3-4.引退
「本当に助かったよ、ありがとう歐邑さん。」
病院の廊下で冥介とは違ったタイプの二枚目青年が頭を下げる。
防水率バツグンそうな作業着に、胸に輝く『表島水族館』のロゴ。
その青年、海月慎はお礼を言ってから大きな安堵の溜息を吐いた。
「…でも、水面が倒れたと聞いた時は本当にびっくりしたよ。最近別に調子が悪い様子もなかったから余計に、」
そこまで言った時、ドアが開き水面が顔を出した。
「あ、慎さん。沙紀も。」
「水面。」
「ミナ。」
慎と沙紀が笑顔で彼女を迎える。
水面は場に似合わない店のロゴ入りエプロン姿のままだ。
病院に担ぎ込まれたヤツのする格好じゃない。
「お店はセンパイに任せてきたから安心して。頼りないけど店番くらいなら大丈夫なはずだから。」
多分心配であろう店のことを言うと、水面は微笑んだ。
「蟹令李さんなら信用してるわ。あの知識があれば多少のトラブルだって平気だと思うし。…それより慎さんにビッグニュースがあるの。」
「え?先生にはただの貧血と聞いたんだけど…。他にも何かあったのか?」
水面は怪訝な顔をする旦那さまに近付くと、耳元で何か囁いた。
「!?」
途端に慎は目を見開く。
そして水面の肩を掴むと、少し離して彼女の顔を見詰めた。
で、妻を抱き締める。
「…ええと、それで…何?」
蚊帳の外って感じの沙紀が、ちょっと呆れた声で尋ねた。
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その頃。
サワガニもらいに行ったのに、なぜか熱帯魚店でバイトっぽいことをするハメになった週一君はというと…。
「お勧めはこのアリオレイ・ブレヌイル・ペンタクラブですね。温度変化に強く多少の水質悪化にも耐えてくれます。何よりハサミの色合いが芸術的ですよ。」
熱帯魚買いに来た客に蟹を勧めてた。
OL風の女性は『熱帯魚と併せてどうぞ!』コーナーにいるカラフルな蟹に見入っている。
「う~ん、グッピー買いに来たんだけど…。話を聞いてると蟹もよさそうね。」
「今ならこの蟹を飼うのに最適なセットをご提案できますよ。飼い方とトラブル解決法もお教えできますが…?」
「ふぅん、親切ね。…分かった!それ買うわ。何か話し聞いてたら蟹に魅力感じてきたから!」
「ありがとうございます。あ、もしそれでも分からないことがありましたら、こちらのホームページにある質問箱に…、」
何だかんだでマジメに商売しているアホ大学生。
その日、熱帯魚店『Jelly Fish』は蟹売り上げ前年比500%を記録したという…。
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「と、いうわけで今日を持ちましてわたくし海月水面は、ウゴクンジャーを引退します。」
その夜、カラオケボックスのマイクで水面が引退発言を公表した。
「おめでとうございます、水面さん。元気な赤ちゃんが産まれるといいですね。」
「ミナ、おめでとう!」
「私より年下なのにもうお母さんかぁ…。頑張ってね!」
「案ずるより産んじまうが易し、だな。」
「お祝いに奮発して蟹缶を贈るよ。」
ウゴクンジャーの面々が祝福する中、水面は嬉しそうに笑っている。
…そう、病院での検査の結果、彼女が妊娠していることが分かったのだ。
だからもう危険なことはできないと、ウゴクンジャーは廃業。
今後しばらくは店も親戚とアルバイトに任せて静かに暮すことにしたのだった。
正義のヒーローとしては何ともアレだけど…まあ、ウゴクンジャークラゲはいてもいなくてもあんまり変わらなかったから戦力ダウンにはならないだろう。
「じゃあ今日は私のおごりです。喉から血が出るまで心置きなく歌って、お腹が破裂するまで食べて飲んで下さいね。」
いつもより気前がいい憬教授がそう言うと、全員歓声をあげる。
そして週一が握っていたマイクを綾が早速奪い取った。
「カラオケなんて1ヶ月ぶり!今日は歌いまくるから!」
そう叫ぶなり、いつの間にか予約してあった『KIN=NIKU』の曲を熱唱し始める。
「…綾って音痴なんだよなぁ…。マイク離さないし…。」
週一がぐったり呟き、宴が幕を開いた。
【初登場キャラ】
・海月慎




