10-15.人生の先輩のアドバイス
憬教授はテーブルの上にコップを置いた。
普段の暴走創作飲料じゃない、普通のアイスコーヒーだ。
彼女はそして自分の正面に座っている沙紀に微笑む。
「こういうのもたまにはいいですね。海の上で過ごす夜も、1年に1度くらいはあっていいかもしれません。」
「思ったより揺れないから助かったよ。船酔いするって話を聞いてたから、不安だったんだ。」
「WAVEバランサーが働いてますから。大型タンカー以上の安定性を誇るんですよ。横波に縦波、どんな波でも99%揺れを吸収します。」
「ふぅん。いい機能が付いてるんだ。あたしは機械系はちょっと分かんないけど。」
沙紀が苦笑して自分のコップを置く。
窓の方から静かな波の音が聞こえた。
「…ところで沙紀さん。大学はどこへ進むか、もう決めてありますか?」
…ダークキャン・Dとかと戦ったりウゴクンジャーメンバーとアホしているが、沙紀は一応高校3年生。今年大学受験だ。
「え…?」
沙紀は一瞬固まる。
そしてばつが悪そうに言った。
「実はまだ…。ホントはそろそろ決めなきゃいけないんだけど。」
「推薦、してあげましょうか?」
にっこり微笑み、憬教授は言った。
でもこのヒトが推薦って言っても、あんまり信用できそうにない。
できたとしても5流の大学か妙な専門学校だろう。
「推薦か…。そういう話は来てるんだけどね。どこもパッとしなくて。いい大学へは実力で行くしかないかなって思ってるんだ。」
沙紀は遠巻きに遠慮する。
実際、有名な進学校である四神女子高でトップクラスの成績を誇る彼女には推薦の話がいくらでもある。超1流は無理でも1流クラスの大学なら何の苦労もなしに入れるのだ。
「超飛び級入学でいきなり院生にしてあげますよ?もちろん、大学は世界ランクの5位以内に入っている大学です。卒論も免除ですから好きなことをしているだけで卒業できますし、卒業後も就職先は選び放題です。」
にこにこ笑顔のままで凄いことを言う憬教授。
だから余計に信頼度ゼロだ。
沙紀は笑った。
「ははっ、ありがと、憬サン。でもやっぱり実力でやることにするよ。」
「そうですか…。」
自分の信用度があんまりないから断られたって知ってか知らずか不明だけど、憬教授は苦笑する。
そしてその苦笑は少しだけ残念そうな微笑みに変わった。
「沙紀さんらしいですね。…でも、どちらにせよ寂しくなります。」
「え?どういう意味?」
「この辺りの街には私の勤める大学以外には林業専門の短大と工業大学しかありません。私の勤める大学はレベルがちょっと…ですから眼中にないでしょうし、残り2つの大学も沙紀さんのレパートリー外でしょうし…。いい大学は遠くにしかありませんからね。水面さんみたいにウゴクンジャーを脱退するしかないかもしれません。」
「!!」
沙紀が目を見開く。
そうだ。
進学する場合、この街を出て行くことになるだろう。
だから、それだから今まで進学のことを考えなかったのかもしれない。
いや、考えなかったのではなく…考えたくなかったのだ。
「…遠くの大学…。」
テーブルの上のコップに目を落とし、小さく呟く。
何だかやたらと胸が締め付けられる。
進学のことは2年の頃、いや、3年になってもしばらくは何とも思っていなかったはずなのに。
…なのに。
「沙紀さん。」
唐突に憬教授が声を掛ける。
沙紀が顔を上げると、そこには普段とは違う大人の雰囲気を醸し出した彼女がいた。
笑顔を浮かべているが、天然系の笑顔じゃない穏やかな微笑みだ。
「憬サン?」
「人生の先輩として1つアドバイスを。多分、こんなことを言うのは1回きりです。」
「…。」
憬教授は席を立つ。
そして窓に片手を添え、夜の海を見詰めながら口を開いた。




