9-8.夏の海へのお誘い
「あ。」
商店街を歩いていた綾は声を上げた。
「こんにちは、綾さん。お出掛けですか。」
彼女の前にいたのは、ボーイスカウトっぽい格好(仕事着らしい)をした鎖雪だった。
前みたくハイテンションじゃなく、顔つきも口調もキャリアウーマン化している。
週一が言う、『性格がコロコロ変わる』って特徴だ。
しかしそれは沙紀のとは違い、彼女の意思で変えているようだった。
「鎖雪ちゃん。そう、今からカラオケに行って歌の練習。いつまたカラオケの誘いがあるか分からないしね。鎖雪ちゃんはお仕事?」
「はい、ピーちゃんを追って。」
…ピーちゃん。
多分小鳥か何かだろう。
「ペット捜索かぁ。頑張ってファイト!」
「有り難うございます。では、私は仕事がありますので。」
鎖雪は一礼すると背中から虫取り網を取り出し、走り出す。
やっぱり小鳥の捜索のようだ。
綾は結構なスピードで去っていく彼女の後ろ姿を見送ると、1人頷いた。
「…うん、公私混同してないのは凄いよね。やっぱり仕事とか始めたらああいうふうにしっかりしなきゃね。」
そして拳を握り締め、空を仰ぐ。
「でも今は遊ぶ!さあ、カラオケのレパートリー増やすぞぉ!!」
…ダメ人間だった。
◇◇◇
「ふふふふ~ん♪ふふんふ~ん♪」
何だかよく分からない曲をハミングしながら憬教授は机に向かっていた。
片手にコーヒー、片手にペン。
まるでラクガキをしているみたいな手つきで何かをサラサラと書き記している。
やる気のなさが伝わってくるような情景だ。
「はい、完成っと。」
彼女は最後に英語か何かでサインを書くと、それを傍に積まれていた紙の山の頂上に置いた。
…もの凄い数だ。
もしこれが何かの原稿だとすると、簡単に1万ページは超えているだろう。
コーヒーを1口2口すすり、彼女は携帯を取る。そしてどこかに電話した。
「…あ、私です。完成しましたよ。今日中に郵送しますね。…はい、はい、そうですね、会には出席しない予定です。いえ、別に法事とかはないんですけど。あまりああいう場は好きじゃないんですよ。…はい、え?あ、分かりました。ごめんなさいね、無理言って。…じゃあ、そういうことで。」
数十秒会話して通話ボタンを切る。
何の話かは不明だったがとにかくコレはどこかに送るようだ。内容は分からないけど。
「さてと、仕事も済んだことですし…。やっぱり夏休み中にウゴクンジャーが集合しないのはいけませんね。何か親睦を深めるような集まりをしないと。」
微笑むと、再び携帯電話を見詰める。
そして何やらメールを打ち始めた。
柔らかな日差しが差し込む部屋の中、彼女はメールを打っている。
窓は総ガラス張り、しかも覗く景色はどう考えても40階以上の風景だった。
以前に週一が訪れたのとは月とスッポンエキスな部屋。
軽く家賃1200万はするだろうってその部屋で、彼女はメールを打っている。
◇◇◇
ペペン♪ポポンポンペン♪
マヌケそうな着信音が週一のポケットから鳴り響く。
「メール?」
携帯電話を取り出し、ディスプレイを見ると…時計が映っていた。
憬教授だ。
彼は慣れた手つきでボタンを押し、メールを確認する。
そして少し困った顔をした。
「どうした?何かトラブルか。」
そんな彼に、向かいに座って鍋をつついていたカイネが訊ねる。
まだ居た…っていうか、結局一緒に昼食を摂っていたようだ。
「明々後日、ダークキャン・Dが街を襲う予定ってある?」
「明々後日か。そうだな…。」
カイネは箸を置き、湯飲みに手を伸ばしながら少し考えた。
それにしても生活感丸出しなショボいアパートのちゃぶ台に座り、黒いスーツのブロンド美女が鍋を前に緑茶を飲んでるってのは異様な光景だ。
…コイツらは別に気にしちゃいないようだけど。
「今、新たな怪人を作っている。そいつの完成が明日くらいだからな。出撃する準備は整っているが…。何だ、都合が悪いのか?」
「うん。ウゴクンジャーのみんなで海へ行こうって誘いなんだ。」
「そうか。」
カイネは緑茶を少し飲むと微笑んだ。
「よし、分かった。ではその準備も含め、明後日と明々後日は出撃を見送ってやろう。その代わり、明日は保障しないぞ。」
「ホント?有り難う!」
喜ぶ週一。
それにしてもヒーローの家へ食事、しかも作ってやりに来る悪の四天王。
罠とか全然考えず普通に招き入れるヒーロー。
どっちもダメダメだ。
加えてヒーローは自らの予定を明かし、悪の四天王はそれを考慮して街を襲う計画を延期した。
もう、何が何だか…。
「ところで週一。海へなど行って何をするのだ?」
「それは書いてなかったけど。まあ、夏の海って言ったら決まってるよ。きっと…、」
雑談に戻りつつ、倒錯昼食会は進んでいく。
◇◇◇
沙紀はそのメールを見ると、目を鋭く細めた。
『ウゴクンジャーメンバーは全員集合!みんなで海を、夏を満喫しましょう!』
とか何とか書かれているのだ。
夏の海、しかも全員10代後半から20代(憬教授は27歳だけど、見た目も心も女子高生と変わんないだろう)だ。
何をするって具体的には書かれていないが、予想はつく。
「…フフッ。」
口元が自然に綻ぶ。
全員集合。
綾には最近会ったけど、ずっと会えてないヤツもいる。
そいつも来るだろう。
「準備、しないとね。」
彼女はそう呟くと、足早に自分の部屋に向かって行った。
土曜日は海。
集まるメンバーはウゴクンジャー。
きっと何か波乱があるだろう。
…なかったら物語にならないし。
◇◇◇
「海かぁ…。」
綾は携帯をポケットにしまいながら呟いた。
そして腕組みする。
「…木、金、土。土曜日か。それまでに用意とかしないとね。でもあんまりお金ないんだよね、CDとか写真集とか買っちゃったし…。」
と、そんな彼女の肩を誰かが叩いた。
「またお会いしましたね!綾さん♪」
やたらハイテンションな声。
振り返ると、ついさっき別れたはずの鎖雪が笑顔で立っていた。
でも若干(?)の違いがある。
さっきまではボーイスカウトっぽい冒険服を着ていたのに、演日高校のセーラー服に着替えてある。
それに例の虫取り網の中には何やら動物が入っていた。
あと、性格が変わっているのは毎度のことだから省略する。
「鎖雪ちゃん。小鳥のピーちゃんは見付かったんだ。」
「小鳥じゃないですよ?ピーちゃんはこの子です。」
虫取り網を見せる鎖雪。
中に入ってる動物を見た瞬間、綾は思わず飛び退いた。
「なっ!?何それ!?」
「タランチュラっていうクモさんです。凄く早くて捕まえるのに苦労しました。」
網の中では巨大な黒いクモがモゾモゾ蠢いてらっしゃる。
綾は少しの間は退いていたものの、すぐに慣れて息を吐いた。
「驚いた。鎖雪ちゃん、1つだけ訊いていい?」
そして訊ねる。
「はい?アタシのプライベートと依頼主さんの詳細以外なら。」
「…このクモのドコがピーちゃんなの?」
…そりゃごもっともな疑問だった。
クモはピーピー鳴くわけじゃないし、イメージ的にもダメだ。
なぜ飼い主はそんな名を?
「う~ん…アタシにも分かりません。まあ、フィーリングですよ、きっと。」
アホっぽい笑顔で言う鎖雪。
この謎は彼女も知らないらしい。
「…そっか。何だか後味悪いけど…仕方ないよね。」
綾はうんうん頷くと、思い出したように手をポンと叩いた。
「そうだ!鎖雪ちゃん、今週の土曜日って空いてる?」




