4-1.エンブレム
社会情勢学研究室の空気は、いつものようにまったりしていた。
水面の代わりとなるメンバーについての議論は2分ほどで未解決のまま終了。
今は呑気に煎餅を齧っている。
「へぇ、今日は週一君のお兄さんが来るんだ。」
イクラ煎餅をバリバリやりながら綾が言う。
「うん。何でも住んでたアパートを改装するとかで、しばらく僕アパートの近くに引っ越すことになったんだ。仕事が仕事だから、別にどこだってできるわけだし。」
「仕事って何してるの?」
「これだよ。」
そう言って週一は自分の携帯電話を見せた。
画面には赤い蟹が左右に動いている。
個人エンブレムだ。
「これって?」
「個人エンブレム。ちゅう兄の仕事はオーダーメイドのエンブレムデザインなんだ。コレは僕専用に作ってもらったやつ。綾も登録してあるだろ?」
「週一君のエンブレム変わってたから不思議だったんだ。ふぅん、オーダーメイドだったんだ。…ところでちゅう兄って?週一君のお兄さん、チュウ介とかチュウ太とかそういう名前なの?ネズミっぽいね。」
ちなみに彼女の前転するウサギはオーダーメイドじゃない。
あれは例の人気歌手グループKIN=NIKUのマスコットだ。
インターネットで誰でも手に入れられる。
「ああ、本当はクリヤっていうんだ。厨房の厨って書いてクリヤ。でも僕らはちゅう兄って呼んでるんだ。そうだ、綾も何かオリジナルエンブレムを頼んでみたら?」
「私はいいよ。この前転ウサギ好きだし。そう言えば先生のはどんなのですか?」
さっきから2人の会話を聞いてニコニコ微笑んでいた憬教授に話を振った。
憬教授はポケットから自分の携帯を出し、2人に見せる。
何だか古風なネジ巻き式の時計だった。
デザインも古めかしいクラシック時計だ。
「私は時計です。オーダーメイドじゃないですよ。でも世界時計連盟の会員じゃないともらえないレアなやつです。」
「ふぅん、凄いのか凄くないのかよく分からないけど…先生のも特殊なやつなんだ。そういえば週一君?」
感心した後、綾はジト目で週一を見た。
「な、何だよ?」
「あのチョウチョのエンブレム!私まだもらってないよ?どうして週一君だけ?」
沙紀のエンブレムのことだ。あの紫色の蝶が舞ってるやつ。
あれもきっとオーダーメイドだろう。
あんな凝ったのはフリーダウンロードでも市販のものでもない。
「歐邑のやつ?僕に言われたって知らないよ。」
「まさか!私だけ仲間外れに?あの時集合しなかったの、実は根に持ってるとか?」
「あのなぁ…。」
週一は大きな溜息を吐いた。
「ああっ!やっぱりそうなんだ!お互いオーダーメイド同士、私の市販エンブレムなんて仲間に入れてくれないんだ?」
今日の綾は機嫌が悪いのか、やたらつっかかってくる。
そういえば昨日財布を落としたとか言ってたような…。そのせいかも。
迷惑な話だ。
「綾、って言うかお前、頼んでないだろ?エンブレム交換は両者の同意の元で通信交換するんだぞ?歐邑はお前の電話番号さえ知らないんじゃないか?」
「あ、そうだった。」
綾は手をポンと叩いた。
「…はぁ。」
さっきよりも大きな溜息を吐く週一。
綾はそんな彼そっちのけで勝手に納得している。
「そうだね、私沙紀ちゃんに番号教えてあげるの忘れてた!そんなんじゃエンブレム交換してないの当然だよね。うんうん、納得納得。納得したから私、今日は帰るね。」
「は?」
あんまり唐突だから週一も憬教授も頭にハテナマークを浮かべた。
「今日は見たい番組があるのよ。『KIN=NIKU主演映画・公開前夜スペシャル』っていうの。録画予約はしておいたけど、やっぱり見なきゃ。ファンとしては!」
力強くそう言うと、綾は鞄を掴んで去って行った。嵐みたいだった。
残された週一と憬教授はしばらく無言でいたが…、
「僕もあれくらい奔放に生きてみたいです。」
ぼそっと呟く週一。そんな彼の肩を憬教授はポンと叩いた。
「それは無理ですね。あのキャラは綾さんの専売特許ですから。」
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結局最後まで冥介は戻って来なかった。
もう遅いってことで学校を出た週一のポケットからマヌケそうな着信音が鳴り響く
ペンペンポン♪ペペペンポロン♪
一体何の曲だろう?不明だ。
まあ、そんな些細なことはうっちゃっておいて、週一は携帯を取り出した。
画面には青い鳥が空を飛んでいる画像が映る。
そしてその鳥が飛んだ後には桜が舞ったり木が茂ったり、枯葉が落ちてきたり雪が降ったりと、四季の様子が流れるように映っていく。
もの凄いエンブレムだ。凝り方が違う。
「ちゅう兄。」
通話ボタンを押すと、厨の顔が映った。
相変わらず爽やかな笑顔でいる。
「やあ、シュウ。元気だったかい?」
「うん。確か5時に家に来るんだったよね?それまでには帰れそうだから。」
「そのことなんだけど…少し遅くなるから。食事は先に済ませておいてくれないか。」
「別にいいよ。夜は出掛ける用事もないから、いつでも来て。」
電話を切る。
そして彼は大きく伸びをした。
「あ~あ、せっかく夕飯おごってもらおうと思ってたのに。…ま、今日はコンビニ弁当でガマンするか。」
バコッ!
いきなり後ろから頭を叩かれた。
「ぶっ!?な、何する…、」
「こんな場所で伸びしてるとアホに見えるよ?…もっとも、センパイは初めからアホっぽいけど。」
振り返るとそこには沙紀が笑っていた。




