第7話 並走
「うおぉっ!めっちゃキレイじゃん!東京にもこんなとこあったんだ!」
5分ほど歩いて連れて来たのは多摩川のほとり、土手の上のランニングコース。
すっかり日が暮れて周囲は真っ暗。
だけど、川岸のビルやマンションの灯りが川面に反射して、光と闇のコントラストが何とも言えない幻想的な雰囲気を醸し出している。
「うん。まあ、こっち側は神奈川県川崎市で、向こう側だけ東京なんだけど。」
「そんなんどうでもいいって。あっ、あっち側すごい高いビルが並んでる。あれって新宿?渋谷?」
「あれは二子玉川。新宿とか渋谷はこんなもんじゃないよ。」
「へえ~っ、全然聞いたことない街でもあんな栄えてるんだ。すごいな~。」
田舎の高校から山奥の大学に進んだ夏奈が東京の都会ぶりに驚いている姿を見ていると、同じ田舎から出て来て1年も経っていない、しかも川崎市民である僕まで、なぜか誇らしくなってくるから不思議だ。
「ちょっと歩こうよ」という夏奈の言葉に誘われて、僕たちはランニングコースに沿って、多摩川の上流に向かって並んで歩き始めた。
「川を下って行くと冬香が住んでる武蔵小杉の方に、上って行くと僕が住んでる登戸の方に向かうんだけど・・・。」
「うっ、ゔぇっ!?」
話の途中で、突然、隣を歩いていた夏奈が驚いたような奇声を上げた。
「どうしたの?やっぱり食べ過ぎて気持ち悪くなった?」
「そ、そうじゃなくて・・・手・・・。急に手を繋いでくるから・・・。」
夏奈はせわしなくあちこちに視線を惑わせている。
「あ、ああごめん。いつも冬香と二人きりで歩くときは手を繋いでたからうっかり・・・。」
慌てて手を離そうとしたけど、夏奈は僕の手をギュッと握って離さない。
「いいって。突然だから驚いただけ。さっき話してたけど、冬香さんには入れ替わっている間の記憶もあるんでしょ。だったら、おかしく思われないように、いつもどおり接した方がいいって・・・。」
目を伏せて早口だけど、言っている内容はもっともだ。
そのまま手を繋いで歩くことにした。
「・・・・・。」
そのまま、なんとなく会話が止まってしばらく無言で歩いていたら、ふいに夏奈がぽつりとつぶやいた。
「・・・・あのさ、冬香さんとこういう時、キスとかしたりするの?」
「しないって!!いくら身体が冬香でも、中身が夏奈の時にそこまでしたら浮気になっちゃう!!」
あまりの言葉に驚き、焦りながら強く首を振ると、夏奈もハッと気づいたような表情になった。
「違う、違うって!!今ここでそうして欲しいって話じゃなくて、いつものデートの時にどうかって話よ。デートの時にどういうとこ行ってるのとか、そういうこと聞きたかったんだって!!」
なぜか夏奈も真っ赤になって首を振り始めた。
「あっ、ああそういう意味だったか。普段は美術館に行って絵画を観たり、クラシックのコンサートに行ったり、公園をのんびり散歩したり・・・。」
「え~っ?そんなん楽しいの~?」
急に夏奈がニヤついて、からかうような口調になった。
さっきまで真っ赤になって焦ったくせに・・・。
「冬香は育ちのいいお嬢様だからそういう高尚な趣味だし、僕は冬香が楽しんでる姿を見るだけで楽しいし・・・。」
「そっかな~。冬香さんも別にそういうのが好きってわけじゃないと思うけど~。」
夏奈は首をひねって、それから疑いを浮かべた表情で見つめて来た。
「そんなことないって。いつも冬香は楽しんでくれてるし、普段もよくクラシックとか美術の話とかしてくれるし。」
夏奈は唇の端を歪め、ヘッと鼻を鳴らした。
「もしかして栄斗は冬香さんのこと全然わかってないんじゃないの?ほら、さっきも冬香さんが小食だって誤解してたじゃん。お昼ごはんがクロワッサン1個とかさ。絶対そんなことないって。だってさっきあんなにラーメン食べたのに、もうちょっと小腹が空いてきてるくらいなんだよ。きっと、栄斗の前では食欲を我慢してるんだって。」
「えっ・・・そうかな・・・?」
いつも僕とご飯を食べる時は、トーストとかパスタとかサラダとかそんなのばかりで、しかもいつも持て余してしまうから、冬香の分まで僕が食べてあげていたけど・・・。
「ご飯のことはわかったよ。でも美術館とかクラシック音楽とかは冬香が好きだって言ってたから誘ったんだよ。それは間違いないって。」
「でも、冬香さんの部屋にはあんまりそんなのなかったよ。相撲とかプロレスの本とかグッズがいっぱいあったし、そういう格闘技の方が好きなんじゃないかな~。」
まさか!?冗談にもほどがある。僕は思わず吹き出してしまった。
「ハハッ!あの冬香が相撲とかプロレス?まさか?あのおっとりしておしとやかな冬香だよ。あり得ないって。」
冗談だと思い、軽く笑い飛ばそうとした僕とは対照的に、夏奈はまったく笑わず真面目な表情になった。
「あのさ・・・。相手のことをずっとこうだって思いこんでたけど、実は違ってたってこと・・・結構あると思うよ。」
「それは・・・あるかな・・・?」
「私がそうだった・・・。栄斗がずっと私と同じ気持ちで、一緒にオリンピックに行きたいと思ってくれて、私はそれが二人の夢だって思って勝手に突っ走って・・・。大学にも、実業団に入った後も栄斗が一緒にいてくれると勝手に思ってた。だけど栄斗は全然そんなこと思ってなかったんでしょ?」
「うん・・・。ごめん・・・。」
あの高2の夏の絶交した時のやり取りが思い出される。そういえばあの時も河川敷の土手で話したんだった・・・。
「謝ることないよ。むしろあの時一方的に絶交しちゃったのは私の方だし・・・。ごめん。栄斗の気持ちがわかってあげられなくて。あれは私が悪かったよ・・・。」
「違う・・・。僕もちゃんと伝えるべきだった。夏奈が嫌なんじゃなくて、陸上で夏奈にどんどん差をつけられて、置いて行かれる自分が情けなくて嫌だったって。だから陸上以外で夏奈に肩を並べられるものを見つけたかった。その気持ちを素直に伝えればよかったのに・・・思わず夏奈の腰巾着なんかもう嫌だなんて言っちゃって・・・。ごめんなさい。」
「そっか・・・そうだったんだ・・・。」
彼女の言葉は落ち着いていたけど、握った手は強く、そして熱くなった気がした。
「・・・・あのね、私、ずっと考えてたんだ。なんで冬香さんと入れ替わったんだろうって・・・。」
「うん・・・。」
「・・・・きっと、栄斗にこれを伝えるために、神さまがくれたチャンスだったんじゃないかな。高2で栄斗と絶交しちゃって、それから何もかもうまくいかない私をかわいそうに思った神様が、気持ちを素直に伝えて誤解を解くチャンスをくれたんじゃないかって・・・。」
「じゃあ、僕にもそのチャンスがもらえたわけだ。」
「うん。私も本当は絶交するつもりなんかなかった。ずっと元に戻りたいと思ってた。それが言えてよかった。でも、これでちゃんと気持ちを伝えられて、誤解が解けたから、きっと入れ替わりはこれが最後かな・・・。」
「うん・・・・・。」
その後、僕も夏奈も言葉が出て来なくて、黙ってゆっくり歩いた。冬香の中身が夏奈に入れ替わったことには戸惑ったけど、夏奈の言う通りなら辻褄が合う。
「あっ、あれ何?観覧車みたいなのやつ。」
目を向けると夏奈が山の方にあるライトアップされた観覧車を指さしている。
「ああ、あれはよみうりランドだよ。結構大きい遊園地で、ジェットコースターとか観覧車とかあるよ。」
「へ~っ、乗ってみたい・・・。」
「じゃあ、今度行ってみようか。」
「え~っ、もう私と冬香さんが入れ替わることもないんだから行く機会ないよ~。」
「いや、今度は入れ替わりじゃなくて夏奈自身と一緒に。夏奈が競技会とかでこっちに来ることがあったら案内するよ。」
「うん・・・。わかった。約束だよ。」
そうして僕たちは、最後の時を惜しむように、二人で手を繋いでゆっくりと歩いた。




