わかったわ」
葉の擦れる音が耳に残る。
木漏れ日が警戒心を逸らそうとする。
だが、一瞬の異変を俺たちは見逃さなかった。
ルチルを抱き寄せその場にかがみ込み、フランはすかさず剣を抜く。
木の幹には一本の槍。
もろに当たっていたら致命傷になっていたかもしれない。
「誰だ」
レイの言葉に木々の影から姿を現したのは二人組の男だった。
「おうおう。そんなにわかりやすく魔力を放出しなくてもいいだろうよ。・・・・・・まあでも、子供のくせに少しはやり甲斐がありそうだな」
「・・・って、あいつらの魔力なんか他と違くないすか?もしかして、当たり引いちゃったっスか?だとしたらやばいっスよ兄貴!売り捌いたら大儲けっスよ!」
「馬鹿野郎!誰が売り捌くか!てめぇ目的を忘れたのか」
「あ、ああ。そうでした」
男は背中に装備していた柄の長い武器を手にするとニンマリと口角を上げその目を輝かせた。
「あの男からスカイ・ネイルを奪い、俺たちの野望を叶えるんだ!」
「そういうこと」
兄貴と呼ばれた男もサーベルのような刃物を取り出し見つけた獲物を逃さぬようじっとこちらを見つめる。
「あいつら、神器のことを知っているのか?」
「きっと十五年前の噂が広まってるんだろう。知ってる者がいてもおかしくはない。・・・気を付けて。あいつら・・・・・・っ!」
異様な奇声を上げ男たちは武器を振り上げこちらへ向かってくる。
「ウインド」
レイの風魔法により鋭利な刃と化した風が男たちを襲う。
ーーーしかし、彼らはそれを避ける様子がない。
風が、彼らの皮膚を切り裂いていくーーー。
「ひぃやっはあああ!!血だっ、俺たちの大好きな血だあぁーーー!テンション上がってくるぜえ!」
「こ、こいつら、正気か?!」
異様な雰囲気の相手に思わず後退りするが、ルチルを守るようにし鞘から剣を抜く。
「きっとこの辺りはああいうわけのわからない奴らが潜んでいると思う。周りへの警戒心も緩めないように!」
「わかった!」
言われた通り周りを気にしながら相手の動きを見定める。
変則的ではあるが、思ったほどスピードは速くない。
それなら・・・・・・!
サーベルを振り下ろしてきたところをシグハルトで阻止し、力を目一杯込めそれを押し返す。
さすがに筋力の差で一撃が重たいが、フランが援護に回り気を逸らしたところでなんとか弾き返すと直ぐに次の攻撃体制に入り、素早い動きで剣を幾度もなく切り付けていく。
男は足元をふらつかせながらも手にしていたサーベルを振り上げるが、予測していたリースはそのタイミングで距離を取る。
「彼らは多分盗賊だろう。何をしてくるかわからない」
「っ・・・」
一方もう一人の男はレイを目掛けて槍を放ったがそれを簡単に躱わし、もう一段階強い威力の風魔法を発動させる。
だがやはりあまり効果がないようで変わらず奇声を上げている。
「フレイム!!」
ルチルの声とともに空気を焼く様な熱気が炎へと変わり、たちまち男を飲み込んでいく。
「や、やった・・・!」
「やった!じゃねえっスよ」
「・・・!」
どう耐えたのか、明らかに肌は焼けてしまっているのに全然効いている気がしない。
「嬢ちゃん、そんな力じゃ俺たちには通用しねぇよ。もっと殺す勢いでこなくっちゃ。じゃないと自分の身も、守れねえっスよ!」
男の持つ槍がルチルへと投げられ、真っ直ぐ飛んでいくーーー。
次の瞬間、その槍は真っ二つとなり標的に達することなく地面に転がり落ちた。
「・・・・・・ルチルに手は出させない」
ギロリと睨むと小さく悲鳴を上げ、丸腰となった男は慌てて地を這いつくばるようにして草むらをかき分け姿を消した。
「・・・っち。絶好の機会だったのによ」
サーベル男は身を切り返すと仲間を追うため、背後を取られぬようこちらを警戒しつつその場を後にした。
「た、助かった・・・・・・」
力が抜けて座り込むルチルに、フランが優しく手を差し伸べる。
「まだ油断しちゃならないよ。集落へ着くまでは頑張ろう」
「そうね・・・。ありがとう。リースも、おかげで助かったわ」
「・・・・・・ルチル」
「ごめん、もう少し私の魔力が強ければリースが気を張ることもないのに」
「そうじゃなくて」
「・・・?」
いつもと違うリースの様子に何故か心がざわつく。
「もう、無茶しないでくれ」
目線を落としたまま、絞り出したかのように発した声はあっという間に風に掻き消され、何事もなかったかのように差し込む光は彼らを静かに照らしていった。
ーーーあれからリースは、一度も私と目を合わせてくれない。
きっと怒ってるんだわ。
この中で一番力の弱い私が戦闘に参加して、結局最後には助けてもらって・・・・・・。
ピケの時も命を落としかけたところをみんなが救ってくれた。
無理もない・・・・・・。
でも、だからといってここまできて帰るなんて選択肢はない。
甘えちゃいけない。
どんなときだって、ルチル=カメリアは弱音を吐かないの。
あなたを支えると心に決めたんだから。
そのためには、常に対等の位置にいなくちゃ。
守られてばかりではだめ。
駄目、なんだけど・・・・・・。
リースはどんどん強くなってる。
おじいちゃんと暮らしていた時とは比較にならないくらい。
剣技を覚えて、全く使えなかった魔法も少しずつ使えるようになって、神器も使いこなしてて・・・。
それに比べて、私は・・・・・・。
・・・・・・だんだんリースが手の届かないところへ行ってしまうみたいで。
あなたはもう、一人ではない。
どうして私を守ってくれるの?
何故そばにいさせてくれるの?
それとも、私がただ一方的に・・・・・・。
「・・・・・・チル。・・・ルチル」
「あ、ごめん、なに?」
「どうかしたの?ここからは二手に別れるけど、大丈夫そう?」
「ああ。えーと・・・」
気が付くと目の前には人気の無い家が建ち並んでいる。
どうやらぼうっとしている間に着いてしまったようで、フランの話も全く聞いていなかった。
心配させまいと大丈夫だと返事をしたが、何故かリースとレイは別方向へと歩いて行ってしまった。
「やっぱり聞いてなかった?」
「ご、ごめんなさい。少しぼんやりしちゃって・・・・・・」
「・・・リースに言われたこと、気にしてるの?」
さすがにバレバレだよな、と思いつつも恥ずかしくなり小さく頷いてみせる。
「やっぱり、私が足手まといだから・・・・・・」
「リースはそんなこと思ってないと思うよ。・・・・・・今日が終わったら、一度話してみるといい」
「で、でもリース、あれから目も合わせてくれないのよ。今は距離を置いた方がいいんじゃないかしら・・・・・・」
「君がそうしたいならそうすればいい。・・・でも、時間はその距離を埋めてはくれないよ」
「・・・!」
フランの言う言葉は何故だか凄く心に刺さる。
彼の言う通りだわ。
距離を置こう、なんて。
ただ逃げているのと同じことじゃない。
話したい。
今すぐ、リースと・・・・・・。
「私、今日話してみる」
「うん。・・・・・・そしたら、僕らもそろそろ調査に行こうか」
「ちょう・・・さ?」
瞬きを繰り返すルチルにフランはにこりと笑顔を向ける。
ーーー
「結局あの後誰とも遭遇しなかったな。この集落も、聞いていた話じゃ住民が一帯を囲ってるって話だったけど、そんな様子はなさそうだし・・・・・・」
無事にザンスカールに辿り着いた俺たちは一先ず安心し、人気もあまりないことから今がどんな状況なのか把握するために現地調査することにした。
フランの提案で二手に分かれ、一通り回ったところで別れた場所でまた落ち合おうという話になり今に至る。
確かに林を抜けた先は微かに鼻につくような嫌な空気が漂っていたのだが、土地が荒らされた様子はなく神器を持たない者以外を集落に入れてなかったんだろうということが感覚でわかった。
ただ集落の人だけでなく、スカイ・ネイルを狙う人の姿もないのは何故なんだ。
「まさか、もう誰かの手に・・・・・・?」
『いや、多分スカイ・ネイルはまだ雷の神器所持者が持ってると思う』
「っ・・・やっぱり、お前たちは石の在処が最初からわかってたのか!なら今そいつがどこにいるのかも知ってるんじゃないのか」
『多分って言ってるでしょ!・・・・・・勘だよ、勘。何となくそう感じるんだ』
本当なのかそうでないのか信じ難いところだが、問い詰めたところで答えが出ないことはわかっている。
俺が主である以上、下手に関係を崩して魔力の連携が取れなくなっても困る。
今は彼の言うことを受け入れよう。
「・・・疑心暗鬼になるのは仕方無い。俺もお前らと同じようにこいつらを完全に信用しているわけじゃない。ただ、この争いが終わるのなら・・・・・・」
「・・・・・・そういえばレイは、なんで旅をしてるんだっけ」
「・・・・・・」
「い、言いたくないなら言わなくていいよ。別に・・・・・・。お前、自分の話はしたがらないもんな」
「・・・・・・魔法を使ったから」
珍しく帰ってきた返答に多少驚きつつもその後の言葉に耳を傾ける。
「お前は一人でも大丈夫だろうと知らぬ土地に放置され、それ以来姿を隠すことのできる迷いの森付近で生活をしていた」
「お前、それって・・・・・・」
「旅を始めたのは俺にハルモニアが宿ってからだ。彼女の持つ強すぎる力に引き寄せられて変な連中が集るようになり、迷いの森でやり過ごすのが困難になった。今は魔力を抑える魔導具のおかげでそうそう姿を見かけなくなったが・・・・・・。最初はそいつらから逃れるために拠点を何度か移していた。・・・・・・その先々で弱いものが強い者に狩られる場面を俺は何度も見てきた。何故か、それが酷く許せなかった」
「見ていられなくて助けてたってことか?じゃあ、俺の時も偶然出会して・・・・・・。でもそれって思っててもなかなか簡単にできることじゃないだろ。なんか・・・・・・凄いな、レイは」
「・・・」
助けたいから、助ける。
シンプルな感情なのに、いざ目の前で起こると複雑に糸が絡み合ったかのように体が思うように動かない。
それに苛立ちを覚えて思考がぐちゃぐちゃになって、冷静になろうとするけどそれまでも上手くいかなくて。
今俺が目指すべきなのはフランのような戦闘技術を身につける前に、レイのような冷静さを保てる人になることなのかもしれない。
「さっきレイに言われた通り、自分を強く持とうと思った。・・・・・・けど、心に体がついてこないんだ。このままだとまた同じことを繰り返すだけのような気がして・・・。強くなるためには、どうしたらいい?」
「・・・・・・それは、お前の方がわかってるんじゃないのか」
「なっ・・・どういうことだよ、それ」
「まずは誤解を解くことだな」
「・・・!」
なんでここでその話になるんだ。
確かに俺はルチルに対して明らかに嫌な態度をとってしまった。
あの時。
敵の槍が飛んできた時、あと数秒遅れていたら・・・・・・。
なんて考えてるうちにまだまだ未熟な自分にイライラして。
・・・・・・俺はいったい、何をしてるんだろう・・・。
思わず溜め息が出る。
「・・・・・・一先ずあの人に話を聞くぞ」
住民を見つけたレイは颯爽とその人の元へ歩いていく。
気持ちの切り替えも早いようで、若干まだ心のモヤが晴れないリースはそれさえも羨ましいと思いつつ、今は考えまいとその後を追った。
「すまない、少し話しを聞いてもいいか」
「えっ、ええ・・・」
突然話しかけられ明らかに動揺する女性。
リースらの身なりや背格好を見て警戒心は多少解いてくれているようだが、その様子からやはりここで何かあったことに間違いはなさそうだ。
「ここはスカイ・ネイルを巡って争いが起きていると聞いていたが、そんな様子は見受けられない。今はどんな状況なんだ」
「レイ、そんな直球に・・・・・・」
「いえ・・・、大丈夫よ。前はスカイ・ネイルを求めて来た人たちを集落へ入れぬよう周りを封鎖していたのだけれど・・・、今はそれを持っている彼がここを離れたことにより、盗賊たちも追うようにして消えてったわ。
・・・・・・まだ、林の中を彷徨いている者もいるようだけど。
ただ、その時に何人か重傷を負ってしまって。見ての通り、みんな今は自宅で体を休めてるの」
「離れたって・・・・・・じゃあ、今ここに石はないんですか?」
「ええ・・・。でもまたいつ戻ってくるか・・・・・・あなたたちもあの石の力を求めてここへ来たの?」
「あ、いや・・・俺たちは」
「封印するためにここへ来た。神にそう告げられた」
中年の女性は少々驚いたように目を丸くする。
すると今度は安堵するかのように眉を落とし、胸の前で手を握った。
「私たちはずっと来るのを待っていたわ。・・・・・・集落は今回のことでまた活気がなくなってしまったけど。どうか・・・、どうか彼を止めてちょうだい。それからあの石も・・・・・・」
彼というのはおそらく雷の神器所持者のこと。
どうやらここの人たちは戦闘に慣れているというわけではなさそうだ。
集落を歩いている数人の格好を見ても今まで武装して戦っていたとは思えない。
そんな彼らを盾にするような形で雷の神器所持者は俺たちを待っていたというのか?
何故そんなことをしたのか。
まるで人の命を弄んでいるかのような・・・・・・。
「負傷者は・・・・・・どれくらいいる」
「ええと・・・、ごめんなさい。そこまでは把握しきれていないの。うちの主人も怪我を負ってしまって、ちょうど今薬をいただいてきたところで」
レイは暫く黙った後、リースの方に振り返る。
「残りの調査はお前に任せる。俺はまた後で合流する」
「えっ・・・・・・、・・・わかったよ。治療してくるんだな。フランにもそう伝えとく。けど、俺たちは集合場所へ戻った後きっと移動するだろうけど、その後の居場所はわかるのか?」
「この範囲の距離なら魔力を辿れる。問題無い」
魔力を辿るって・・・・・・。
まあ、フランの力は強いし、レイがそういうんなら大丈夫なんだろう。
「・・・・・・待ってるからな」
念を推すようにそう言ったが、返事は返ってくることなく女性を引き連れる形でそのまま歩いていってしまった。
「さてと・・・・・・」
一人取り残され、仕方無く調査を続けるため辺りを見回す。
「あの人に聞いてみるか・・・」
その後外を歩いている住民何人かに聞いて回ってみたが、やはりみな口を揃えて言うのはスカイ・ネイルを持っていた男がいなくなったことにより争いが収まったこと。
負傷者が出ていて今は手当に追われていること。
こうしている間にもまだここにスカイ・ネイルがあると思って来た外の人間に襲われるんじゃないかと不安を抱えているということだ。
状況はどこも似たような感じで、なんだか話しを聞いていて心が沈む。
ただザンスカールの人たちは俺のことを特に敵対視することなく受け入れてくれる。
それがせめてもの救いに感じた。
それからもう一つ。
スカイ・ネイルを持っている男のことについて、少しだけわかったことがある。
名前はネオン。
この場所では数少ない地質調査員という役割を担っているらしい。
地質を調べるには地魔法が使えないといけないらしく、まず調査員になるためにはそれが原則必須になるという。
仕事の大半は新しく家を建てる時にその場所が問題無いのか調査をするらしいのだが、山が近いことから鉱石の採掘に行くこともあるそうだ。
そこで見つけてきた石の中から使えそうなものを選別、研究した後生活に取り入れたり、時々訪れる商人に売ったりして集落の資金にしているらしい。
そしてある日、採掘している中でスカイ・ネイルを偶然発見してしまった・・・・・・。
天空より舞い降りた伝説の秘宝とされる石。
スカイ・ネイル。
手にすれば全てを可能としてしまう力があるという。
この集落には古くから伝わる言い伝えがあり存在自体はしないと考えられてきたのだが、地質調査員がそれを見つけてしまったことにより後に噂として広まったのが十五年前の惨事を招く原因になったという。
やはり最初はその石が本当にスカイ・ネイルであるのか確信が持てなかったが、明らかに人から作られた魔力の強さではないことからザンスカールの人たちはそれをスカイ・ネイルだと徐々に称え始め、浸透していったそうだ。
ただ一つわからないのは、スカイ・ネイルを発見した場所は山の危峰だったはずだ。
普通に採掘していたら絶対に見つけられるはずがない。
それほどまでにスカイ・ネイルの力が強く調査員の一人が察知し山を登ったのか。
それとも最初からそれ目的で危険を冒してでも探しに行ったのか・・・・・・。
一度フランたちと落ち合い話しを合わせてみよう。
もしかしたらそこのこともわかるかもしれない。
聞いた話しを整理しながら来た道を戻る。
変わらず人通りは少なく、静けさが残るこの通りは自分をもどこか孤独にさせた。
・・・・・・ここの人たちは、二度もこの状況に陥ってる。
やはり俺はスカイ・ネイルは存在すべきではないんじゃないかと思う。
こんなことになるくらいなら。
願いを叶えるための代償がでかすぎる・・・・・・。
集合場所が見えてくるとそこには既に二人の姿があった。
俺はレイのことを話し、わかったことを共有する。
するとフランたちはこの集落の外れに地質調査員が使う建物があるという情報を入手し、そこについて詳しく知っている人が話しをしてくれるそうで俺たちのことを店で待ってくれているらしい。
「あ、あの・・・・・・リース」
歩き出したところで名前を呼ばれ、振り返ろうかと思ったが今は何と返したらいいのかわからず俺は聞こえていないふりをした。
フランは直ぐにそのことに気が付き呼び止めようとしたが、ルチルがリースの袖を引っ張ったことにより動きを止められる。
「後で・・・・・・話したいの」
今、君はどんな顔をしているのだろう。
でもまだ・・・・・・今は気持ちの整理がつかない。
「・・・・・・後でな」
どうすることが正解なのか。
どうすればこの先君を傷付けずに守れるのか。
力が、欲しい。
掴まれていた袖はするりと落ち、それ以上言葉を発することなく二人を置いていくように足を進めた。
フランのいう店は集落の中心となる辺りに建っていた。
個人で経営している小さな飲食店で、近付くにつれ良い匂いが漂ってくる。
店の中へ入ると店員が一人とカウンターに男性が一人座っていた。
その人がこちらへ顔を向けるとどうやら待ってくれていた人物のようで俺たちを隣へ座るよう促した。
「初めまして。まあ、とりあえず適当に何か食べながら話そうか」
ヘアバンドを巻いた短髪の男はこの店の常連なのか、メニュー表を開くことなく店員にいくつか注文していく。
「すいません、突然話を伺った上に場所まで用意していただいて。ええと・・・・・・」
「ははっ。子供のくせに律儀な話し方だな。俺はチェスナット。ナットって呼んでくれ」
「ナット・・・さん。僕はフランです。それからこちらがリース、彼女はルチル。あともう一人いるんですが、まだ集落を回ってて。・・・それで、先程言っていた地質研究所というのは・・・・・・」
「ああ。名前の通りそこで地質についてと山で採掘してきた石について研究している。・・・・・・その採掘の中で、ある調査員がスカイ・ネイルと思われる石を見つけちまった」
「やはり、それが発端なんですね。噂もそれから広まってしまったんですか」
コップに注がれた水を一度口にしナットは手元に目線を落とした。
「・・・・・・そう。だが俺は、地質調査という肩書の裏で密かにスカイ・ネイルを探していたことを知っていたんだ」
「探していた・・・って、本当に存在するのかもわからないのにですか」
「いや。確信する何かを掴んじまったからだと思う。あの石の力は相当に強い。故意的に探していたんだとしたらある程度近付けばそこに何かあるのは把握出来るだろうからな。それに・・・・・・あいつらは地魔法使いだ。その場所の特徴を知ってさえいれば地面を操れる。ただ、それがあったのは山の危峰とも言われる場所。そこへ辿り着くのは簡単ではない。登頂するまでに、何人かは犠牲になっちまった・・・・・・」
頼んだ料理が出てくるとナットは気を使わせないよう好きに食べてくれと声を掛けてくれた。
「ナットさんは調査員ではないのにお詳しいんですね。ザンスカールではみんな知っていることなんですか?」
「いや、ここまで知っているのは調査員と繋がりを持ってる人だけだろう。それに、ザンスカールってのは本当は山の名前なんだ。昔からゆかりがあってここはそう呼ばれてるんだけどな」
「そうだったんですね・・・」
ちらりと店員の方に視線をやると目が合ったが、ふっと笑みをこぼし作業を続けている。
「私は何も聞いちゃいない。ここは客が集う場だ。集落の空気を悪くするようなことはしないさ」
「いつもありがとな。聞きたくないかもしれない話を垂れ流しちゃってよ」
「・・・その、ナットさんはいるんですか?調査員の中に、知り合いが」
「・・・・・・ああ。いるさ。きっと君たちも知っている人だよ」
そう言われて思い浮かぶのはただ一人。
「ネオン」
ナットは肉料理を口に頬張ると縦に首を頷かせ、少し間を置いてから水で喉を潤し、じっとリースらを見る。
「フランと、リース・・・・・・って言ったか。お前らは持ってるんだな。それと、ここにはいないもう一人も」
「・・・!何のことを・・・・・・」
「何のこと言ってるかわからねぇって?持ってたからだよ。俺も、お前らと同じものを」
「!」
「もしかして、バルデさんが言ってたナットって・・・・・・」
「なあんだ、俺のこと知ってるのか?・・・・・・まあ、少し長くなるが。食べながら聞いてくれよ」
そういうとナットは過去を思い出しながら淡々と話を続けていった。
俺とネオンは昔からの友人であり幼馴染だ。
暇さえあれば二人で林の方へ出かけ、よく遊んだもんだ。
当時俺たちは魔法を扱う事が出来なかった。
それに対して俺は特に何も思うことはなかったが、あいつは違った。
集落の中でも数少ない地質調査員だけは地魔法を使う事ができる。
それはこの先生活していく上でも重要な役割であり、地魔法が使える事が原則必須だから当たり前のことなんだが、ネオンはそれに対して凄く憧れを抱いていた。
いつか自分も人の役に立つ仕事がしたい。
魔法が使えるようになりたい、と。
俺は素直にあいつのことを応援した。
お前ならきっとなれるって。
その後俺と違って頭の良かったネオンは順調に知識を付けていき、魔法を扱えるようになるまでは苦労したもののぎりぎり合格ラインに入れるくらいまでには成長してみせた。
そしてついに夢である地質調査の仕事に就き、あいつは日々仕事に励んだ。
中でもずっとやってみたかったという山での採掘は本当に楽しそうに取り組んでいた。
そんなあいつを見ていて俺も嬉しかったんだ。
・・・・・・だが、ある日。
ネオンは酷い怪我を負って山から帰ってきた。
珍しく暗い顔をし、何かに怯えているかのように震えながら俺に話をしてきた。
そこで初めて調査の裏でスカイ・ネイルを探していたという事実を知り、そしてその日、何人か死人を出した上でそれと思われる石を持ち帰ってきたというんだ。
採掘は簡単な仕事ではない。
山へ登るのだから、リスクだって当然ある。
足を滑らせて命を落とす者だっていると聞いていた。
時々顔を見かけなくなる人がいたら、そういうことがあったんだろうって集落では噂になっていた。
・・・・・・けど、その時は五人以上が犠牲になったんだ。
ただ事じゃない。
どうしたらそんなことになるのか、もちろんみんなには話さなくてはいけなかった。
大切な家族を失い、調査員を恨む者もいた。
それでも彼らは研究をやめるわけにはいかなかった。
持ち帰った石がスカイ・ネイルであるのかどうか調べる必要があったからだ。
なんとかその場は切り抜けたものの、結局調査員の誰かが口を滑らしスカイ・ネイルかもしれない鉱石が見つかったことが一瞬にして周りに広まってしまった。
だがザンスカールに住む人たちは特にその石を欲することなく、言い伝えの代物が見つかった今この場所で大切に保管しておこうという話で纏まったんだ。
・・・・・・それで、終わればよかったんだが。
調査員の間ではその後もその石についての研究が続けられた。
まるで氷のような透明感を持ち、強い輝きと魔力を放ち続ける石・・・・・・。
それがスカイ・ネイルでないというのならいったい何だというのか。
だがそれ以上にわかることはなく進展は何もなかった。
ネオンの様子がおかしくなったのは、その後のことだった。
きっと長い間強い魔力を浴び続けていたから気がどうにかしちまったんだろう。
あいつは突然スカイ・ネイルを自分の物にしたいと言い出した。
何でも願いが叶うのならと。
目の下には隈ができ、仕事に就いた時と比べると顔は少しやつれていた。
体を休めるよう説得したが、取り憑かれるようにあいつはスカイ・ネイルの研究を続けた。
公になってからは隠す必要もなくなったため、前よりもそれに時間を充てた。
次第に俺は、ネオンのことを理解するのが難しくなっていった。
俺の知ってるネオンはもういないのかもしれない・・・・・・。
心のどこかでそう思う自分がいた。
そしてまた、俺たちの仲を酷く歪ますきっかけとなる出来事が起きてしまったんだ。
「神の、存在ですか」
フランがそう言うとナットは頷いた。
「俺もあの頃はまだ考えも未熟もんだった。何を思ったのか、俺の中にスカイ・ネイルと繋がりを持つ精霊が宿ったことをあいつに話しちまったんだ。なんか手助け出来たら・・・・・・って気持ちで言ったつもりが、あいつは顔色を変え俺のことを心の底から妬んだ。なんでお前なんだって。努力も何もしてないお前が何故神に選ばれ、魔法をも使えるようになるんだってな」
「仲が良かったのに・・・、そんな関係になってしまったのはちょっと悲しいですね」
「ちょっとばかりじゃないよ。あの時俺はどうすれば良かったのか今でも頭のどっかで考えてる。また昔のように戻ってくれたら・・・・・・なんて。・・・・・・ああ、ごめん。ちょっと個人的な話に逸れちゃったな」
後頭部に手を当て少し頭を下げながらそろそろ冷めてきてしまっただろう料理に手を伸ばす。
「・・・・・・ただ俺は、あいつを止めたいんだ」
そういうとナットはスライスされたバケットにかぶりついた。
「あの、俺たちまだわからないことだらけで。どうして封印したのに解除されてしまったんでしょうか。それに何故またスカイ・ネイルが調査員の手に・・・・・・」
「それは俺にもわからない。彼らはまだ諦めてないんだろうが、今回は死人が出たなんて話も聞いちゃいないしね。・・・ただ、引っ掛かることはいくつかある。これを話して、そこの神たちがどう思うかはわからねぇが」
姿を現していないスーラたちを探すようにナットは店の中を見回した。
「一つは封印すれば争いは終わると言われたんだが、解除された今また争いが起きてしまっている。結局封印したところで同じことを繰り返すだけなんじゃないのか、ということだ。
それからもう一つ。十五年前にスカイ・ネイルを封印する際、神器を所有する神たちが動揺しているように見えたんだ。・・・・・・俺の気のせいじゃなければ、だがな」
「動揺って・・・・・・」
「まあそういう反応になるよな。・・・・・・あとは、雷の神トールデウスがネオンに嘘をついているということだ」
「嘘?それってどんな・・・」
「スカイ・ネイルを使えるのは通常神器所持者か強い力を持つ者のみ。だが神器を持っていなければ命を落とすリスクがある。・・・・・・一つでもあれば石の力は使うことが出来るんだ。それなのにあいつは使おうとせず神器を五つ集めようとしている。この理由は俺にもわからないが、何か考えがあるのは間違いないだろうな」
ナットさんの話を聞いてますますスーラたちが怪しくなる。
封印することが目的だったんじゃないのか?
今ここで否定してこないということはそういうことで間違いないという認識になるが・・・・・・。
何故何も言ってくれないんだ。
「あとは当事者に聞くのが一番いいんだけどな。神らが話してくれないんじゃ、俺たちで真相を明らかにしていくしか・・・」
「当時の主がどこにいるのか知ってるんですか?!」
突然大きな声を出したがためにみんな驚き、リースは我に返ると小さく謝罪した。
「すまない。どこにいるかまでは・・・・・・。けど、心当たりはあるよ。今そこに彼らがいるかどうかはわからないけど」
「良ければ教えていただけますか。その人たちのこと」
「ああ、もちろんだよ。ただ・・・・・・一人目のノワール国の王女なんだが、彼女は既に亡くなってしまっている。名はステラだ。・・・それからもう一人はアレン。彼はカメリア国に住んでいたんだが、スカイ・ネイルを封印する際相手の魔法で崖から転落して・・・・・・実は、そこから行方がわからなくてな。けどあいつは結構タフな奴だったからきっと今も何処かで生き繋いでいると俺は信じているんだけど・・・・・・。
それと、残る二人は小さな集落に住んでいたっていうスバルって男と、
ルサリィという女の人だ。彼女もカメリア出身だよ」
フランとルチルはその人物を知っているのか互いに顔を見合わせた。
「ルサリィ=カメリア・・・・・・」
「えっ、それって」
「私の・・・・・・お母さんの名前と同じだわ」
「なんだって?!それじゃあ君はもしかしてカメリア出身なのか?」
「ええ。私と・・・フランもそうです。本当は彼は既に成人していてコバルト国の王として健在しているんですけど、今はスカイ・ネイルの封印のために姿を変えて・・・・・・」
「ならカメリア国へ行くといい。当時封印したのはルサリィだからね。・・・ああ、なんで名前を聞いた時に気付かなかったんだろう」
「あ、あの・・・」
「確か彼女とスバルはあの後カメリアに戻ると言っていたから少なくともルサリィはそこにいるはずだよ。・・・・・・けど、なんで君は母親の名を聞いて不思議そうにしているんだい?」
ナットの回想が飛び交い、ついていけなくなったところでフランが訳を話すと点と点が繋がったようでそういうことかと納得した。
「まさかカメリアが滅んでいたとはな・・・・・・。でもそれなら尚更会いに行った方がいい。顔を合わせた記憶がないんだろ?ルサリィは凄く君に会いたがっていたよ」
「はい!私も会いたいです・・・・・・お母さんに」
まさかルチルの母親が当事者だったとは。
フランもそのことは知らなかったようで凄く驚いていた。
ということは、彼らが帰ってくる前にフランやギルじいさんたちはカメリア国を出たことになる。
・・・・・・すれ違いで会うことが出来なかったのか。
もう少し戻って来るのが早ければ生き別れることもなかっただろうに。
それならば次に向かうべきは旧カメリア国・・・・・・。
「けど、今は先にスカイ・ネイルをどうにかしなくちゃ」
「え・・・・・・」
思わずルチルの方へ振り向く。
「だって・・・私の都合で寄り道だなんて。それよりも早く争いをなくさなくちゃ。そうでしょ?」
「血は繋がってるようだね。ルサリィの面影を感じるよ」
笑いをこぼすとナットは店主に会計を求めた。
慌ててフランは金貨袋を取り出すが軽快にそれを止めると流れるように支払いを済ませる。
「場所や情報をいただいた上に支払いまで・・・・・・本当にいいんですか」
「あははっ、コバルトの王は腰が低いな。こんなの気にしなくていいよ。・・・・・・あ、そうだ。大事なことを伝え忘れていた」
「・・・なんでしょう?」
「今のネオンの居場所。あいつは今ダールに向かってるはずだ」
「ダール・・・・・・?」
「ああ。あそこは通称・・・」
「死の谷」
ナットが言う前に皿を片付けながら店主はそう言った。
「なんでも一人の男が一瞬にして街を血の海に変えてしまったらしい。・・・・・・いや、女・・・だったか」
「その人が神器を持っているんですか?」
「さあね。心当たりがあるとするならばそこくらいしか思いつかなかったんだろう」
「・・・・・・」
話だけ聞くととても足を踏み入れたくはないが、店主さんの言う通りネオンがそこに向かったのならば行くしかないのだろう。
「俺はダールについては詳しくないからあまり情報をあげられないんだけど、相当危険な場所だと聞いている。それにネオンの後を何人かが追って行った・・・・・・。後を追うのなら、覚悟した方がいい」
この先更に道は険しくなる。
今の自分のままで果たして乗り越えられるのか?
ぐっと拳を握る手に汗が滲む。
それでも、ネオンが力を使う前にスカイ・ネイルを取り返さなくては・・・・・・。
彼はいずれスカイ・ネイルの力を使ってしまうだろうから。
その前に・・・・・・。
「いえ。後は追いません」
「え・・・?」
フランの言葉に力んでいた力が抜け思わず声が漏れる。
「・・・・・・と、いうのは少し語弊がありますが。今はまだ仲間が揃っていないので。ナットさんが良ければこの後研究所を見せていただけないでしょうか」
「ああ。それは構わないよ。ただ関係者の付き添いと許可がないと中へは入れないんだ。建物を見るだけになると思うが、それでもいいなら」
フランは問題ないことを伝えるとレイの帰りを待ちつつ、もう少しだけナットさんに案内を付き合ってもらうことになった。
店を出ると彼を先頭にして研究所があるであろう方角へ歩いて行く。
集落の外れにあると言っていたが、向かうに連れてだんだんと家も少なくなり更に人気がなくなっていく。
研究所はそれこそ山のすぐ麓にあった。
この時代では珍しい、頑丈そうな石でできた長方形の建物。
「凄いだろ?地魔法で地面を隆起させて、それを更に削って作られたんだ。考えられないよな」
「魔法でそんなことができるなんて・・・。扱いが上手いだけじゃこんな建物作れないですよね」
「まあ作ったのは俺も知らない何十年も前の人たちだ。知恵を振り絞って徐々に形作っていったんじゃないかな。・・・・・・で、この先に見えるのが採掘場の入口にあたるところだ。あそこも関係者以外は立ち入り禁止になっているから、あまり近付かないようにね」
緩やかな坂から標高が上がるにつれて角度が増していく岩場には所々に足場が作られており、研究者たちがそこで採掘をしていたことがわかる。
・・・・・・そして、天高い場所に位置する山頂。
見上げるだけで首が痛くなるのに、あのどこかでスカイ・ネイルを見つけたというのか?
本当に、普通の一般人はとてもじゃないが登るのは絶対に無理だ。
命が犠牲になることをわかっていながら、地質調査員は自分の願いを叶えるために・・・・・・。
「あら、誰かと思えばナットじゃない」
声のする方へ振り向くと人気を察知してか中から一人の女性が顔を出していた。
知り合いなのかナットは軽く頭を下げ、簡単に事情を説明する。
「・・・・・・封印ね」
そう言う女性は馬が合わないような顔をし、あまりこちらを受け入れてくれているような雰囲気でないことはなんとなく見て受け取れた。
彼女もきっとあの石の力を欲しているのだろう。
「あなたがネオンの友人じゃなければ、今頃岩で生き埋めにしてるところだわ」
「なっ・・・!」
思わず身構えると女性は何がおかしいのか笑いを溢した。
「オリビア、冗談はよしなよ。相手はまだ子供だぞ?」
「わかってるわよ。そんなことするわけないでしょ。私も暇じゃないんだから」
オリビアと呼ばれた女の人はポッケに両手を突っ込んだままこちらへ歩いてくる。
「その割には話に付き合ってくれるんだな」
「うるさいわね。あんたが何処かの知らない誰かをぞろぞろと引き連れてきたからでしょ。監視よ、監視」
そう言ってこちらを見下ろすと何かに気が付いたのか不思議そうにじっとリースの方を見つめる。
「な、何か・・・・・・?」
「・・・いや。変わった鉱石を身に付けてるなと思って」
鉱石・・・・・・。
それはシグハルトに埋め込まれているこの石のことを言っているのか?
「これは、村を出る前に・・・俺を育ててくれたじいさんが持たせてくれたんです。今はお守りみたいなもので・・・・・・」
「ふうん」
何がそんなに気になるのだろう。
鉱石を扱ってるオリビアさんからしたらこれが何なのかくらいわかるはずなのに。
「まあいいわ。ところで、彼らはネオンを追うの?」
「いや、まだ仲間がザンスカールで怪我した人たちを治癒するために家を回ってるみたいで。それまではここにいるよ」
「はあ?!何人いると思ってるの?そんなに力を使ったら体が持たないでしょうに。それなら今日はここで休んでいった方がいいわ。生憎ザンスカールには宿屋が一つしかないけど・・・、先のことを考えるのなら体力を温存してから行くことね」
「まあ・・・・・・、その子が本当に全員治してくるのかはわからないけど。オリビアの言う通り今日は体を休ましてあげた方が良いだろうな」
俺らは顔を見合わせるとどれくらいの怪我人がいるのか把握出来ていないが、レイならやりかねないと考えが一致し宿屋を教えてもらうことにした。
・・・・・・まあ、本人はまた納得いかない顔をするだろうけど。
その後俺たちは集落へ戻るとナットさんと別れ、教えてもらった宿屋へと向かった。
幸いにも空室がありその日は泊まれることになったのだが、一つだけ問題がある。
部屋が二つしかない、ということだ。
「すまないね。利用するお客が少ないものだから部屋もそんなになくて。一応ベットは二つずつ用意してあるんだが」
「いえ、十分です」
・・・・・・とは言ったものの。
部屋の前まで来ると一度立ち止まる。
さすがにルチルを二人のどちらかと同室にするのはまずいんじゃないのか?
フランはまだしも、レイと二人きりになったら何を話すのだろう・・・・・・。
モヤモヤと頭の中で考えている俺に対し気まずそうにしているルチル。
見かねたフランは言葉を切り出すと片方の扉の前に立った。
「僕はレイと同室にするよ。君たちは今まで一緒に住んでたのもあるし、今日あったことはレイに話しておくから久しぶりに二人でゆっくりするといい」
「えっ、お・・・おい、フラン!」
呼び止める声も虚しく彼は足早に部屋へと入ってしまった。
取り残された俺たちは暫く沈黙になり、ちらりと自分の後ろにいるルチルの方へ目線をやる。
「・・・・・・俺もフランたちと同室でいい。もう一部屋はルチルが使えよ」
「・・・待って」
「?」
「話があるって・・・・・・言ったでしょ。少し、話そうよ」
「・・・・・・」
気まずい空気にしてしまった事の発端は俺だ。
それを拒否する権利はなく、わかったと伝えるととりあえず部屋へ入ることにした。
部屋の中はこぢんまりとしており最低限の物しか置かれておらず、ベットが二つ隣同士で並んでいた。
申し訳程度の小さなテーブルに、小さな窓に掛かるカーテンの隙間からは西日が差し込んでいる。
俺は向かって右側のベットに腰を下ろすとレイに言われた言葉が頭を過ぎる。
<まずは誤解を解く事だな>
誤解・・・・・・。
ルチルは俺が怒っているとでも思っているのだろうか。
あれからまともに会話をしていない。
今までこんなことは一度もなかったから、こういう時どう接したらいいのかわからない。
避けるつもりはなかったんだが・・・・・・。
悪いことをしてしまった。
徐々に沸いてくる罪悪感に気が付けば俺は頭を下げていた。
「ごめん。ちょっと・・・・・・やな態度、取りすぎた」
それに対し直ぐに言葉は返ってこず、やはり今までの自分の行動は良くなかったんだとだんだん痛感させられる。
返事を待つ時間がこんなにも苦に感じるなんて。
少し間をおいて、ルチルはようやく口を開いた。
「・・・・・・私も、対して力もないのに勝手なことしちゃってごめんなさい。リースには守ってもらってばかりで、全然役に立たなくて」
「っ・・・そんなことない!俺はルチルがそばにいてくれればそれで・・・・・・。それに、全然守れてなんかいない・・・・・・」
俯くリースの前にそっと座ると、ルチルもまた手元に目線を落とし微かに声を震わせた。
「・・・・・・このまま、話してくれないんじゃないかって・・・不安だった」
「・・・・・・ごめん。自分の中のいろんなことがちゃんと整理出来てなくて。自分に、イラついてた・・・・・・」
「・・・うん」
「俺はコバルトで戦い方を教わったはずなのに、何度も危ない目に合わせてしまって。君を・・・・・・傷付けたくないのに。上手く動けなくて、八つ当たりみたいなこと言って・・・・・・最低だよな」
「それは私だって同じよ。レグさんに魔法を教わったのに、まともに使えるのは簡単な治癒魔法だけだもの。私だってみんなと同じように戦いたい。守られてばかりじゃ駄目だって。・・・・・・でも、上手くいかなくて」
強くなりたい。
大切な人を守れるくらいに。
でも、上手くいかない。
どうしたら先へ進めるのだろう。
考えてもやはり答えは出てこない。
膝で握り締めていた手の上に、ふわりと優しく手が被される。
「ねえ、教えてくれる?私が眠っている間に・・・・・・何があったのか」
「・・・」
俺はルチルが倒れてからのことを話した。
夢に現れる女性のこと。
ルチルとフランが危険な目に晒された瞬間記憶が飛んだこと。
コバルトを襲おうとしていた何百というノワール兵を自分が全員消してしまったということ。
これらのことが、思い出せない過去に関係しているかもしれないということ。
ルチルは特に取り乱したりすることなく、静かに相槌を打ちながら話を聞いてくれた。
「ルチルが倒れた時、凄く怖かったんだ」
「うん」
「ずっとそばにいてくれた人が、自分のせいで死んでしまうかもしれないって・・・・・・。俺が・・・・・・殺してしまうって。そう思った時にあの女性が現れて。ずっと俺のことを恨むんだ。・・・でも、その人が誰で、俺はどうすればいいのかわからなくて・・・・・・」
「うん・・・」
「気が付いたらノワール兵が消えていて・・・・・・。自分が何なのかわからなくなりそうなんだ。もしかしたら過去に同じことをして、自分の都合の良いように記憶まで消して・・・・・・っそれで何も思い出せないんじゃないかって!」
心のどこかで、囚われていた過去から抜け出せたような気になっていた。
けどそれは単なる思い込みで、思い出さなきゃいけないと思う反面、今いる環境の心地良さに甘えていただけだったのかもしれない。
忘れたまま生きていくことは許されない。
そう夢が暗示するように。
俺は多くの人を、この手で・・・ーーー。
「・・・・・・私は、違うと思う」
その言葉に思わず顔を上げるともう気まずそうにしていた彼女の姿はなく、いつものルチルがそこにいた。
「リースはそんなことをするような人じゃない。当時まだ小さな子供だったとしても、今のあなたは相手のことを大切に考えてくれてるじゃない。・・・・・・そんな人が、自分の都合良く記憶を消したりなんかしないよ」
心の中のもやが、少しずつ取り除かれていく様な気がした。
そう思っても、良いのだろうか。
完全に否定出来るわけではない。
だけど、違うと信じたい。
「・・・ありがとう・・・・・・ルチル」
今の俺がいるのは、ルチルがいてくれたから。
ギルじいさんや、レクアさんがいてくれたから。
「もしまた何かあったら、今度はちゃんと話して。一人で抱え込まないで・・・・・・二人で、乗り越えさせてよ」
いつの間にか頬が濡れ、気付いた時には自分でも驚いたがルチルは気に留めることなくおでこを合わせると宥める様に頭をさすった。
まるで泣く子をあやしてるみたいだな・・・。
初めてルチルに会った時のことを思い出す。
本当に、俺は君に救われてばかりだ。
ーーー
『ようやく眠りについたか』
『こうして話すのも久しぶりね』
半透明の姿をした竜と女神、そして耳の長い精霊が闇夜に浮かぶ。
『スペクルムがあの主を連れてきた時は正気か疑ったが。どうやら自分自身でも制御出来ぬほどの力を秘めているらしい』
『だから僕は彼を選んだ。前の君の主である相手の血を引く者だから。予想通り・・・・・・いや、予想以上に力は強くなってる。おかげでせっかくあのおじいさんが持たせてくれた鉱石も直ぐに意味をなさなくなったよ』
『同じ一族の元で生活していれば自然と使いこなせるようになったでしょうに・・・・・・。彼は扱い方を知らないばかりに魔力だけがどんどん増大してしまっている』
『・・・・・・今回は自分のやるべき事を理解し行動しているようだが、呑まれては意味をなさぬぞ。そこのところは問題ないんだろうな、スペクルム』
リンドブルムの言葉に対しスペクルムは口をつぐむ。
『・・・まあ良い。あとはガイアのところへ行けば役者は揃う。我々の為すべきことは・・・・・・』
二人はリンドブルムの言葉に首を頷かせると静かにその姿を消した。
ーーー
次の日の朝。
目を覚ますと眠たい目を擦りながらも早々に出発する準備を整え、リースらはザンスカールの境界近辺まで来ていた。
元々魔法を扱えなかったナットは神器を持たぬ今、過去の戦闘経験から感覚で雷魔法を発動できるものの、戦力にはならないからと集落に残る事を伝えられた。
ただまた何かあれば気軽に尋ねてくれとのこと。
過去の当事者が着いて来てくれるのならばとても心強かったのだが致し方ない。
フランは昨日の出来事を気にしていたが、二人の雰囲気を見て口元を緩めた。
「・・・・・・仲直りできたみたいだね」
昨日まであった重い空気は何処かへ消え、お互い目を合わせると照れ臭そうに視線を逸らした。
「気を使わせて悪かったな」
「気にしないでよ。それに、なんなら僕はレイの方が気を使ったかな」
そういえば結局レイはいつ宿屋へ来たのだろう。
魔力が近付いてくる感じもなかったし・・・・・・。
当の本人は目を細め、まだ体の疲れが取れないのか珍しく眠たそうにしている。
「・・・・・・あんたが勝手に寝ないで待ってるのが悪い」
「え、フラン寝ずに待ってたのか?」
「はは。だってレイが身を削ってみんなの傷を癒しているのに、僕だけ呑気に寝ていられないでしょ。戻って来たらすぐ休めるように宿屋の人にも簡単に食べられる物を作っておいてもらったり、明日はどういうルートでダールに向かったらいいのか考えたりして。そしたらレイが戻って来たんだけど、疲れ果ててそのままベットに倒れ込んじゃって」
話しかけても全スルーで凄く戸惑ったんだよ、と笑いながら話すフランにどこまでこの人は真面目なんだろうとリースとルチルは感心する反面そんな彼を心配な眼差しで見る。
レイもきっと怪我を負った人たち全員治してきたんだろうな。
頑固だけど、そんなになるまで力を使うなんてやっぱり根は優しい奴なんだ。
<お前は一人でも大丈夫だろうと知らぬ土地に放置され、それ以来姿を隠すことのできる迷いの森付近で生活をしていた>
・・・・・・レイは、過去に何があったんだろう。
魔法が使えたせいだとは言っていたけど、それが原因で追い出されてしまうことなんてあるのか?
無意識のうちに視線を送っていたようでそれに気付いたレイはむっとした表情でリースを睨む。
「・・・何だ」
「別にー」
俺たちはザンスカールを出てネオンが向かったとされる死の谷、ダールへ行くため再び林へと足を踏み入れていた。
そこへ行くには来る時に渡ってきた橋を戻り、更に北へ行かないといけないらしい。
せめて見通しが良い橋の先まで何もない事を祈っていたのだがその願いは叶わず、何者かの気配を感じ取り皆足を止める。
「っ・・・!!」
何処からか空を切るような音を立て、幹を切り倒しながら重量感のある斧が勢いよくこちらへと飛んでくる。
咄嗟にリースはルチルを抱え、それぞれその場所から離れると命中を免れた。
飛ばされた斧はどうやら持ち主の元へ戻ったようだが、相手の姿は確認することができない。
・・・・・・しかし大体の位置は予測することが出来たため、そちらを警戒しながらリースらは自らの武器を構えると息を潜め次の敵の動きを待つ。
もういつこうやって敵と遭遇するかわからない。
今まで以上に気を引き締めていかないと・・・ーーー。
俺は一度目を瞑り、感覚を研ぎ澄ませる。
・・・・・・あそこだ!
「カスケード!!」
呪文を唱えると激しい水流が現れ、そこにいるであろう敵に襲いかかる。
それを回避するために影が移動するのが見えたが、水流は見事にその人物を捉えあっという間に飲み込んでいった。
その後徐々に水流の流れが弱まると水は地面へと行き場をなくしていく。
「・・・っ!」
しかし大きな斧に身を隠すようにして微動だにしない人影がそこにあった。
斧の重さを利用して水流に体を持っていかれるのを防いだのだろうか。
男は怪しい笑みを浮かべるとその斧をいとも簡単に持ち上げ背中に担いだ。
「スカイ・ネイルを探しに来てみりゃあ子供が四人か。当然お前らもそれを手に入れるためにここへ来たんだろう?・・・・・・だがな、悪いが大人の俺たちが負けるわねがねぇ。さっさと家に帰るこったな」
「っ・・・スカイ・ネイルはもうザンスカールにはない!集落へ行っても手に入れることは出来ないぞ!」
「あ・・・?何言ってんだ?そんなわけねぇだろうが」
納得いかない男は道を空けるようリースらに求めたが、もちろんそれを了承するわけにはいかず引き返すよう促した。
このままザンスカールへ行ってもこの男はきっとスカイ・ネイルを見つけ出すまで住人に手を出しかねない。
ようやく今体を休めることが出来ているというのに、また怪我人が出てしまう・・・・・・!
「道を開けてくれないんじゃあしょうがねぇ」
右足を一歩下げ担いでいた斧を持ち上げるとはち切れんばかりに腕の筋肉が膨れ上がり、周りの風をかき乱すように勢いよく斧が投げられるーーー。
いくつもの木の幹にかすっているのに全く衰えることのないそれは先程と同じようにこちらへと向かってくる。
当たったらひとたまりもないだろう。
・・・・・・しかし重さのせいかスピードはそんなに早くはない。
これなら、避けながら隙をついて相手に攻撃を仕掛けることができる・・・!
他の二人も同じ事を考えていたようで、投げ斧を上手く躱わすと男の手に戻る前に呪文を唱えていく。
「ウインド!」
「ブレイズ!」
地から噴き出した炎は男を取り囲み、刃のような鋭い風が体を切り裂いていった。
そこへ斧が手に戻ると自らの体を重心にして回転し、風圧で周りの炎の威力を弱めていく。
「ってぇな。まあ、こんなもんか」
あまり魔法が効いていないのか?
だとしたら、こいつもやっぱり盗賊・・・・・・?
スーラの力ならどうにか出来るだろうか。
でも、どうやって・・・・・・。
そうこうしているうちに男はこちらに距離を詰め、レイに狙いを定めると斧を振り翳した。
身を翻しそれを避けるが、重さを感じさせない動きで直ぐにまた斧が振り落とされる。
その間にフランは背後へ回ると男へその剣を突き刺した・・・・・・が、やはり男の動きは早く弾かれるとともに体ごと吹き飛ばされてしまう。
・・・やってみるしかない。
「スペクルム!」
自分の目の前に相手に見えないよう鏡を召喚させ、俺は男に剣を振り翳した。
「何度かかってきても同じだーーー!」
斧が、リースに向けて振り落とされる。
「リース!!」
ルチルの声が耳に入る中、互いの武器が重なった瞬間体が逆方向へと投げ出され、地面に這いつくばるとなんとか顔を上げ男の状態を確認する。
さすがに想像していた通り、もろにくらったら立ち上がるのもキツい・・・・・・。
けど、それは相手も同じはず。
同じように地面にうつ伏せに倒れていた男はゆらりと立ち上がると、斧に体重を預けるようにしてリースを睨む。
「・・・何を、した?」
「っ・・・そっくりそのまま返したんだよ。お前の攻撃を。だから今のは結構効いたんじゃないのか」
「スペクルムの力か・・・!」
「スペクルムだ・・・・・・?」
何のことを言ってるのかわからない様子の男にリースはそれ以上説明することはなかった。
これで相手にダメージを与えることができる。
次ももう一度同じ方法でやれば・・・・・・。
何とか体を起こし、剣を男に向けた時だった。
「ここから先へは行かせない!」
「私たちが止めている間に、あなた方は先へ行ってください!」
林の異変を感じてか、ザンスカールの住人数名が俺たちの前に現れたのだ。
「なっ・・・何を言ってるんですか!相手は投げ斧使いですよ!そんな武器を持ったところでっ・・・」
「昨日、そこの方に助けて頂きました。お返しになるかはわかりませんが、ここは手助けさせてください!」
「・・・・・・」
「駄目だ!危険すぎる!」
こちらの言葉も聞かず住人らは手にしていた細身の剣や槍などを相手に向けると、一斉に男の元へと駆け出した。
しかしそれらが大斧に敵うはずがなく、男は彼らを薙ぎ払うようにして斧を振るったーーー。
が、それが命中することはなく目には見えない透明な壁が攻撃を防いでくれていた。
「こ、これはっ・・・」
「さっきから何なんだ?見たことねぇ魔法だな」
少し離れてはいたが、一か八かスペクルムを発動させてみて正解だった。
どうやらみんな無事みたいだ。
「・・・っもう一度言う。スカイ・ネイルは今ザンスカールにはない。ここから去ってくれ!」
「・・・」
男は目を瞑り、考える仕草を取る。
良かった。
何とか引き返してくれそうだ・・・・・・。
そう思った瞬間、目の前にいた住人の一人が血飛沫をあげその場に倒れ込んだ。
「ふっ・・・ははは!ざまあねぇな。俺は別に一人でここへ来たとは一言も言ってねぇ」
「っ・・・!」
住人の足元を見ると、地面には斧が転げ落ちていた。
投げ斧使いの仲間がいたのか・・・!?
すると林の影からぞろぞろと姿を現し、その数の多さに背筋が凍りつく。
十・・・いや、二十はいるか?
いつの間に、こんなっ・・・・・・!
「俺たちはこの世で一番の盗賊になる。欲するものは全て手に入れる。どんな手を使ってでも・・・な!」
男の持っていた大斧がもう一人の住人に振り下ろされるーーー。
ーーーしまった。
周りに気を取られたせいで先程まで彼らを守っていたはずの壁は消滅し、住人の男は抵抗する余地もなく地面へと打ち付けられ辺りが赤く染まっていく。
返り血を浴びた残りの住人は恐怖に怯え、後退しようと試みるが体が震えて思うように動けない。
フランが止めに入ろうとしたが、周りにいた盗賊らが投げ斧を手にこちらを牽制したため身動きを取ることも出来ない。
動かない体。
生々しい血。
目を背けたくなるような現実。
突如ノイズが走るようにルチルと女性が倒れている映像が重なり、その時の光景がフラッシュバックする。
・・・・・・頭が、痛い。
リースの異変に気が付いたルチルはそばに駆け寄ると心配そうに声を掛ける。
「おおい。動いてもらっちゃ困る。まあ順番にやっていくからよ。そこで大人しく・・・・・・見てるんだなあ!」
「ゔああぁあっ!!」
「がっはっは!ほら、次はお前の番だ」
「い、嫌だ・・・!死にたくないっ!!」
「っ・・・」
見かねたレイは前に出ると風魔法で男の動きを封じるよう試みる。
だがそれを見た周りの奴らはそれを許すまいと一斉に投げ斧を放ったーーー。
直ぐに反応したレイは回避するべく足を止めると、そちらに魔法の標的を変え自らを標的とする斧を吹き飛ばしていく。
「・・・・・・ろよ」
「リース・・・?」
フランも援護に回り、襲いかかってくる盗賊に刃を向ける。
その間にも大斧使いの男は残る住人に斧を振り上げ、怯える相手を見て自分が優位に立っている優越感からか口角を高く上げた。
胸の辺りが、酷く疼く。
まるで何かが体を蝕むように。
「・・・・・・やめろ」
その不快感に爪を立てながらも、自分の中の何かが体の外まで溢れ出していくのがわかった。
・・・・・・あいつを止めなきゃ。
男もそのことに気付いたのか先程まであった余裕は次第に動揺へと変わり、得体の知れない何かに焦りを見せる。
フランが、俺の名を呼んでいるような気がする・・・・・・。
あいつを、消さなくては。
その時だった。
激しく大地が揺れ、敵がいる辺りの地面が突然隆起し次々に足場を奪っていく。
「彼らの言うことは本当よ。今ザンスカールにスカイ・ネイルはない。ここにいても時間の無駄」
声のする方へ向くと、昨日研究所で会った眼鏡の女性がそこにいた。
「オリビアさん!」
気だるそうに腕組みをしたまま地魔法を唱えると、更に大地が形を変え地の底に彼らを引きずり込んでいく。
それと同時に急な変動に耐えきれず幾つもの木が折れ曲がり地上に残された盗賊らを次々に下敷きにしていった。
「これでも懲りない?」
「っ・・・て、撤退だ!!」
男の声に動ける者だけが彼の後を追い、残された盗賊は身動きが取れず降参の意を示している。
それを確認したオリビアは息を吐くとこちらへと足を進めた。
「盗賊に魔法の直接攻撃はあまり効果がない。けど、地魔法の物理攻撃なら近接武器と同じくらいの効果で戦える。・・・・・・そこのあなたはどちらかを身につけることね」
「・・・・・・」
「それと・・・・・・君」
リースの前で足を止めると、横にいたルチルが代わりに顔を上げる。
「あなたのおじいさんが何故その鉱石が埋め込まれた剣を渡したのかわかったわ。理由は聞かされてないようだけど・・・・・・」
「その鉱石は身に付けている者の魔力を上げるものではないんですか」
「違うわ。見た目は似ているから間違いやすいけど、これは魔力を抑制するための鉱石よ」
「抑制・・・・・・?!」
「なんで、おじいちゃんはそんな石をリースに・・・・・・」
「その人は最初から気付いてたんでしょ。その子の力に」
初めの頃、魔法を上手く使えなかったのは単に自分のせいだと思っていた。
それでも少しずつ扱えるようになって、それはギルじいさんが託してくれたシグハルトのおかげだと思っていたのに。
・・・・・・もしかして魔法を使って疲労を感じていたのは、持っていた剣の鉱石の効果に反発していたからなのか?
「君はもう、自分の力を制御出来なくなってる。おじいさんがくれた鉱石もそれを抑えきれずに本来の役割を全く果たせていない。力を強める原動力が何かは知らないけど、このままだとあなた、呑まれるわよ」
「・・・・・・っ」
「そんなこと言ったって、どうしたら・・・・・・」
するとオリビアは片手を前に深い青色の石が取り付けられた首飾りを差し出した。
「君たちの手助けをする気はさらさらないけど、私だって悪党じゃない。まあこの石がどこまで役に立つかわからないけど・・・・・・ラピスラズリって言ってね、持っていれば多少心が落ち着くはずよ」
「・・・・・・ありがとう、ございます」
それを手に取るとオリビアは颯爽とザンスカールの住民の元へ行き、彼らの状態を確認するとともに地魔法で割れてしまった地面を元に戻していく。
「・・・これでよし。死人は・・・・・・三人か。そこのあんた、運ぶの手伝って」
「は、はいっ・・・!」
「ここは心配いらないわ。あとは片付けておくから、先へ進みなさい」
「・・・・・・」
フランは軽く頭を下げるとリースに声を掛ける。
鉱石の力は不思議なもので、乱れていた感情や心拍は次第に正常さを取り戻しその吸い込まれるような青に思考は本来の目的を思い出させてくれる。
今は先へ進まないと。
ぐっと鉱石を握り締め、それを首に下げることなくポケットにしまうと俺たちはその場を後にした。
ーーー
フランが国を出てから数週間。
無事に旅を続けられているのかしら。
リースが作った写し身は本物と変わらないくらい日々業務をこなしてくれている。
おかげで誰にも怪しまれることなく今日を迎えられているわけだけど、この間急に姿が消えかかった時は焦ったわ。
あの子たちの身に何かあったということだから。
・・・・・・それでも完全に消えることなく写し身は徐々に姿を取り戻した。
きっと魔力が安定したんでしょうね。
旅に危険は付き物。
わかってはいるけど、やっぱり・・・・・・。
「心配、ですか」
「っ!レグ・・・いつの間に」
小さく笑いを溢すとたまたま通りがかっただけですよ、と彼は目を細め優しく微笑んだ。
彼の表情は何故か心を安心させてくれる。
「あなただって・・・・・・。早く良くなると良いわね」
「ええ・・・。でも僕は、これ以上は求めません。自分の我儘で無理矢理この世に繋ぎ止めてしまっているので。こうなってしまったのだって、元はといえば僕が・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・早く、戻られると良いですね」
「ええ・・・」
十七年前、スカイ・ネイルの噂が世に出回った時、レグの父親はその力を求め失踪してしまった。
母親は長い昏睡状態。
今一番苦しい思いをしているのはレグの方なのに。
・・・・・・こんなんじゃ駄目ね。
しっかりしなくちゃ。
今は側近である私と、唯一このことを知ってるケンとオルトとで国を守っていかなきゃ。
「ありがとう、レグ」
「いえ。それでは・・・」
レグが先を行こうとした時だった。
白い鎧を身に纏った一人の男が突如目の前に現れたのだ。
不審人物に身構えるとそいつは不敵な笑みを浮かべ前髪の隙間から視線をこちらにやる。
「どうも、こんにちは。いやあ、勝手に入ってすまないね。少々急用なもんで外で待てずにここまで来てしまいました」
「何なの、あなた!何者なの!」
男はこちらの話を聞いているのかいないのか、何やらきょろきょろと周りを見渡している。
「どうやら召喚獣は扱っていないようですね。ということは情報はまだ何も来ていないようで」
「っ・・・こちらの問いに答えなさい!」
すると男の後方からコバルト国の戦闘騎士である女性が姿を見せ、体を引きずりながらもソティアたちに逃げるよう訴えかけた。
「リオン・・・!!」
「すみません、城の警備に当たっていたところ・・・背後を取られてしまっ・・・て・・・」
力無くその場に倒れると、それを見たソティアの魔力は一気に上がる。
「おやおや。僕はまだ要件を話していないんだけどな」
「言いなさい!何が目的なの!」
その魔力に圧倒する様子もなく、男は変わらぬ表情でゆっくりと口を開いた。
「我が友好国であるノワールを壊滅させるために手を貸してほしいんだ。呑めないのなら、今ここでこの国に宣戦布告する」
ーーー
僕らは人間と同じように、本能に任せて行動する習性がある。
姿形は違う、神と位置付けられた存在。
情を持たぬ神は人間を一つの駒のように扱う。
全ての始まりである鉱石、スカイ・ネイル。
ただそれが本当に正しいことなのか、僕にはわからない。
・・・・・・あの研究者が言っていたとおり、このままだとリースは自分の力に呑まれてしまう。
魔力が強まること自体は僕らからしたら好都合だけど、過去の記憶が過る度に不安定になるリースを見てると、なんだか・・・・・・。
神に情なんてないはずなのに。
僕は、どうして・・・こんな・・・・・・。
「ねぇ、ダールってあそこかしら」
ルチルの声に顔を上げると山と山に挟まれるようにしてぽつんと佇むような小さな街が薄らと見えてきていた。
ただ、少し様子がおかしい。
こんなに離れているのに、ここから見るだけでもそこは異様な空気が漂っている。
表層崩壊したのか一部の斜面が崩れ落ち、街へ侵食しているようにも見える。
本当にあんなところに人が住んでいるのだろうか。
・・・・・・いや。
もしかしたらいないなんて可能性もある。
ザンスカールの店主によればそこに神器を持つ者がいるはずなんだけど・・・・・・。
・・・あれ?
ネオンが向かったと言っただけで、そこにいるって言ってたかな。
・・・・・・はあ。
どうして僕はこう大事なことを忘れちゃうかな。
早く誰かが力を使う前にどうにかしなくちゃいけないってのに・・・。
それにリースとも一度・・・・・・。
ふとフランが何かに気が付き、皆に静止を促した。
辺りを警戒し念の為武器を構えると、聞き覚えのある声が耳に入る。
「よお。久しぶりだなー、神器所持者くん」
「っお前!あの時の盗人!」
「あの時のって。そん時初めて会ったんじゃねーだろうが。それに俺の名はライアだ。いい加減覚えろっつの」
「またリースの神器を狙って来たのか」
フランの声にライアはその容姿をじっと見つめた後、にっと白い歯を見せた。
「やっぱり、お前コバルトの王だな。姿を変えてるってことは他の奴らはお前が国の統治を放棄したことを知らねーんだな」
「っ!僕はそんなつもりじゃ!」
「だってそうだろ?ここに来るまでどんなけ国を空けてんだよ」
「そ、それは・・・」
「まっ、そんなことは置いといて・・・・・・」
「ライア、勝手に行くなと言っただろう」
「なんだあ?誰かと思えばいつかのガキじゃねえか」
どこからともなく現れた"彼ら"は単独行動するライアに不満を漏らしながら、見覚えのある姿に視線が鉢合いリースは思わず身構える。
「お前は・・・・・・!」
「リース、あの男のこと知ってるの?」
「あの人、私たちの村にいきなり乗り込んできた盗賊だわ!こんなところで会うなんて・・・っ」
男を見るなりレイは歯軋りを立て睨みつける。
「あいつらはただの盗賊じゃない。自分の欲する物を手に入れるためなら平気で相手の命を奪うような集団だ。ザンスカールの林にいた奴らのように」
「はっ、誰がそんな噂流したんだ?俺はそんなことしねー」
「急所は外している。誤解されちゃ困るな」
「相手に手を出してる時点で同じよ!そもそも盗むなんて・・・っ」
「ふっ・・・ははは!」
「!」
急に高笑いを浮かべる男は顔に手を当て、狂った人形のように表情を崩す。
「殺して何が悪い?それも含めての盗賊だろうが」
「っ・・・!」
「・・・!」
まるで人の心が感じられないその言葉に血の気が引いていく。
命を奪うことに対してなんの躊躇いもないというのだろうか。
しかし何故か仲間であるはずの二人もシェイドの言葉に動揺している。
「それじゃ俺は先に行くから、あとは頼んだぜえ」
「っ・・・待て!!」
シェイドを追おうとするがそれを残りの仲間が阻止する。
「チッ・・・・・・俺、あいつのあーいうとこだけは一生理解できねえ」
「まあ言われた以上、今は従わなくちゃね」
「っ・・・お前らはなんであんな奴なんかと!」
「お前には関係ねーだろ。まっ、ここで神器を奪えば俺がスカイ・ネイルを手にする確率も・・・・・・格段に上がるってわけだ!」
指の間に幾つものナイフを挟み持つと一気にリースらに向けて放つ。
反射的に透明な壁を作るとそれを免れるが、ライアとジェオルジは直ぐに呪文を唱えていく。
「セモンド、スズ!」
「セモンド・・・ニィ」
彼らの目の前に二体の召喚獣が現れ、遠距離攻撃をしてくることを把握してるリースらはそれに警戒しつつ他の周りにいる敵らにも目を向ける。
『リース!急がないとあいつが先にネオンの元へ辿り着いちゃうよ!』
「わかってる!けど・・・・・・この数」
どこから攻めたらいいのか、一先ずルチルにスペクルムのシールドを張ると相手のニィがこちらに弓矢を向ける。
「今日は、逃がさない」
手元から矢が放たれるとそれが命中する前にもう一度透明な壁を作り、こちらも距離を詰めていく。
剣を振りかざすと横から猛炎が立ち込め、直ぐに反応したリースはそれを躱していく。
「君の相手は俺がしよう。手加減の必要はいらないよ」
「っ・・・!」
『さあ、お前はこの状況、どうする?』
「どうするもなにも・・・・・・」
神器の力を使えば奴らを一瞬で焼き払える。
けどこの後あの男とネオンと戦うことを考えると多少の魔力は温存しておきたい。
・・・・・・いや、ここは誰か一人でも先に行かせるべきか?
「何考え事してんだ」
不意を突かれ斬り付けにかかってきたところを剣で防ぎ、相手と距離をとる。
「二人まとめてかかってこいよ。どうせお前も所持者なんだろ?魔力が一人だけずば抜けてんだよ」
「・・・・・・」
神器所持者相手にその余裕はどこから湧いてくるんだろうか。
けど・・・・・・気を緩めるわけにはいかない!
「アンヴォカシオン、ドラゴン・ソード!」
手にしていた剣が、炎を纏った大剣に変わるーー。
それを見たライアは笑みを浮かべた。
「そうこなくっちゃ」
召喚獣であるスズに指示を出すと、目に見えぬ速さで小型ナイフを何十本と挟み持ちフラン目掛け投げ放つ。
そのうちの一つが頬を掠ったものの、自らの前で振るった大剣は吸い込むようにしてナイフを捕え弾き返した。
「レイ!援護を頼む!」
「・・・わかった」
今度はフランが前に出るとスズに大剣を振りかざす。
しかし動きが素早くなかなか一撃を当てることができない。
距離をとられたところで再び両手にナイフが握られたのを確認するとそれをもう一度剣で防ごうと試みる。
「スペクトル」
「・・・・・・っ!」
突如眩しい光の光線が現れ、耐えられず目を細めるとそのまま体に衝撃が走り召喚獣は地へと投げ出された。
すかさずフランは呪文を唱え、炎の竜が渦を巻くようにしてスズに襲いかかる。
しかし命中する前にライアが彼女を回収したことにより、勢いが衰えぬ炎は後ろで待機していた相手の仲間に直撃し彼らの身体を焼き尽くしていく。
「あーあ。お前も酷えことするな。・・・・・・んで、さっきのは光魔法か?初めて見たな。確か闇魔法と光魔法って体力消費も激しいんじゃなかったか?」
「・・・」
「・・・・・・話す気はないってか。つまんねー奴だな」
まだ幼いくせにやけに落ち着いた姿勢。
相手を決して受け入れようとしない警戒心と憎しみに溢れた冷たい瞳。
「・・・・・・っは。もしかしてお前、捨てられたのか?」
その言葉に反応したのを見逃さず、思わず笑いが溢れる。
なるほどな。
こいつの弱点はこれか。
「可哀想に。それで今はめでたく神に選ばれて偽善者になろうってか?それで本当に認めてくれんのかねぇ」
「っお前!それ以上言ったら、この神器でお前を焼滅させる!」
「・・・・・・いい」
「っレイ!」
感情を取り乱すことなくレイはライアの方に視線を向けると、閉じられていた口をゆっくりと開いた。
「お前の言う通り・・・・・・偽善者だよ。俺は」
ーー・・・・・・何か、何か私にも出来ること。
ただここで見てるだけだなんて、そんなのっ・・・・・・。
私だって、一緒に戦いたい。
神器は持ってないけれど。
みんなと、一緒に・・・・・・!!
ぎゅっと胸元で手を握り締め、シールドを割って入ろうとする敵を前に自分の中にあるありったけの魔力を内に溜めていく。
おばあちゃん、お母さん・・・・・・力を貸して。
「っセレニテ!!」
彼らの悪い心よ、どうか一瞬だけでも清く浄化されて・・・・・・!
光とともに周りにいた盗賊らはぴたりと動きを止め、効果があったことを確認したルチルは直ぐに次の行動に出る。
「アース!」
そう唱えると地面が揺れ動き、勢いよく地中の岩がいくつも突き出しそれが彼らに命中する。
オリビアさんは盗賊には地魔法効くって言っていたから、やってみて正解だった!
ただ、油断したら駄目。
このくらいじゃきっとまた直ぐに意識を取り戻して襲いかかってくるはずだわ。
今のうちに、みんなの援護を・・・・・・。
「・・・リースっ!」
状況を確認するために周りに目を向けたところ、リースがジェオルジに押されているのがわかる。
するとリースが呪文を唱え、激しい水流が現れるとこちらから相手の姿が視認出来なくなった。
もしかして、今なら・・・・・・。
また足を引っ張るかもしれない不安を抱えつつも、ルチルはゆっくりと息を吸い狭まる喉をこじ開けるように声を前に飛ばした。
「ーー・・・アース!!」
水流を自らの火魔法で蒸発させ、猛火の炎を手元に召喚するとそれを容赦なくリースに振るうーー。
しかし突如隆起してきた岩に反応したジェオルジは後ろへ下がり、その発端である人物を探す。
「・・・・・・へえ。不意を突くのが上手いね。もしかして、彼女は君のガールフレンドかい?」
その問いに不覚にも心臓が音を立てたが、否定するにもそうしたくない自分がいることにこんな時に何を考えているんだろうと自己嫌悪に陥る。
でも、もしかしたら・・・・・・。
「・・・・・・違う」
その返答に胸に何かが突き刺さるような痛みが走る。
そう、だよね。
やっぱり、リースにとって・・・私は・・・・・・。
「ルチルは・・・・・・それよりも、もっと、大切な人だ!!」
「・・・リース」
「ふうん。なるほどね・・・。じゃあ君は彼女を死ぬ気で守らなくちゃいけないわけだ。ようは盾ってわけ」
何を言いたいのか理解出来ずにいるとジェオルジはそのまま続けていく。
「簡単なことさ。君が今していること。・・・・・・だけどね、ただ前に立っているだけの盾じゃあ、背後から忍び寄る影に・・・・・・気付くのが遅れちゃうんだよね」
「っ・・・ルチル!」
後ろを振り返ると回り込んでいたニィがルチルに向けて矢を放つ。
『大丈夫!まだシールドは発動してるよ!』
スーラのいう通り矢は当たることなく透明な壁に弾かれるとそのまま消滅していった。
大斧を防ぐくらいだ。
気を抜かない限り、あの壁は消えることはない。
もう二度とあの時のような・・・ーーーっ!!
突然背中に強い衝撃が走り、体が勢いよく投げ出される。
「リース!!」
「っ・・・」
「僕は君のことを言ったんだよ。ちゃんと三百六十度に目を向けてないと駄目じゃないか。それとも、俺が素手で殴りかかってくるとは思わなかった?」
不意打ちなのもあり、殴られた場所がズキズキと痛む。
ライアのように近戦で戦っているのを見たことがなかったからか、確かに彼の魔法以外の警戒が薄れていた。
「・・・っ次は、やられない」
「・・・・・・甘いね」
再び手元に炎を召喚させると肌が焼け付くような熱気が辺りに立ち込めていく。
「戦いの中で、次は、なんて言葉は・・・・・・通用しないんだよ」
"デトネーション"と発する声とともに炎の爆撃波がリースを襲う。
免れようとシールドを張るが、相手の力の強さに初めて壁に亀裂が入り、徐々に破片が飛び散っていく。
頬が、腕が、焼けていくのがわかる。
これは、あいつの心の強さなのか?
「っ・・・アンヴォカシオン、スペクルム!!」
リースの目の前に巨大な鏡が現れると、爆撃破が反射するかのようにそのままジェオルジに襲いかかっていく。
直ぐにそれを避けると次に猛火の炎を放つが、予測した通りその魔法も鏡によって跳ね返されていった。
「とんだチートアイテムだね。でもそれって、どのくらいの間使えるものなの?」
「っ・・・」
あいつの言う通り、スペクルムをずっと召喚し続けるわけにはいかない。
扱い慣れてきたとはいえ、早くシェイドを追ってどうにかしないと・・・・・・!
『リース、レイが!』
「!」
スーラの言う方へ振り向くと、ライアが放った一撃により体が地面に打ち付けられ倒れ伏すレイの姿が目に入る。
立ち上がる様子がないそれにライアは距離を詰め、胸ぐらを掴むと無理矢理体を起こさせる。
「なんで本気でかかってこねえんだ?神器も使わねーし」
「・・・・・・」
「・・・・・・チッ。まただんまりかよ。お前みたいな奴、誰も相手にしねぇよ」
いくら殴り付けようと、いくらナイフで皮膚を切り裂こうと、痛みもがくこともなければ余裕を見せる様子もない。
変わることのない表情。
ただ何かが勘に触るのか、言いたいことがあるのかないのか。
こちらに向けられる瞳は見ているだけでもだんだんと怒りを際立てられる。
「その顔、ムカつくんだよ!!気に食わねえならせめて正々堂々と勝負しろ!それとも、俺は神器を使うまでもないってか?」
「・・・・・・話す・・・必要がない」
「っ・・・こいつ!!」
ライアが拳を振り上げるとフランが放った火魔法に気が付きそれを回避すべくその場を離れ、その隙にリースらは直ぐにレイの元へ駆け寄った。
「大丈夫か!」
「レイ!なんで神器を使わないんだ」
「・・・俺の神器は、相手を幸福にするためのものだ。戦闘向きじゃない。それに・・・このくらいの傷なら魔法で癒せる。俺のことはいいから、早くあいつらを・・・・・・」
「っ・・・お前、もっと自分を大事にしろよ!」
「・・・!」
「今は一人で戦ってるんじゃないんだ。無理して前に出なくていい。・・・・・・フラン、スペクルムとドラゴン・ソードであいつらをどうにかやれないかな」
「炎と反射の力・・・・・・。どうだろう、可能性はあると思うけど。その前に、リース。僕に案があるんだ」
「案・・・?」
「何をごちゃごちゃ話してんのか知らねーけど。かかって来ないならこっちから行くぞ」
フランの提案を聞いたリースは頷いてみせると、標的を瞳に捕らえる。
「彼らを業火の炎で焼き尽くせ。
・・・・・・リンドブルム!!」
大剣から激しく燃え盛る炎とともにフランの背後に現れた巨大な竜。
通常の火魔法とは比べ物にならない烈火に相手は勿論のことリースも驚きを隠せない。
「これが、リンドブルムの神器の力・・・」
「んだよこりゃあ。このままじゃ一面焼け野原になるぞ!」
「それよりも、自分の心配をした方がよさそうだね」
二人は召喚獣の魔法を解くと、フランの行動に警戒する。
「いくよ、リース!」
「ああ!」
フランが大剣を振るうと燃え盛る炎がライアたちを襲う。
どこに行っても逃げ場がないことに焦りを見せ、ジェオルジと作戦を練ろうとするがその余裕も一瞬で焼き尽くされる。
その隙にリースはルチルに手を差し出すと、状況が飲み込めないまま握り返した彼女の手を勢いよく引き自分の腕の中に抱え込む。
フランの扱う炎は仲間には燃え移らない。
相手が怯んでいる今のうちに・・・ーーー!
「っ・・・先へは行かせない!」
自らの火魔法を放ち足を止めさせようとするが業火の炎がそれを許さない。
すかさずライアが背後から掴み掛かろうとするが伸ばした腕が炎に焼かれその熱さと痛みに思わず顔を歪ませる。
「くっそおおぉぉ!!逃げんじゃねえぇ!!」
それでも服の端を掴んだライアは先を行こうとするリースらを引き戻すと炎の中へと投げ飛ばす。
「ははっ。上等じゃんよ。こんな戦いしたことねえ」
ゆらりと歩み寄ってくる相手にぎゅっとルチルを守るように抱きしめる。
すると、遠くの方から聞こえてきた声。
「サザンクロス!」
眩しい光が天から降り注ぎ、次の瞬間目の前にいたライアに落とされる。
光線に焼かれた体は立っている力も無くしその場に倒れ込んだ。
「行け!!」
そう叫ぶレイの声が耳に入り、直ぐに立ち上がると先を急いだ。
リースの姿が見えなくなったのを確認すると一先ず安堵し、残る一人に目を向ける。
あとはこいつをどうにかすれば・・・ーーーっ!!
すると突如襲ってくる胸の痛み。
思わず大剣が手から離れ膝をつくと、辺りに燃え盛っていた業火の炎は不安定になる魔力に維持することが出来ず徐々に消えていく。
これが、神器の力を使った時の代償。
「どうやらタイムリミットみたいだね」
「・・・っ!」
痛みに耐えながら手放した剣に手を伸ばすとジェオルジの動きに身構える。
「次はこちらから行かせてもらうよ・・・・・・と、言いたいところだけど」
こちらから目を離し倒れたライアの方へ歩み寄ると状態を確認する。
「動けるのが俺しかいなくなっちゃったからねえ。今日のところは降参させてもらえないかな」
「っ・・・そんなの、信用できない!」
「・・・・・・困ったね。じゃあどう表明すればいいかな。腹でも切れば信用してくれるかい?」
「そ、それは・・・・・・」
「っ・・・たく・・・勝手に、人を死んだ扱い・・・すんじゃ・・・ねえ」
「・・・・・・!」
微かに聞こえてきた声に心臓が音を立てる。
だが動く余力は残っていないらしく体はぴくりとも動かない。
「さて。どうしたもんかね。盗みに憧れて盗賊になった奴の末路がこんな焼け野原だなんて」
「俺は・・・強えぇ奴と戦うのも・・・好きだからよ、別に・・・悔いは・・・・・・」
「あんまり喋るとほんとに死んじゃうよ、君」
・・・・・・リースの後を追う様子もないし、どうやら本当に降参する雰囲気だ。
彼らの気が変わる前に早く僕らも先を急がなくちゃ・・・・・・。
重たい体を持ち上げ、通常の剣に戻ったそれを鞘へ戻すとレイの方へ向く。
「レイ、あいつらの気が変わる前に・・・」
「ーールポア」
唱えられた呪文により、目の前にいたライアを白い光が包み込む。
「レイ!何して・・・」
傷が癒やされ痛みが引いていくことに気が付いたその体はむくりと起き上がり、理解出来ない様子でレイを睨みつけた。
「てめぇ、なんで俺に治癒魔法なんか使った」
「・・・・・・俺は自分の目的のために相手を殺したりしない。ただそれだけだ」
「っ・・・だからって傷を治すかよ、普通。とんだ偽善者野郎だな。・・・・・・まあ、今日のところは見逃してやるよ。早く先へ行くこったな」
「へえ。獲物を逃すなんてライアらしくないね。もしかして、彼に自分を重ねてるの?」
「はあ?!意味わかんねーこと言ってんじゃねえ!誰があんな奴に・・・・・・」
「だって君、過去に彼とおんなじこと言ってたから」
「・・・・・・!」
「大丈夫。俺も同じ考えだから。シェイドはああ言ってたけど、俺たちはあいつみたいに殺しはしない。・・・・・・さあ、君たちは行くといい。ただまた次に会う時は・・・・・・よろしく頼むよ」
「・・・・・・」
背中を向けてもいいということだろうか。
レイと目を合わせると頭を頷かせ、歩を前へ進める。
「一つ言っとくけどよお」
背後から飛んでくる声に振り向くと、その場から動かず座り込んだままのライアがこちらへ話し掛ける。
「お前は捨てられた身かもしんねーけど、俺は違う。俺は自分のやりてーことのために全てを捨てた。つまり俺の方が上ってこと。そこんとこ、忘れんな」
「・・・・・・興味ない」
「ってめ!」
ライアを宥めるジェオルジにフランは追ってこないことを目視しながらレイとともにリースたちを追う。
レイがあいつに治癒魔法を使ったのには動揺したけど、リンドブルムの力も消えて襲う隙はいくらでもあったはずなのに、僕らに手を出さなかった。
彼らは本当に悪い人間なんだろうか・・・・・・?
頭の片隅でそんなことを考えながら、だからといって油断はしないよう気持ちを保つ。
「レイ、あいつが言ってたことは気にすることないよ。どんな理由があったって、君の居場所はここに・・・・・・」
「今更そんなことで気を病めたりしない。俺は、俺の思うように生きる」
「・・・・・・レイ」
「あいつらとある程度距離を取ったら一度治癒魔法で傷を癒す。合流するのはそれから・・・っ」
突然失速しその場に倒れ込んだレイに足を止め、慌てて駆け寄るとやはりだいぶ無理をしていたのだろう。
さっきの光魔法だってかなり高難易度のものだ。
モニアがいるとはいえ、魔力と体力の消費はそれなりに大きいはず。
僕が召喚獣に手間取っていたせいで・・・。
もう少し早くリンドブルムを解放していればよかった。
自分の使える治癒魔法で傷を癒そうと試みるが、神器の力を使ったせいか思うように魔力が発動しない。
「っ・・・無駄な力は使うな。少し休めば、回復する」
「さっきリースが君に言ったこと忘れたの?それに仲間が倒れているのに放っておけるわけないだろ!」
「・・・・・・何故、そこまで必死になる?これくらい自分で・・・」
「僕たちは君を心配して言ってるんだ!!レイが傷付くことは、僕らにとっても同じくらい苦しいことなんだ!自分一人でどうにかしようだなんて考えなくていい。今の君は、もう一人じゃないんだよ!」
「・・・・・・っ」
はっと我に返り感情的になってしまったことに頭を下げ、それでもやっぱり放っておくことなんて出来ず彼の言うことを無視し治癒魔法を使う。
レイはそれ以上言葉を返すことはなく、ただ懸命に治癒しようとするフランの姿をぼうっと眺めていた。
「・・・・・・変わってるな。お前も、あいつも」
「そうかな。・・・っ、さあ。もう一踏ん張りしたら二人を追いかけるよ」
せめてもう少しだけ傷を癒してから・・・・・・。
僕らが追いつくまで、無事でいてくれ。
リース、ルチル・・・・・・。
ーーー
フランとレイは大丈夫だろうか。
・・・・・・シェイドの奴は、まだネオンに鉢合わせていないだろうか。
あんな奴らにスカイ・ネイルが渡ったら、何に使われるかわかったもんじゃない。
「っ・・・スーラ、まだスカイ・ネイルの力は使われてないんだろうな!」
『おそらくまだ使われていないはずだよ!・・・・・・ねえ、リース。僕、リースに話さなきゃいけないことが・・・』
「ご、ごめん、その前にそろそろ降ろしてくれない?私も自分で走れるからっ」
「ああ・・・悪い。けど、無理するなよ」
ルチルを降ろすと再びシェイドを追うために足を走らせる。
「ところで、どうして私を連れて?」
「治癒魔法が使えるからフランがそう判断したんだ。あそこは二人に任せて、俺はルチルを連れて先に行けってな」
「・・・!」
『ね、ねえ。リース・・・』
「・・・っ待て!」
前方の茂みに見えてきた影に足を止め、警戒しつつそれが何なのか確認する。
「・・・っ!」
微動だにしない物体に恐る恐る近付くと、それは人間の亡骸だった。
背中には大きな損傷があり、流れ出る血が凝固していないことから命を落としてからまだそんなに時間が経っていないことがわかる。
推測するに、これもきっとあいつが・・・・・・。
「急ごう!」
「まっ、待って!リース、その腕・・・火傷してる。治すから少しじっとしてて」
すっと火傷を負ったリースの腕に触れるとルチルは"ルポア"と唱え傷を癒していく。
服は焼け焦げてしまったが感じていた痛みは徐々に消え、見た目でもわからないくらいに再生すると一度曲げ伸ばししてみる。
「ルチル、腕が上がったな」
その言葉に嬉しさを顔に滲ませ、行こう、とルチルは声を掛けた。
近付いてくるダールに時々ザンスカールの店の店員が言っていた言葉が頭を過るが、不安を掻き消すように今は必死にシェイドがいるであろうその場所へと息を切らしながら走る。
今更考えたってどうしようもない。
俺は俺のやれることをやるーーー。
見えてきたその人影に俺は躊躇うことなく先制攻撃を放った。
魔法がそれほど効かないことはわかっている。
兎に角足を止めさせ、ネオンに会う前にここで奴との戦いを終わらせなくては。
「なんだあ?もう追いついてきやがったのか」
水魔法でずぶ濡れになったことに少々苛立ちを覚えながらこちらに意識が向けられると、リースはある程度距離を保ったところで剣を構える。
ゆらりと背中に担がれた武器に手が伸ばされ、その形状からシェイドも斧使いであることがわかる。
だが今まで見てきたものとは少し違う。
投げるには柄が長く、刃も左右対称ではない。
おそらく遠距離攻撃はしてこないはず・・・・・・。
相手の動きに注意しながら念の為リースはルチルの前にシールドを張る。
『リース、この戦いが終わったら・・・・・・話したいことがあるんだ』
「そういえばさっき何か言おうとしてたな。お前がそうやって話を振ってくるのは初めてなんじゃないか?」
『そうかも、しれないね。・・・・・・リース。負けないで。君にはスペクルムと、僕がついてる。あいつに勝って・・・ネオンのところへ行こう』
「ああ。・・・頼むぞ、スーラ!」
こちらに向かってくるシェイドに身構え、魔力を一点に集中させる。
「ーー・・・アクアブラスト!!」
リースの前に水流が現れると、それは水を纏った爆風破となり相手を襲うーーー。
しかし効果は薄いようで動きを鈍らせることは出来たが表情は変わらない。
やっぱり近戦で戦うしかないのかっ・・・・・・。
地魔法は使ったことがないし、失敗した時に隙を狙われる。
なるべくリスクは避けたい。
それなら・・・っ。
「フロスト!」
そう唱えると爆風で辺りに飛び散った水が冷気へと変わり、やがて氷の結晶となったそれは敵の体を凍てつくす。
『リース、氷魔法も上手くなってきたね!』
「水魔法と感覚が似てるような気がするからかな。それ以上はやってみないとわかんないけど・・・」
「っ・・・たく。鬱陶しい魔法だな」
「・・・!」
「だが生憎効果は今一つだ。村にいた頃に比べりゃあ少しはマシになったみてえだが、全然足りねぇ。そんなじゃ簡単にお前を殺しちまうぜ」
もっと深い傷を負わせないと駄目だ。
このままやっても魔力を消費するだけになってしまう。
「リース、私・・・簡単な地魔法ならさっき使えたわ。私がシェイドに攻撃するから、その隙にリースは剣で・・・」
「・・・いや、なるべくルチルには標的を向かないようにしたい。もう少しだけどうにか出来ないかやってみる。・・・・・・けど、危なくなったら・・・その時は、頼む」
「・・・わかったわ」
剣を握り締め、その場を勢いよく駆け出すとシェイドに大きく振り上げた。
しかし素早く斧で防がれるとその重量感に腕が持っていかれそうになる。
なんとか堪え、その後も何度か切り付けようと試みるが互いの刃がぶつかり合うだけで一向に進展しない。
もう一度剣を振り下ろすと甲高い音を立て、ギリギリと武器を押し合うが体格差から少しずつこちらに押されていく。
次の瞬間、一気に武器が弾かれると相手の斧が自分に降りかかるーーー。
「っ・・・!」
勝利を確信してかシェイドは笑みを見せた。
だがリースの体に傷が入ることはなく、手に伝わってくる感覚から直ぐに違和感を察知し、何かによって攻撃を防がれたことに気が付く。
「なんだ・・・・・・この魔力は」
「神器の力だ。俺のは相手の攻撃を防ぐことが出来る。だから、そう簡単に・・・」
「・・・・・・いや、違うな」
「違わなくなんかない!これは、スーラの・・・」
自らの記憶を辿り、思い当たるそれに思考が結び付くとシェイドは確かめるためにゆっくりと口を開いた。
「お前・・・・・・まさか、あの時の」
「・・・?」
「その防御壁・・・・・・。お前、セレストの生き残りか?」
「セレスト・・・?」
さっきから何を言ってるんだ?
何かの種族の名前か?
・・・・・・もしかして、あいつが言ってるのは俺の中にある神器とは違うもう一つの力のこと・・・?
理解出来ずにいるとそれを察してか、一度斧を担ぎ直し話を続けていく。
「あいつらは危険だ。破壊の力を持ちながら防御の力も合わせ持つ戦争道具みたいな種族だ。あんなものが存在しようもんならこっちの身もいつ消されるかわかったもんじゃねえ。・・・・・・だから俺は決めたんだ。殺られる前に、一人残らず殺っちまおうってな」
「っさっきから何を言ってるのかわかんねぇけど、俺がその種族だって言いたいのか」
「さあな。・・・・・・でもそれならお前も知ってるはずだろう?ガキだったからって覚えてねぇことはねぇだろ」
あいつの言っていることがわからない。
けど何でだ。
あいつはまるで、俺の過去を知っているような・・・・・・。
・・・・・・いや、違う。
何か勘違いしてるんだ。
だって、俺は何も・・・・・・。
あの時だって。
フランとルチルは否定して・・・・・・。
「・・・・・・肉親を殺しておいて忘れるなんて、哀れな奴だな」
違う。
過去の記憶がないのは。
「リース!きっと全部嘘よ!間に受けちゃだめ!」
「いいや、俺はこの目で見たぜ。確か十五年前くらいだったか・・・・・・。とある集落を襲った時、一人の赤ん坊が全部消し飛ばしやがったんだ」
違う。
違う・・・。
「そのそばで金髪で髪の長い女が必死に足掻いていたよ。そいつを守るために血に塗れながらなあ!だが結果的に我が子に殺された!そのことさえもお前は忘れちまったのか?」
「・・・・・・!!」
<リース・・・!>
血に塗れ、這いつくばるようにしながら必死に何かを訴えかける女性。
夢に、出てくる人と同じだ。
いつも何かを・・・・・・俺に伝えようとしていた。
「許さない」
思い出せなかった記憶と、夢と、否定する自分が重なって。
本当は最初から気付いてた。
受け入れたくなかった。
俺のことを、ずっと守ってくれていた人を。
<絶対にここから出てきたら駄目よ!>
俺と同じ、水色の瞳。
彼女の後ろには、剣を天に翳す男の姿。
無数にある細かな粒子がまるでそこに壁があるかのように張り巡らされ、振り下ろされた剣から身を防いでくれている。
だけどこのままじゃ・・・・・・。
あの男を、どうにかしなきゃ・・・・・・!
そう思っただけなのに。
気が付くと目の前には伏せったまま動かなくなった女性の体。
荒れ狂った地表に、先程まで集落を襲っていたはずの人たちが誰一人いない。
ここに住んでいたはずの住民も、みんな。
次第に暗くなる空に、冷たい雫が辺りを濡らす。
やがてそれは土砂降りとなり、何もかもを滅茶苦茶にしていった。
まるでぐしゃぐしゃになった自分の心を表しているかのように。
自分の母親さえも巻き込んでしまったことを、受け入れたくなかった。
けど、全部・・・・・・俺が・・・・・・。
無意識に自らの前に張っていたシールドが破られ、ガラスのような破片と粒子が混合し辺りに砕け散っていくーーー。
『リース!!』
ルチルが地魔法で攻撃を阻止しようとするも、相手の斧はリースの体を裂いていった。
目の前が赤く染まる。
反動で体が投げ出され、視界に映り込む空の映像が何故だかスローモーションに見えた。
もう戻ることなんて出来ない。
過去は変えられない。
俺はこの手で、母親を殺した。
許されるはずがない。
ただ守りたかっただけなのに。
どうして・・・・・・。
なんで、上手くいかないんだろう。
<戦いの中で、次は、なんて言葉は・・・・・・通用しないんだよ>
俺はここで死ぬんだ。
神様さえいてくれたら。
それさえも可能にしてくれるだろうに。
時を戻すことだって・・・・・・。
・・・・・・。
・・・戻す・・・・・・。
・・・・・・そうだ。
戻せばいいんだ。
あの石の力で。
あの時に戻って、あの男だけを殺せばいいんだ。
「リースっ!!しっかりして!!わた、し・・・っ」
声を掛けるが反応が返ってこないことに思わず涙が溢れる。
震える手をもう片方の手で押さえながら治癒魔法を唱えるが、魔力を集中させることが出来ず上手く傷が再生してくれない。
それを他所にシェイドはこちらへと距離を詰め、手にする斧を天高く翳して見せた。
「神よ!亡き者となる主の神器を我のものとし、その力を我が身に継承せよ!そしてスカイ・ネイルもこの手に・・・ーーー!!」
その斧が、勢いよく風を切りながら二人に目掛けて振り下ろされるーーー。
もうだめだ。
そう思い目を瞑った。
だが振り下ろされたはずの斧は体を裂くことはなく、どうしたのかとゆっくり目を開けていくと代わりにシェイドの腕、顔、胴体全ての部位から赤黒い液体が飛沫を上げていた。
悲惨な光景に息が止まり、状況が理解出来ない相手も思わずその体を後退させた。
「なっ、なんだ!!これはああぁっっ!!!」
すると意識が薄れていたはずのリースは何事もなかったかのように起き上がり、ルチルの静止を耳に入れることなくシェイドの前までゆっくりと歩を進めた。
大きく裂かれた胸の傷からは相変わらず鮮血が滴っているが、痛みを感じていないのか苦しむ様子は見てとれない。
よく見ると胸元には無数の細かな光が集結し傷口を抑えているようだった。
「てめぇ・・・、やっぱりセレスト族の生き残りだったか!殺人兵器め!!お前はここで殺っ・・・・・・!!」
すっと手を翳すと薄い水色を纏ったような白い光の粒子が更にシェイドの体を切り裂いていく。
「リース!!もうやめて!!傷がっ・・・」
大きな体が力無く崩れていき、このままでは流石に不味いと判断したシェイドは自らの武器である斧を盾にその場から徐々に身を引いていく。
それを追いかける様子はなく、ただ恨みが込められた瞳はその獲物を逃そうとはしなかった。
「フロストバイト」
白く、凍てつく風が、男の体を焼いていく。
痛みに耐えるようなうめき声が暫く聞こえてきたが、次第にそれは動かなくなるとともに沈黙していった。
それを確認したリースは一人先へと進む。
「待って!!」
その声に一度足を止めるが、振り返る素振りはしない。
頭に過ぎる不安を現実に受け入れたくなくて呼び止めるが、彼は自分の元へ歩み寄ることはなかった。
ただ少しだけこちらへ向けられた顔から読み取れたのは、あの頃と同じ孤独と生死を彷徨う感傷的な心情。
「約束、したよね・・・・・・」
「・・・・・・ルチル・・・、
・・・・・・ごめんな」
思考が、追いつかない。
体が、手が、足が、喉が・・・・・・動かない。
受け入れたくない。
待って。
どこへも行かないでって・・・。
行かないって、約束したじゃない・・・・・・!
<彼のそばにいてあげないと、どこかへ消えていなくなってしまうんじゃないか。そんな気がして・・・・・・。>
嫌。
嫌よ。
どうして?
私には、何もしてあげられないの?
ずっとそばにいたのに。
その心を支えることはできないの?
ねえ。
リースは今、何を見ているの・・・ーーー?
見えなくなるその背中にようやく名前を呼ぶことが出来たけど、その声が彼に届くことはなく。
ただ一人残されたルチルは涙を流すことしか出来なかった。
ーーー
『リース!ルチルのところへ戻ろうよ!モニアたちがこっちへ向かってるからって一人置いていくなんて!』
「・・・・・・」
『それにこのままじゃリースも危ないよ!その状態でネオンと戦う気なのっ?』
スーラの心配を他所に目の前には死の谷、ダールの街が広がっている。
ここに辿り着くまでの間数人と鉢合わせたが、自分の中に眠るセレストの力で全て押し切ってきた。
これが正しい使い方なのかはわからない。
だけどこの使い方しか今の自分にはわからないから。
盾と、殺傷。
シェイドがああ言うのもわかる。
この力は酷く相手を傷付けるものだ。
けど、この力があれば、ネオンにだって・・・・・・。
「ようやく一人見つけた」
その声に視線を向けると短髪で青髪の男が一人階段の上に立っていた。
ここからでもわかる強い魔力に、探していた鉱石をその男が所持していることを確信する。
この男が・・・・・・。
「・・・けど、どうやら君も同じ理由のようだね」
「・・・・・・だとしたら?」
「勿論、武器を交えないわけにはいかないだろう?この石の力を使うのはこの俺だ。他の誰にも手渡しはしない。そのために、お前の神器・・・・・・この俺がいただく!アンヴォカシオン、ティグリス・スピア!!」
男の手元に、磁気を纏った大きな槍が現れるーーー。
「・・・・・・アンヴォカシオン、スペクルム」
『これ以上力を使ったら体がもたないよ!リースってば!』
ガラスのような剣を手に、背後には鏡が召喚されると男の姿を逃さないようじっと目で捉える。
「全てを跳ね返す鏡と、全てを貫く槍。いったいどっちの神器の方が上かな」
「・・・・・・そんなの、どっちだっていい」
もう一度あの日に戻るために。
俺はその石を手に入れなくちゃいけない。
声を荒げながら、俺はネオンに剣を振るったーーー。
何度も、何度も、我を忘れるかの様に。
だけど近距離武器ではないはずの槍に、何故か剣が通用しない。
どういった素材で出来ているのか、その柄が折れることはなかった。
「その表情、まるで過去の自分を見ているようだ」
ネオンの顔には額から頬にかけて大きな痣がある。
どれほど酷な戦いをしたのか、手元にも似たような痕があった。
それに一瞬気を取られネオンは電磁波を放つがギリギリのところでリースはそれを躱わす。
「この痣か?これは十五年前、黒魔道士につけられたものだ。・・・・・・哀れだろ?前は地魔法しか使えず、スカイ・ネイルの力を求めて地を這いずり回ってたよ。今のお前みたいにな。・・・だけど今回は違う。トールデウスは俺にスカイ・ネイルの封印を解かせた!この石の力を使う権利を俺に与えてくれたんだよ!」
「雷の神器所有者が・・・・・・お前に?」
「そうだ!だからあとは神器を五つ揃えるのみ!そしたらこの世界は全て、俺の支配下になる!!」
やはりネオンは勘違いしているようだ。
それに、何故封印を解かせた?
・・・けどこれで、スーラたちの目的がスカイ・ネイルを封印することでないことは明らかになった。
彼らの本当の目的はなんだ・・・・・・?
「天に使えし落雷の神よ!その雷とこの鋭い刃であの男の体を貫け!・・・・・・トールデウス!!」
眩い光とともにネオンが手にする槍に雷が降り注ぐ。
まだここで終わるわけにはいかない。
理由が何であろうと、俺は無くしてしまった大切なものを、もう一度取り戻したいんだーーー!
「全てを映し出す鏡よ・・・・・・今我盾となり、いかなるものも弾き飛ばせ。レフレクシオン!!」
リースの前に鏡の盾が出現するとともにネオンの手から激しく放電する槍が放たれる。
二つの神器がぶつかり合い、互いの譲らぬ威力にギリギリと音が響き渡る。
やがて鏡に亀裂が走り、神器の技を跳ね返すのは簡単でないことを悟ると次第に焦りが脳を支配する。
しかしやられまいと自分の中の力を最大に引き出し、自らの剣を雷の槍に振り翳していった。
スペクルムとセレストの力が混ざり合い・・・・・・次の瞬間、その槍は主であるネオンを目掛けて跳ね返されたーーー。
その速さに回避することはできず、ただ幸いにも体の一部を掠っただけで部位を失うことはなかった。
だがその反動で持っていた鉱石が宙へと投げ出され、その一瞬をリースは見逃さず地へと転がるそれを急いで拾い上げた。
手にしてみると純粋の氷のようなその石は美しく見惚れるほどの輝きを放ち、まるで使用者が現れるのを待ち侘びていたかのような力の波動に次第に冷静さを失っていく。
「スーラ!スカイ・ネイルを使うための呪文を教えろ!」
『まっ、待ってリース!それは出来ないんだ!それにリースがしようとしていることは・・・ーー』
「っうるさい!!早く教えろよ!!俺はっ・・・!」
今、自分の手の中にあるのに。
あと少しなのに。
なんで・・・・・・っ!!
スーラに対し声を荒げていると視界の端から放たれた雷電に気付かず体の自由を奪われる。
せっかく手にした鉱石は直ぐに元の持ち主に取り返され、色の無いその瞳は少年を頭上から見下ろした。
「君には悪いが、ここで死んでもらう」
首元に槍の刃が当てがわれ、ネオンはそれを持つ手に力を込めた。
だが突然胸の痛みに襲われ体勢を崩すと、リースは光の粒子を出来るだけ集めネオンの体を切り裂いていった。
「なんだっ、この魔法・・・!まさかお前も黒の魔導書を・・・・・・いや、そんなはずは」
まだ痺れる体を無理矢理起こすともう一度セレストの力を使おうと魔力を集中させる。
「・・・まあ、いい。二度も同じことは繰り返さない。次は確実にお前を仕留める!トールデウ・・・・・・っ!!」
再び空にティグリス・スピアを掲げ神の名を呼ぶが、全て言い終える前にネオンの動きが止まる。
どうしたのかと思考が回らなかったが、一拍置いてから理解することが出来た。
『短い時の中で二度使うなとあれほど忠告しておいたのに』
膝をつくネオンの頭上には、眉間に皺を寄せる白髪の男の姿。
他の神と同様その見た目は半透明でおそらく触れることも出来ないだろう。
「っスカイ・ネイルの使用権を与えたのは、お前だろう!何故それを・・・っ、可能としない・・・!」
『神器に頼ってばかりいるな。決め事を変えることは出来ぬ。貴様は少し痛い目をみるといい』
「なにっ・・・・・・ぐぅっ!!」
心臓が抉られる様な痛みに必死に歯を食いしばりながら耐えるが、やがて全身から汗が吹き出し呼吸をも正確さを失っていく。
ーーー奪い返すには今しかない。
リースは水魔法を唱えるとネオンを水中へと捕え、自らの腕を彼の懐へと伸ばした・・・・・・。
あと、少し。
あと少しで・・・。
目に見えているその石は水の中でも異様な輝きを放ち、求める人の欲を逸らさない。
絶対に手に入れてみせる。
次こそは、絶対に・・・・・・、
・・・・・・っ!!
息が、でき・・・・・・ない。
神器を使った反動が、体に現れ始めている。
リースが放った水流は威力をなくし、地表へ流れていくとともにだんだんと意識が遠のいていく。
だめだ。
気を失っちゃ。
相手が動けなくなってる今のうちに、スカイ・ネイルを・・・・・・。
・・・母さんに・・・もう一度・・・・・・。
会って、みたか・・・っ・・・・・・。
・・・ーーー。
ーーーーー。
ーーー・・・ース・・・」
・・・・・・。
「・・・リース・・・」
声が・・・・・・聞こえる。
「リース・・・」
また誰かが俺のことを呼んでいる。
俺は、死んだのか・・・・・・?
「目を覚まして、リース」
言われた通りゆっくりと瞼を開いていく。
この声・・・・・・。
「・・・かあ、さん?」
目の前には純白のワンピースに身を包んだ一人の女性。
自分と同じ髪色と瞳の色から直ぐにその人が母さんだとわかった。
けど、どうして・・・・・・。
「これは、私があなたに残した記憶。リースが私の記憶を必要としてくれたから、今こうして見ることが出来ているの」
「それって、どういう・・・。母さん、俺はっ・・・・・・」
夢で見ていた憎しみに溢れる女性とは違い、とても穏やかで優しく微笑む母さんの表情に酷く胸が締め付けられる。
「俺は、母さんを殺した!!この手でっ・・・!ただ、あの男から守りたかっただけなのに!!集落に住んでいた人たちも、全部っ・・・俺が・・・・・・」
現実から目を背けたくて、両手で顔を掻きむしるように覆い隠す。
やっぱり今まで思い出せなかったあの時も、ノワール兵を消した時のように自分の記憶も一緒に消していたんだ。
俺は最低な奴だ。
都合良く辛い記憶だけを無くしてしまうなんて。
それなのに、大切な人を守りたいだとか。
欲張りだ。
恨まれて当然だ。
俺みたいなのは、誰とも関わらない方がみんな幸せに生きていけるのかもしれない。
それならもう、このまま・・・・・・。
「リース」
優しく囁くように呼ぶ声がまた俺を苦しめる。
もう、この世界から解放されたい・・・ーー。
けれど彼女のいう"記憶" は終わることなく真っ白な空間は相変わらず二人を包み込む。
「あの時リースはまだ小さかったのに、敵から私を守ってくれた。ただ、まだちゃんと使い方を教えられていなかったから力は暴走してしまったけれど・・・」
その言葉に顔を上げる。
違う・・・・・・だって、シェイドは俺がやったって・・・。
「怖い思いをさせてごめんね。もし今そのことで心を病めているんだとしたら自分を責めないで。・・・・・・本当は、今もあなたのそばにいたかったんだけど。致命傷を負ってたからもうだめかもしれないと思って・・・・・・それで記憶を残すことにしたの」
当時のことを思い出しながら目を細め、後悔と寂しさを滲ませた。
確かに男が剣を掲げた時、母さんは既に血を流して倒れていた。
それじゃあ俺は、母さんに対しては力を使わなかったのか・・・・・・?
でも、結果的には・・・・・・。
「大丈夫よ」
深く沈んでゆく心を掬い上げるかのように母さんはそっと声を掛ける。
「この記憶は一度しか見ることが出来ないけど、あなたの心の中にはいつだって私がいる。この先も、ずっと・・・・・・」
「っ・・・ごめん、母さん!俺が集落の人たちまで消していなければ、母さんを救える人だっていたはずなのに!今だって、きっと一緒に暮らしていたはずなのにっ・・・・・・ごめん、ごめん・・・なさい・・・っ」
きっとこれが最初で最後の再会になるんだろう。
この胸の苦しみは、一生消すことなんて出来ない。
あの日の恐ろしい光景はまだ幼かった自分にはあまりにも衝撃が強く、一時的に忘れていただけだった。
どうすればいいのかわからなかった。
この力のことも。
これからずっと背負い続けなければいけない過去に、俺は寄り添っていけるのだろうか。
「リース=セレスト」
俯く自分に顔を上げるように言われた気がしてもう一度母親を視界に入れる。
「私たちセレスト族が持つ力には相手を傷付けてしまうものもある。だから危ない種族だと思われてしまうこともあるけれど、この力は人の心を癒すことだってできるのよ。大切な人を守ることだって」
片手を伸ばし左右へ緩やかに振ってみせるとキラキラとした結晶が宙を舞い、また手を胸元に引き寄せ勢いよく前へ突き出すとその結晶がシールドとなって彼女の前に現れた。
それはまるでスペクルムの能力に近しく、初めて呪文を唱えずに透明な壁を使うことが出来たのはこの力のおかげだったのかと気付かされる。
「それからもう一つ。対象とする人物に記憶を残すことが出来る」
「記憶を・・・残す・・・」
「記憶を残してこの世を去ったあと、対象とした人が必要とした時にこうして見ることが出来る力なの。でも、見られるのは一度だけ。それにここに亡き者の魂はない。見ているのはあなたの中にある私の記憶。・・・・・・思い出してくれてありがとう。これを見ているのがいくつになったリースかわからないけれど、きっと大きく、逞しくなってるんでしょうね」
想い馳せる姿が徐々に薄れ、それとともに水色の無数の光が空に舞っていく。
「待って母さん!俺はいったいどうすればっ・・・。まだ、何も出来てない・・・、何も伝えられていない・・・っ!」
これは俺が見ている母さんの記憶。
会話が成り立っているようで、そうではない。
手を伸ばすが空を切るだけで、その姿に触れることは出来ない。
「リース、生きて。私たちの大切な子。スバルを・・・・・・よろしくね・・・」
眩しい光と共に、目の前が真っ白になるーーー。
「ーーー・・・っ」
『リース!!良かった・・・っ、フランたちの魔力が近いからもう少しの辛抱だよ!』
全身の痛みとともに聞き馴染みのある声が頭に響き、薄ら目を開けていくと目の前には血相を変えたスーラの姿があった。
そうだ、俺・・・・・・。
「あい、つは・・・・・・ネオンは、どうなった」
『あの男のことなら心配いらないよ!短時間で神器の力を二度解放しようとして、それに体が耐えられなくなって立ってるのもやっとの状態だったから。そこにリースの放った水魔法が効いたみたいで、そのままどこかへ行っちゃったんだ』
「・・・そうか」
一度スカイ・ネイルを手にすることが出来たものの、結局また振り出しに戻ってしまった。
せっかくここまで来たのに。
結局、何も進展させることが出来なかった。
体の奥からくる脱力と疲労、虚無感に襲われ、仰向けのまま空に輝く無数の光をただぼうっと眺める。
そういえば最近、ルチルと見てないな。
前は家のそばにある丘でよく一緒に寝転んで遅くまで夜空を見てたっけ。
・・・・・・。
ルチル・・・今頃フランたちと合流出来てるかな。
俺、また取り返しのつかないことを・・・・・・っ。
「・・・っ!!」
突然激しく咳き込み、口元を拭うと赤い液体が手に付着する。
『リースっ!』
「はは・・・。俺、このまま死ぬのかな」
『リースは死なない!死んじゃだめだよ!!っ・・・それに、僕まだ、君に話さないといけないこと・・・・・・話してない』
「そういやそうだったな・・・・・・。いいよ、今・・・聞いてやる」
傷口の痛みに耐えながら、俺はスーラの声に耳を傾けた。
『っ・・・スカイ・ネイルの封印に協力してほしいって言ったけど、あれ、実は嘘なんだ!』
「・・・あぁ、雷の神器所有者が・・・封印を解かせたとか言ってたな」
『えっ・・・リース、気付いてたの?!』
「・・・・・・いや、そりゃあな」
こんな時までいつもの調子を崩さないスーラに半分呆れながらも、彼はそのまま話を続けていく。
『でもこの話は、本当は人間に話しちゃいけないことなんだ。神たちは人間を自分たちの目的を達成するための要素でしか考えてない。・・・少なくとも、僕はそうじゃないんだけど。・・・・・・だから僕が今リースに話していることは他の神たちには知られないようここだけの秘密にしてほしくて』
「・・・」
『僕らの本当の目的は、スカイ・ネイルを目覚めさせることなんだ』
「目覚め・・・させる?」
『そう。そのために人間の魔力と神器が五つ必要なの。ネオンが神器を集めようとしてるのは、きっとトールデウスがそう仕向けているからだよ。・・・・・・けど僕は、僕らがしようとしていることは・・・・・・ほんとは良くないことなんじゃないかと思ってる。目覚めさせた後、何が起こるのかもわからないんだ。だから・・・・・・その時は、その・・・、リースに助けてほしくて』
「・・・っは」
この状況でそんな頼みをする奴がいるか?
もう起き上がる力も残ってないっていうのに。
ほんと、こいつは・・・・・・。
『・・・あと僕、リースがセレスト族なの、最初から知ってた。・・・ただリースの故郷が大変なことになってたのは知らなかったんだけど・・・・・・ごめん、隠してて』
「もういいよ。・・・・俺も、お前のこと疑って悪かったな」
『ううん・・・』
「・・・・・・んじゃ、まあ・・・スーラのいうそん時が来たら、俺がなんとかすりゃあいいんだな」
『・・・うん。だからまだ死んじゃだめだよ、リース』
「っ・・・まぇ、少しは俺の心配もしろよ」
深く息を吐き、瞼を閉じる。
視界が暗くなると現実から引き離されそうになっていく感覚に若干朦朧としたが、自分の名を呼ぶ声が耳に届きもう一度目を開けてみる。
「っ・・・リース!!」
数人の足を走らせる音がこちらへと向かってくる。
その人物を確認しようとその方向へ顔を向けると今まで一緒に旅をしてきた三人が息を切らしながらそこにいた。
「・・・みんな・・・っ」
肘を付いてなんとか体を起こそうと試みるが、フランが目の前まで来たところで突然リースの左頬に激痛が走る。
「いっ・・・!!」
「フラン!何してっ・・・」
そこでようやく殴られたことに気が付き、思わず頬を押さえフランを見上げる。
「これはルチルの心の痛みだ!一人置いていくなんてっ・・・・・・、っ・・・リース、無事で・・・良かった」
その顔は怒りと安堵に溢れ、そっとリースの体を抱きしめた。
「フラン・・・・・・ごめん」
「・・・リース」
「・・・・・・ルチル、俺・・・」
「・・・ぅっ、ほん・・・よかっ・・・たあ」
大粒の涙を流しながら胸に飛び込んできたルチル。
本来の目的を無視し過去をやり直したいがために自分勝手な行動をとってしまったのに、どうして良かったなんて言葉を掛けてくれるのだろう。
「心配される・・・資格なんてないよ・・・・・・」
「何言ってるんだっ・・・、リースは大切な仲間だ。心配しないわけないだろう!」
何でそんなふうに受け入れてくれるのだろう。
こんな俺を。
放っておいたっていいのに。
ずっと部屋の片隅から眺めてた、あの陽の光に。
また、行ってみたくなる。
「俺、まだここにいていいのかな」
「当たり前じゃないか!・・・っルチル、治癒魔法で傷を癒やせそう?」
「うん、やってみる」
目を閉じ、呪文を唱えると白い光がリースの体を包み込んでいく。
すると二人の後ろで控えていたもう一人がすっと片手をこちらへ伸ばした。
「もっと自分を大事にしろ」
彼らしくない言葉に目を見開き、嬉しさが込み上げるとともに思わず笑みが溢れ俺はレイの手を取った。
「ああ・・・そうだな」
過去は変えられない。
鮮やかだった日々も、忘れたいくらいに辛い日々も、自分が犯してしまったあやまちも。
それでも今がある。
みんながいてくれるから、前を向こうと思えた。
もう少しだけ生きてみようと思えた。
俺にとって、みんながいてくれることが・・・・・・生きる意味になってるんだってこと。
ここからまた、始めてみてもいいかな。
・・・・・・ね、母さん。




