第16話 同窓
年が明けて1月3日、僕は高校のグラウンドにいた。
かつて僕が所属していた高校の陸上部は、毎年1月3日を練習初めとしていて、この日にはOBがグラウンドに姿を見せるのが伝統になっている。
だから夏奈も来ているかと思ったけど・・・。
「お、おおっ?加嶋栄斗じゃん?すごい久しぶり!」
振り向くとそこには、矢代香織がいた。
香織は、僕や夏奈が小学校の頃に通っていたランニングクラブで出会い、そこから高校の陸上部までずっと一緒の同級生。
もっとも、高校2年生に陸上部を退部して、夏奈からも絶交された後は、やっぱりずっと疎遠になってたんだけど・・・。
「ああ、久しぶり。元気そうで。というか変わり過ぎじゃない?」
かつては陸上競技に真摯に取り組む真っ黒に日焼けしたスポーツ少女だった。
だけど目の前の香織は・・・金髪ウェーブロング、原型が不明なくらい盛ったメイク、寒そうなミニスカートに紫の派手派手しい色のダウンコート、数えきれない数のピアス、痛そうな形のブーツ・・・一言でいえばギャルになっていた・・・。
「いいじゃん。大学生なんだし。栄斗も大学楽しんでる?確か東京の大学なんだよね!!」
「うん、東京というか、1、2年のうちは横浜のキャンパスなんだけど。」
「え~っ!横浜!おしゃれじゃ~ん。ちょっと話聞かせてよ!!」
香織が興味津々で食いついて来たけど、僕はそれどころじゃない。
夏奈が来ているかもしれないと、気もそぞろにあたりを見回す。
「あれっ、今忙しかった?あっ、そうだ!今夜、陸上部のタメ同士で集まるんだけどさ、栄斗も来なよ。そこでゆっくり話そ!」
「あっ・・・うん・・・。」
正直、気乗りしない。
僕は高2の夏で陸上部を退部してるし、卒業した後は陸上部の仲間と連絡すら取ってない。
こんな僕が行っても大丈夫なんだろうか・・・・。
「なんだよ、ノリ悪いな。タメの陸上部員はほとんど来るし、もし栄斗が来たら盛り上がるからさ!」
『タメの陸上部員はほとんど来る』
その言葉は無視できなかった。
退部して気まずいにもかかわらず、わざわざ練習初めに来たのは夏奈と直接会って話したかったからだ。
去年の箱根ではあんな不本意な形になってしまったけど、入れ替わっていない時に腹を割って話せばわかってもらえるかもしれない。
僕が知っている夏奈は、悪ふざけやイジリはするけど、一線を超えない分別はあった。
だから、誠心誠意話せばきっとわかってくれるはずだ。
でも、相変わらずLINEはブロックされているのか、メッセージを送っても未読のままで連絡に応じてもらえない。
そんな中、森下先生が今年度いっぱいで高校を辞めて指導者として大学に移ると聞いた。
それならば、愛弟子だった夏奈も先生に会うために練習初めに来るはずだ。
しかし、そんな期待は外れて、夏奈はグラウンドに姿を見せない。
でも、きっとみんな来るという懇親会ならもしかしたら・・・。
いつも部員の中心にいた、あの夏奈だったらきっと来るはずだ!
「行くっ!!どこで?何時から?」
「おっ、おう・・・。」
急に前のめりになった僕に若干引き気味になりながらも、香織はお店の場所と時間を教えてくれた。
◇◇
香織に教えてもらった店は駅の近くのチェーン店の居酒屋だった。
少し遅れた時間に着くと、既に陸上部の同級生たちは最高潮に盛り上がっていた。
「あっ!栄斗、やっと来た!ここに座んなよ!」
香織に手招きされて、隣に座りながら素早くあたりを見回す。
まだ夏奈は来てないか・・・。
「えっ?あれ?栄斗?久しぶりじゃん!!すげ~っ会いたかったよ栄斗~!!」
近くの酔っ払った様子の男子がウザく絡んでくる。
申し訳ないが名前を思い出せない・・・。
でも、思っていたよりも歓迎されているようで嬉しい。
途中で退部しちゃったことを気まずく思ってたけど、僕が気にし過ぎてただけなのかな。
とりあえず絡んでくる彼をあいまいに微笑んであしらうと、まずは場の空気をつかもうと周りの会話に耳を澄ました。
「今年も都大路出れなかったけど、俺たちの代は惜しかったよな。」
「一輝がもうちょっと気合入れて走ってればな~。」
「いや~・・・あの最後の区間で抜かれてゴールした時の森下先生の顔、怖かったな~。」
「でも、女子は全国出れて、よかったじゃん。」
「あの時の矢代の走りはすごかったよな~。鬼気迫ってたよな。」
「私だけじゃなくて、みんなで襷をつないだからだって・・・。希里も玲奈も頑張ってくれたし・・・。」
どうやら、3年生の時の駅伝について花を咲かせているようだった。
でも、僕は、その頃は陸上部を辞めてしまっていたから話に入れない・・・。
そう思って大人しくウーロン茶をすすっていたら、ある違和感に気づいた。
夏奈の話が全然出て来ないのだ。
長距離の全国レベルの選手で、駅伝でも1年生の頃からエースとして活躍していたはずの夏奈の話が・・・。
「そういえば・・・夏奈は今日は来ないの?」
僕がぽつりとつぶやくと、先ほどまで騒がしかったテーブルが、水を打ったように静かになった。
「ああ、うん・・・夏奈ね・・・。あれかな。忙しいんじゃない?」
香織が答えてくれたけど、なぜか表情はぎこちなく、不自然に目を逸らしている。
「もしかして、もう大学での練習が始まってるとか?やっぱり強豪だから厳しいのかな?そういえばネットで調べても大会結果とか出て来ないし、どの競技会に出るとか聞いてる?」
こうなったら大会会場に行って話すしかないか・・・そう思って尋ねたのだが誰も答えてくれない。
みんな気まずそうに目を見合わせている。
「なんだよ~っ、栄斗知らないの?夏奈が大学辞めて引きこもってるって話。」
その時、さっきウザく絡んできた男子が、不自然なくらい明るい口調で話に入って来た。
香織が「ちょっと一輝やめなよ・・・」と言いながら厳しい視線を送ったのが見えたけど、一輝と呼ばれた彼はその視線に気づかないのか話を止めない。
顔も真っ赤だし、相当酔っ払っているのだろうか。
「さっき森下先生がぼやいてたよ。進学先が見つからなかったから無理して指定校推薦で入れてあげたのに勝手に辞めてあの恩知らずがって・・・。」
「えっ?どういうこと?夏奈は高2のインターハイで表彰台に上がってたよね。それこそ引く手あまたで、進学先なんかよりどりみどりで選びたい放題だったんじゃないの?」
思わず驚きの声を上げると、また一気に静かになった。
みんな目を伏せたり、あらぬ方向を見たりしていたけど、ようやく香織がおずおずと口を開いた。
「高2の夏、栄斗が夏奈と別れて退部しちゃってから夏奈、だいぶ荒れて・・・。成績も大きく崩れて。」
「最後のインターハイも決勝にすら残れなかったし、駅伝は出たくないって言い張ってお願いしても出てくれなかった・・・。」
「あの頃の夏奈はピリピリして、とても声を掛けられる感じじゃなくて、部内でも孤立してたよね・・・。」
香織が口火を切ると、周りからもぽつりぽつりと不満が漏れだした。
最初は控えめだったけど、その口調に徐々に夏奈へ批判が混じり始めている。
「ちょっと待って。夏奈って、陸上の成績はずば抜けてたけど、偉ぶらなくて、いつも明るくてみんなと仲良くしてたじゃん。一緒にカラオケ行ったりボーリング行ったこともあったし・・・。」
僕の記憶には、他の部員とケラケラ笑いながらふざけ合ったり、楽しくおしゃべりしている夏奈の姿しかない。
孤立していたなんてとても信じられない。
「・・・・それは、栄斗がいたからだって。栄斗がいると夏奈は機嫌がよかったし、言いにくいことも栄斗に話せば夏奈にうまく伝えてくれたし・・・。でも栄斗がいないところで夏奈と話すのは怖かった・・・。中学の頃からずっと・・・。」
香織が目を伏せながら遠慮がちに話した内容は驚きだった。
僕の記憶の中では、香織は夏奈と小学生以来の親友だったはずだ・・・。
「加嶋くんが夏奈と別れて、部も辞めちゃってから、私たちとか後輩とかにサポートを頼むようになったんだけど、みんな加嶋くんみたいにうまくやれなくて、イラついた夏奈に厳しく当たられて・・・それで辞めちゃった子も結構いて・・・。」
「私もマッサージ頼まれたのに、すぐに下手くそ、もういいって言われた。」
「ああ、俺もボトルを投げつけられたことある。遅い、栄斗だったら言わなくてもやってくれたのに!!って、知らね~よな、そんなの。」
さっきまで明るく酔っぱらっていた一輝くんも、表情を一変させ、吐き捨てるようにつぶやいた。
「大会の成績が奮わなかったってのもあったんだけど、そういうパワハラとかが問題視されて大学からの誘いも一切なくなっちゃって・・・。森下先生も困ってたみたいだよ。」
僕は腕組みして考えこんだ。僕が知っている夏奈と全然違う・・・。
絶交されてから何があったんだろう。
「ごめんなさい。僕が退部したせいで迷惑をかけたみたいで・・・。」
凄い空気になってしまったので、とりあえず頭を下げるしかない。
「ううん。夏奈と別れることになった以上、退部は仕方ないと思うよ。だけど・・・どうして夏奈と別れちゃったの?インターハイまではあんなに仲良さそうだったのに・・・。」
香織の言葉に耳を疑った。そういえばさっきから、ちらほら言われてたけど、別れたって何?
「別れるも何も・・・、僕が夏奈と付き合ってたことなんてないよ。」
「「「「「え~っ!!」」」」」
その瞬間、みんなの声が揃った。
「あの距離感で付き合ってないってことないでしょ!!小学生の頃からいつもずっと一緒にいたし、私だって付き合ってるってずっと思ってたよ!!いや、むしろ熟年夫婦くらいに感じてたし。」
香織が目を丸くしながら大きな声を出した。
「そんなことないって・・・。せいぜい手下とか子分くらいだったと思うよ。」
「あっ、あれは!大会前にいつも抱き合ってたじゃん!!」
香織の隣の席の女子も声を上げた。
「あれは大会前の緊張をほぐすためのルーティーンというか、ジンクスというか、それ以上の意味はないんだけど。」
「ウソッ!!高2のインターハイの時なんか抱き合ってキスしてたじゃん。玲奈が見たって言ってたよ!」
話を振られた玲奈も、うんうんとうなずいている。
「あれは・・・衝突事故というか・・・。いずれにしても子分とか手下ではあったかもしれないけど、付き合ってたなんてことないって。」
必死で弁解するけど、みんなの目は疑わし気なままだ。
「ごめん・・・。もしかして気を遣ってくれてる?」
香織が申し訳なさそうな表情で口を挟んできた。
「なにを?」
「実は、高2のインターハイの時、栄斗と夏奈がキスしてたって森下先生に言っちゃって・・・そしたら、大事な試合前に、あのバカップルが浮ついたことしやがってってすごく怒ってて、その後に栄斗が森下先生に呼び出されて・・・。あれが原因で別れることになったんじゃないかってずっと気にしてたんだ。ごめんなさい。」
「いや、だからそもそも付き合ってないし。」
「・・・・・・。」
またしばらくみんな黙り込んでしまった。
隣の座敷やテーブル席からの、知らない人の浮かれた声が良く聞こえる。
「栄斗がそう言うならそうなのかもしれないけど・・・でも、夏奈はそう思ってなかったと思うよ。栄斗がいれば、栄斗と別れなければ、こんなことにならなかったのに・・・って口癖みたいに未練がましく言ってたから・・・。」
真剣な表情で、ぽつりとつぶやいた香織の言葉はやけに耳に残った。




