14-4.冷たい瞳
「がっ…!?」
ドンッ!!
吹き飛ばされた沙紀は強化コンクリートから朽木に変えられた壁に激突する。
服はすでにボロボロになっており、あちこちに打撲や擦り傷があった。
「沙紀ちゃ…、きゃあっ!?」
駆け寄ろうとした綾に、壁から突然生えた木が激突する。
そして木はそのまま彼女を壁にめり込ませた。
「…邪魔です。」
廊下に女性の声が響き渡る。ダークキャン・D四天王、コノハの声だ。
厨と話している時とは別人のような静かで冷たい声だった。
彼女は吹っ飛んだ沙紀を見据える。
感情のない醒めた左目、そして決して見せることのなかった右目は…。
昆虫の単眼を思わせる温もりのない冷たい眼だった。
「化けモン…ッ!!」
沙紀は舌打ちし、ポケットからチェンジユニットの皮グローブを取り出す。
「…。」
「接着ッ!!」
カッ!!
眩い光と共に沙紀はウゴクンジャー蝶へと姿を変える。
能力も装甲もクズレベルな蟹とは違い、実用的なタクティカルフレームだ。
敗れはしたものの、カイネにダメージを与えたこともある。
ダンッ!!
木製になった床を砕き、蝶はコノハに飛び掛る。
そして肘を壁に叩き付けた。
「ホバリング!!」
発生した斥力に彼女の腕は凄まじい勢いで反発する。
プロボクサーとかでも出せないくらいのパンチがコノハ目掛けて放たれた。
ドスッ!!
避けようともしないコノハの胸に蝶の拳がめり込む。彼女の口元から血が零れた。
しかし、眉1つ動かさない。
「…。」
「はッ!!だあッ!!」
バキッ!ドカッ!!
ホバリング応用の連続攻撃を加える蝶。
コノハはよろめき吐血するものの、やはり表情を変えることはなかった。
しかも呻き声1つ漏らさない。
「警棒アタァァァァック!!」
近くのドアから甲虫が飛び出し、警棒でコノハの頭をぶん殴った。
どうやら壁にめり込まされた時に部屋まで突き抜けたのだろう。
で、きっと警棒はここの備品だ。
「退きなさい…。」
静かに呟くコノハ。
蝶と甲虫はその声を無視して攻撃を叩き込み続ける。
コノハの表情には変化がないものの、ダメージは与えているはずだ。
「このまま!!くたばれ…ッ!!!」
「怪人め!これで成敗ッ!!」
「退けッ!!!!!」
ドンッ!!
コノハの叫びと同時に彼女の周りから無数のツタが放射状に発生する。
そのスピードは植物と思えないほど速く、まるで緑の爆発が起こったようだった。
悲鳴すらあげる間もなく蝶と甲虫は吹き飛ばされ、そして壁に叩き付けられる。
薄い光と共に2人の変身が強制的に解除された。
「かっ…!?あ、くっ…!!」
壁の一部と共に床に崩れた沙紀が必死に立ち上がろうともがく。
しかしコノハを睨み付けるだけで精一杯のようだ。
綾の方は完全に気を失ってしまっている。
もうピクリとも動かなかった。
「…出てきなさい、轢き逃げ犯。この建物ごと擂り潰してもいいのですよ?」
コノハは倒れている沙紀と綾に一瞥すると、声を張り上げる。
やはり目的は厨を撥ねた轢き逃げ犯、つまりは権下久だ。
この様子だと殺すつもりだろう。
「ですがそれでは関係ない者まで殺すことになります。貴方とて同じ地球人が自分のせいで死ぬのは嫌でしょう?だから、」
パンッ
乾いた音が彼女の声を掻き消した。
「…出てきてくれましたか。」
ゆっくりとコノハが振り返る。
彼女の顔の数cm手前には銃弾が回転した状態で空中に停止していた。
そして視線の先には拳銃を構えた権下。
今までどこに隠れてたのか不明だが、署内にあった拳銃を持ち出したらしい。
「く、クソっ!!何で死なねぇんだ!!?」
パンッ!パンッ!!
続けて権下は拳銃を撃つ。
しかし銃弾は全てコノハに当たることなく空中で停止した。
「…貴方に訊ねます。貴方は心の底から反省していますか?申し訳ないと少しでも思っていますか?罪を償うつもりはありますか?」
「っせぇ!この化け物が!!死ね!死ね!!死ねよぉぉぉぉぉぉっ!!!」
パンパン!!パンッ!!
何度も引き金を引く権下だが結果は同じだ。
しかし顔を恐怖で歪め、無駄だと分かっている行為を繰り返す。
「答えて下さい。…答えなさい。…早く!答えて!!」
コノハの声がまるで衝撃波のようにフロアに爆発した。
内装が一瞬にして木と苔に変わり、空中に浮いていた銃弾は木の実になって落ちる。
権下の持っていた銃さえただの木の棒に変わってしまった。
「ひっ!?ひぃぃぃぃぃぃっ!!?」
慌てて彼は木の棒になった拳銃を投げ捨てる。
そして腰を抜かしたようにへたり込んだ。
「な、なんで俺がこんな目に…!!ち、ちくしょう!!そ、そうだ!全部あいつのせいだ!!あの馬鹿が俺のバイクの前になんて出やがるから…ブッ殺す!!ぜってぇブッ殺す!!」
叫ぶ権下。
怒りを撥ねた厨にぶつける最悪ぶりだった。
しかしそれはもちろん彼の独白だったのだが…。
その言葉は、しっかりとコノハの耳にも入っていた。
「…そう、ですか。やはり、人という生き物は…救いようがない…。」
彼女は俯き、静かに目を閉じる。
抑揚のない、しかし響くような呟きだった。
ドクン…
何かの脈動が空気を震わせる。
パニック状態の権下は気付いていなかったが、床に倒れたままの沙紀はそれを察知した。
「うっ…、く…、何が…?」
嫌な予感がする。
何か、破滅的な予感が。彼女は力を振り絞って何とか立ち上がる。
もう戦えるような力は残っていない。
しかし。
「あ、綾さんっ…!!起きて!!だ、脱出を…!!」
ふらつきながらも綾の元に歩み寄り、彼女を揺さぶる。
綾は小さく呻いた後に目を開いた。
「さ…沙紀ちゃん…?」
ドクン…!!
空気が震える。
嫌な予感は現実のものになってきていた。
「綾…さんっ、早く、何か…ヤバいっ…!!」
「え…?ど、どうなってるの…?何が、」
「ッ!!早くっ…!!」
沙紀は残る力を振り絞って彼女を壁から引き抜く。
そして窓際の壁を力任せに殴った。
朽木になっていた壁は週一レベルにまで落ちているパンチでも穴が開き、外への脱出経路が作られる。
フロアが2階だったため、飛び降りても何とかなりそうだった。
ドクンッ!!!
より大きくなる脈動に綾も目を見開く。
「なっ!?これって…!?」
「とにかく…脱出を…!!」
「意義なし!!」
迷いなく開いた穴から飛び出す2人。
残された権下は、今にも泣きそうな顔をしてコノハを見詰めていた。
「…厨さん…。」
空気を震わす脈動の中心に立つコノハは、瞳を細めて顔を上げる。
その表情は穏やかだった。
しかし消耗し切った時の、絶望を孕んだ穏やかさだった。
「私、この世界を滅ぼします。貴方との綺麗な思い出、守りたいから。汚れきったこの世界を、綺麗な思い出だけに…したいから!!」
カッ!!!
爆音。
そして凄まじい光が辺りを呑み込んだ。




