8-1.変な買い物と希少な人物
機転を利かして沙紀の魔の手(誤解なんだけど)からの逃亡に成功した週一は、その後いつも通る帰路を避け、住宅地へ迂回して家路を急いでいた。
見付かったら殺されると信じているから、警戒心はMAXだ。
だから普段はしないような真剣な目付き&動きで歩いている。
と、そんな殺伐とした雰囲気を一気に粉砕するが如くの着信音が鳴り響いた。
例の『ペンペンポン♪ペペペンポロン♪』っていう何の曲か不明の着信音だ。
取り出して見るとディスプレイには女のモノらしい白い腕と、それに幾重にも絡みつく銀色の鎖が映し出されている。
…何とも怪しいエンブレムだ。
「何だ、さゆか。」
週一が通話ボタンを押すと、セーラー服姿で笑顔を浮かべる鎖雪が現れた。
エンブレムとの差が激しすぎる。
『シュウ!久し振り!元気してる?』
「全然久し振りじゃないけど元気って事だけは確かだよ。」
何か知らないけど今日もハイテンションで悩みゼロって感じの妹に、週一は苦笑しながら答えた。
『それは良かった!あのね、実はお願いがあるの。』
「何だよ。変なお願いじゃなかったら別にいいけど?」
『変なことじゃないよ。ただ、草履と空気入れを買っておいて欲しいの。』
…そのチョイスがすでに『変なお願い』だ。
でもそれはあくまで一般人の意見。
週一は少しだけ普通じゃなかったから別に変とは思わなかった。
「そんなのそっちで買えばいいだろ?」
『ううん、それはダメなの。今朝ね、新聞広告にそっちの駅前にある雑貨店の広告が入ってて、草履と空気入れとペンキが無茶苦茶安かったの。だから今のうちに買っておいた方がいいでしょ?』
「ペンキはいらないのか?」
『まだそれはいらない。』
「草履と空気入れはそんなに必要なのか?。」
『うん。7月になったら七夕祭りがあるでしょ?その時に草履欲しいんだ。古いのはもう色が褪せちゃって。空気入れは何となく欲しいの。』
週一は溜息を吐いた。
七夕まではまだある。
今買う必要はあんまりないだろう。
でもまあ、どうしてもって言われたら仕方ない。
それにどうせヒマだ。
「何かよく分からないけど…分かった、買っとく。でも手持ちが1000円しかないから買える分だけしか買わないぞ。」
彼の言葉に鎖雪は嬉しそうに頷いた。
◇◇◇
「まさか全部で400円とは…!」
しきりに感心しながら週一は帰路についていた。
下げた買い物袋の中には白塗りの女物の草履と、飾り気のない空気入れが入っている。
そしてそれとは別の袋には黒塗りの草履が入っていた。
…草履1つ100円!空気入れは200円!
100円ショップとかに置いてあるヘタレな品物じゃないのにも関わらず、激安だった。
だから妹には及ばずながら貧乏性の週一は思わず自分の分の草履も買ってしまったのだ。
「…草履か。」
彼はふいに呟いた。
今日買った草履は京都とかにいる芸者が履いてそうな草履だ。
最近は日本の伝統衣裳、着物を着る人も少なくなっておりコレを履いてる人を見かけるのは珍しくなっている。
「だから安くなっちゃったのかな…。」
しみじみと廃れゆく伝統に感慨を深める週一。
と、そんな彼の目に、その伝統を日常茶飯事に受け継いでいる希少な人物の姿が映った。
「あれは…、葦和良さん。」
それは着物以外の服を着ているのを見かけたことのない、歐邑家の使用人さんだった。
◇◇◇
「あ、蟹令李様ですか?」
振り返りもせず、葦和良が言った。
気配で分かったのか?だとしたらちょっと怖い。
追いつく気もないし、別に声を掛けるつもりもなかった週一だったが声を掛けられて黙っているワケにはいかない。
だから彼女のところに駆け寄り、挨拶した。
「こんばんは、葦和良さん。」
「大学からお帰りですか?」
隣までやって来た週一に葦和良は笑顔で尋ねる。
「はい、葦和良さんは…買い物じゃないみたいですね。」
彼女は小さな巾着しか持っていない。
しかもこの通りは商店街とは結構離れた通りだ。
週一は沙紀に出くわすのを恐れてこんな迂廻路を通っているわけで、普通はここの住宅地に住んでる人以外は通らない。
「いえ、買い物です。でも私用ですので…。」
「私用?」
「この通りには腕のいい刀匠が住んでいるんです。苦無を切らしてしまって、5本ばかり買ってきました。あと、短刀の切れ味が悪くなったので打ち直しを。」
…なるほど、私用だ。
苦無を買ったり短刀を打ち直してもらうなんて、普通の買い物じゃない。
っていうか、苦無ってそんなにちょくちょく使うモノか?
切らしたって、まるで醤油か何かを切らしたみたいに言ったが、普通じゃあり得ない。
それにこんな閑静な住宅街に刀匠がいるなんて…世界は変に広いもんだ。
いや、狭いの?
「苦無…ですか。それってよく使うものなんですか?」
「はい。便利ですよ。」
微笑んで言う葦和良さん。
笑顔はとても素敵だが、怖い。
きっと歐邑家に忍び込んできたりした泥棒とかを半殺しにしたり4分の3殺しにしたりするのだろう。
全殺しは…どうだろうか。
改めて考えると…恐ろしい人だ。
こんな人に週一はかつて警戒されていたのだ。
バカだから気付かずに済んだけど。
その時、角の向こうで悲鳴が聞こえた。
女性の悲鳴だ。
「ダークキャン・D!!」
この平和極まりない町内で犯罪者が出没するなんてあんまりない。
それにこういう場合はダークキャン・Dっていう比率が高いのだ。
週一は駆け出した。




