6-3.晩春と先生の助言
憬教授の車は歓楽街を走っていた。
相変わらずのノロノロ運転のため、さぞかし後続車がついていることだろうと思ったけど、今はまだ4時前。
夕方になれば賑わう歓楽街も今は車の通りも少ない。
だから周りの皆さんに迷惑をかけることなく走っていられる。
「綾さんは眠っちゃったみたいですねぇ。そんなに心地よい走りでしたか?」
運転席の憬教授は笑顔でバックミラーを見る。
そこには綾が気持ち良さそうに一筋の涎を垂らして熟睡する姿があった。
…現役女子大生の姿としては何だかアレだ。
まあ、この人はそういうことを気にするような小さな人物じゃない。
大物だから人前だろうが何だろうが、完全にリラックスモードで眠れるのだ。
感心はしないけど。
「そうですね、僕も眠いです。窓から射し込む光がやたら気持ちいいですし…。」
助手席に座っている週一も眠そうな顔をしている。
「晩春、ですね。もうそろそろ本格的な夏が来ます。夏になったら眠ってなんかいられませんから、今のうちに眠るのがベストですよ。」
憬教授は意味の分からんことを笑顔でのたまうと、週一の頭に手を置いた。
そしてその手をゆっくりと彼の顔に滑らせ、死人の目を閉じるみたいにして目を閉じさせる。
眠れってコトなのだろうか?
「…あの、先生。確かに眠たいですけど、そんなことじゃ眠りませんよ?」
「昔飼っていたインコはこれで眠ってくれたんですが…。残念です。」
「…。」
すっかり眠気の覚めた週一は座り直すと窓から景色を見た。
平和だ。
ダークキャン・Dが地球侵略にやって来て結構経つっていうのに、街の様子は以前と変わらない。
怪人が攻めてきたらみんな逃げるけど、倒せばまたすぐ戻ってくる。
慣れというものは恐ろしいもんだ。
「ただ大学に戻るというのも芸がありませんね。」
憬教授が呟く。
彼女は少し考える仕草をした後、にこにこ笑顔で週一に向き直った。
「週一君、このままどこかへ遊びに行っちゃいましょうか。実は夜間の授業があるんですけど、今日は休講にします。」
「いや、それはちょっと…。そんな理由で休講はマズくないですか?」
大学教授のくせに講義をサボって遊びに行こうなんて…まあ、憬教授ならアリだけど…いや、それでもダメだ。
一応生徒のみなさんはお金払って授業受けてるわけだし。
「いいんですよ。来週マジメに講義をしますから。」
週一はその言葉に眉を顰めた。
「いつもはマジメじゃなかったってことですか?」
「はい♪」
輝く笑顔で答える憬教授。
…オイオイ。
「…どうして先生がクビにならないか、改めて疑問に思いましたよ…。」
「ウチの大学の七不思議です。」
「…ある意味尊敬します。」
「それほどでも♪」
呆れ果てて週一は笑っていた。
車内は何だか明るくていい雰囲気だ。
綾は寝てるけど。
ピッ…
憬教授がラジオをつける。
スピーカーから女性歌手の歌声が流れてきた。
ちょっと前に発売され、まだチャートNo1に入ってる七樂アイの歌だ。
そういえば昨日また新しい曲が発表されていた。
まだCDは出ていないが、多分それもチャートに入るだろう。
「コレって綾がファンなんですよね。先生もファンですか?」
「そうですね…私は固定のアーティストを好きになることはないんです。流行は流れ行くモノ。七樂アイの曲の中でいいと思うものはありますが、彼女のファンということでもないですよ。週一君はどうですか?」
「僕は…実はあんまり知らないんです。お金ないからCD買えないし。音楽番組も蟹関係の教育テレビと時間帯が被ってるから見れないし。でも、童謡は好きです。何て言うか、まったりしてる時に歌いたくなって。」
あははって笑う週一。
多分CDを買う金がないというのは、蟹グッズにばかりつぎ込んでいるせいだ。
自業自得っていうか、真性のアホ。
憬教授はそんな彼を見て微笑むと、再び前を見て運転を始めた。
今まで余所見運転してたのだ。
見かけによらず、なかなかスタントなテクニックを身に付けている。
「『…With love I do playing♪君の胸に届くように~♪』」
そしてラジオから流れている歌を口ずさみ始めた。
…上手い。
音程もバッチリだし、リズムも完璧だ。
前回カラオケに行った時は笑顔でアホみたく歌っていたのだが、その時の地声シングとはえらい違いだ。
ラジオから流れている七樂アイよりヘタすりゃ上手いかも。
「何か…カラオケ行った時と大分違いませんか?あの時は地声だったような?」
「あれはわざとです。楽しんで歌いたい時はああやって適当にやるのが一番。マジメに歌うと疲れるんですよ。でも、たまにこうやって歌うんです。こっちもなかなか面白くて♪」
「先生って、人生あんまりマジメに生きてないでしょう?何だかそんな気がします。」
意味不明な授業にワケの分からん創作料理。
この人がまともに仕事をしている姿を週一は見たことがない。
多分、全校生徒に聞いてみても答えは同じだろう。
「そんなことないですよぉ?確かに毎日マジメに生きてるわけじゃないですけど、マジメに生きてる時もあります。」
「どんな時です?」
週一の言葉に憬教授の表情が一瞬変わった。
いつものアホ系笑顔じゃない、理知的な微笑みだ。
その瞬間、普段は女子高生くらいにしか見えない童顔教授が大人の女性に見えた。
「今、です。」
「え…?」
「ふふっ、運転をしている時ですよ。」
そう言う彼女の表情はまたいつものアホ系にこにこ笑顔だった。
何だか誤魔化された気もしないでもないんだけど、憬教授がそう言ったならそうなんだろう。
ってことで週一は納得した。
ラジオから流れる曲が、昨日発表されたばかりの新曲に変わる。
「週一君。」
唐突に憬教授が呼び掛けた。
「はい?」
向き直った週一に、彼女は微笑みかける。
「一度、蟹さん以外のモノにも視野を広げてみることをお奨めします。きっと、思いがけないモノが見えるでしょう。」
「…ええと、意味分からないんですけど…?」
「自分が思っているより、もっと素晴らしいものかもしれませんよ?この世界は。」
柔らかな日差し。
美しい音楽。
そして流れゆく外の景色に車の快い振動。
そんな中、週一は脳天にハテナマークを乗っけたまま、小首を傾げていた。
憬教授の言った言葉の意味とは?何故に彼女はそんなことを言ったのか?
その謎が解明される日は…来るのか?
…本当に




