3-3.Jelly Fish
綾と別れた冥介&日和は表通りを歩いていた。
「ところでご主人様、ど~して私の頭デコピンしたんですぅ?」
「余計なことを喋ろうとするからだ。」
日和は笑顔のまま首を傾げる。
「…ええと?余計なことって?」
「仕事のことだ。プライベート時間に仕事のことは言うな。」
「仕事…?ああ、アイって人の曲をご主人様が、」
パチンッ!
3度目のデコピンを炸裂させた後、冥介は溜息を吐いた。
「例のメモ帳に書いておけ。外では俺の仕事情報を喋らない、ってな。」
「了解ですぅ♪ご主人様。」
脳天気笑顔で日和は頷いた。
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自動ドアが静かに開いた。
「いらっしゃいませ。」
店の奥から明るい女性の声。
店内も清潔感が溢れていて、品の良さそうなクラシックなんかが流れている。
週一は左右一面に陣取った数々の水槽を眺めてみた。
ヒレを優雅に揺らす派手な魚、水底にのそ~んとしてるドジョウみたいな魚、ガラスにへばりついてるナマズっぽい魚。
いろいろいるけど全部知らない魚ばかりだ。
まあ、食用じゃないだろう。
それくらいは分かる。
「ええと…デモンステビネア・コンドレアペルオコーカス?うん、この魚の名前はきっと脳味噌がダイヤ並に固い学者の人が付けたんだな。でなきゃこんなにムズかしいわけないし。」
ナマズっぽい魚を見て呟く。
たかがナマズに何故こんな長ったらしい名を?そう思うのは多分週一だけじゃないだろう。
「で、このドジョウは…ペティアカラドートス=アソミネ…、」
「ペティアカラドートス=アソミネアランティアス。ドジョウじゃないわよ?こう見えても鯉に近い種なの。」
横からの声に週一は視線を移す。
そこには例のエプロンを装着した水面が立っていた。
「いらっしゃいませ♪蟹令李さん。何をお探しですか?…それともただ単に遊びに来たとか?」
「う~ん、どっちだろ?」
ちょっと困った顔の週一。
無理もない、別にここに来たくて来たわけじゃないのだ。
蝶滋郎の代わりにやって来た使用人っぽい人が、丁寧にもここへ車で送ってくれたのだ。
地図は描かなくていいですって言ったら、『じゃあ送りましょう』とか言って半ば無理矢理。
「あ、そうだ。表の張り紙にあったけど、レインボーグッピーって?」
「蟹令李さんも欲しかったの?ゴメンなさいね、200匹も入荷したんだけどついさっき最後のペアが売れちゃって。」
「ふぅん。いや、別に欲しかったわけじゃないんだ。どんな魚かなって。」
週一は笑って言うと思い出したように手をポンと叩いた。
「そうだ。ついでにアレを買ってこう。AQUAの『紅海の天然海水塩』って置いてあるかな?あれば1kgの袋で。それと混合用のマグネシウムとできれば水溶済みのカルシウム。あ、水溶済みっていっても蒸留水じゃなくてミネラルウォーターで溶かしたやつね。できればレンリン水産が発売してる八甲の水を使ったのがいいな。」
やたらと細かい注文だ。
普段の飲み水が水道水って顔してるヤツの口から出た言葉とは思えない。
「凄い!それって海洋性の熱帯魚飼うのに最適なチョイスじゃない!よく知ってるね。まさか蟹令李さんってかなりの熱帯魚愛好家?…でも、水溶済みカルシウムはミネラルウォーターより調整水の方がいいのよ?」
「調整水も試したけど、あれだと捕食効率が4%くらい下がるんだ。あ、ちなみに海月さんの言ってることは正しいと思う。でも僕が飼ってるのは魚じゃなくて蟹なんだ。」
「蟹?う~ん、蟹はちょっと専門外だなぁ。一応藻とか食べる観賞用のは少しだけいるけど…。」
水面は笑うと、手に持っていた電卓みたいなのをピピッとやった。
小型のパソコンみたいなやつだ。
これで在庫にあるかどうか確認や計算もできる。
「ええと、ご注文の品は在庫にありました。合計で2980円になりますのでレジにてお待ち下さい。倉庫からお持ち致します。」
商売人の顔に戻って彼女は言う。
週一は財布を取り出し、レジに向かった。
「あ、センパイ。あたしこの店の場所教えたっけ?」
そこには水面と同じ『Jelly Fish』ってロゴの入ったエプロンを装着した沙紀がいた。
「いや、本当は歐邑の家にサワガニもらいに行ったんだけど、そしたらなぜかここに連れて来られたんだ。まあ、ついでに家で飼ってるワタリガニ用の用品を買うことにしたんだけど。」
週一はそう言うと、レジの横に並べてある様々な水生動物用の用品を眺める。
水底に敷く石、水草、濾器。いろんな物がある。
流石は熱帯魚専門店だ。
「品揃えいいなぁ…。あ、この水草安い!」
アホみたいに喜ぶ週一を沙紀は呆れたように見ていた。
でも表情は穏やかだ。
「ミナの旦那さんは水族館の飼育係なんだって。だからけっこう専門的なモノが揃ってるって自慢してたけど…あたしには全然分かんないね。海水作るのだって別に食塩水作ればいいと思うし。」
少し肩を竦めて笑ってみせる沙紀。
まあ、確かにそう思うだろう。人類の6割以上はそう思っているに違いない。
だって別にそう思い込んでても生きてく上では困らないわけだし。
「あのなぁ、ダメだってそれじゃ。僕が飼ってるワタリガニを例にして言ってみれば、」
自称蟹を日本一愛する男として、そんな考えは許せんと週一が語りかけた時だった。
ガタンッ!!
突然奥の倉庫の何かが倒れる音がした。
振り返った沙紀の目が大きく開く。
「ミナっ!!?」




