第20話 再会
それから、夏奈が冬香と入れ替わった時は一緒に走ることが習慣になった。
タイムとか勝敗とか気にしないで、とにかく楽しく走ってもらいたかったのだけど、負けず嫌いの夏奈がそんなぬるい趣味で満足するはずがなかった。
いつも少しでも長く、少しでも早く走りたがり、むしろ冬香の身体を心配して僕がブレーキを掛けていた。
僕に負けるとあからさまに悔しがった。
「なんだよっ!まだやれるって!!もう一回降りて登り直そうよ!」
今日は気分を変えて生田緑地の枡形山を走って登ったけど、夏奈は急な坂に早々に限界が来て、歩くのすら辛そうだった。
やっと到着した頂上で、今日はこのくらいにして帰ろうと伝えると、さっそく夏奈がかみついてきた。
でも、その足はガクガクと震えている。
「もう無理だって。これ以上走ったら怪我するかもしれないし・・・。その体は冬香のものなんだからもっと大切にしてくれないと。」
「なんだよ、勝ち逃げすんなよ!」
夏奈は不満そうな顔で口を尖らせた。
「そもそも冬香の体じゃ僕より早く走るのなんて絶対に無理だって。」
「・・・本当の、私の本当の体で走れば負けないのに・・・。」
ぽつりと漏らした夏奈の言葉に驚き、まじまじと見つめてしまった。
「・・・なによ。それはそうでしょ・・・。」
彼女は失言に気づいたのか、少しハッとなって顔を背けた。
でも、僕は夏奈から視線を逸らさない。
彼女をじっと見つめた。次の言葉を逃さないために。
夏奈はちらっと僕を見て、小さくため息をついた。
「1週間後、3月1日・・・。3時に日吉駅の銀色の玉の前で待ってるから。」
「えっ?どういうこと?」
「二度は言わない!もうこの話はしない!じゃあ、帰ろっ!今日はピザが食べたい!どっかおいしいとこ連れてってよ!」
夏奈はそう言って、ガクガク足を震わせながら坂を下っていった。
3月1日、3時、日吉駅の銀玉の前・・・。
忘れないように何度も頭の中で繰り返しながら、慌てて後を追いかけた。
◇◇
3月1日午後2時55分、僕は東急東横線の日吉駅の改札前にある銀色の玉のオブジェ、いわゆる銀玉の前に立っていた。
いや、立っていたわけじゃない。
そわそわして居ても立ってもいられず、さっきから銀玉の周りを何周もぐるぐる歩き続けている。
1週間前に夏奈にこの場所を指定されてから今日まで、夏奈は冬香と入れ替わることはなかった。
だから、夏奈に真意を聞くことはできなかったし、そもそも本当にここに来るかもわからない。
もしここに来てくれたら何を話そうか。
ようやく走る楽しみを思い出してくれたみたいだし、今度は、入れ替わっていない夏奈自身と一緒に走るのもいいかもしれない。
そうしていつかは競技を再開してくれれば・・・。
時計のアラームが鳴った。
ハッとして腕時計を見ると、ちょうど3時00分00秒と表示されていた。いよいよだ。
周囲を見回してみたけど、高校生らしき制服の男女がいるだけで、夏奈らしき姿は見えない。
今日はやけに高校生が多いな・・・。
そう思いながら、もし夏奈が来るとすれば電車だろうと思い、改札の方を注視する。
しかし、夏奈は姿を現さない。
時計を見ると、3時05分になっていた。
「やっぱり来ないか・・・。」
薄々思っていた。
夏奈は冬香と入れ替わっていると言ってたけど、実は現実の夏奈とはリンクしていないかもしれない。
以前、冬香にそれとなく、誰かと入れ替わって生活していることがないか聞いてみたけど、冬香はきょとんとして、意味がわからないようだった。
もし現実に入れ替わっていたら、冬香にも夏奈の体で過ごした記憶があるはずだ。
そうすると、現実には入れ替わりじゃなく・・・僕が勝手に、冬香が夏奈と入れ替わっているだけと錯覚してただけなのかもしれない。
その方が人格が入れ替わるなんて現象よりもずっと現実味がある・・・。
時計を見ると3時15分を過ぎていた。
改札の方からは目を離さなかったけど、夏奈らしき人影は通らなかった。
なんか・・・ずっとぼんやり待ってるのもバカバカしいな。
図書館にでも寄って帰るか。
そう思って大学の方に足を向けた時だった。
急に方向を変えて歩き出したのが悪かったのか、ちょうど僕のすぐ後ろに立っていた女性にぶつかりそうになった。
「ごめんなさい・・・。」
そう謝りかけて絶句した。
少し茶色がかったショートヘアは肩に届くまでに伸びている。
真っ黒に日焼けしていたはずの肌はすっかり白くなった。
限界まで肉がそぎ落とされていたシャープな輪郭も、少しだけふっくらしている。
だいぶ変わった。
だけどわかる。夏奈だ・・・。高校の卒業式の日にちらっと見かけて以来、1年ぶりの夏奈・・・。
「本当に・・・栄斗・・・?夢じゃなかったんだ。」
目の前の夏奈は目を見開き、口も開けて呆然としている。
「どうして夏奈が驚くの?夏奈が時間と場所を指定したんだよね。」
「そうだけど・・・ずっと夢だと思ってたから。現実に栄斗が来るとは思えなくて・・・。それで夢で話した通り、本当に栄斗がいると思ったら硬直して動けなくなっちゃって・・・。」
姿を見るのは1年ぶり。
会ってちゃんと話すのは高2の夏以来、2年半ぶり。
照れてしまって言葉が出て来ない。
夏奈も同じようで、お互いに目を伏せ、半笑いしながら黙って向かい合い続けた。
この姿、知ってる人に見られたら変に思われそう・・・。
ハッと我に返った僕は、夏奈を駅前の商店街のドトールに誘った。




