8-6.悪戯メイクと歩く公害
「僕は人間不信になった。」
1時間後、社会情勢学研究室で週一が憮然として言った。
すでに例の悪戯メイクは落とされているが、額の『肉球』の文字は油性らしく微妙に残っている。
「まさか教室一丸となって僕を陥れたなんて。新手のイジメだよ。全く。」
「あはは、そう怒んないでよ週一君!軽いギャグだってば。その証拠にホラ。」
綾は鏡を見せた。
そこには額にうっすらと『肉球』と書かれた週一が映っている。
「…ナニが一体どこが証拠?」
「分からない?イジメならこの文字は『肉』だよ。でも『球』が入ってるの。これが何よりの証拠だよ。」
「何だよその基準…。」
大きく溜息を吐く週一。
でも怒りは呆れによって大分収まった。
「まあまあ、週一君も居眠りしてたわけですし。ね?」
準備室からアイスミルクソーダを持って憬教授が現れる。
そしてそれを週一の前に置くと、にっこりと微笑んだ。
ちなみに綾はこの恐怖の飲料を回避するためにペットボトルを持ってきている。
「…それでも教師が普通悪戯するかなぁ…。」
「まあまあ♪」
週一の頭をナデナデする憬教授。
週一は何か疲れちゃってどうでもよくなった。
「もういいです。それよりもうすぐ夏休みですよね。掲示されてないけど…。」
…そう。
もう少しすれば夏休み。
週一の大学の講義は全て通年だから前期後期ってものが存在しない。
だから夏休み前にテストがないのだ。
その代わり冬にテスト地獄が待っているけど。
そんなわけで前学期の終わりと夏休みの開始は極めて曖昧だ。
すでに休みを待ちきれず、例の自由の女神に登るために渡米した教授(後日捕まったとの報道があった)もいるし、まだ普通に講義をしている教授もいる。
「ああ、そういえばそうですね。ちょっと待って下さい。」
憬教授は置時計が20個ばかり置いてある机の上から手帳を取り上げる。
そしてペラペラと捲った。
「前学期の社会情勢学の講義は…あ、今日で終わりでした。他の講義も今週で終わりみたいですね。きっと事務が掲示するのを忘れてたんでしょう。」
何て適当な大学だ。
学生達が不憫だ。
それにしても。
前学期最後の社会情勢学が週一への悪戯で終わったとは…。
何かやりきれなかった。
◇◇◇
大通りを茶髪で鼻に絆創膏を貼った男が歩いている。
かつて週一を襲撃してカイネにボコボコにされ、その後沙紀に半殺しにされた権下だ。
意味もなく通行人の方々にガンを飛ばしながら歩く彼は、何て言うか公害の一種だ。
「…っ!あの女は!」
ふいに権下は立ち止まる。
その視線の先には沙紀がいた。
彼の口元が憎憎しげに歪んだ。
「顔見たらまたムカついてきたぜ…!!だがあの女、強ぇんだよな…。蟹令李の野郎もブッ殺してぇけど、ヤツに関わるとロクなことがねぇし…。」
一応は学習している権下君。
腰にはスタンガンを下げているけど沙紀に襲い掛かろうとはしなかった。
それに大学でもあれ以来週一に危害を加えていない。
本当はやりたくって仕方ないけど、後で悲惨な目に遭いそうだから我慢しているのだ。
「くそがッ!イラつくぜ!…仕方ねぇ、適当なヤツ見付けて絡んでやるか…。」
学習したけど最低なのは変わっていないようだ。
彼はコンビニの前に座り込むと、通行人を物色し始めた。弱そうなヤツを探しているのだ。
そして見付けた。
「!!おっ、あいつにするか!」
立ち上がってニヤリと笑みを浮かべる権下。
何か彼の前を黒猫が2、3匹横切って、カラスが頭上の電線に10匹くらい止まってたけど気付かなかった。
靴紐もブチッって千切れたけど気にしてない。
そして、ゆっくりと『ターゲット』に向かって歩き出す。
◇◇◇
「ぽえっ!!」
変な悲鳴をあげて権下は吹っ飛んだ。
そしてビルの壁に激突する。
「さてはアナタ、強盗アルね?そういうコトするヒトは問答無用で蹴飛ばすヨ!」
場所は裏路地。
弱そうなヤツに因縁をつけていろいろしようとしていた権下君は、なぜか拳法着を着て頭にラーメンどんぶりを被った少女を発見、なかなかいいプロポーションしてたので襲おうとしたのだ。
で、裏路地に連れ込んでスタンガンを食らわせたはいいけど…。
「な、何で効かねぇんだ…!?」
そう、人間みたいに見えるけどクリティカル定食・ビイは紛れもなくダークキャン・D怪人。
普通の人間では何のダメージも与えられないのだ。
「それ、スタンガンとかいうのアルね。いきなり押し付けるなんて最悪最低最下位ネ。同じ人間でもカニさんとは全然違うアル!もう人間蹴らないて思てたけど、考え改めるヨ、アナタみたいなのには遠慮なく鉄拳制裁ネ!!」
ビイは指をポキポキやりながら権下に近付いていく。
裏路地に権下の悲鳴が鳴り響いた。
◇◇◇
それから5分後。
何とか半殺しで済んだ権下は、よろよろと立ち上がった。
「ち、ちくしょう…!何で、何でこんな運が悪ぃんだ!?」
泣きそうな声でそう言うと、彼はふと自分のスタンガンに目をやった。
「このスタンガン、もしかして効かないんじゃねえか?あのどんぶり女は平気だったし。不良品つかまされたのかよ!!」
道具のせいにしながらも彼はスタンガンのスイッチを入れた。
そしてそれを自分に近付けていく。
「どうせ少し痺れるだけ…、」
バチッ!!
「おびょっ!!!?」
ゴトリ…
権下君は見事に痺れ、そのまま卒倒した。
何て言うか…悲惨だった。
自業自得なんだけど。




