9-3.血華裂痕
カラッと晴れた翌日。
「…右よし、左よし。」
曲がり角で顔を出し、週一は呟く。
さんさんと太陽が照りつける真っ昼間、彼は歐邑家に向かって歩いていた。
沙紀に命を狙われている身(勘違い)にも拘わらず向かっている理由は…例のポスターだ。
お返しをすると言いつつ、もう1週間以上も逃亡を繰り返している。
だからそろそろお礼を届けようと思ったのだ。
律儀なヤツだ。
でもやっぱり直接沙紀に会うのは危険と、彼女が外出するのを見届けてから家に行こうって思っているのだった。
「!!」
と、彼の目に制服姿で外出する沙紀の姿が映った。
もう高校生も夏休みだから、きっと補習か何かだろう。
自分にもそんなコトやった記憶がある。
「…よし。ってことは、あの家には今、蝶滋郎さんしかいないはず!」
週一はニヤリって笑うと、沙紀の姿が見えなくなるのを見届けて曲がり角から出てきた。
◇◇◇
ピンポ~ン。
週一はインターホンを鳴らした。
いつものように塀の上にあった監視カメラが動く。
いつもは葦和良さんの声が返ってくるはずなのに、反応がない。
と、少しガタガタ音がしてマイクが入った。
『おお、君かね。今開ける。』
それは蝶滋郎の声だった。
「ええと、沙紀さんにお礼の品を…。」
『まあ何でもいい。入りなさい。歓迎するよ。』
カチャって音がすると、門がゆっくりと開き始めた。
◇◇◇
「いい天気だな、週一君。」
中庭に入ると蝶滋郎が笑顔で迎えた。
何か知らないけど機嫌が良さそうだ。
「はい。あの、今日は…、」
「しかし入れ違いだったな。沙紀は補習とかでさっき学校に行ってしまったのだよ。」
…知ってる。
っていうか、それを確認したからこそ、こうやって訪れたのだ。
「ははっ、いいんです。今日はお礼の品を持ってきただけですから。」
「お礼?」
「はい。前に沙紀さんにポスターをもらったんです。だからそのお礼です。」
彼はそう言うと、持ってきた袋を差し出した。
中に入っているのは…そこら辺の和菓子屋で買ってきた最中だ。
形は蟹。彼のお気に入りの最中だった。
「そうか。分かった。娘が帰ったら伝えておこう。…それより駅からここまで疲れただろう?暑いからな。冷たいお茶を出すから上がりたまえ。遠慮はいらんよ。」
遠慮しようと思った週一だが、確かに暑いし疲れている。
冷たいお茶は魅力だった。
それに、沙紀はしばらくは帰って来ないだろう。
少しくらいなら…。
「じゃあ、お言葉に甘えて…。」
それを聞き、蝶滋郎は微笑む。
「母屋はここから5番目の建物だ。そこの12番目の部屋が応接間になっているから、先に行ってくれたまえ。」
「はい。」
頷くと、週一はやたらと広い歐邑家の中庭を歩き始めた。
「やっぱりここは凄いな…。掃除とか草取りとか大変そうだ。」
建物の大きさとか歴史とかには一切感心せず、アホなことに感心している週一。
彼はうんうん頷きながら歩き、目的の建物らしき建物を見付けた。
「あ、ここだな。」
それは他の建物と比べると少し小振りだが、それでも週一の実家よりも大きな建物だった。
もちろん、純和風。
「確か…12番目の部屋だったな。」
彼は呟くと、その建物の中に入っていった。
…ちなみに、歐村家の建物は大きな客間から小さな茶室まで様々なサイズがある。
そして彼は2つの小さな建物を見過ごしていた。
彼の入った建物は、7番目の建物。
しかも他の建物が美しい蝶を象った家紋なのに対し、その建物の家紋は糸杉に壊れた雪の結晶という何とも不吉な家紋。
でも、彼が気付くはずもなかった。
◇◇◇
「ん?」
学校に向かう沙紀はふと立ち止まった。そして振り返る。
…別に何ともない、いつもの風景だ。
しかし。
「何か…嫌な予感がしたんだけどな…?」
彼女は呟き少しの間考えたが…やがて気を取り直して歩き出した。
◇◇◇
「…。」
葦和良は無言のまま、自分の肩に手を当てた。
何とも質素な和室で箪笥が1つと古風な鏡台が1つあるだけだ。
彼女は薄地の白い着物を着ており、上半身は脱いでいる。
下着っぽいモノは着ているようだったが…、それはサラシだった。
やはり彼女は完全な和風女。
ブラジャーとかいう洋モノは持ち合わせていないらしい。
「…。」
まあ、それはさておき、彼女は何だか悲しそうな顔をしていた。
手を当てた肩から背中にかけて、かなり惨い痣がある。
これが悲しそうな顔の理由だろうか。
白雪みたく白い彼女の肌に広がっている大人の掌以上ある紅い痣。
確かに痛々しい。
「…。」
それを鏡に映して見ながら、目を伏せる。
“血華裂痕”
葦和良家の者に必ず現れる忌まわしい痣。
喪服のような着物以外ではどんなに重ね着をしても透けるように浮かび上がるその痣は、彼女を縛り続ける鎖だった。
◇◇◇
ガラッ
週一は襖を開けた。
言われた通り12番目の部屋を。
「…あ。」
で、凍った。
顔を上げて飛び込んできた映像は…着物をはだけて座っている葦和良さん。
どう考えても応接間じゃなかった。
応接間だとしたらどんなサービスだよ一体って話だ。
っていうか、ここは私室だ。
「か、蟹令李様…?」
突然の出来事に葦和良も固まる。
そして次の瞬間、慌てて着物を羽織り直した。
「し、失礼しましたぁっ!!」
ピシャッ!
週一もマッハの速度で襖を閉め直す。で、そのまま逃亡しようとした。
「蟹令李様!」
でも部屋の中からの葦和良の声に止められる。
初めて聞く大声だ。
しかしすぐに彼女のいつもの口調に戻る。
「…隣に応接間があります。どうぞお入り下さい。」
断る勇気は…なかった。




