2-5.共闘?甲虫とヒュドラ
時間は動くドールが天に召される2時間前に遡る。
アドバルーンに掲げられた場所を探して10分ほど町を彷徨った綾だったが、諦めのいい(良すぎ)彼女は『道に迷ったから今日は帰りま~す』ってメールを週一に送り、帰路につこうとしていた。
「あ~あ、こんなことなら週一君と一緒に行けばよかった。ま、仕方ないよね。」
そうぼやき、彼女は自分の携帯電話にぶら下がったウサギストラップを見詰めた。
…この限定生産1000個のウサギを手に入れるためだったのなら仕方ない。
今日はこのために講義が終わってすぐに店へと駆けたのだ。
講義なんてうっちゃっておいてもよかったが、綾の成績は週一とどっこいどっこい。
唯一のプラス要因である出席日数が足らなくなったらそれはもう悲惨になること請け合いなのだ。
それに講義終了後でもストラップはまだ残っていた。
急いで駆けつけたワリには残り970個も残ってたのは何かアレだが、綾は満足だった。
「うわぁ!ば、化けモンだ!?」
ウサギストラップを眺めてにやついている綾の耳に男の叫びが入ってきた。
「まさか!ダークキャン・D!?」
まさか!アドバルーンに書いてあった場所ってこの近くだったとか!?
綾は携帯電話を握り締めるとその声の向かって駆けた。
◇◇◇
…15秒後。
あんまり人通りのない路地。
そこには会社員風の男が気絶していた。そしてその男を見下ろす人面犬。
「…チワワ?」
人面犬はどう見てもチワワだった。
やたらちびっこい犬ボディにむさいオッサンの顔だ。
あまりにも不釣合いすぎて怖い。
「女。我輩の姿を見たのか…。なら仕方ない、貴様にも我輩の髭ビームを食らわせてやるしかあるまい。」
人面犬は劇画調な顔でそう言うと、流れるような動きで綾に側面を向ける。
そしてゆっくりと片方の後ろ足を上げた。
…この姿勢って…?
「ひ、髭ビーム?」
何か嫌な予感(ビームの名称&ヤツの姿勢)にうろたえながら綾は訊ねる。
「そうだ。見るがいい、この男を。」
倒れている会社員風の男を見る綾。
すると、男の綺麗に剃ってあった髭がみるみる伸び始め、5秒も経たないうちにサンタクロースも驚くようなモジャモジャの髭面に変貌を遂げた。
「ふっふっふ。どうだ?この男の朝の苦労はこれで砕かれた。目を覚ました時、自らの伸びきった髭に戦慄し、絶望するだろう!」
…何てしょうもないビーム!?っていうか、そんなことじゃ絶望しないって!また明日の朝に剃ればいいことだし!
綾はそう心の中で叫んだが、やがて恐ろしいことに気付いた。
倒れてる会社員っぽい人は男の人だから髭伸びてもOK。
でも綾は女。
髭なんて伸びたら、
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
絶叫する綾。
でもその叫びは髭が伸びるっていう恐怖だけからではなかった。
人面犬が放ったビーム。
それはあろうことかヤツのアレから放たれたのだ。
そう、あの姿勢はブラフではなかった。
犬が電柱とかによくやる…アレなのだ。
「当たるもんかぁぁぁぁっ!!」
けっこうなスピードで放たれる金色のビーム(?)を必死でかわす綾。
アレではなく、それはビームだって分かっちゃいるけどイヤだ。
色んな意味でイヤだ。
ジュッ!!
何とか綾自身はビームをかわしたものの、手に握っていた携帯電話から伸びたストラップにちょっぴり掠ってしまった。
でもまあストラップはモノだから大丈夫かなと、綾はそのまま人面犬と距離をとった。
「ほう!今のを避けるか、人間!!」
「何でダークキャン・Dはこういう悪趣味な怪人ばっかり出してくるの!?」
悪態をつく綾。と、人面犬は少しだけ眉を顰めた。
「何だと?少々勘違いをしているようだが、我輩は、」
「うっさい飛んでけ!!」
ベコッ!!!
一気に間合いを詰め、怒りの形相で綾は人面犬の横腹に蹴りを叩き込んだ。
怒ってなくてもけっこう強い綾のキック。
それをMAXボルテージで、しかも蹴られたのはチワワサイズの人面犬だったから結果は悲惨だった。
「のぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
もの凄い勢いで回転しながら人面犬は綺麗な孤を描き、どこかへ飛んでいった。
多分、死んだ。…冥福を祈る。
1発で勝負はついたけど精神的には死闘だった戦いを終え、綾は息をついた。
「…ふぅ。弱っちかったけど、強敵だったな。でもこれで後は家に、」
そう呟いて何気に携帯電話を見る綾。
そこで彼女の表情は凍りついた。
…可愛いウサギさんのストラップ(限定生産)はそこにはなかった。
変わりに胸元まで届くほどの見事な蓄え髭のダンディなウサギがぶら下がっている。
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
今まで叫んだ中で最大の音量を綾はその日、記録した。
◇◇◇
「申し訳ございません。あのストラップはもう売り切れてしまいました。」
申し訳なさそうな顔で店員は言う。
ゼエゼエと息を吐き出しながら店に駆け込んだ綾は、大きく口を開けたまま硬直した。
いわゆる、ガビ~ンってやつだ。
「ど~してですか!だって1時間前まで900個以上残ってたじゃないですか!」
叫ぶ綾。
でも店員はやっぱり申し訳なさそうな顔ですみませんって言うだけだった。
…店から出てきた綾は憔悴しきっていた。
手にしたウサギストラップの髭は一応ハサミで切ってみる。
でも、それはダンディな髭から解放されはしたものの、新たな悲劇の幕開けでしかなかった。
ゴマ髭ウサギ。
そう形容するしかないそのウサギは、ダンディ髭ウサギと同レベルにイビツだった。
悲劇だった。
「うぅ…せっかく2ヶ月も前から情報仕入れて臨んでたのに…。」
もはやキショいだけの存在となったウサギストラップを見詰める瞳に涙がこんもり浮き上がる。
普段は週一虐待とか平気でしてる綾だったが、一応こういう面もあったようだ。
そんな時だった。
「正義の味方に、『だって女の子なんだもん♪』は通用しないぞ。泣くな。」
カッコつけてるようでカッコ悪いこの台詞。
綾は振り返った。
「…何があった?カオスチョコボールを倒した豪傑が涙するとはな…。便秘か?」
よく分からないことをのたまうそいつは、まさしく八又乃冥介だった。
ダークブルーのロングコートを羽織り、夕焼けの町をバックに微笑むその姿はかなりイケてたけど、それが見かけだけってことを綾は知ってる。
「八又乃さん。どうしてここに?」
涙腺臨界ギリギリだった涙を引っ込め、綾は訊ねる。
「さあな、それより俺の質問が先だぞ。」
「え?ああ、ええと…コレ。」
そう言って彼女は髭ウサギを差し出した。
「…ふむ。何とも高尚な趣味だな。俺には理解できんが…。」
「違うって!…コレは変な人面犬にやられたんですよ。ホントは可愛いウサギだったのに…あの犬が…!!」
喋ってて怒りが込み上げてきたようだ。
握った携帯がミシッっていう嫌な音を立てる。
「怒るな。お前は涙も似合わんが、怒った顔は怖いから余計似合わん。…よし、俺が手品を見せてやるから落ち着け。」
「えっ?」
冥介に携帯電話を取られ、綾は一瞬戸惑う。
そんな彼女を後目に彼は携帯電話を上空に放り投げるとコートのポケットを広げた。
携帯電話はくるくると回転しながらそのポケットの中に落ちる。
「どうだ?面白かっただろう?」
冥介はニヒルな笑みを浮かべると踵を返した。
そして片手を掲げ、去っていこうとする。
「ちょ、ちょっと八又乃さん!?携帯返してよ!っていうか、それは手品じゃ、」
叫ぶ綾に冥介は振り向かずに携帯を放ってよこした。
慌ててそれをキャッチした綾は、声を荒げる。
手品って言って携帯を奪おうとした挙句、放ってよこすなんて…。
「もう!何なんですか!落としたらどう…、」
そこまで言った時、綾はウサギストラップが真新しくなっているのに気付いた。
髭を生やされ、自分に髭カットされて大分ボロくなったはずなのに…。
ウサギストラップに髭の跡はなかった。
っていうか、そいつは正真正銘の新品さんだった。
「えっ?」
声を漏らした綾に、冥介はやっぱり振り向きも立ち止まりもせずに言い放つ。
「…猫を逆撫でするに能わず、だ。」
彼はそのまま帰省ラッシュで混み合う大通りへと消えていった。
残された綾は新品のストラップをぶら下げた携帯電話を手にしたまま、冥介の去って行った方向を呆然と見詰め続け、
「…普段もそういうキャラでいればカッコいいのに…。」
そう呟いた。
◇◇◇
綾から離れて数百m。
冥介は軽やかな足取りで歩きながら、ゴマ髭ウサギのストラップを眺めていた。
「…カッコいい…。レアだ。」
口元を綻ばせる冥介。
どうやらこういうオチだったようだ。
でも、その事実を綾は知らない。
【初登場キャラ】
・人面犬(正式名称不明)




