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第15話 初夜

食事を終え、大浴場にも寄って部屋に戻ってくると、布団が二組敷かれていた。


布団の間に全く隙間がないくらい、ぴたりとくっつけられている。


「テレビで見たことあるやつだ・・・。」


部屋を見渡すと、冬香の姿は見えない。まだ大浴場から帰って来ていないようだ。

とりあえず布団の上に腰を下ろす。


ちょっと緊張してきた・・・。


実を言えば、冬香と一緒に夜を過ごすのは、彼女が初めて僕の部屋に泊まった9月以来だ。


冬香はお姉さんと暮らしているからあんまり外泊するわけにはいかないし、最近では、しょっちょう夏奈と入れ替わるから、なかなかそんな展開にはならなかったのだ。


ガチャッ・・・。


あっ、冬香が戻って来た。

思わず居住まいをただし、正座して待つ。


「ごめん、遅くなっちゃった・・・。って、なんで正座してるの?」


「いえ、お構いなく。」


冬香は軽くはにかみながらタオル掛けにタオルを干すと、そのまま僕の向かいの布団の上に正座した。


浴衣の上に丹前を羽織り、濡れた黒髪が何とも言えず色っぽい。


照れて思わず目を伏せてしまうと、冬香も同じように目を伏せていた。

お互い同時にそれに気づき、なんとなく笑ってしまう。


「ちょっと、おしゃべりしよっか。冬香はお正月とか・・・。」


沈黙を破ろうと僕が口を開いた瞬間、冬香が立ち上がって電燈の紐を引き、部屋は暗闇に包まれた。


次の瞬間、僕の肩に手が置かれ、唇に柔らかい感触を感じた。


「栄斗くん、私のこと好き?」


暗闇の中から蠱惑的な声音が響いて来る。


「もちろん・・・・。大好き。」


「私も栄斗くんのこと好き。ずっと好きだった。」


シュッと丹前の衣擦れの音がしたので、僕もあわてて帯をほどく。


「愛してるよ。やっと・・・やっと会えた。」


「うん。僕も冬香に会えてよかった。」


胸に飛び込んできた影を抱きとめると、その影は思ったよりもずっと柔らかく、しかもすべすべして甘い匂いがした。


その感触に触れた瞬間、僕は理性を失ってしまった。


彼女が少し身を固くしていたのは気づいていたけど、もうそんなことに配慮する余裕はなかった。


そのまま無我夢中で抱きしめて、優しく優しくと言い聞かせながら事を進めて、気づけば果ててしまい、余韻に浸りながら布団の上で彼女を抱きしめていた。


「冬香、ありがとう。改めて誓うよ。これからも冬香だけを愛し続けるって。」


腕の中の冬香に囁くと、冬香は僕の背中に手を回し、ギュッと締め付けてきた。


「私も栄斗のこと好きだよ。小さなころからずっと・・・。」


その瞬間、背筋に冷たいものが走り、思わず少し身を離してしまった。ゆっくりと僕の胸のあたりを見下ろすと、ようやく暗闇に慣れた僕の目に、ニヤリと笑いながら上目遣いで見つめて来る彼女の顔が見えた。


「あ~あ、とうとう、やっちゃったね。私と・・・。」


「もしかして・・・・。」


震える声での問いかけに、彼女は満足そうにうなずいた。


「そう。夏奈だよ。朝からずっと夏奈だった・・・。」


「・・・・なんてことを・・・。なんでそんなことを?冗談にも限度があるよ・・・。」


思わず彼女を突き放すと、夏奈はゆっくりと体を起こして、非難がましい目で僕を見つめて来た。


ちょうどカーテンの隙間から差し込んだ月明りに照らされ、乱れた長い髪の隙間から彼女の不気味に笑った顔がよく見えた。


「冗談じゃないよ。ずっと栄斗が欲しかった。でも、絶交の件を取り消しても栄斗は取り戻せなかった。だから、私は冬香さんと入れ替わり続けた・・・。そうすれば側にいられるから。」


「それにしたって・・・黙ってこんなことしなくても・・・。ひどすぎる。」


僕の非難の声に対し、夏奈はフッと小さな息を漏らしただけで、まったく意に介する様子がない。


「私が素直に気持ちを伝えても、栄斗は応じてくれなかったでしょ。クリスマスの時だって勇気を出してあんなに誘ったのに・・・。だから既成事実を作るしかなかった。あ~あ、私、初めてだったのに・・・ちゃんと責任はとってもらうわよ。」


フフッと微笑みながら話しているけど、その眼光は鋭く僕を射抜いている。


「責任って・・・それは冬香の体だよ。だから・・・。」


「じゃあ、私の気持ちはどうなるの!体は冬香さんでも、心は夏奈なんだよ!!心を弄んだことに責任はないの!?」


口元に笑みをたたえながらも、金切声をあげる彼女の目は完全に据わっており、僕は圧倒されるしかない。


「大丈夫よ。別に冬香さんと別れろなんて言うつもりはない。だって、そんなことしたら、私も栄斗に会えなくなるし・・・。栄斗、よかったね。合法的に二股をかけられるね!」


一転して彼女は急に猫撫で声を出し始めた。


「いや・・・もう入れ替わるのもやめてほしい・・・。」


さっき冬香だけを愛し続けると誓ったばかりなのに、中身だけとはいえ、夏奈と不誠実な関係を結ぶなんてことはできない。


「そ~なんだ・・・。」


また夏奈の声色が変わった。声に不機嫌さが滲み出ている。


「もし栄斗が嫌でも、私は冬香さんと入れ替わり続けるよ。あっ、決めた。これからは絶対に夏奈だって名乗らないで、ずっと冬香さんのフリをする。そうすれば、今日みたいに栄斗には見分けがつかないもんね。そうしたら、栄斗は冬香さんと一緒の時はずっと疑って過ごさなきゃいけなくなるよ。キスしようとしているのは夏奈かもしれない、この腕に抱いているのは本当に冬香なんだろうかってね。」


「そんな・・・。」


「それでも栄斗が相手してくれないなら、今度は入れ替わった時に色んな男の子と遊んじゃおっかな・・・。東京だし、渋谷とか六本木に行けば簡単に出会えるんでしょ。あっ、外国人さんとかもいいかも!!それで、後になったら全部それが冬香さんの記憶として残る・・・。」


「それだけは、やめてください・・・。」


僕は正座して、手をついて頭を下げた。僕にできることは誠心誠意お願いして夏奈の良心に働きかけることしかない。そんな僕を見て、夏奈はケラケラと笑い出した。


「大丈夫だって。そんなことしないよ。栄斗が夏奈のことをちゃんと愛してくれるならね。そうだ、もし、栄斗が、入れ替わってる間は夏奈としてきちんと愛してくれるって約束してくれるなら、毎回ちゃんと教えてあげるよ。今は夏奈と入れ替わってますって。それだったら少なくとも冬香さんと会っている時は心配しなくて済むでしょ。」


顔を上げると、月明りに照らされる彼女の表情が見えた。目を細めた柔らかい表情。今日の昼には、冬香の優しさが滲み出た慈母の微笑のように感じたけど、今の僕には魂を売り渡そうとする人間をあざ笑う悪魔にしか見えない。


でも、僕には、もはや悪魔にひざまずき、魂を売るしか選択肢がなかった。


「わかったみたいだね。じゃあ今度は、夏奈として愛してもらおっかな~!!」


「・・・・。」


完全に屈服した僕は、明け方近くまで、夏奈への愛を行動で示すことを要求され続けた。

最後には体力の限界で気を失っていたのだと思う。


――


「栄斗くん・・・大丈夫?」


目を開けると目の前に冬香の顔があった。


「冬香・・・?」


「うん、そうだよ。おはよう。もうチェックアウトの時間なんだって。ごめんね。私が朝方まで付き合わせちゃったせいで・・・。」


申し訳なさそうな顔をしている彼女は冬香に見える。それに昨夜、夏奈は入れ替わっている時はちゃんと教えてくれると言っていた。それを信じるしかない・・・。


旅館の外に出ると、冬香が腕を絡めて、耳元に顔を近づけて来た。


「ごめんね。クリスマスの時は泣いちゃって。」


「あ、ああ。うん。いいんだよ。ごめんね不安にさせて・・・。」


「うん、もう大丈夫!!」


ニコニコと上機嫌そうな冬香。心なしか声も弾んでいる気がする。


「私、昨日夢を見たんだ。」


「へ~っ、どんな夢?」


「ずっと好きだった人にやっと想いが届く夢。」


驚きのあまり思わず、あっと声を上げてしまうと、冬香は慌てて手を振った。


「違うよ。好きな人は栄斗くんだけ。きっと、昨日の夜に栄斗くんにたくさん愛されたから、そんな夢を見ちゃったのかな。フフッ・・・。」


目を細めながら慈母のように微笑む冬香の笑顔を見ながら、悪魔に心を売ってしまった僕はこれからどうしたらいいんだろうかと、暗澹たる気分になった。


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