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反抗的な私の右眼はマシナリー

作者: 如月 和
掲載日:2026/06/11

 私の人生は、人に言わせれば不幸なものだったらしい。


 この世界には古代からの遺産がゴロゴロと転がっており、けれどその使い方がどうしてもわからなかった。

 その方法を見つけた秘密結社の下で、私はそれに関する実験体として育ったのだ。


 古代から残る遺産、それはブースターギアと呼ばれ、武装や移動の足として使われるものだった。それらすべてを起動させるコアを、後の秘密結社の総帥が発見したことが、すべての始まりだった。


 ブースターギアによる世界征服。

 その為には、コアを制御する必要があった。コアは人体と結合することで効果を発揮するらしいのだが、その結合には適性というものが必要らしく、多くの者が犠牲になったという。


 私は、唯一にして、最後の適合者だった。


 右眼に宿ったそれは、とても機械的で。普段は眼帯で隠している。その姿も不幸だと言われる所以だろうか。


 けれど、多くの人は聞く耳を持たないけれど、そこでの生活は別に、悪いものではなかったのだ。


 誕生日にはケーキを焼いてくれるお姉さんがいた。

 眠れない夜に絵本を読んでくれるお兄さんがいた。

 ボードゲームでも遊んだし、可愛い洋服だってプレゼントされた。


 何も不自由なことはなかった。けれど、彼らの行いは、けして良いものではなかった。


 有志によって結成された義勇団によって、秘密結社が倒された時、幼かった私は彼らによって保護された。ブースターギアを良きことに活用するためには、私の存在は不可欠だったから。


 今、彼らが――秘密結社のみんながどうしているかは判らない。けれど、私の頭の中にはある言葉が、常に浮かんでいる。


 ――秘密結社にもしものことがあったのなら、アダメリアで落ち合おう。


 私には、そのアダメリアというものが何処にあるかは判らない。けれど、もしも、また彼らに会えるのだとしたら。


 私はきっと、そこを目指すのだろう。


 ***


「はぁ? パンが一つで千エンス? 王都では百エンスで買えるんだけど」

「す、すみません。少々理由がありまして」


 眉を吊り上げて、私は申し訳なさそうにする店主へと詰め寄った。


「十倍だよ? 十倍。ちょっとあり得なくない? 絶対にぼったくりでしょ」


 此処は平原にぽつんと佇む小さな村だった。旅の途中で立ち寄ったのだが、此処まで王都と物価が違うというのは、どうしても信じられない。


 王都とは海を隔てた島国にあるとしても、通貨が異なるということはないのだ。私には、その差額がどうしてもあり得ないと思えてしまった。


「それが、畑のある近くの森でトラブルがありまして」

「こんな平原のド真ん中で、森?」

「い、いえ、王都から遠く離れた此処では、近くという表現も少し、大味になるというか……」


 一理ある。その言い分を認めよう。


「で?」

「え、ええ。その北にある森でブースターアーミーが巣を作ったようでして」


 ブースターアーミー、それは自律行動をする機械兵士だ。人型の上半身に、四本の足が生えたような異形。両手に備えた銃身による射撃を行い、群れを率いて縄張りを作る。


 ……かつて、私が起動させたものだった。


「そう。そういうこと。この眼帯を見て、当てつけに価格を釣り上げてんだ」

「いえ、いいえ! けしてそんなことはありません。マリー様のおかげで、この世界ではブースターギアを活用する文化が生まれたのです。それを感謝せずに、そのような事をするでしょうか!」


 実に時代掛かった言い方だが、その表情からは嘘偽りは感じない。


 やたらとチヤホヤされてしまう自身の立場に、私は少し苛立っている。それが、少し言葉に出てしまったのだろう。


「……ごめん。少し苛立ってた」

「申し訳ありません」

「あんたが謝ることじゃない。畑に近づけないから、外部の人に売れないように価格を上げているんでしょ?」

「は、はい」

「私がなんとかする。またここに来るから、お礼を用意して待っていな」


 そう言って、私は店を出た。


 村のメインストリートを、建ち並ぶ家々を眺めながら抜けていく。

 木造、土壁。石造りの多い王都とは違い、どこか雰囲気が柔らかい。平屋が多い分、圧迫感がないからだろうか。


 秘密結社時代は、地下に掘られた薄暗い空間。義勇団に保護されてからは、まるでお姫様のように城で暮らす日々。


(こういう場所で、のんびり暮らすのも悪くないかな)


 そう考える、十六歳の誕生日だった。



 村から少しばかり離れた位置に停車していた、ブースターキャリーに戻ってきた。

 運転席のある箱状の物に、八本足が付いた乗り物。足の先端をタイヤにすることで、軽快に走行することもできる。


「ただいまー」


 後部にあるタラップを登って、解放されていたドアから中に入った。


 内部は生活空間となっており、手前にはリビング、奥にはキッチン。梯子の先にあるロフトには、寝具が一通り揃っている。


 そのロフトから、束ねられた髪が垂れていた。


「アナイ、寝てるの?」

「寝てねーよ。漫画読んでる」


 身動ぎをする音。直後に上から整った顔が覗いた。


「お姫様のお遊びに付き合ってるんだ。暇をつぶして何が悪い」

「はいはい。悪ぅございましたね」


 手をひらひらと振って、ニヤニヤと笑う彼女に応える。

 一応、彼女は義勇団の一員で、私のお目付け役だ。本来は城にいなければならない私の道楽に付き合ってくれているのだから、あまり大きい顔はできない。


「で、はじめてのおつかいは上手にできました?」

「初めてじゃありませんー。王都では買い物マスターよ。行く先々で値引き交渉に挑んでいるからね」

「成功率は?」

「駄菓子屋でのみ、百パーセント」

「おこちゃま」


 高級なお菓子は、城にいくらでもあるからね。そう笑ってソファーに腰掛ける。


「アローネは?」

「運転席で寝てんじゃない? なに、移動?」

「そ。近くの森で、ブースターアーミーが巣食っているらしい」

「あーらら」


 ため息交じりの言葉とともに、アナイが梯子から降りてくる。


「武器庫、見てくるわ。色々と置いといたと思うけどなぁ」

「森の中だから、接近戦はやりたくないね。絶対、向こうに地の利がある」

「ソードモデルより、ガンズモデル?」

「スナイパーモデルが積んであればサイコー」


 ソードモデルは剣のような形をしたブースターギアで、ガンズモデルはライフルの様なもの。どれも少しばかり大型になって、機械的な見た目をしており、世の少年の心を掴んで離さない。


 スナイパーモデルは、文字通りスナイパーライフルのようなもの。かなりの大型ではあるが射程距離が長く、ブースターキャリーの上に陣取って扱うことになるだろう。


「確認してくるわ。アローネを起こしといて」


 アナイはそう言って、リビングの床に備わる扉を空けて、下の空間へと入っていく。其処には倉庫と、風呂とトイレ。


「貯水槽の確認もしておいてね」

「はいはーい。ま、節約してきたからそこまで減っていないと思うけれど」


 城を出てはや二日。食料の備蓄はまだあったと記憶しているが、この辺境で水の確保は少し面倒だろう。

 森に水源があるようなら、少し拝借しておこう。


 キッチンを抜けて、運転席へ繋がる扉を開く。ベンチシートの運転席で、一人の女性が仰向けに寝転んでいた。


 ツナギ姿ではあるが、その髪は艷やかで綺麗に巻かれている。貴族のお嬢様であり、王国に使える兵士でもある彼女もまた、私のお目付け役だ。


「アローネ、起きて。ブースターアーミーを退治しに行くからさ」

「んあ、……んー、アフタヌーンティーの時間ですの?」

「ごめん、パンは買えなかった。ブースターアーミーのせいで、めっちゃ高くてさ」


 目を擦りながら、彼女は身を起こす。


「ふぁあ。……ふぅ、目が覚めてきましたわ。御機嫌よう。それで、ブースターアーミーは何処に?」

「近くの森、だって」

「近くの、森?」


 見渡す限りの平原。田舎の距離感というものは、時間の流れと共に緩やかになるのだろう。



 北へおよそ一時間ほど。ようやく森が見えてきた。それは平原の終点でもあり、さらに奥の背後には、大きな尾根が望んでいる。

 その光景を、私はブースターキャリーの屋根に乗って眺めていた。


「マリー様、アナイさん。聞こえておりますか?」

「聞こえますよー」


 屋根に取り付けられた通信機から、アローネの声が響く。その声に軽く応えると、車内のセンサーが反応していると告げられる。


「てことは、ブースターギアが存在している証拠。ブースターアーミーのいる森は、あそこで間違いなさそうだね」

「索敵機であるこの子のセンサーが言うんだから、確実か」


 私の言葉にアナイが頷き、携えたガンズモデルの銃口を森へと向けた。


「スコープは、ちゃんと機能しているな。結構骨董品ばかりを積んで来たから、不安だったんだ」

「古代の遺物に骨董品って、ユニークな言い方だね」

「過去も未来も、すべてはピンキリ。姫様、スナイパーモデルは如何で?」

「こっちのスコープも機能してる。後は、ちゃんと弾が出てくれたら、ね」


 射撃用のブースターギアは、基本的に空気中の塵や異物を収集して成形し、弾丸とする。土埃や植物由来のものが多く舞うこの辺りなら、それはまさに無尽蔵と言えるだろう。


「試射してみる?」


 アナイの提案に首を振る。


「それは駄目。気が付かれると、森の奥に引っ込んでしまいそうだからね。ブースターアーミーは物音に敏感で、異常を察知すると防御を固めてしまう」

「その為に、アタシが囮になるわけね」


 そうだ、と頷く。


「ブースターアーミーは一度ターゲットを定めると、それを狩るために纏って行動をするようになるからね。うまく誘導すれば、森の外へ出てきてくれるはず」

「そこを、スナイパーモデルで叩いていくと」

「彼奴等は十機で編隊を組むのが基本で、それ以上の数になると、弱いものを排除しようとする」

「さすが姫様。お詳しい」

「その口調は辞めて。鬱陶しい」


 舌打ちをして、森に視線を向ける。センサーの優劣で言えば、こちらの方に分がある。あまり踏み込みすぎると、こちらの動きが察知される恐れがあるか。


「アローネ、ストップ」

「了解ですわ」


 徐々にスピードが落ちていき、森に面して横向きとなって停車した。

 ここから、私とアローネは一心同体だ。


「アナイの行動は任せるけど、安全第一でね」

「あぁ、判っているよ。あの戦いを潜り抜けた義勇団の一員として、ブースターアーミー如きに後れなんて取るもんかっての」

「……」


 あの戦い、か。

 あの時、私の手を引いてくれた、義勇団を率いたカヅチは言った。


「やり方を、間違えただけだった。か」

「……義勇団が表立って活躍したのが、その証拠だな」


 あの時代、貴族は腐敗を起こし、王家では制御不能なほどになっていた。王の市政は貴族によって却下され、欲望のままに悪政を引き、民は困窮の限りを尽くしていた。


 だから、秘密結社はブースターギアの力を使って、国家の転覆を目論んだ。その力の行使が、数少ない善良な貴族を奮い立たせ、義勇団が組織され、改革が進む。


 振るった力が、大きすぎた。


「体よく利用されただけじゃないか、って思ったときもあったよ」


 世界のことを思ったはずなのに、どこまで言っても悪者になってしまう。対して、私はどんどんと祭り上げられる。

 その対比に、多分、今も私は苦しんでいるのだろう。


「アタシらを、恨んでる?」


 私は、その問いに曖昧に微笑むしかなかった。


 森から漏れ聞こえる射撃音を耳にして、私は腹這いになってスナイパーモデルを構えた。


「アローネ、足は任せるよ」

「お任せあれ。迅速かつ安全運転で絶好のポジションを確保しますわ」


 私とアナイの会話を聞いていただろうに、突っ込んでくることはないのは優しさだろうか。それとも、事勿れ主義なのか。

 その辺りのルーズさに、私は好感を持っている。


 信じているよ、と声をかけて、私はスコープを覗いた。


 八本の足が軽快に動く。木々が揺れる音を感じる。それに合わせてスコープをズラす。

 ドンッ、と空気が弾けるような音。高速で射出された弾丸が、木々の影から現れた異形を貫く。


「先ずは一体」


 通信機からノイズが響き、アローネとは別の声が届く。


「一体貰ったよ」


 アナイの声だ。


「注目を集めすぎないでよ。有名人ってのは、あの手この手でファンに付き纏われるんだから」

「含蓄のある言葉だねぇ。一体、どんな貴族に付き纏われているのやら」

「珍しいブースターギアを発掘したから、使えるようにしてほしいってさ。勝手に掘るのは違反ですー」


 まだまだ、質の悪い貴族は居るものだ。私たちのために、私のために。彼らを取り締まる義勇団にはもっと活躍をしてもらいたい。


 そんな愚痴を込めるように、私は引き金を引く。


 私には、大層な思想も目的もないから。この指に何か意味を持たせることができないから。

 けれど、悪いことはしたくないと思う。彼らにこれ以上の悪評を付けたくないから。だからせめて、私はなるべく、良きことを成したいと。そうしていつか、アダメリアへ辿り着けたら――。


「っ!? あの野郎、私の弾を避けやがったっ! ぶっ殺すぞクソ野郎が。クソはクソらしく、ケツ拭いてケツ振って、大人しく的になりやがれっ!」

「口が悪いですわよ、マリー様」

「どうせ、育ちは悪いのよ」


 言い訳に使ってごめん。心の中で謝りながら、私は静かに引き金を引いた。

 


 森に巣食っていたブースターアーミーを駆逐し、私たちのブースターキャリーは、颯爽と平原を駆け抜けていた。


 それは、村へ戻るためのものであった。……のは、当初のことで、今では、そう。若干別の目的があった。


「こらーっ! 停まりなさいっ! マリー様、そこにいるのは判っているのですっ! 大人しくキャリーを停めて、城に進路を取りなさいっ!」


 後ろから追跡する、似たような形のブースターキャリーから、その様な声が響いている。

 草原で暮らす動物たちも、さぞ吃驚していることだろう。跳びはねる鹿のような彼らが、進路に入ってこないことを祈ろう。


「怒ってますわよ、カヅチ様」


 運転席のベンチシートで、ハンドルを握るアローネが横目で私を見る。それを頭の後ろで手を組んで、軽く聞き流す。


「アナイさん、停めたほうがよろしいかしら?」

「お好きにどーぞー。追いかけられて姫様プンプン。停まってもプンプン。後はもう、根比べでしょ」


 リビングで寛ぐアナイが、ケラケラと笑っていう。そういうドライな感じで、若干適当で、でも頼りになる一面もある彼女は、改めて接しやすい人だと感じる。


「でも、まさか団長が追いかけてくるとは、ね。姫様、なにか悪さでもしたんです?」

「別に、今日が私の誕生日だからでしょ」


 例年、豪華なパーティーの準備をしてくれて、その都度、私は逃げ出している。

 どうにも華やかな場は苦手だし、何しろ、誕生日にケーキを食べるというのが許せない。


 彼としても、私を託されたという思いもあって盛大にやりたいのだろう。

 その際に伝えられたという、秘密結社総帥の言葉が思い起こされる。


「……新しい世界を、楽しめ。か」


 そう言ってくれるのは、嬉しい。私のことを考えてくれているんだって、改めて思えるから。 


 でも、でも。私の中の誕生日ケーキは、あの、クリームの塗りにムラがあって、イチゴが二つしか乗っていなくて、爪楊枝でメッセージを書くような。そんな、お世辞にも立派なものとは言えない、あのケーキだけなのだ。


 どんなに気を使ってくれているのだとしても、私は、その思い出だけは大切にしていきたいと思っている。

 それでも、城に入ればその気遣いを無下にはできずに、受け入れてしまうのだ。それがなんだか、許せないような、自分に腹が立つような……。


「自分でも、さ。そろそろこの環境を受け入れなきゃ、って思っているわけよ」


 話し出した私の言葉を、アローネも、アナイも大人しく聞いている。


「こんなにも恵まれているんだから、天邪鬼もいい加減にしろよって、自分でも思う」


 そう思っていながら、なぜ逃げるのか。その答えは、どうにも自分では判らない。ありきたりな言葉で言えば、単なる反抗期、なのかもしれない。


「だからこそ、もう少し甘えていてもいいのかなぁ、って思うし――」


 ブースターキャリーは、村を望んだ。そうして、メインストリートを駆けていく。私はドアを開けて、放り投げられた袋を受け取った。


 義勇団が来て、もしやと思ってくれたのだろう。私の悪名も、こんな辺境まで及んでいるか。


「マリー様、ありがとうございましたっ!」

「こちらこそーっ!」


 袋をシートに置き、笑顔の店主に手を振り返す。


 自分の気持ちの落とし所も、いつか見つけた居場所も、今はまだ判らない。けれど今は、城にこもって貴族の相手をするよりも――。


「こうして、何気ない笑顔を見たいって思うんだ」


 私は、ずっと甘やかされている。かつても、今も、きっとこれからも。口の悪い私は、それに対して素直に礼を言ったりしないだろう。


「ねぇ、二人はどのパンを食べる?」


 今の私の誕生日は、このくらい騒がしくて、このくらいささやかの方が丁度いいのだ。


 車内を甘い香りが包み、喧騒を背に平原を進んでいく。明日になったら、城に戻ってあげようか。

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