9-4.“変人に好かれる”資質2
「先程は失礼致しました。他のことに気をとられ、気配を察知できなかったのです。」
葦和良は週一の前に座り、申し訳なさそうに言った。
「い、いえ…僕の方こそノックとかするべきでした。」
そうだ。悪いのは週一。
でもコイツはまだ自分が入るべき建物を間違えたとは気付いていない。
2人はそのまま沈黙した。
やっぱり気まずいのだ。
喋るネタがあるわけじゃないし、しかもあんな場面に出くわした直後。
談笑しろって方が無理な話だろう。
と、ふいに葦和良が沈黙を破った。
「…醜かったでしょう?」
「え?」
突然の言葉に週一は思わず聞き返す。
葦和良は悲しそうな顔で微笑んだ。
「背中の…痣です。身内以外には、誰にも見られたことはありませんでしたが…。」
…そう言えば見たような気がする。
週一は頷くと、口を開いた。
…見られてしまった。
親を除き、ご当主様にも奥様にも、お嬢様にさえ見せていないこの禍々しい痣を。
蟹令李様はきっと憐れんで「気にすることはない」と仰って下さるのだろう。
それが分かっているのに訊ねてしまった。
失敗ばかりだ。気が滅入る。
この痣を気にするあまり、背後に気配がいってなかった私のせいなのだが…それでも辛い。
こんな痣があるから、だから私は…、
「綺麗でしたよ。」
蟹令李様はそう仰った。
予想通りの、――――― え?
葦和良は小さく声を漏らし、週一を見る。
週一は普段通りの脳天気そうな笑顔で続けた。
「こんなこと言ったら失礼かもしれないけど…、何だか華みたいで綺麗でした。」
「蟹令李様、そんなお心遣いは…。」
「?僕は別に思ったことを言っただけですけど。しかもさっきの痣!華みたいだけど、そこはかとなく蟹に似てました。赤いからサワガニです。最高です。」
…そういうことらしい。
このアホは蟹っぽいモノなら何でもいいのだ。
別に気を遣っているわけじゃない。
本当に蟹っぽく見える痣だったから綺麗だと思っているのだ。
「…。」
葦和良は無言で週一を見詰めている。
「え、ええと…葦和良さん?」
「え?あ、はい!」
ハッとしたように彼女は我に返った。
それにしても今日は葦和良さんらしからぬ反応ばっかりしている。
常に冷静沈着(歐邑家のことになると凶暴化するけど)な彼女が、悲しそうにしたりボ~っとしたり。
本当に珍しい。
「蟹令李様。」
葦和良の表情がやっといつもの表情に戻る。
「はい?」
「…有難うございます。」
何でお礼を言われたのか分かってない週一。
でも葦和良が微笑んだので、彼もつられて微笑んだ。
今まで微妙な気まずさだった空間が一気に和んでいく。
「あ、そうです。お茶もお出ししていませんでしたね。今お持ちします。」
思い出したように言うと、葦和良は笑顔のまま立ち上がった。
◇◇◇
葦和良は静かに襖を閉めると、長い廊下に出た。
純和風な窓からは涼しげな風がそよぎ、鳥の囀りが聞こえる。
彼女は痣がある肩に手を触れ、目を細めた。
…何だか知らないけれど今までの苦悩が嘘のようだ。
気持ちは晴れ渡り、痣を忌み嫌う気持ちがなくなっている。
いや、むしろ頑なに隠し続け、悩んできたのが愚かしいことだったとさえ思えていた。
「有難うございます…蟹令李様…。」
そして肩に当てていた手を胸の前に持っていく。
その表情は今までにもないくらいに穏やかで幸せそうだった。
「私は今日、初めて…、」
少し強い風に風鈴が激しく鳴り、その先の言葉は掻き消される。
ちなみにそれは、登校途中の沙紀が嫌な予感を憶えたのと…ほとんど同時だった。
占いフューチャーの予言。
『週一は、“変人に好かれる”資質を秘めている』。




