吹上峠の悪魔。
残暑振るわぬ今夏。
刻々と時が過ぎていく、走り屋絶世の1990年代からはや30年と過ぎていた。
夏はほとほとせっかちに心を振りほどき時は刻んで行く。また夏が来る為には必ず春も訪れる。今はただ春の良き気温、湿度が懐かしい。
春の桜はまた散る。それは夏の訪れを予感させる。
また1990年代にレース界を震撼させ、また涙させた事故があった。
アイルトン・セナ、伝説的なレーシングドライバーは春、イモラにて神の元に召された。
しかし彼の魂はプロスト、シューマッハ、そして現在のキミ・アントネッリのカーナンバー「12」へと受け継がれることになる。
この物語はその彼の魂をまた断片的に受け継ぐ少年「イサオ」がどのようにしてレース界に再び舞い戻るかを描く物語である。
2008年、少年「イサオ」は貧しい家庭に生を受けた。彼はまた数多の男児に過ぎず、レースなどF1を知っているか知らないか程度であった。
2024年5月
彼はレースに目覚めた、それは突発的なもので彼も何故目覚めたのか理解出来ていなかった。
しかし才能は正に結果として現れていた。
才能は元からあったのだろうかそれは最早分からない。しかし彼の両親は貧しいながら稼げるものには目聡く、
彼をカートに投資するなどの先見の明というには少し烏滸がましいながら、お金を注ぎ込んだのだ。
そして才能を発揮し始めた、各チームからにも一目置かれる存在と成った。カートレースは連戦連勝、プロ入りも夢ではなかった。
だが彼は"ルールに護られる"それが満足できず、公道でもトップになってやる、と
そして彼は何かに取り憑かれたかのように遂にバイクを手にし、峠へと駆け出していた。
彼のバイクはノスタルジックを感じさせるフォルムである"ZZR250"
4ストローク2気筒エンジンにフルカウルのカワサキ製のツアラーバイクであったが、彼のレーシングセンスには充分すぎる代物であった。
「ブォォォォン!!」
吹上峠、平尾台山頂から下りの曲がりくねった道を2気筒の元気な音と4気筒の安定した音が木霊する。
ギアが4から3に落とす、
クラッチを握りながらアクセルを捻り、
回転を合わせクラッチを離す。
コーナーの出口の更に向こうに目線を向ける。
前には既にスズキの隼を射程に捉えていた。
前に走る隼の僅かに照らすヘッドライトと、不完全に燃えたガソリンの匂いを頼りに限界ギリギリで攻める。
隼乗りは気が気ではない、たった250ccのバイクに大型のリッタークラスが負ければ笑い者では済まない。
そして後ろに気を取られていた隼乗りはミスる。
「ギギャァァァア」
後輪が段差に取られ、立て直す暇を与えずカウルが削られ、ガードレールギリギリにライダーごと転倒する。
それを華麗にZZRは避け、そして止まる。
地べたに無様にも這いつくばった隼乗りが、もう見てられないほど無様に見えた。
「下手くそがリッタークラスに乗ってんじゃねぇよ。」
そう吐き捨てた。隼乗りは眉間にシワを寄せ、激高して怒鳴る。
「テメェ、俺をカモってヌケヌケとここで走れると思うなよ!」
しかしZZR乗りは氷のようにそれを冷たくつけはなす。
「お前が一般車煽ってっから、煽ってやってオマケに自滅した割には威勢がいいな。」
そしてイサオは続ける。
「お前に乗られてる隼が可哀想だぜ、売ってやった方がいいんじゃねぇの?」
彼は痛烈に言葉でも完膚なきまでに、隼乗りのプライドを砕き、彼は去っていく。
夜は更け、誰も峠から居なくなる。しかし彼は走り込みを辞めない。これが王者たる由縁なのかもしれない。
そして満足したら颯爽とオイルの匂いとガソリンの焼けた匂い、タイヤ痕を自分が走った証しとして峠を下り、家へ帰る。
彼は吹上峠の悪魔と、バイクの走り屋の間で話題となり始めた。
─────続く




