4-12.命の恩人
「ありがとうございました。」
陶芸家っぽい親父さんの声を背に受け、週一は陶器専門店チャイニース=オワンのドアをくぐった。
手にした紙袋の中には厨からの注文である800円のラーメンどんぶりと、自分用に買った200円のどんぶりが入っている。
ちなみに800円のは柄が木葉だった。
だからコノハも気に入ったのだろう。多分。
200円の方はヒヨコ柄だ。残念ながら蟹の柄はなかった。
「ここからちゅう兄のアパートっていうと…30分くらいかかるのか。それから僕のアパートで、また30分。…うぅ、引き受けちゃったけど結構辛いかも。」
もう脚が痛くなってる週一がぼやいたその時、彼の耳に呻き声っぽいものが聞こえた。
耳を澄ます。
…どうやらチャイニーズ=オワン裏の路地から聞こえてきてるみたいだ。
「まさか…店長に捨てられた失敗作陶器の怨霊とか?」
確かそこはチャイニーズ=オワン店長が作った陶器の失敗したヤツが捨ててある場所。
もう少しで店頭に並べたのに捨てられた陶器が怨霊になってる可能性だってあるかも。
…やっぱりないや。
陶器だし。後でリサイクルしてるとか言ってたし。
ってなわけで週一は見てみることにした。
「捨て猫とか捨て犬とかその辺だろうな。」
だったら可哀相だけどアパートじゃ飼えないからどうしようとか思いつつ、裏路地を覗いた週一だったが…予想は見事に外れた。
「人間!?」
それはまさしく人間の少女だった。
年齢は沙紀や水面と同じくらいだろう。
でも制服とかは着てなくて、白黒の拳法着っぽいのを着ている。
その拳法着は所々が何か鋭利な刃物で切り裂かれたように破れていた。
「だ、大丈夫?」
週一は割れた陶器の山の傍らで倒れている少女に歩み寄った。
心なしか、彼女の姿が薄れているように見える。
何か地面が透けて見えるし。
でもそれは自分がパニックになってるから見間違えたんだろうと思い、あえて気にしないようにした。
それにこんな時間に幽霊は早すぎるし。
と、週一に気付いたか少女が少し顔を上げる。
なぜか彼女の頭の上にはひび割れたラーメンどんぶりが乗っかっていた。
「だれ…アルか…?」
「君の呻き声が聞こえて。僕はたまたまそこで買い物してた大学生だよ。今、救急車を呼ぶから!」
でも少女はかぶりを振った。
「無理…ヨ…。誰も…ワタシのどんぶり、取り替えられないアル…。ワタシはもう…このまま…消えてしまう運命…アル…。」
意味不明なことをのたまう変な言葉遣いの少女。
週一は119番しようとしていた手を一瞬止め、眉を顰めた。
「どんぶりを取り替える?錯乱してるんだな…。」
普通はそう考える。
アホで有名な週一君だけど、まともな脳味噌も持ち合わせているのだ。
錯乱中の戯言なんてうっちゃっておこうとか思った週一だったが、ちょうどさっき買ったどんぶりがある。
彼女が頭のどんぶりを取り替えることで少しは気が落ち着くかもと思い、彼は紙袋から自分用の200円どんぶりを取り出した。
そして屈み込むと少女の頭からひび割れたラーメンどんぶりを取り外す。
「…え?」
一瞬少女の顔に驚きが広がる。
何でそんなに驚くか不明だったが、彼はそのまま自分のどんぶりを彼女の頭に乗せた。
「!!」
その瞬間、少女が声をあげて目を見開く。
さっきまで薄れていたように見えた彼女の身体が一瞬にしてくっきりはっきりした。
「てあっ!」
驚く週一の前で、彼女は掛け声と共に軽やかな動きで跳ねるように起き上がった。
そしてどんぶりを被り直すとよく分からんポーズをビシって極めた。
「復活アル!!元気100倍アル!!」
「…ど、どうなってるんだ?」
声を漏らす週一。
さっきまで意味不明なうわ言をのたまってたのと同一人物に見えない復活ぶりだ。
というか、どんぶり代えただけでなぜに元気に?
そんな疑問を脳内ディスカッションして整理する間もなく、復活した少女はガシって週一の手を取った。
「アナタ、命の恩人アル!是非名前を教えて欲しいアル!お礼するヨ!!」
200円のどんぶり被せて命の恩人とか言われても…。
「い、いいよ別に。それより元気になってよかったね。」
「謙虚な人ネ!感動したアル!!でもお礼はさせて欲しいネ、ワタシ、そゆことはちゃんとしたいアルヨ。」
捲し立てられ、週一は観念した。
あんまり関わりにならない方がいい娘と関わったらしい。
こういう時は諦めが肝心だ。
まあ、いつも綾の相手をしてるからこういう暴走娘相手は慣れてるけど。
「分かったよ。僕は蟹令李っていうんだ。近くの大学の学生。あと、本当にお礼なんていいから。そのどんぶりだってたった200円だし。」
「値段関係ないネ。是非お礼をさせて欲しいアル!アナタ、命の恩人アルから何でも、どなことでもワタシするアルヨ。何でも言て欲しいアル!」
ドンって胸を叩く少女。
けっこうボリュームのある胸が拳法着の上からでも弾んだのが分かる。
ここで週一君に男(狼)としての素質と甲斐性があれば、『何でもするっていうんなら…』って18禁に走るんだけど、あいにくコイツはアホだった。
女より蟹。
「悪いけど本当にないんだ。それよりさっきから気になってるんだけど、その言葉遣い、もしかして君…中国から来た人?」
本物の中国人の名誉のために言っとくけど、中国人はこんな変な日本語は使わない。
でも週一はアホだ。
中国人が日本語を喋ると、語尾に『アル』をつけると信じている。
「中国?ワタシ、海の向こうから来たネ。」
「じゃあやっぱり中国人だったんだ。そっか、慣れない異国の地だから錯乱してたのか。」
勝手に納得し、週一は1人で頷いた。
…言うまでもないが、このエセ中国娘。
クリティカル定食・ビイっていう怪人である。




