病弱令嬢…?いいえ私は…
ブルーメンフェルト帝国で最も権力を持つ公爵家の長女クララ・アイゼンハルトと第三皇子ペーター・ブルーメンフェルトとの婚約は二人が5歳の時に結ばれた。
クララは生まれた時から病弱で、すぐに体調を崩すため外に出ることも滅多になく、一日の大半を部屋のベッドの上で過ごして育った。
一方ペーター皇子はとても元気な少年で、とにかくじっとしていることが嫌い。
そんな真逆な二人がどうして婚約をしたのかというと…
ペーター皇子の母親である皇帝の第二妃ローゼマリーが、息子を権力・財力共に申し分ないアイゼンハルト公爵家の娘と結婚させたかったからに他ならない…。
正妻である皇后エリザベートの生家は、帝国内でもアイゼンハルト公爵家と権力を二分するローゼンベルク公爵家と有力なのに対し、第二妃の生家はクライン伯爵家と爵位も財力も弱かった。
第三皇子であるペーターはいずれ皇室を離れ、自分で生計を立てねばならなかったが皇帝からは伯爵位を貰えれば良い方で、特に与えられるような肥沃な領地もない…。
アイゼンハルト公爵家自体は長男のヨーゼフという後継者がいるが…他にも侯爵位や多くの領地を持っているので、公爵家と縁が結べれば、強い後ろ盾ができる上に爵位や領地も譲り受けることができ安泰だったからだ…。
婚約者となったペーター皇子は、最初のうちこそ母親に連れられて公爵家を訪問し、クララと交流を持とうとしたけれど…
あまりにも病弱すぎていつ行ってもベッドで寝たきりなのに退屈し、次第に足が遠のいてしまった…。
ペーター皇子が10歳となり学園に入学してからは、誕生日に届くカードと花束で辛うじて婚約者としての体裁が保たれているような状態となっていた…。
ベッドの住人として子供時代を過ごしたクララも、何とか15歳を迎え起き上がれる日も増えたため、この秋からはペーターと同じ聖クララ学園に通うことになったのだが…
初めて登校した学園でクララが見たのは…
「ペーター!!」
「ハイジ!!お前は相変わらず元気だな〜!!」
他人の婚約者の名前を呼び捨てにし、遠慮なく抱きつく令嬢と、それを咎めることもなく、嬉しそうに抱き上げてグルグル回る婚約者の仲睦まじい姿だった…。
ショックのあまり現実から目を背けたクララの頭の中に…
(ペーターにハイジって…某アルプスの少女やんか〜い!!
そういえば…私の名前もクララやんか〜い!!)
と…とても自分が発するとは思えない言葉が浮かんできた…。
(えっ…今の何…?某アルプスの少女って…何のこと??)
その突飛な情報の出処を、脳内を整理して引っ張り出そうとしたら…
某アルプスの少女の話どころか…日本という魔法ではなく科学というものが発達した国の情報まで脳内に流れ込んで来て…
あまりにも大量の情報が津波のように押し寄せてきたため、いっぱいいっぱいになったクララは登校初日からぶっ倒れた…。
〜・〜・〜・〜・〜
空が暗くなり始めた頃…私はアイゼンハルト公爵邸の自分のベットの上で目覚めた。
どうやら入学式に出ることもなく倒れた私は、そのまま馬車で屋敷まで連れ帰られたようだ…。
幸いなことに、私には生まれてから今までのクララとしての記憶もあったため、現状を把握することができた…。
そう…あの怒涛の情報の嵐が吹き荒れたおかげで、私は前世日本人だった田中清子の記憶も思い出したのだ…。
記憶の中の清子は社会人三年目。
就職したタイミングで1人暮らしを始めたのだけれど、それまで厳格な両親に育てられた反動で、誰にも邪魔されない怠惰で自由な生活を満喫していた…。
初めて食べたカップ麺に冷凍食品、コンビニスイーツ…最高だった〜♡
SNSで美味しいズボラ飯を調べてみては試してみたり…
缶詰と缶チューハイで軽く夕飯を済ませ、そのまま面倒になって…服を脱ぎっぱなしにして寝てしまっだけれど…そんなダラシないことをしても誰にも怒られな〜い。
どれも生まれ育った家では絶対に考えられない…し・あ・わ・せ♡
清子の両親は『適当』『いい加減』『手を抜く』ということをとても嫌う人達だった…。
だから清子は、子供の頃から清く正しく美しくをモットーに育てられた。
〜・〜・〜・〜・〜
クララが清子の記憶を取り戻したあの日から3年の月日が流れた…。
その間、クララは日本人だった頃の知識を活用して健康体を取り戻したけれど…
ある理由のため、学園にはテストを受けに来る以外は課題提出のみで単位を取れるよう、便宜を図ってもらった。
そもそもこの学園…クララの父であるアイゼンハルト公爵が娘が生まれた時にその記念として作った学校なので、色々と融通が利いた。
聖クララ学園なんて…あからさまに娘の名前を学校名にしちゃうくらいなのだから…本当に親バカである…。
でも…そんな娘Loveなアイゼンハルト公爵夫妻だからこそ、クララを元気にするためには金に糸目もつけず、お願いした様々な取り組みに協力してくれた。
そのおかげで、クララがこうやって健康体になれたのだから…本当に親の大きな愛が身に沁みる。
今日はいよいよ卒業式。
本当は最後まで顔を出すつもりはなかったのだけれど…
両親に健康になった私が無事学園を卒業する姿が見たい!!と言われ、出席することにした。
せっかく私のために学園まで作ってくれたのに申し訳ないからね…。
「ペーター皇子は結局この3年間も一度もクララに会いに来なかったな…。
あれで本気でクララと結婚する気があったのだろうか…」
呆れたようにため息をつくお父様。
彼の人となりを知る限り…たぶんペーター皇子自身にそういう希望はなかったのだと思う…。
卒業式後は、ほとんどの人がその後に開かれる卒業パーティーに出席する。
そういったパーティーの際に、婚約者がいる者はお互いの色が入った衣装を誂え、パーティー当日は男性が迎えに来るのが常識だ…。
でも…
「良いのです。彼にエスコートを申し出られても…こちらも困りますから…」
そう言って苦笑いする私を、微妙な顔でみつめるお父様…。
「まあ…確かにそうか…」
〜・〜・〜・〜・〜
無事卒業式を終えたアイゼンハルト公爵家の人々は、そのままパーティーには出席せず、馬車が待つエントランスに向かおうとしていた。
クララは健康になったと言っても、長時間人混みにいるのは難しく…式に出席するだけで精一杯だったからだ…。
「お待ちになって!!」
そんな彼らを引き留める人物がいた。
ペーター皇子の母、ローゼマリー妃だ。
高貴な立場の方が大きな声を出すなんてはしたないこと…普通ではありえないのだけれど、余程焦っておられたのでしょうね…。
「…卒業パーティーには…出席されませんの…?」
やっと私達に追いついた皇妃様は、息も絶え絶えに、挨拶もすっ飛ばして尋ねられた。
「はい、皇妃様。クララは何とか卒業式に出席できるほど健康になったといっても、まだまだパーティーに出られるほどではありませんから…こちらで失礼させていただきます」
あちらが挨拶もなしに用件だけ告げられているのだから、こちらも簡易にお答えすれば良いか…とお父様が要点だけまとめて返事した。
これは初めから決めていたことなので、学園にも連絡しており、皇妃様に留められることでもない。
「でも…。そう言えば、ペーターが婚約者に卒業パーティーのドレスを贈ったと思うのだけれど…それはどうされました?」
皇妃様は当然クララが受け取ったものとしてお話されているけれど…ここ数年我が家に皇子からは誕生日に届けられる花束しか贈られたことがない。
それも毎年同じピンクの薔薇…。
たぶん最初にそれを頂いた時に私がとても喜んだから、クララには薔薇を与えておけばよいと思われたのかもしれない…。
「ペーター皇子からは、婚約してから一度も花束以外のものを頂いたことはありませんが…」
「えっ…」
怪訝な顔をするお父様に、皇妃様は本気で理由が分からないという顔をした…。
「でも…確かにペーターは卒業パーティー用にドレスを注文していましたわ…。これまでにも、度々女性用の装飾品などを購入していましたのに…」
戸惑いながら呟く皇妃に、アイゼンハルト公爵は憮然と答えた。
「皇子が購入されたとしても…それはうちの娘にではありません。実際、いただいておりませんから…。
誰か他の女性に贈られたのではないですか?婚約者以外の…」
「あの子が…そんなはずは…」
狼狽えるだけで埒が明かない皇妃に、いい加減ハッキリさせたいと思っていた公爵は…
「では、一緒にパーティー会場に参りましょう。そうすればペーター皇子がドレスを贈られた相手が誰か分かるのではないですか?
たぶん装飾品も、そのお相手に贈られたものでしょう…」
そう進言した。
「クララ、お前は座っていたらよいから…もう少しだけ頑張れるか?」
先程まで皇妃に見せていた能面のような表情とは異なり、娘には体調を気遣う優しい父の顔で話し掛ける公爵に、クララは大丈夫と微笑み返した。
その頃…卒業パーティーの会場では…
〜・〜・〜・〜・〜
会場の中央では、一組のカップルがみんなから注目を浴びていた。
輝く金髪にエメラルドのように美しい瞳の王子様とふわふわの栗色の髪にこぼれ落ちそうな若草色の瞳が愛らしい少女…ペーター皇子とミュラー男爵令嬢ハイジだ。
二人は互いの色である若草色のドレスにジャケット、エメラルドの髪飾りにカフスとお揃いコーデで恋人らしく仲の良さをアピールし寄り添っているのだが…
ペーター皇子の婚約者が、隣にいるミュラー男爵令嬢ではなくブルーメンフェルト帝国で最も権勢を誇るアイゼンハルト公爵家の令嬢であることは周知の事実…。
病弱な公爵令嬢は普段学園に顔を出すことがなかったから、二人が一緒にいても咎める者もいなかったけれど…本日の卒業式にはアイゼンハルト公爵令嬢も参加している。
初めてその奇跡のような姿を見た生徒達からは、様々な賛辞が寄せられていた…。
『あんなに美しい方が本当に人なのかしら…?あの透き通るような白い肌…。女神様か妖精ではないの…?』
『本当に理想を体現したような方ね。気品があって、美しくて…。あの絹糸のような銀の髪にサファイアのような瞳の美しいこと…』
『アイゼンハルト公爵令嬢の側を通ったら、花の香りがしたぞ。美しい人は匂いまで美しいのか…?』
だからこそ、みんなはあんな女神のような麗しい婚約者がいるのに、堂々と別の女性をエスコートするペーター皇子が信じられなくて…どうするつもりなのかと興味津々で様子を伺っていたら…
「ペーター!!どういうことなの…?
あなたにはアイゼンハルト公爵令嬢という素晴らしい婚約者がいるのに…何故、彼女をエスコートしていないの!!…その隣にいる女性は誰??」
ペーター皇子の母であるローゼマリー第二皇妃が、鬼の形相で現れた。
皇子とアイゼンハルト公爵令嬢の婚約は、皇妃が皇帝と公爵に懇願して結んだものだったので、こんなどこの馬の骨とも分からない娘に壊されるなんて…絶対に許せないことだった。
「母上…俺はハイジと…ミュラー男爵令嬢と結婚し、彼女の家に婿として入ります!!」
ハイジの腰を抱いて、そう宣言するペーターに、ローゼマリー皇妃は怒りのあまり気を失いそうになった…。
その間にもペーターは話を続ける…
「母上が俺のためにアイゼンハルト公爵家と婚約を結んでくれたのは分かっているし、婚約者のクララを放っておいて何もしなかったのは…悪かったと思っている…。
でも、クララは俺が訪ねた後は必ず熱を出していたから…会いに行かない方がいいと思ったんだ…。
俺は外で動く方が好きだし、帝都で暮らすより山や自然が豊かなミュラー男爵領で、野山を駆け回って働く方が合っている。
クララは医療の整った都会でないと暮らせないし…俺達の婚約は白紙に戻して、俺は自然豊かなミュラー男爵家の婿として暮らし、クララは彼女の健康を考え寄り添ってくれるような優しい男を選んだ方が幸せになれると思うんだ…」
自分でも勝手なことを言っている自覚はあるので、段々と声が小さくなるペーター皇子の意見に賛同したのは、意外にも渦中の婚約者であるクララだった。
「私もそう思います」
みんなが白い目で見る中での加勢に、思わず嬉しくなったペーターが抱きつこうとしたら…
「私も『私達は根本的に合わない』と思っておりましたので…それだけのことです」
そう言いながら、クララはペーターが接触しないようサッと後ろに身を引いた。
それは何だか線引きされたようで悲しかったけれど…先にクララから離れたのはペーターだ…。
それを思い出したペーターは、またハイジの横へと戻り、母とアイゼンハルト公爵の反応を伺った。
「私も二人の婚約解消には賛成です。
ペーター皇子はこれまでずっとクララとの交流を絶っておられましたし…クララも望んでおりませんでした。
二人の婚約に特にこちらとしては政略の意味はありませんし…当事者の二人が望まない婚約を続ける意味などないのでは…?と思われます。
第二皇妃様はどのようにお考えでしょうか?」
ローゼマリーは決してそれを良しと思わなかった。
多くの人達が集まる場所で、これだけ注目を浴びてペーター自ら宣言してしまった今、この婚約を続けることが難しいことは理解している…。
「でも…18歳にもなって突然婚約者がいなくなっては、アイゼンハルト公爵令嬢が困るのではないかしら…?」
往生際悪く、クララが婚約解消を撤回してくれれば何とかなるのでは…と考えた。
「それは問題ありません。元々クララにこの国の水は合わないため、もしこの婚約が解消されるようなことがあれば、娘を和国で長期療養させようと思っていたのです」
そうキッパリ告げるアイゼンハルト公爵の発言に乗っかるように、名乗り出る人がいた。
「では、私がクララ嬢の我が国での生活をお支えいたしましょう」
すらっと高い背に、武人らしく背筋が伸び、程よく筋肉がついた凛々しい姿。
ブルーメンフェルト帝国では珍しいが、前世日本人のクララにとっては馴染み深い艷やかな黒髪を綺麗に後ろに流し、切れ長な黒い瞳も理知的で爽やかな美青年。
和国の天皇陛下の弟君である清宮綾仁殿下だ。
「綾仁殿下…」
少し呆れた顔で呟くクララに…
「クララ、そんな他人行儀な呼び方ではなく、君には【アーヤ】と呼ぶように言ってあるだろう?」
他の者には決して見せない、蕩けそうな甘い表情でクララを見つめる綾仁殿下の突然の登場に、会場中が騒然となった…。
彼は国賓としてこの卒業式に呼ばれていたのだが…そもそも他国の超VIPである彼が何故わざわざ学園の卒業式なんかに出席していたのかというと…
そう…。彼は学園を卒業した愛しいクララを自国に迎え入れるために、ブルーメンフェルト帝国にやって来たのだ。
「どうして学園に登校することでさえ難しいアイゼンハルト公爵令嬢が清宮殿下と面識がありますの?」
みんなが思う疑問を、ローゼマリー皇妃が代表して尋ねたのに答えたのは、父であるアイゼンハルト公爵だった。
「先程も申しましたように、この国の水がクララには合わない…正確に言えば、この国の衛生環境が、免疫力の極めて弱いうちの娘には合わなかったようです…。
ですからクララは別に病弱だったわけではなく、この国の水を飲めばお腹を壊す…熱を出す…という状況で常に体調を崩していたのです。
そのことに気付いた後は、衛生環境が世界一整った『おもてなしの国』と呼ばれる和国のシステムを公爵邸に取り入れ、綺麗な水を生み出せるようにし、飲み水だけでなく毎日の食事も入浴も食器洗いも洗濯も掃除も…全てその綺麗な水を使用するようにしました。
それは我が家で働く者達にも徹底し、我が家で働く者には徹底的な衛生管理を身に着けさせました。
その結果、娘が体調を崩すことはなくなったのですが…衛生管理を屋敷内で徹底することは出来ても、一歩外に出ましたら変わらず…免疫力の弱い娘には厳しい環境です。
ですから、学園にはテスト以外は課題提出のみで卒業できるように取りはからってもらったのです。
和国の観光大臣も務められる清宮殿下には、このシステムを導入する際に多大なご協力をしていただき、我々が参考にするために和国に視察に伺った際にも直接ご案内していただくなどの便宜も図っていただいたのです」
そう…和国に家族で訪れた際に、クララは綾仁殿下に随分気に入られてしまって…猛アピールを受けたのだけれど…。
一応は第三皇子の婚約者ということでその時はお断りして帰国した。
もう婚約者もなくなったので、歯止めは効かないでしょうね…。
「クララは和国では外に出ても病気にならないのか…?」
ペーター皇子の素朴な質問に…
「はい。和国はどこに行っても衛生環境が整っておりますので、外でお水を飲んだりお食事をしても体調を崩しません…」
と答えたクララ…。
観光立国として有名な『おもてなしの国』和国の衛生環境は、現代日本と変わらぬ程整っており、街中にもゴミ1つ落ちていないとても美しい国だ。
ブルーメンフェルト帝国のそれは…
異世界転生小説に出てくるような衛生環境の整ったなんちゃって中世ヨーロッパではなく…残念ながらガチ中世ヨーロッパと同じ水準だった…。
ベーター皇子は今の薔薇色の頬をしたクララを見て、幼少期のいつもベッドの中で青白い顔をしていたクララを思い出し…素直に…
「良かったな」
と微笑んだ。
そう…ペーター皇子は決して悪い人ではないのだ…。
ただ…全く手を洗わない人なだけで…。
あと…入浴が嫌いだから、体臭がちょっと酷いだけで…。
〜・〜・〜・〜・〜
(クララ視点)
この国の人達は、現代日本人のように頻繁に入浴する習慣はなく、体臭を隠すために香水を利用した。
ペーター皇子の場合は、香水嫌いな人だったのか誤魔化すことがないから…ダイレクトに臭う…。今もする…。
私が卒業パーティーに出たがらなかったのは、キツイ香水の匂いや酷い体臭が混じった匂いに耐えられなかったからだ…。
我が公爵邸では、和国のシステムを導入した際に温泉も引いたので、使用人にも毎日入浴してもらうようにし、キツイ香水は控えてもらうようにした。
でもその方が『優しい良い匂いがする』と、恋人の受けが良いらしく、屋敷で働く人達にも好評だ。
最近では、それ目当てで公爵邸で働きたいという人達も増えたぐらい…。
また、日本人の清子の意識が浮上した時に耐えられないと思ったこの国の習慣の1つに、食事マナーがある。
実はこの国の食事…基本手づかみでした…。
公爵邸では、私が日本人の知識を取り戻してからカラトリーを導入してもらったので、フォーク、スプーン、箸を使うようになったけれど…外の世界では未だに手づかみです。
だから普通の人は、食べる前には手を洗う習慣があるのだけれど…ペーター皇子が手を洗うのを見たことがない…。
食事前も、◯イレの後も…手を洗う彼を見たことがない…。
幼い頃彼は、その手で自分が持って来たお菓子を私に手渡しし、食べさせていた…。
そして彼が帰った後は、必ずお腹を壊した…。
自分が美味しいと思ったお菓子を、私にも食べさせてあげようと一生懸命勧める彼は、決して悪い人ではなかった。
ただ…本当に…私とは合わないだけで…。
前世で几帳面な両親に育てられた
私に彼は…絶対無理だった…。
だから、そのままの彼を受けとめてくれる理想の女性と出会えたことは本当に喜ばしく嬉しい。
私も運命の人に出会ってしまったしね…。
〜・〜・〜・〜・〜
学園卒業後、ペーター皇子はミュラー男爵領へと婿入りし、クララは和国の綾仁殿下の元に嫁入りした。
ブルーメンフェルト帝国には、アイゼンハルト公爵令嬢と清宮殿下が結婚したことを機に、和国から様々なシステ厶や便利な物が導入された。
「ねえペーター、これ最近街で流行っているんだって〜」
そう言ってハイジが見せたのは、最近和国から輸入された【おひさまの香り】の柔軟剤だった…。
「ふ〜ん、でも俺はそんな作った香りより、よく干したフカフカの干し草の匂いの方が好きだな…」
「私も♡じゃあこれは新しい物好きのおばあちゃんにあげるね」
そう言ってハイジは干し草の上に寝そべるペーターの横にポフンとジャンプした。
「クララ…連れて来て今更なのだが、1人で和国に来たことを後悔していないか?
まだまだこの国にブルーメンフェルト帝国の者は少ない…」
強引に連れて来た割に優しい殿下は、こうやって気をつかう…。
「私…あの国ではずっとベッドの住人でアイゼンハルト公爵邸から出ることが出来ませんでしたの…。
だって…極度の潔癖症で免疫力のない私にとって、あの国での生活は常に生と死の狭間でしたから…。
たぶんあの国で出産などしたら、間違いなく命を落としていたと思います…。
アーヤ様は私とこの子と一緒に後悔しない充実した人生を歩んでくれるのでしょ?」
そう言ってクララは幸せそうに、まだ膨らみ始めたばかりのお腹を撫ぜた。
「ああ…約束する。君がついて来てくれたことを決して後悔させないから、一緒に幸せになろう」
綾仁もクララの小さな手の上にその大きな手を重ね微笑んだ。
お読みいただきありがとうございます。
このお話は某バラエティ番組を見ていましたら、世界の公衆トイレ事情の話をされていまして…
日本の公衆衛生環境の素晴らしさに改めて感謝の思いを込めて書きました。
某アルプスの少女は全く関係ありません。
ごめんなさいm(_ _)m




