10-7.時効
「…。」
沙紀は窓から打ち寄せる波を見詰めていた。
…何だかいつになく感傷的になっている。
自分もデッキに出て、釣りをするなり談笑するなりすればいいと思っているのだが、どうも足が向かない。
特に久々に顔を合わすあいつとどう会話すればいいのか分からない。
海への誘いがメールで来た時は本当に嬉しかったのだが。
「…無駄になっちゃったかな…。」
上着から覗く水着を見下ろし、少し自嘲気に呟く。
海=海水浴。だから水着。
悩みに悩んで買ったモノなんだけど、どうやら無駄骨だったようだ。
それに…。
「歐邑。」
後から声が掛かった。
彼女はハッとして振り返る。
「オレンジジュースとミカンジュース、どっちがいい?」
アホっぽい笑顔を浮かべた週一が、ジュースを両手に立っていた。
「セ、センパイ…。」
「選ばないならミカンジュースね。はい。」
週一は沙紀にミカンジースを手渡した。
何か知らないが、沙紀の様子が少し変っぽかったけど鈍感野郎の週一君が気付くわけないってもんだ。
「…ありがとう。」
「ん?いいって別に。僕もジュース飲みたかったから、ついで。」
「うん…。」
…変だ。沙紀の反応が変だ。
視線は渡されたミカンジュースじゃなくて週一に向けられており、しかもその表情ってのも何か違う。
いつもの不敵さがないっていうか、借りてきた猫みたいだ。
「…ええと、歐邑。久し振りだよね?ははっ、最近はウゴクンジャーも集合しなかったし、夏休みに入っちゃうとかでなかなか顔を合わせる機会がなかったし。」
「そう…、久し振り、だよね。」
…やっぱ変だ。
週一はそれを秘められた殺気によるものだと勝手に確信してちょっと震える。
でも勇気を振り絞った。
さっき、決めたのだ。
「歐邑!」
「え?何?」
「時効ってあるよね?あれだよ、あれ!だからもう殺意なんて抱いちゃダメだ!みんな生きてるんだ友達なんだ!分かるだろ?」
もうそろそろ(例の抱き締めちゃった件)を許して下さいって意味だった。
実際、そのせいで沙紀に殺されるって思ってるのは週一&鎖雪なだけで、沙紀自身は全然怒ってない。
だから彼の言葉は意味不明だった。
「は?」
眉を顰める沙紀。
今日初めてする、普段の彼女っぽい反応だった。
「え?もしかして…憶えてないとか…?」
「…何言ってんの?センパイ。」
「うわぁぁぁぁぁぁっ!!」
週一は歓声を上げてガッツポーズをする。
そしてマッハの速さでかぶりを振った。
「何でもない何でもない。何でもないったらないよ。はははっ、そっか。うん。そうだよね。良かった良かった。」
?って顔して、うんうん頷く週一を見ていた沙紀だったが、やがて大きな溜息と同時に笑みを浮かべる。
凶悪女子高生、歐邑沙紀特有の不敵な笑顔だった。
「…そうだよね。しばらく会ってなくたって…。」
「何か言った?」
「何でも。久々に会ってもセンパイはアホのまま成長してないなって言っただけ。」
「…巨大なお世話だよ、全く。」
2人は笑い合う。
数週間振りの組み合わせだけど、別に前と変わっちゃいない。
ほんわかムード漂う光景だった。
「歐邑、そろそろデッキに上がらない?多分、綾とさゆがもう釣りを始めてるから。」
「釣り、ね。あたしやったコトないんだけど?」
「教えるよ。こう見えても昔、赤ちゃんフグを釣ったこともあるんだ。」
週一はオレンジジースを一口飲み、ドアを開ける。
デッキに続く廊下からは、潮の匂いが吹き込んで来ていた。




