9-2.綾のトラウマ
「…通り雨か?何にせよ、外には出られそうにないな。」
変身を解除しながら冥介は言う。
ここは豪邸廃墟の中。
壁に穴が開いてたりする廃墟だけど、一応天井はある。
雨宿りするには問題なかった。
「うぅ…最悪…。」
同じく変身を解除した綾がヒビ割れた大理石の階段に座って呟く。
変身していたため、彼女の服は全く濡れていなかった。
冥介がヒュドラに変身していた理由もそれだ。
対ダークキャン・Dの最終兵器であるタクティカルフレームをカッパ代わりに使うなんて非常識だが、それはコイツらがウゴクンジャーだから仕方ない。
危機感とかそういうのはゼロなのだ。
「何だ甲虫、震えているのか?寒くはないはずだが?むしろ蒸し暑い。」
冥介が言うと綾はもの凄い形相で彼を睨み付ける。
「寒くなんかないですよ!震えているのは怖いからです!」
…綾にも怖い物があったとは。
週一なら口に出す寸前で第六感によって止められる台詞だったが、冥介は普通に口にした。
「お前にも怖い物があったなんてな…。」
「…ッ!!」
もっと恐ろしい形相で睨み付ける綾。
流石の冥介も黙った。
「…。」
「…。」
沈黙が流れる。
建物の中だからあまり聞こえないが、まだ雨の音と雷の音は止んでいない。
「幽霊か?」
ふいに冥介が口を開いた。
「え?」
「お前の怖い物だ。だが、この廃墟で人死にはゼロだぞ?まあ確かに幽霊屋敷みたいな雰囲気はあるが…。」
確かにこの中は不気味だ。
廃墟ってだけで不気味なのに、2人の装備は虫カゴと虫取り網を2つずつに懐中電灯1つだ。
何とも心細い。
「幽霊なんて…怖くないですよ。だって、」
だって、の続きはなぜだか言わなかった。
しかし、口調からしても霊的なモノには恐怖を抱いていないようだ。
「じゃあ…、水だろう?」
「ア○パンマンじゃあるまいし…。私が怖いのは…雷です。」
「その理由は?」
別に聞かなくてもいいんだけど冥介は訊ねた。
雷の鳴る雨の夜、こういうシチュエーションはトラウマっぽい過去を語るにうってつけだ。
もちろん冥介の価値観での話だが。
「…子供の頃からのトラウマなんです。」
「やはりトラウマか。…羨ましいな。ヒーローたる者、トラウマの1つや2つあるべきなのだ。そしてそれを戦いの中で乗り越えていく…。」
「…?何か言いました?」
「いや。続けてくれ。」
綾は1回咳払いすると続ける。
「忘れもしない、5歳の夏でした。あの日は今日くらい凄い大雨と雷で…私は病気の父と2人で家にいたんです。」
「…なるほど。そしてその病気の父親が亡くなったのか。それで、」
「?病気って言っても腹痛ですよ。イカの塩辛食べ過ぎて。父は今でもピンピンしてます。…黙って聞いてて下さいよ!」
「…すまん。黙って聞こう。」
再び綾が咳払いをした。
「それで、凄い雷と同時に…テレビが壊れたんです!」
「…は?」
眉を寄せる冥介。
もう少しドラマティックな展開を予想してたんだけど…。
でも綾は深刻な表情で続けた。
「しかも大好きな番組、『偽みなしご・ハッチィ』の佳境で!その時私は思ったんです。雷って怖いなぁって。それからトラウマになりました。」
「…。」
冥介は大きな溜息を吐いた。
そしてジェスチャーを交えつつ、その時の『逆みなしご・ハッチィ』がどんなストーリーだったか説明する綾を華麗に無視し、曇ったガラスから外を見る。
…まだまだ雨も雷も弱まらない。
「さて。これからどうするか。…変身して帰れば濡れずに済むが、視界も悪いし電車は止まっている可能性が高い。甲虫、お前の意見を聞こう。」
もう綾のトラウマ話に興味をなくしたようだ。
まだ1人で説明を続けていた綾は我に帰る。
「え?…いくら濡れないっていっても雷が鳴ってるから出歩くのは無理。他の方法を考えましょう?あ、そうだ。電話で迎えに来てもらうとか?」
「…今、丁度11時になったところだ。さすがに非常識だと思わないか?というか、誰に電話する?蟹は…車なんて持ってないだろうし、蝶は女子高生だ。免許すら持ってないだろう。それにクラゲは夫の実家。それともチーフを呼ぶか?俺は電話番号を知らんが。」
「私も知りませんよ。…八又乃さん、来てくれるような知り合いっていません?」
冥介は腕組みをして少し考える。
「…まあ、いないこともないんだが。無理だ。」
「仕事って、夜の11時に?残業とか?」
「いや。しかしそういう仕事もある。何にせよ無理だな。」
で、沈黙が流れる。
もう為す術なしって感じだ。
「…私、眠くなったから寝ますね。八又乃さんは寝ずの番してて下さい。」
沈黙を欠伸で破り、綾が言う。
「なっ、おい!どうして俺が寝ずの番を…、」
慌てて言う冥介だが、すでに綾から寝息が聞こえてきた。
一瞬で眠ったらしい。
何て言うか…あまりに勝手だ。
「…この自分勝手さ、もはやプロの域に達しているな。」
彼は大きく溜息を吐くと自分のジャケットを脱ぎ、綾に羽織ってやる。
何だかんだ言ってもカッコつけ男の冥介。
例え誰も見てないとしてもカッコつけるのだ。
コイツもそういう意味ではプロの域に達しているのかもしれない。
冥介は完全に綾が眠ったのを確認すると、ポケットから携帯電話を取り出した。
そして通話ボタンを押す。
『はい、私です!』
ディスプレイには、なかなか可愛いけど頭の弱そうな顔の少女が映った。
「こんな遅くに悪いな。とある場所にスタッフを1人頼めるか?このタクシー会社の電話番号を知らないものでな。」




