■1.プロローグ:聖女を捕虜にした
捕らえた聖女は好きに嬲っていい、という許可が出た。
それは当然だろう。魔族と人間の戦争は、魔族側の圧勝で終わった。その最大の功労者はヴァルディである。望む褒美を与えられて然るべきだ。
ヴァルディは今回の戦争に、とても腹を立てていた。
魔族は魔族の領土で慎ましく暮らしていただけなのに、数日前、突如として魔界へ侵攻してきた人間の国。そのフロギアとかいう王国には「聖女様」なる神の声をお聞きあそばす乙女がいるらしく、彼女が「魔族を滅ぼすべし」との神託を賜ったことが、侵攻のきっかけらしい。
ヴァルディは開戦を聞きつけるや最前線に出て、フロギア王国の数千に及ぶ兵士を片っ端から返り討ちにしていった。
火竜と呼ばれる種族のヴァルディだが、その容姿は竜よりも人間に近い。角と尻尾があることを除けば、まだ二十歳にも満たない少年の姿だ。
しかし姿は人間に近くとも、その力は人間とは隔絶している。高い身体能力を持つ魔王軍の魔族たち、その中でも抜きん出た存在がヴァルディなのだ。有象無象の兵士が束になったところで、傷一つ負わせることもできない。
ヴァルディは笑いながら戦場を駆け回り、黒い鱗に覆われた尻尾で敵の剣を叩き折り、捻じれた角を返り血で汚し、火炎を自在に操り、楽しく死体の山を量産した。
だが、それも最初だけだった。
攻めてきた割に敵は弱過ぎるし、そのくせ一人前に吠えるし、魔族の悪口を言ってくるし、なんか悪魔呼ばわりしてくるし、悪魔ってお前らが勝手に定義した存在だろうが、そもそも神託ってなんだよ、責任者出てこい、責任者って聖女か、ああ聖女むかつく。
次第にヴァルディの苛立ちは、開戦の発端である聖女に集約していった。
まるで手応えのない戦いは事務的な消化試合の様相を呈していき、ヴァルディは顔も知らない聖女への怒りを募らせていく。争いを始めておきながら自分は戦いに参加せず、神殿の奥でふんぞり返っているだろう、傲慢な女を思い描いて。
そして戦争が始まって、たった数日後。魔界側はほとんど無傷、フロギア側は壊滅という戦況になったところで、フロギア王国が白旗を上げた。たったひとりの魔族に兵士を全滅させられるという絶望的な力の差を前に、戦争を継続する気力を失ったらしい。
魔王は相手の降伏をあっさりと受け入れた。賠償の要求もしなかった。先述の通り、魔界側の損害はほとんどなかったからである。
損害らしい損害と言えば、身体中に返り血を浴びて笑いながら戦場を駆け回っていた戦争初期のヴァルディに対し、「戦闘狂」「鬼畜の所業」「ちょっとドン引くっていうかぁ」「そういうとこだぞお前」「だから顔はいいのにモテないんだ」「魔王城の洗濯係から苦情が来てます」等々の悪評が魔族界隈で盛り上がりをみせて、当のヴァルディが落ち込んだことくらいである。
ともかく魔王は、フロギア王国に何一つ賠償を求めないつもりだったのだが、その緩い方針にヴァルディは怒った。
「おい魔王。こっちは攻められた側なんだぞ。人間どもには身の程を弁えず魔族に挑んた代償を払わせるべきだ」
今回の戦争で一番頑張ったヴァルディ(二番目は血塗れの服を毎回洗う羽目になった魔王城の洗濯係)の意見なので、魔王はこれもあっさりと受け入れた。
魔王がフロギア王国に賠償を求めなかったのは、慈悲でもなんでもない。ただ興味がなかったからである。ゆえに、可愛い部下の望みを聞くのは当然のことだった。たとえそれが、人間側にとってどれほど大変な代償であったとしても。
「そうだね、ヴァルディ。魔界を守ってくれた君にはご褒美がいるね。先方に支払わせたい代償は何かな? それを君のご褒美として与えよう」
「元凶の聖女が欲しい。ボロ雑巾にしてやる」
「分かった。フロギアには聖女を捕虜として差し出させよう。これで聖女は君のもの。後は聖女を嬲ろうがどうしようが、全て所有者である君の自由だ。好きにするといい」
「ああ。絶対泣かす」
「あっそうだ。追加のご褒美に『頑張ったで賞』のメダルもいるかい? 金色の折り紙で作ったんだけど」
魔王がいそいそと折り紙メダルを取り出しつつ付け加えた言葉は、聖女を好きにしていい言質を取るやさっさと部屋を出て行ったヴァルディには聞こえていなかった。
魔王はその日のうちに、さっそくフロギア王国へ使者を出し、戦争の責任者である聖女の身柄を要求した。きちんと「捕虜にした聖女は魔界の功労者に与える。捕虜は丁重に痛めつけるつもりである」という旨も、包み隠さずに言い添えて。
魔界側からの唯一の要求に、フロギア王国は即座に従った。王国はあんなに崇めていたはずの聖女を、魔族に手酷く嬲られると分かっていて、なんの躊躇もなく差し出した。
こうしてヴァルディは、聖女を捕虜として手に入れたのだった。




