6-10.謎の少女の正体
ペンペンポン♪ペペペンポロン♪
マヌケそうな着信音がアパートの部屋に鳴り響いた。携帯電話だ。
週一はそれを取る。
…ディスプレイには色取り取りの熱帯魚が泳いでいた。水面だ。
「海月さん?」
『蟹令李さん!?』
通話ボタンを押した瞬間、ジト目の水面がこっちを睨んできた。
マヌケそうな蟹柄のパジャマ姿の週一は思わずたじろぐ。
「な、何か怒ってない?」
『怒ってますよ!!酷いじゃないですか?黙ってたなんて!沙紀が可哀相です!!』
…何を言われてんのかさっぱり分からん。
頭にハテナマークを浮かべたその時、彼の後ろから声が掛かった。
「シュウ、早くぅ!第5ラウンド!」
鎖雪の声だ。
彼女の声は電話向こうの水面にも聞こえたらしく、彼女がより怖い顔をする。
『蟹令李さん…まさかそこに例の女の子がいるんじゃ?』
「例の女の子?」
『沙紀に聞きました!』
「ああ、さゆ…じゃなくて鎖雪のことか。いるよ。」
『泊めてるんですか!?』
「そうだけど…。」
『…最低です!!』
なじられる週一君。
まあ確かにバカだけど、最低って言われる覚えはない。
基本的に心根は優しい方だし、ゴミの分別だってしてるんだ。
だから週一もムッとした表情で水面を見た。
「いきなり何だよ?海月さんにそんなこと言われる覚えはないぞ?」
『自分の胸に聞いてみたらどうです!?』
週一は何となく自分の胸に聞いてみた。
…胸よ、僕って最低ですか?
…多分、最低よりは上だと思う。
最低ってのは殺人鬼とかそういうヤツだ。あんたは殺人鬼じゃないし。
「何言ってるのかさっぱりだ。やっぱり言われる覚えはないよ!」
『沙紀の目の前でいきなり女の子と食事に出掛けて、しかもその子を泊めてるじゃないですか!?それに…第5ラウンドだなんて…!!最低です!…確かに、沙紀は蟹令李さんにちゃんと言ったわけじゃないけど…それでも普通分かるでしょ!?いるならいるで、それとなく伝えるべきです!!思わせぶりな態度を取るだけ取って…そんなの…酷すぎます!!』
と、そこで週一の頭に再びハテナマークが乗っかった。
「ちょっと待ってよ。何で妹と一緒にご飯食べに行ったり泊めたりするのが最低なんだ?それに『激走!障害物蟹レース』を第5ラウンドまでやるのが何か問題あるのか?それに妹がいるのを態度で伝えないと酷いって一体…。」
『え…?妹…?』
水面の顔から怒りが消えた。
「僕の妹、蟹令李 鎖雪。今日は焼肉食べた後、家に帰るのが遅くなるから泊めてくれって言われたんで泊めることにしたんだ。あと、『激走!障害物蟹レース』は僕のペットのサブ太とアジ美を棒と糸でけしかけて戦う障害物レース。今日の戦績は2勝1敗1引き分け。さっき2匹ともコースアウトで枠から出ちゃったんで引き分けたところなんだ。」
…やっぱり週一だ。
彼女なんているわけないし、アレをしてるわけがない。
会話が抽象的だったんで、つい誤解をしてしまったけど。
その時、鎖雪が週一の長電話に痺れを切らし、電話の所までやって来た。
「シュウ、何やってるの?早く第5ラウンド!ワタリガニに脚を上げさせるテクニック、そろそろ教えてよぉ。あ、それと今度はアタシ、50cm先にいくからね。」
そして彼が電話しているのに気付くと、勝手に割り込んできた。
「あ!女の人!シュウのお友達の人ですか!?」
『え?ええ、まあ…。』
まだ状況がよく掴めてない水面が生返事をすると、鎖雪はニコっと笑い、頭を下げた。
「初めまして!アタシ、蟹令李鎖雪っていいます!シュウの妹やってます!いつもウチの兄がお世話になってます!」
「さゆ、いいから向こう行ってろ。サブ太とアジ美も少し休憩だから。」
「うん。」
鎖雪が向こうへ行く。
週一は気を取り直し、再び訊ねた。
「それで…何で僕がバカ&最低呼ばわりされにゃならんのだ?」
『え?あ…、それは…その…。』
週一の機嫌はかなり悪そうだ。
まあ、妹と食事して泊めたのは何も悪くないのに、いきなりなじられたんだから無理もない。
誤解でした、てへっ♪とか笑顔で言っても誤魔化されないだろう。
『ごめんなさいっ!!間違い電話なの!!』
だから嘘をつくことにした。
「え?」
『私、実は刈令李さんっていう知り合いに電話したつもりが、間違えて蟹令李さんに電話しちゃったみたいで…。もう遅いでしょ?寝惚けてたんです。』
「…。」
無言の週一。
流石に無理だったか?と水面が思いかけた時、
「なんだ、そうだったのか。」
信じやがった。バカだ。
『そうだったの。ごめんなさいね、忘れて下さい。』
「ああ。でも間違い電話には気を付けた方がいいよ。…そういえば歐邑がどうとか言ってたけど…その刈令李って人と何かあった?」
少しホッとした様子の水面は微笑んだ。
『いえ、何でもないです。多分蟹令李さんの聞き間違いですよ。』
「そっか。分かった。…じゃあ、電話切るよ?第5ラウンドで一気に差をつけなきゃならないからさ。」
『はい。じゃあ、『激走!障害物蟹レース』、頑張って下さいね。おやすみなさい。』
さっきまでの怒りはどこへやら、2人は笑顔で言葉を交わすと電話を切った。
◇◇◇
「…シュウ、そう言えば今日、女の人2人と歩いてたね。」
レースを待つ鎖雪が戻って来た彼に言う。
「ああ、茶色の服のが同じ大学の人。制服着てたのが四神女子高の人。」
「ふぅん。どんな人なの?」
「両方ともかなりのパワー、かな?どっちもすぐ攻撃してくる。強いよ、腕力。」
もの凄い説明だ。
普通、どんな人か聞いた場合はこういうことじゃない。
でもそこは週一の実妹。納得した。
「きっと運動部なんだね。……それで、シュウとの関係は?」
水槽の蟹を見ていた視線を一瞬、週一に向ける。
「関係?ああ、仲間。」
だからそんな説明じゃダメだって。
「仲間かぁ、うん。仲間なんだね。…仲間っていいよね♪」
…それで充分伝わったようだ。
鎖雪は何故だか嬉しそうに微笑む。
週一は大きく伸びをすると、傍らに置いてあった怪しい棒と糸を手に取った。
「よし!第5ラウンドだ!次で引導を渡してやる!」
「ふふん♪望むところだよ♪」
…頭の悪い兄妹の、頭の悪い夜は更けていく…。
【初登場キャラ】
・蟹令李 鎖雪




