14-7.二人のエピローグ1
ポタッ…
赤い水滴が地面に零れ落ちる。
全ての音が止んだようなその場所で、零れ落ちる音だけが微かに響いた。
「…。」
誰も反応できなかったはずの触手の前には、鎖雪を庇うような形で厨が立っている。
そして赤い水滴…血は、彼の頬から伝わっていた。
アルビィネの触手は彼の目の前で止まっていたものの、凄まじいスピードが発生させた風圧で切れてしまったのだ。
もし直撃していたら厨は鎖雪と共に粉々にされていただろう。
「…攻撃、止めてくれたんだね。ありがとう。」
臨界寸前だったってのに、厨は普段通りの穏やかな口調で言う。
その瞬間、感情ゼロの冷徹なモンスターのようだったアルビィネが傍目で見て分かるほどの動揺を見せた。
鞭のような触手は全て動きを止め、鳴き声もピタリとしなくなる。
大地を震わせる鳴き声も発しなくなり、呼吸音も緊張したように静かになった。
「…何がどうなってるんだ?」
静まり返ったその場の雰囲気に週一が呟く。
でも誰も答えない。
というか誰もきっと答えられないのだ。
『く、厨…さん…?なっ、どうして…?』
その時、どこからか女性の震える声が響いた。
スピーカーから流れるような、でもいやにクリアな音声。
直接鼓膜を震わせて響いているような声だ。
「この声…コノハ…!?」
「コノハさんだよ、ちゅう兄!!でも何でコノハさんがこんな危険な場所に!?」
声に聞き覚えのあった厨&鎖雪が辺りを見回す。
しかし彼女の姿は見当たらなかった。
「みんな、…どうやら声の主、あたし達の上にいる…コイツみたいだ。」
アルビィネを見上げ、呟くように言う沙紀。
「え…?」
ハモる全員の声。
沈黙するアルビィネ。
…時間がそこで凍りついていた。
◇◆◇
ガンッ!ゴンッ!!
キヨスクとウェキスの頭にカイネの拳が振り下ろされる。
「ぎゃっ!!」
「痛っ!?」
キヨスクはその一撃で卒倒、ウェキスは植木鉢の上から頭を押えてカイネを見上げた。
「って、いきなり何しやがるんだ!?」
「お前達は部屋へ戻れ。これ以上は見なくていい。」
モニターを見詰めたままカイネが答える。
しかしそれは殴った答えになっていない。
「何でだよ!?何か知らねぇけど面白そうじゃねえか!?何でアルビィネがいきなり冷静に戻ったかとか、あの男は一体誰だとか!」
「いいから戻れ。女の機微も理解できんお前が面白半分に見るものではない。」
「はァ?何言ってんだカイネ?俺はだな、こういう楽しいことは、」
カイネが凄みのある顔でウェキスを睨み付ける。
そして威圧感たっぷりの声で言った。
「聞こえなかったか?…戻れ、と言ったのだ。」
「…あ~、分かった分かった。怒るなよ、ったく。意味分かんねぇぜ…。」
溜息を吐き、ウェキスは立ち上がる。
そしてブツブツと小声で文句を言いながら去って行った。
「それとカライド。キヨスクを部屋に運んでいってくれ。」
殴らずにおいたカライドに言うカイネ。
彼は文句も言わずに従う。
しかし機械の腕でキヨスクを持ち上げた時、思い出したように振り返った。
「ボクも何が起こってるのか意味不明だけど…まあ、説明は求めないよぉ。」
「…ああ。」
カライドを見据え、カイネは頷く。
「それと、この部屋のモニター以外からは外界の映像が見られないようにジャミングしてあげるね。他の人に見られたくないんでしょぉ?」
「…感謝する。」
「別にいいよ。じゃあね。」
ドアが閉まり、部屋にはカイネ1人しかいなくなった。
彼女は再びモニターに向き直る。
そして腕組みし、映った映像を見詰めた。
「…時がきてしまったな、コノハ。しかし、避けては通れん道だ。」
瞳を細めるカイネ。
「せめて、お前たちのエピローグ、この私が見届けよう。」
◇◆◇
…厨さんが生きていた。
それが嬉しくて、一瞬我を忘れた。
胸がいっぱいになり、泣き出しそうだった。
でも…私は気付いた。
思い出した。
彼の目に映っている自分の姿。
蟹令李厨の恋人『コノハ』ではない、そしてダークキャン・Dの四天王『コノハ』ですらない化け物…『アルビィネ』。
私の真の姿。
警察署を破壊し、街の一部を植物に変えたのだ。
そして暴走していたとはいえ、厨さんの妹、鎖雪ちゃんを殺そうとした。
結果的には厨さんを傷つけてしまった。
凶悪な本性を曝け出してしまった。
これで、終わり。
もう…元の2人には戻れない。
でも、心はなぜか静かだった。
いつまでも隠し通せることじゃないし、大好きな厨さんを騙し続けるなんて耐えられないから。
本当は待ち望んでいたのかもしれない。
…厨さんが呆然として私を見上げている。
彼は私以上にショックを受けているだろう。
初めて見る表情がそれを物語る。
いつも穏やかな瞳で私を見詰め続けていてくれた厨さん。
彼もこんな表情をするんだと思うと、その発見にほんの少しだけ心が温かくなる。
人間の姿なら微笑んでいたのかもしれない。
もっと長く一緒にいて、いろんな表情を見たかった。
いろんな事をもっと知りたかった。
でも、これで終わり。
私たちはここでお終いだ。
厨さんがゆっくりと口を開く。
何を言われるのか、怖い。
でも…逃げない。
最後まで向き合って…。
…我が侭かもしれないけれど、せめて、笑顔でさよならを…。




