10-13.蟹ばかり見てないで
「…何が言いたかったんだろ?蟹とか家族以外でも護れってことかな?世界平和?」
冥介が去って数分、週一は小首を傾げて呟いた。
馬鹿だ。
珍しく冥介がマトモなこと言ったのに通じてない。
「いや、でも…もっと別のメッセージが隠されているのかも…。」
腕を組んで考え込む。
普段ならまぁいいやってすぐに考えるのを止める彼だけど、今日は一味違うのだ。
場所も船の上っていう特殊な環境だし。
ペンペンポン♪ペペペンポロン♪
と、マヌケそうな着信音がポケットから鳴り響き、彼のシンキングタイムを中断した。
「はい。」
『凄いチャンスじゃないですか!』
通話ボタンを押した瞬間、ディスプレイに映った水面が興奮した面持ちで叫ぶ。
「!?」
驚く週一。
でも水面はそんなのお構いなしに続けた。
『今、沙紀に聞いたんです。クルージングに出て海の上で1泊することになったんですよね?星が凄く鮮やかで、遠くに見える街の光も綺麗だとか。』
「う~ん、そう言われれば綺麗な気がする。まさか海の上で1夜を過ごすことになるなんて予定外だったけどね。…でも、それが何のチャンス?」
『…蟹令李さん、ホント鈍感ね…。』
水面が呆れ顔で溜息を吐く。
でもすぐに顔を上げた。
『聞いて。実は沙紀、最近少し元気がなかったの。』
「いくら元気がないって言っても僕はそれが歐邑を倒すチャンスだなんて思わないよ。」
『黙って聞いてて下さい!…ええと、元気がなかった理由は1つです。蟹令李さん、思い当たるフシありますよね?』
週一は考えた。考えて考えて、その末に出た結論は…、
「夏バテ!」
『…。』
頭を押える水面。
完全に呆れ果てている。
しかし別に週一に悪気はないのだ。馬鹿なだけで。
『話題を変えるわ。…蟹令李さん、1つ訊きたいんですけど、どうして最近は沙紀と会わなかったんですか?行き違いにしては出来すぎてるし。』
「会ったら殺害されると思ってたんだ。歐邑にポスター貰った時、思わず抱き締めちゃったから。でも今日会ったら殺気がなかったんだ。どうやら忘れてるみたい。ホントに助かったよ。」
『じゃあ、別に嫌ってるわけじゃなかったんですよね?』
「嫌う理由ないよ。最近は叩かれなくなったし。…でも、どうしてそんなことを?会ってなかったなんて海月さんドコで知ったんだ?」
『え?あ、ああ、それは…まあいいじゃないですか。それより本当に凄いチャンスです。今までなかったくらいに凄いチャンスなんですよ?』
週一の質問を誤魔化し、しかし自分の意見はしっかり述べる。
さすが商売人&既婚者。ペース作りは得意だ。
それで誤魔化される週一も週一だけど。
「だから何がチャンス?」
『今、相手はKO寸前です。というか、KOしてくれるのを待っている状態なんです。焦らしっていう効果が成功したに加え、このロマンチックな環境。完璧ですよ!』
「…何だかよく分からないけどチャンスなんだね。」
『そうなんです!後は蟹令李さん次第。でもそんなに緊張も心配もしなくていいですよ。カッコいい台詞とかなくても、簡単に落とせます。保障します。』
「もう少し具体的に言ってよ。海月さんが何を言いたいのか分からないんだ。」
…週一に喩え話や暗喩は通じない。
鈍感度10000tの馬鹿だから。
水面もそれをようやく飲み込めた。
『…分かりました。本当はこういうことって本人の口から聞くべきなんですけど、もうここでハッキリ言っちゃいます。言わないと進みそうもないですから。』
「うん。そうしてくれると助かるよ。」
マジな顔をする水面。
多分、彼女が次に口を開いた時、週一は知ることになるだろう。
そうなれば、いくら鈍感野郎の彼でも気持ちに変化が現れるかもしれなかった。
『…実はですね、沙紀は蟹令李さんのことが、』
「何やってるの?週一君。」
「シュウ!こんなとこに居たんだ!」
水面の声を綾と鎖雪の声が遮った。
週一は振り返る。
「綾にさゆ。今電話してるから静かにしてよ。…で、何だって?」
そしてディスプレイに向き直ると、電話先の水面は苦笑していた。
『綾さんと鎖雪ちゃんが来ちゃったみたいね。残念です。』
「静かにしててくれるから大丈夫だよ。いいよ、続けて。」
『いえ。やっぱりこういうのってダメですね。止めておきます。』
水面はそう言って微笑む。
よく分かってない週一は小首を傾げた。
『…さっきのは忘れて下さい。でも、最後に1つ。』
「何?」
『蟹ばかり見てないで、周りをもっとよく見て。きっと、思いがけないモノが見えるから。世界はね、ちょっとしたことでバラ色になるんです。』




