2-14.小さな謎と素朴な疑問
「月末セールを考えてるんだけど、そうなるとお客さまが増えるのよね。特に少し前に最近流行ってるレインボーグッピーを入荷したから。」
駅から少し離れた場所にある熱帯魚店『Jelly Fish』のカウンターで水面は電話に向かって話していた。
明るく清潔感漂う店内には今、客はいない。だから店長の彼女もこうして長電話してられるってわけだ。
『れいんぼーぐっぴー、ですか。とっても可愛らしい名前のお魚ですね。』
電話の画面には微笑んでいる女性が映っていた。
薄紫の品のいい着物に身を包み、控え目な微笑みを口元に浮かばせているその女性は、いまや絶滅してしまったと噂される大和撫子。
口調も穏やかにして丁寧で、いいところのお嬢さんといった感じだ。
「そうなの。尾ひれが七色で凄く可愛いのよ。入荷に苦労したんだから♪…でね、人気商品だけどうちは予約やってないから、当日のお客さまに対応しきれるかどうか微妙なの。うち、店員を雇ってないでしょ?だから臨時バイトでも雇おうかなって。」
『いいお考えだと思います。臨時のアルバイトならやりたいという方もいらっしゃると思いますよ。海月さんのお店はお洒落で綺麗ですし、きっとすぐに見付かります。』
そこで水面は意味ありげに微笑む。
「そこで相談なんだけど…アルバイトしない?臨時バイトでもけっこうな出費なのよね。でもあなたならお友達価格ってことで…ね?」
…商人根性だ。セコい。
しかし着物の女性は困惑の表情を浮かべたものの、嫌そうな顔はしなかった。
『海月さんのお手伝いをしたいのは山々なのですが…。私などにできるでしょうか…?』
「できるって。まあ…今の状態じゃ無理かもしれないけど、着物以外の服着てれば問題ないわ。ね、お願い♪」
拝みポーズで水面は言う。
着物の女性は少し考え、再び育ちのよさそ~な微笑みで頷いた。
『…はい。じゃあ、微力ながらお手伝いさせていただきますね。』
「ホント?ありがと、沙紀。」
水面の口から出たその名は…あの凶暴女子高生、歐邑沙紀の名前だった。
・・こいつはどういうことか?その疑問が解明されるのは、もう少し先になりそうだ。
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綾はレバー煎餅を齧る冥介からお菓子の袋を奪い取った。
もう憬教授が帰るってことで必然的に社会情勢学研究室を追い出された2人は、大学構内をブラブラと帰路に着いている。
「…おい、一枚やるから袋返せ。」
冥介が憮然とした表情で言う。
どうやらこのレバー煎餅は前回のイクラ煎餅よりも彼の嗜好にマッチしているらしく、奪われてちょっと怒っているようだ。
「いやです。八又乃さんは私がせっかく集めてきた暇潰し用の知恵の輪を全部解いちゃったから、その仕返しです!」
こいつも怒っているようだ。
知恵の輪を解かれたくらいで怒る女子大生も大人気ないが、これでも綾は週一と同レベルの脳味噌を持つと噂される女。
まあ、仕方ない。
プイっとそっぽを向いた綾はレバー煎餅を鷲掴みにし、バリバリ食べ始める。
ヤケ食いだ。
「おい!?もう買い溜めないんだぞ!?やめろ、せめてもう少し味わって…、」
でも説得は無理無駄無謀だって感じた冥介は大きく溜息を吐き、懐から何かを取り出した。
「…分かった。俺が悪かった。詫びとしてこれをやるから煎餅返せ。」
「…。」
綾が彼の手からその何かを引っ手繰る。
…ポケットサイズの電子ピアノだった。
「俺が作曲用にいつも持ち歩いているミニピアノだ。少し音階は少ないが、音はちゃんと出る。電池も充電式だから経済的だ。」
「わっ!いいんですか?こんなのもらっちゃって!」
もうレバー煎餅に興味を失った綾は袋を冥介に押し付け、早速ミニピアノをいじる。
彼女が人差し指で鍵盤を押すと、モロに電子音って感じのちゃっちい音が出た。
「おもしろ~い!これなら当分暇潰しに困らないです。」
その変わりように冥介はさっきよりも1オクターヴ高い溜息を吐いた。
「…チーフが言っていた理由が分かるな。蟹にも同情する…。」
そう呟き、返してもらったレバー煎餅を齧る。
あんまり人のいない大学構内に、ミニピアノのしょぼいドレミが響いていた。
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「素朴な疑問なんだが…いいか?」
ダークキャン・Dの要塞。幹部特別室(通称:居間)で盆栽片手にウェキスが訊ねた。
「何だ?」
振り返ったカイネは…なぜかエプロンを装着していた。
部屋の一角を昨日チンパンGたちが改造してると思ったら、キッチンができていた。
しかもそこを使っているのはカイネ。
いつもは難しい顔をして武術や武器関係の本を読んでるのになぜか今日は料理をしている。
しかも軍服っぽいいかつい服の上にピンクのエプロンという、何ともミスマッチな格好だ。
「お前…何してんだ?」
「見て分からんか?料理だ。」
「いや、そうじゃなくて…。」
ウェキスは困ったように首を傾げる。
「ウェキスは『なぜいつも男のように立ち振舞っているカイネが料理を?』と言いたいのですよ。」
やっぱり今日もココアを飲んでいたコノハがいつもの無表情顔で言った。
どうやらココアは彼女のマイブームのようだ。
「私だって料理くらいする。久し振りに弁当でも作ってみようと思ってな。」
「お弁当、ですか。しかしなぜ突然?いつもは外食で済ますのでしょう?」
「私が食うのではない。…いや、今回は私が食うか。練習だ。」
カイネは再び料理を始めた。
しかし。
「…しまった。醤油が切れた。買いに行ってくる。」
そう言うと、彼女はエプロンを外すそしてさっさと部屋から出て行ってしまった。
カイネが去った後、コノハとウェキスは顔を見合わせた。
「…練習…、誰かに食わせる?」
ウェキスが口元を綻ばせる。
そして自信たっぷりに言った。
「ようやく俺の魅力に気付いたようだな。手作り弁当なんて、なかなかカワイイとこあるじゃねぇか。」
コノハが大きな溜息を吐く。
でもウェキスは笑顔で言った。
「お前も見過ごしてていいのか?もうあいつは行動を始めた。早くしねぇと、俺が取られちまうぜ?」
コノハは今まで生きてきた中で最大級の溜息を吐いた。
珍しく、少し頭を押えるリアクションまで付けて。
「…その根拠のない自信、感服しますよ、ウェキス。」




