15-1.素直な気持ちと強制恩返し
「ミナもそう思うよね?ああいう台詞、狙って言うヤツもいるけどさ、センパイの場合は確実に本心だし。多分自分がどれだけクサい台詞言ったか分かってないよ?」
翌日の昼、夏季講習を終えて帰ってきた沙紀は水面と電話で喋っていた。
「それで…、あれ?何でそんなに可笑しそうにしてるの?」
自分の話を聞くばかりで意味ありげに笑っている水面に気付いた沙紀は訊ねる。
すると水面は少しからかいの入った目で彼女を見た。
「そこまで楽しそうに話す沙紀見てたら何だか嬉しくなっちゃって。少し前までは恥ずかしがって何も喋らなかったのに。自分の気持ちに素直になれた証拠ね。」
「う…。ミ、ミナぁ…。」
「冗談冗談♪それより私に聞きたいことがあったんでしょ?私と慎さんのゴールインまでのプロセスとか、参考にしたいならいくらでも聞かせてあげる。」
「ゴールインなんて…、あたしは別にそんな、」
うろたえる沙紀。
水面はそんな彼女を楽しそうに笑った。
「はいはい♪とりあえず気は強いけどそっちの方面には超奥手な沙紀ちゃんは、まずはデートへの誘い方を伝授して欲しいのね?」
「うぅ…、ミナ、お願いだからからかわないで…。」
真っ赤になって言う沙紀に、やっぱり笑ってる水面。
何だか青春な風景が繰り広げられていた。
◇◇◇
で、その頃週一はというと…。
「…ええと、凄く食べ辛いんだけど…?」
表に『店長帰省中につき、しばし休業』と貼られた寛和蕎麦で昼食を摂っていた。
当然ながら客は彼1人きり。
そして彼の座ったテーブルの前には…偽拳法着を着たビイが満面の笑みを浮かべて座っていた。
「やぱり箸が塗り箸なのがよくないアルか?だたら割り箸用意するヨ?」
「いや、そういうことじゃなくてさ。食べてるのじ~っと見詰められるのは…。それに別に見てても面白くないだろ?」
「カニさん見てるとワタシ幸せネ。それよりどうアルか?師匠はもうワタシの腕、一人前言たけど、人に出すの初めてヨ。」
週一はタダでごちそうになってる蕎麦をすする。
…前回のプロトレイヤー軍団戦の後、恩返しのオニと化したビイの猛烈なアタック(まずは抱き付かれた。で、綾に冷やかされた)を受け、そこで寛和蕎麦でのお食事永久無料っていう権利をもらったのだった。
慢性的な金欠病である週一はそんな願ってもない権利を放っておくはずもなく、こうしてノコノコやって来たというわけだ。
「美味いよ。麺にコシがあって歯応え最高だし、このツユも何ていうかいい味出してる。」
「嬉しいアル♪カニさん来てくれる言てたから、気合入れて作た甲斐があたヨ。」
「ははは、んじゃコレで君の言ってた『恩返し』はチャラだね。だからもう別に気にしなくていいよ。」
どっちかっていうとビイの恩返し強行は遠慮したい週一がやんわりと言う。
でもビイは激しくかぶりを振った。
「全然足らないネ。ワタシ、言たヨ?…カニさんの言うコト、何でもどなコトでも聞くアルて。カニさんが逆立ちしろ言たら、逆立ちするネ!ドブ川で泳げ言ても泳ぐヨ!!」
もしかすると沙紀よりあるかもしれない胸を叩き、熱い瞳で喋るビイ。
その瞳には迷いなんて皆無だ。
これで週一が青少年の心を持っていたらアレな願いを言うだろう。
でも幸か不幸かコイツは変人だった。
エロ本よりも蟹図鑑、女体の神秘よりも蟹の生態が気になるっていうダメ人間だ。
正常(?)な青少年の発想は沸いてこなかった。
「いや、逆立ちとかドブ川で泳ぐとかしてもらっても別に嬉しくないから…。」
「うぅ!ワタシを気遣てくれてるアルか!?やぱり優しいアルぅ!!」
あばたもえくぼ。
いい意味っていうか最高に都合のいい意味で採って感激してるビイ。
一方の週一は食事タダって言葉につられてこんな場所に来ちゃった事をマジで後悔し始めていた。
「でも気遣い無用ヨ?遠慮ゼロで言て欲しいアル。そうネ、ワタシの携帯番号登録するアル。話し相手欲しくなた時、とりあえず暇な時、欲求不満な時、いつでも呼ぶネ。全部ワタシが満足させてみせるヨ。」
「だからもういいんだって。あと携帯の番号も遠慮しとく。…やたら掛かってきそうだから。」
何とも羨ましい申し出だけど、やっぱりそこは週一君。
凄く迷惑そうな顔で言う。
「カニさん…。」
「…分かってくれた?」
「夜伽とかもOKネ。むしろ大歓迎アル。」
輝く笑顔で言うビイ。
とりあえず都合の悪いことは耳に入らないっていう便利な体質の持ち主のようだ。
週一はがっくりとうなだれた。
ペンペンポン♪ペペペンポロン
その時、彼のポケットから着信音が鳴る。
「あ、電話だ。」
笑顔を向けてるビイに構わず携帯を取り出す。
そして誰か確認しないまま通話ボタンを押した。
『…。』
しかし掛けてきた相手は何も喋らない。
週一は怪訝に思いながらもディスプレイを見た。
「歐邑?」
そこには何だか怒ってるみたいな表情の沙紀が映っていた。
少し頬が赤く、アドレナリン分泌してそうだ。
「…ええと、何だか知らないが誤解だ。僕は無実だ。だから殺さないで下さいお願いします。」
彼女の機嫌を損ねた記憶はないんだけど、とりあえず謝る週一。
そんな彼に沙紀は一瞬怪訝な顔をしたが、硬い表情のまま言った。
『センパイ、あの、その…、ええと…、』
どんどん顔が赤くなる沙紀。
週一は彼女がよっぽど怒ってるんだろうなぁって思って怯える。
『その、うぅ…、も、萌木公園にいるからっ!!』
プチッ。…ツーッ、ツーッ…
一方的に電話は切れた。
で、週一は青くなった。
「どうしたアルか?カニさん。」
「僕にも分かんない。でも、萌木公園で僕の人生が終わるって事はバッチリ分かった。」
「どういうことネ?」
ビイの問いに週一は力なく立ち上がりながら答える。
「何か知らないけど仲間の女の子がキレてるみたいで。僕は萌木公園に呼び出された。ホントに理由は不明。…僕、何か悪いことやったかなぁ…。」
大きく溜息を吐く週一。
完全に沙紀がキレてると思い込んでいる。
…まあ、この馬鹿は蟹に恋愛感情を抱くほどのダメ人間。
ヒトのああいう反応に対しての知識がゼロなのだ。
そしてそれは元ダークキャン・D怪人のビイにも当てはまった。
「カニさん!!」
何だか瞳を輝かせ、彼女は週一の肩を叩いた。
「な、何?」
「ワタシに任せるネ!カニさんを困らせるなんて、悪女の見本ヨ!!許せないアル!」
「え?」
「カニさんは心配無用で待てるヨ。ワタシに任せて万事解決ネ!」
やけに嬉しそうに言い、彼女は週一を後目に店を飛び出す。
そして直後に表で原付バイクの音がして…そのまま遠くに消えていった。
「…え?え?」
で、後には蕎麦を前に呆然とする週一だけが残されていた。




