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第18話 相撲

「今の一番は見どころあったね~。やっぱり三段目上位くらいになると、それぞれの相撲の型ができてくるから面白いよね~。」


「うん・・・。」


今日は入れ替わっていない冬香と大相撲の初場所観戦に来ている。


冬香が大好きな大相撲デート。

そうでなくても夏奈と入れ替わっていない冬香と会える機会は限られている。

だから冬香のことだけに集中したいのに、なぜか頭からは夏奈のことが離れない。


これから先、夏奈はどうするつもりなんだろう?


高2の夏、夏奈は間違いなく輝いていた。陸上選手として栄光の道を歩んでいた。


それからわずか2年半・・・足踏みするどころか、競技の道も閉ざされる状況になるなんて想像もしていなかった・・・。


大学も辞めてしまったようだし、競技へのモチベーションも失ってしまっている。


こうなると、もう大舞台で夏奈が走る姿を見ることは絶望的なんだろうか・・・。


土俵周りで取組を見ながらも、そんなことをぼんやりと考えていると不意に冬香に袖を引かれた。


「どうしたの?」


彼女は答えず、黙ったまま西方の花道に視線を送った。奥からちょうど、見覚えのあるベテラン力士が入ってくるところが見えた。


「あっ・・・あの力士、前に見たことある。冬香がファンの・・・白神山だっけ。」


「うん・・・。」


冬香は僕の問いかけには答えてくれたけど、視線は白神山に釘付けのまま。表情も真剣そのもので、手をかざしながら白神山に念を送っている。


「すごいね。9月場所は序の口だったのに、もう三段目まで上がって来たんだ。」


「うん・・・序の口、序二段と全勝優勝してるしね。でも、ここからが正念場だよ。今場所と来場所全勝優勝すれば十両に復帰できるかもしれない。相手もどんどん強くなるから簡単じゃないけど。」


「たしか、十両にならないと給料が出ないんだっけ?」


「幕下以下でも場所手当はもらえるし、優勝賞金もあるけどね。でも、待遇は全然違うよ。相撲部屋じゃあ大部屋で他の力士と一緒に暮らさなきゃいけないし、部屋の雑用もやらなきゃいけない。」


真剣な表情のままつぶやく冬香から、土俵脇で取組を待つ白神山に視線を移す。

たしか年齢は36歳で、妻子もいるらしい。

そんな年になってから、下手したら半分くらいの年の若い人たちに混じって、雑用をやりながら、ほとんど無給の立場からやり直すなんてどんな気持ちなんだろう。


「いよいよだ・・・。」


白神山が土俵に上がり、冬香が固唾を飲んでこぶしを握る。


「なんか・・・白神山の対戦相手、やけに若くない?まだ髷も結ってないし。」


「彼は大龍寺。元高校横綱だけど、大学中退して入門したらしいよ。まだ19歳だしね。私たちと同い年だ。」


そう言われると対戦相手にも親近感が湧いてきた。同い年か。しかも大学中退してるんだ。しかし、僕が36歳の人と闘うなんて想像もつかない。


はっけよいっ!!


行司の声が響き、取組が始まった。立ち合いでは互角だったけど、徐々に白神山が土俵際に押し込んでいく。


「よし、そのまま押し出せ」


思わず言葉が漏れた。

でも、大龍寺も土俵際で粘り、なかなか土俵を割らない。


「頑張れ・・・押せ・・・押せ・・・。」


隣では冬香がつぶやくような小声で声援を送っている。僕も思わず手に力が入る。


「あっ!!」


それは一瞬のことだった。

大龍寺が回り込んで白神山のまわしを掴むと、そのまま体を開いて投げを打ち、白神山は転がるように土俵下へ転落した。


しかも、怪我をしたのか、足のあたりを気にしてなかなか立ち上がらない。


心配した冬香が近くまで駆け寄ろうとしたところで、白神山がゆっくりと立ち上がった。

そのまま土俵に上がろうとしているけど、明らかに足を引きずっている。しかも膝にサポーターをした方の足を・・・。


「大丈夫かな・・・。」


「・・・・。」


冬香は何も言わず、花道を引き揚げる白神山に対して拍手し始めた。

冬香が始めた拍手は場内にまばらにいた観客にパラパラと広がった。


白神山が厳しい立場にあることは僕でもわかる。

今日負けたことで十両復帰が遠のいたことは間違いないし、もしかしたら膝の怪我も悪化したかもしれない。


隣で沈んだ顔をした冬香にどんな言葉をかけていいかわからない。

しばらく黙っていると、冬香がぽつりと言葉を漏らした。


「また土俵に帰って来てくれる。だって、ちゃんと歩いてるんだもん・・・。」


花道の奥に消えるまで白神山の背中を視線で追いながら、うなずいた冬香の言葉は、まるで確信しているかのようだった。


「どうして・・・?どうしてあそこまでして相撲を取り続けるの?怪我で痛い思いもして給料もほとんどもらえなくて・・・。引退して親方になった方がいいんじゃないの?」


冬香は僕の言葉に首を振った。


「白神山は、今引退しても親方にはなれないよ。年寄株も持ってないし、運良く借株で親方になっても、すぐに退職しなきゃいけなくなる。きっとこの後、十両に復帰しても、引退後に相撲協会に残ることは難しいと思う。」


「じゃあ・・・どうして?」


「わからない・・・。」


また冬香は首を振った。


「・・・だけど相撲が白神山の大事な人生の一部だからなんだと思う。小さなころから続けて来て、楽しい時も、辛い時もいつも一緒だった自分の一部。歩けなくなって、体が動かなくなって相撲が取れないならあきらめなきゃいけない。だけど、どんな無様でも相撲が取れるなら、決して自分から辞めることはできない。だって自分の一部を切り捨てることなんてできないから・・・。」


思わず、まじまじと冬香を見つめてしまった。

そんな僕の視線に気づいたのか、冬香は急にハッとして、顔を赤らめた。


「・・・・なんて・・・前に白神山が何かの雑誌でそう答えてたから・・・。ごめんね。何か語っちゃって・・・。恥ずかしい。」


顔を両手で覆いながらうつむく冬香を見ながら、何かに気づいた気がした。


『決して自分から辞めることはできない。だって自分の一部を切り捨てることになるから』


きっと、夏奈にとっても、走ることは小さなころからの彼女の一部のはずだ。

今は自暴自棄になっているけど、本当は彼女が自分から走ることを切り捨てることなんてできるはずない。


だから、僕は彼女がそれに気づくきっかけさえ与えられればいい・・・。


目を開かされた思いがした。


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