3-6.時計の…館?
時間の経つのは早いもので、日曜の朝4時。
徹夜のカラオケを終えた週一は店の前で大きく伸びをする。
宴の主役だった水面は真夜中の2時ごろに旦那が迎えに来た。
そしてその30分後に撃沈した綾は沙紀に付き添われてリタイア。
体力が尽きる様子もなく歌い続けていた冥介も、ついにネタ切れして1時間前に日和と共に去って行った。
朝日をバックにカッコつけながら去ったのは言うまでもない。
で、残ったのは憬教授と週一。
週一は冥介たちと一緒に帰りたかったんだけど、憬教授がまだ歌うとか言い出したせいで最後まで付き合うことになってしまったのだった。
「朝日が眩しいですね。あと、喉が少し痛いです。」
週一の後ろから憬教授がいつものにこにこ笑顔で現れる。
この人は童謡から洋楽まで何でも歌っていた。
アホな歌も哀しい歌も全て変わらぬ笑顔で歌い続け、結局一番多く歌ったのだった。
「あれだけ歌えば当然ですよ…。それより、もうこんな時間ですね。電車は動いてないし…どうしようかな…。家、ちょっと遠いんです。」
アパートは隣町。距離にすると20kmくらいあるだろう。
朝っぱらからそんな距離を歩いて帰る気力はあいにく持ち合わせていなかった。
「そうですねぇ…。あ、そうです!」
まだまだ元気な憬教授が手をポンと叩いた。
「私のマンションはここから3kmくらいの所にあるんです。そこで少し時間を潰したらどうですか?暖かいココアを出してあげますよ。」
「え?いいんですか?」
週一が目を輝かせる。
20km歩くより3km歩いて休憩し、電車を使った方が楽に決まってる。
憬教授は笑顔で頷いた。
ちなみに“そういう”経験値ゼロな週一君は、まがりなりにも独り暮らしの女性宅だってことなんて思い浮かびもしてなかった…。
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…時間が経つのはホント早いもので、日曜日の夕方4時。
週一は薄っすらと目を開いた。
そして睡魔濃度70%っていう微睡み状態の脳味噌で疑問を感じる。
どうやらベッドで寝ているようなんだけど、何だか様子が変なのだ。
アパートは白い壁紙だったはずなのに、ぼやけた視界には薄いグレーが映っている。
それに、枕も何だかいつも使ってるのより柔らかい気がした。
(…疲れてるんだな…きっと。何だか時計の音がやたらと大きい気がするし。)
アパートの時計はデジタルだったはずなのに。
やっぱり耳がおかしいようだ。
それにどうやら鼻も寝惚けているようだ。
アパートに完璧に染み付いているはずの蟹味噌臭がせず、香水っぽい匂いがしている。
まあ、嫌な匂いじゃないからいいけど。
再び深い眠りにつこうとした週一だったが、そこで何か妙な感覚を憶えた。
…時計の音?それにこの匂い、どこかで嗅いだ気がする。
しかも、けっこう頻繁に。
「!!」
彼は目を見開きベッドから飛び起きた。
眠気は一気に消滅だ。
「あ、起きちゃいましたか。」
予感的中。
ベッドのすぐ横に憬教授が立っている。
やっぱりここは…彼女のマンションだ。
「…ええと、その…今、何時ですか?ていうか、何で僕はここに?」
「4時です。ぐっすり眠れましたか?一応、毛布は乾燥機をかけたんですけど…枕は私のいつも使っているものでしたから、合わなかったかもしれません。疲れてたんですね、ココアを飲み終わったらそのまま眠っちゃったんです。あ、ベッドに運んだ時にお財布と携帯電話は取っておきましたから。テーブルの上にありますよ。」
「そ、そうですか…。全然憶えてないや…。」
ベッドに座る週一の隣に憬教授は腰を掛けた。
そしてどこからか取り出したマグカップを彼に差し出す。
「…ホットミルクソーダ、ですか。」
かつて飲まされたアイスミルクソーダと同じような異形の飲み物だった。
でも湯気が立ってるからコイツはホットだ。
綾や冥介はいつまでたっても妙な顔をして飲んでいるこの飲み物だが、変なところで順応能力が高い週一はもう馴れていた。
ありがとうございますって言って受け取り口をつける。
「すみません、ベッド占領しちゃって。先生も眠かったでしょう?」
「3日くらいの徹夜は慣れっこですから。それに新たな発見もありました。週一君、いつも私の授業ではいい子で眠ってますけど、ベッドで眠ると寝相悪いんですね~。」
「寝てるって、僕だって結構ちゃんと授業聞いて、」
まさか授業態度が悪いから単位くれないつもりじゃないかと、成績がよろしくない週一は憬教授に向き直り…そこで台詞が止まった。
距離がやたらと近いのだ。
顔と顔との距離は、およそ20cm。
「ええと…近い、ですよね。」
「はい。週一君の息遣いも聞こえますよ。」
そうだ、ここは一応独身女性の部屋。
しかもベッドルームで、そこにかなりの時間2人きりでいたわけだ。
憬教授が年相応で学生なんて相手にしないわよオーラでも纏ってればいいんだが、彼女の見た目は高校生くらい。…ヤバさも倍増♪だ。
今さらながら気付いた週一の脳味噌がちょっぴりパニックに陥る。
「…僕、そろそろ失礼しますね。」
実は一番親しい女友達である綾の家にも行ったことがないっていう純情ボーイの週一はぎこちない笑顔でそう言うと、マグカップを憬教授に返すと立ち上がった。
そしてそのままテーブルの上にあった財布と携帯を取り、
「そ、それじゃあ先生、失礼しました!」
ダッシュで逃げるように去っていく週一を見送りながら、憬教授は笑顔で呟いた。
「うん、反応が初々しいですね。若いって素晴らしい♪」




