1-2.洞窟調査
「ここだよ週一君!」
綾の声が響く。
立ち入り禁止区域だと言うのに彼女には緊張感というものがないのか。
週一はげっそり疲れた顔をして綾の元へと歩んでいく。
「…それにしても、政府が調査してるとか言ってたのに誰もいないね。もう調査終了しちゃったのかな?」
聞いていた話と違う。
数日前のニュースでは確かに調査している様子とか流れていたのに。
…収穫ゼロで早々に引き上げたのだろうか。
「そうみたいだね。じゃあ僕らも調査終了しちゃお、」
「何か言った?」
「…何も。それより綾、その格好はダメっぽくないか?」
彼女の服装は何故かいつも通りの私服だった。
講義終了後に一旦別れ、準備をして集合…ということだったのに、大学帰りそのままのスカート&パンプスっぽい靴。
上着は半袖ワンピースっていう鬼のような軽装だ。
対して週一は今の時期だと暑いだろう厚手の長袖上着&防水加工してある特殊なズボン。
洞窟っていう危険区域を探索するのだから彼の格好こそが当然だろう。
しかし綾は特に気にした様子もなく笑ったままだ。
…さすがにその格好ではまずいだろう、彼は胸中でそう思い、途端に行動に出た。
「週一君?」
週一は綾の目の前で背中に背負っていた重そうなリュックを下ろす。
そしてリュックの中をあさり始めた。
「あった!これを着てみて。」
彼女は目の前に差し出されたそれを手に取り無言でまじまじと見詰める。
それは釣り人とかが履いてる胴付き長靴だった。
「…これは?」
綾は声を漏らす。
「結構便利なんだよ、これ。腰くらいまで水に浸かっても濡れないし、滑りにくいんだ。」
週一は得意げに答えた。
…洞窟といえば地底、地底といえば湖。
まあ、あると便利かもしれないが。
「ちょ、ちょっとそれを履くのは…。」
少し引きながら綾は断った。
いくら私服より装備がいいからって、こんなの着て足場の悪い洞窟内を歩けば即ダイエットだ。
あと、やたら蒸れそうだ。
あいにく、彼女にダイエットをする気もしっとりする気もなかった。
「そうか…?じゃあ、気を付けて進むんだぞ?」
「うん。頭ぶつけないようにしなきゃね。」
そうして装備度正反対の2人は洞窟へと入っていった。
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洞窟探険開始から30分。
「…大丈夫?休もっか?」
週一の数メートル先を歩く綾が声をかける。
「…平気だい。」
とか言いながらも週一はゼエゼエ荒い息を漏らしながら答えた。
格好がおよそアウトドアに向いていなくても基礎体力は綾が数段上。
運動神経皆無の週一君は納得できない気持ちで一杯になりながらもお先にバテていた。
何より懐中電灯の光しかなく、足場も舗装なんてされてないから使う体力は普段の数倍だ。
サクサク進んでいく綾はもはや野生動物並みのバイタリティだとしか思えない。
「それにしても、随分歩いたね。思ったより距離あったし。そろそろ何かあってもいい頃だと思うけど…?」
「湖…?」
さらに奥に進んだ二人の前に姿を現したのは、大きな地底湖だった。
「地底湖か。…なるほど、鍾乳石もゼロ&最後は地底湖で行き止まりじゃ調査なんてすぐ終わるよね。テレビじゃあんな騒いでたのに。もしかしたら埋蔵金があるかも!とか。ロマンは空しく消えたわけだ。」
懐中電灯で地底湖を照らしながら呟く。
水は澄んでいるが水深がけっこうある&基本的に洞窟内なんで暗いと、懐中電灯程度の光では殆ど何も見えなかった。
「しみじみ言わないでよ。…はぁ、でもやっぱここで行き止まりなのぉ…?」
ちょっと悲しそうな表情で湖を眺め、そう呟く綾。
「わりと残念無念。ま、でも仕方ないよ。研究材料を変えればいいことだし。」
そしてそう言いつつも、内心ホッとしている週一。
「んじゃ時間もそうあるわけじゃないし、帰、」
向き直った拍子に足元の岩場がずれる。
それは体勢を立て直す余裕もなく、
「週一君!!!」
綾の叫び声と同時に、週一は暗く深い地底湖へダイブしていった。
ドスン!!
「ぐえっ!」
湖に落ちたはずなのに、何故か背中に激痛が走る。
一瞬、週一は何が何だか分からなかった。
絶対風邪ひく!!とか思いながらも、自分は地底湖に落ちたはずだ。
なのに、ドスン。
バシャとかドボンじゃなく、ドスン。
ついでに身体は濡れなかったし、水に触れた感触すらしなかった。
(…い、一体…何だ…?運良く湖からずれてコケたとか…?)
ちょっぴり大きなダメージで一時的に行動不能になりながらも考える。
痛みが少し治まり、週一はバッグを拾いながら立ち上がった。
「…ッ!?」
目を見開く。
さっきまで真っ暗な洞窟だったのに、なぜか周りは明るい。
そしてやたらだだっ広い。
加えて目の前には豪壮な神殿とも言える、何やら不気味な建造物が建っていた。
「ここっ…!?え???な…?はァぁぁぁ!?」
いわゆるひとつのパニックだった。
『…ういち君!!週一君!!!』
茫然自失な週一の耳にどこからか綾の声が聞こえてきた。
変にくぐもった・・・水中から聞くような声。
ハッとして彼は自分の頭上を見上げた。
「綾!!」
鍾乳石びっしりの天井、その一部分が水溜りのようになって…天井に水溜りって言う表現は微妙だが、逆さになった水溜りとしか表現できないそこには水中越しのように綾の姿が映っている。
…信じられないが、『あそこ』は自分が落ちてきた場所で、『ここ』とさっきの洞窟を繋いでいるようだった。
「綾!僕はここだよ!!ええと…中!!」
とりあえず無事だってことを伝えようと声を張り上げる。
しかし綾は気付いてないようで、自分の名を呼び続けている。
もしかしたら、『こっち側』からの声は届かないのかもしれない。
『週一君!!…ど、どうしよう!?まさかカナヅチだったなんて…それとも水が冷たくて心臓発作!?』
綾はオロオロしながら懐中電灯でこちらを照らす。
しかし、光はなぜだか直接週一には当たらず、彼の前くらいで消えてしまっていた。
良く分からんが、妙なチカラが働いているとしか思えない。
外部からの干渉を遮断する何か。
政府の調査メンバーが発見できなかったわけも分かる気がした。
「綾!!…ダメか。仕方ない、登ってここから出るしかないか…。」
というわけで…崖を登り始めて数分。
週一は同じような高度に来てはずり落ちるの繰り返しを行っていた。
登山部でもない彼には、たった数メートルの崖でもネズミ返しのような強敵だった。
『週一君!!週一君!!』
綾の声は相変わらず続く。
さすがにそろそろ登っていってやらなくては、彼女のノドが危なそうだ。
「くそっ!どこかに足場になうような物があれば…!」
彼はキョロキョロと辺りを見回す。… Nothing!!
何もない。
手ごろな石さえ皆無って感じだ。
ロッククライミング経験者なら的確に分かるだろうが、初心者にはどれも無理に見える。
「…仕方ないな。」
週一は小さく呟くと、持っていたバッグを頭上に掲げた。
いつの間にかバッグに蟹の絵が浮かび上がり、傍目から見たら分からない程度の光を放っている。
「接着!!」
そしてお決まり(?)の掛け声。彼はそれと同時に掲げたバッグに頭を突っ込んだ。
…?
傍から見れば、頭のかわいそうなヒトに見えた。
しかし。
カッ!
しょぼい光が迸る。
「とぅっ!」
光の中から、普通の前ジャンプで奴が姿を現した。
冒頭で雑魚に袋にされていた、奴である。
「進化の筋道逆走し、脊椎蹴って無脊椎!下等生物戦隊ッ!ウゴクンジャー!!!」
ビシッとあんまカッコよくないポーズを取って見得を切る。
誰も見てはいないし、戦隊って言っても約一名しかいないけどこういうのは理屈じゃないのだ。
「…よし、壁を壊して足場にするぞ!」
週一、いやウゴクンジャー蟹は拳を握り締め、岩肌を殴りつける。
ベキョッ…
手首を捻挫した。
ダメだ。
雑魚戦闘員に袋にされるような腕力では到底この岩肌をぶっ壊すことなんてできない。
「あう…。仕方ない。何か武器でも使うか。」
溜息をつく蟹。
見た目でも分かるが、このタクティカルフレームの性能は、本当に情けなかった。
まず、追加運動能力は皆無。
一見して前が見にくそうなんだけど視界はクリアで、フルフェイスなのに息苦しさもないっていう点を除けば、変身前と比べて向上する能力は無に等しい。
変身してるときに濡れたり汚れたりしても解除すれば綺麗になってるくらいだ。
…それだけ。
哀しい。
「確か、銃っぽいのがあったような…。」
彼はみぞおちの辺りにある宝石のような球に手を触れた。
どういう仕組みになってるか知らないが、この中に武器やら何やら収納されてるようなのだ。
とかなんとかまごついてるうちに、上から聞こえる声が止んだ。
「…?」
蟹は動くのを止め、上を見る。
綾が微妙な表情をしてじっとこちら(湖の中)を見詰めていた。
『…決めた!』
綾はそう言うと、湖の淵に立った。
…なんかやな予感がする。
蟹は思った。
『週一君!今助けるから!!』
予感的中!蟹は慌てて変身を解く。
「うわっ!か、解除!!」
週一とバッグが分離し、ウゴクンジャー蟹は元の姿に戻る。
それは、綾がダイビングしたのと同時だった。




