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第5話 再来

「大丈夫だったかな・・・?」


朝7時前、僕は武蔵小杉にある冬香が住んでいるマンションの前に立ち、そわそわと冬香、いや冬香と中身が入れ替わった夏奈を待っていた。


「昨日の夜に通話した時は、だいぶ追い込まれてた様子だったけど・・・。」


昨日、夏奈から電話をもらったのは、午後8時過ぎだった。


僕が応答するなり、いきなり「もう無理なんだけど~!!」と絶叫して、その後ずっと涙声だった。


「どうしたの?お姉さんにバレちゃったとか・・・?」


「それはない。すごくいい人だし、外泊もお互い様って言ってくれたし・・・。ご飯も作ってくれた・・・。」


「じゃあ大丈夫そうじゃない。なんで?」


「私・・・知らないとこに一人で泊まるの怖くて・・・。」


不安そうな夏奈の声がスマホ越しに響いて来る。


「それに部屋で一人になると、ずっとこのままなのかなって不安に押し潰されそうになってきて・・・。」


電話の先の夏奈の声が震えている。たしかに気持ちはわかる。

いきなり他の人になって、知らない家で暮らすことになったら不安だろう。


そういえば夏奈は意外にメンタルが弱いんだった。高校の時も遠征先から一人でホテルの部屋にいると心細いとかで、よく電話を掛けてきたな・・・。


「わかった。明日、早く迎えに行くから。8時にはマンションの前で待ってるから・・・。」


「ダメ!7時には来て!!」


ああ、またいつもの命令口調だ・・・。

あれ、嫌だったんだよな~。でも、夏奈も切羽詰まってるし、しょうがないか。


その後、夏奈が寝落ちするまで通話で話し、朝は6時前に起きたので、眠くてしょうがない。

眠い目をこすりながら、彼女がマンションから出てくるのを待つ。


7時ぴったりに、マンションのエントランスの方から小さく手を振りながら走ってくる様子が見えた。


あれ?おかしい。

走ってるように見えるのに全然と近づいて来ない・・・。

普通に歩くのより遅い。

なんかいつものおっとりした冬香に見えるような・・・。


「おはよ~・・・。ごめん・・・何かあった?」


思わず冬香を凝視してしまったからか、微笑みを浮かべていた冬香が急に不安そうな顔になった。これはもしかして・・・。


「・・・いつもの冬香・・・だよね?」


「うん・・・。」


不安そうに上目遣いで見上げてくる姿は・・・間違いない。

いつもの冬香だ。あの夏奈にこんなナチュラルなかわいい表情できるはずない。


「そっか、そっか~。戻ったのか~、それとも夢だったのかな?」


安堵のあまり腰から崩れ落ちそうになった。

そんな僕を見ながら、冬香は黙ってきょとんとした顔をしている。


「あっ、うん。ごめん。冬香は昨日何あったか覚えてる?」


そう伝えると冬香は急に耳まで真っ赤になった。


「うん・・・栄斗くんがずっと一緒にいるって約束してくれたこと・・・それからその後のことも初めてだし・・・よく覚えてる。」


「あっ、ごめん。さらにその後の話。昨日の朝からなんだけど・・・。」


そう伝えると、冬香は耳まで真っ赤になり、しばらくうつむいた。


「栄斗くんの部屋で起きて・・・朝ごはん食べて・・・家まで送ってもらって・・・。」


ぽつりぽつりとつぶやき始めた冬香の言葉に混乱した。

どういうことだ?入れ替わった時の記憶もちゃんと残ってるってこと?


「ごめん・・・。栄斗くんのほっぺたを叩いちゃったよね・・・。痛かったでしょ、本当にごめんね・・・。」


急にハッとして、申し訳なさそうな顔で手を合わせて恐縮する冬香を見ながら気づいた。

冬香はただ記憶が残っているだけじゃない。夏奈としての行動も、すべて冬香自身の行動として認知しているってことか。


「・・・ごめんね・・・。怒った・・・?」


考え込んで思わず厳しそうな顔をしてしまっていたのだろうか。冬香が心配そうな顔で見つめている。


「ううん、気にしてないよ。うん、全然気にしてない。じゃあ、ちょっと早いけど大学行こうか?途中で朝ごはん食べる?何がいい?」


「うん・・・。栄斗くんが行きたいとこに・・・。」


夏奈と冬香が入れ替わった、あれは現実だったのだろうか・・・色々と引っかかることはある。


だけど、冬香が元に戻ったんだったらもう気にすることはない。


昨日のことは夢だったと思って、気にしないことにしよう。


冬香の歩調に合わせながら、僕たちはゆっくりと駅に向かった。



冬香が自分を夏奈だと言い出した日から1週間経った。

その間、特に何もなかった。

冬香は、いつもと同じで控えめで奥ゆかしいままだ。


ふと、夏奈に連絡して事情を聞いてみようと思ったこともあったけど、絶交されているはずだし、連絡する勇気も出なかった。


そうして、夏奈のことを少し忘れかけていた頃だった。


「あっ!栄斗~!!」


この日、教室に足を踏み入れるなり、冬香が駆け寄って来た。しかもかなりのスピードで・・・。


「探したよ~。朝起きたらいきなり冬香さんになってて・・・。大学に来たら会えると思って、記憶を探りながらここまで来たんだ。いや~大変だったよ~!」


この機敏な動き、この早口なしゃべり方、このくるくる変わる表情・・・。

間違いない。夏奈だ・・・。

僕は思わず膝に手をついてうなだれてしまった。あれは夢じゃなかったのか・・・。


「ちょっと・・・落ち込みたいのは私の方だって。どうしてこうなったの?どうしたらいい?」


「・・・いや、わかんないし・・・。二回目なんだし、何か思い当たることないの?」


しかし、彼女はブンブンと首を振り、少し遅れてヘアゴムで縛ってある髪が揺れる。


「そうか・・・。ところでその服装、どうしたの・・・?」


今日の冬香の服装は、ラフなTシャツにデニムにスニーカー。

顔もほぼすっぴんだ。

いつものふんわりしたお嬢様風の冬香の雰囲気とはだいぶ違う。


「しょうがないじゃん。何を着たらいいかとかわかんないし。とりあえずクローゼットの中から動きやすそうな服を選んで急いで出て来たんだから。あっ、ちゃんと日焼け止めは塗ったよ!!頑張ったでしょ。」


彼女は急に憮然とした表情になり、それから腰に手を当ててドヤった。


「ああ、なるほど・・・夏奈にしては頑張ったね。高校の時は何度注意しても日焼け止めも塗らなかったしね・・・。」


「なんだよそれっ!!まあいいや、私これからどうしたらいい?栄斗が責任もって考えてよ!!」


彼女は少し怒った後、すぐに不安そうな表情に変わった。

夏奈が中身の時は本当に表情がくるくる変わる。

冬香の表情はいつも目を細めた優し気な笑顔で固定されていて、あんまり感情を表に出さないから少し新鮮だ。


「じゃあ、もうすぐ講義が始まるし、とりあえず講義を受けて、それから考えようか・・・。」


「・・・この講義ってどのくらいあるの?」


「今日は6限までびっちり入ってるけど。」


「え~っ!!そんなに~!!」


彼女は不満そうだったけど、先生も教室に入ってきたので、彼女をなだめて口を閉じてもらった。



「いや~っ、講義、意外に面白かったな~。学食も充実してたし、山奥の体育大とは全然違うな~。」


1限から6限まで授業を受け終えた後、疲れていると思いきや、意外にも夏奈は満足そうだった。


「それはよかった。この日は講義を入れ過ぎちゃったとは思ってたけど。疲れなかった?」


「うちの大学だといつも朝から晩まで練習か授業でパンパンだからさ。いつもこんなもんだよ。」


彼女は平気な顔をしているけど、僕はだいぶ疲れている。今日は早く帰りたい・・・。


「ところでさ、お腹空かない?ちょっと何か食べに行こうよ。」


「ああ、いいよ。何か食べたいものある?」


「うん!ラーメン!二郎系ラーメン!!一度食べて見たかったんだ。」


「え~っ?大丈夫?それ冬香の身体だけど・・・。」


「大丈夫だって、結構腹減ってるし!じゃあ、おすすめの店に連れてってよ!」


彼女は僕の返事を待たず、ずんずんと駅の方に歩き始め、僕は急いで後を追うしかない。


普段、冬香はほとんど自己主張しない。お腹空いたと言うことすらない。

だから、冬香の姿で夏奈がてきぱき勝手に決めて進んでしまうことには違和感しかない。


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