第14話 箱根
「とうとう・・・ここに・・・。」
「ここ」とは、箱根登山鉄道風祭駅南口、国道一号線沿いのお土産屋さんの前。
興味がない人にとっては観光地によくある大型のお土産屋さんに見えるかもしれない。
しかし、この場所は、知る人ぞ知る箱根の名所、箱根駅伝の中継地点なのだ。
僕も高校の途中までは長距離ランナーの端くれだったし、中学の頃には箱根の舞台に立つことを夢見たこともある。
静かに目を閉じて憧れの聖地に立てたことの感慨にふけっていた。
「栄斗くん、嬉しそうだね。よかった・・・。」
ずっと目を閉じたまま佇み続ける僕を、呆れもせず柔らかい笑顔で見守ってくれる冬香。
ここへ来ようと提案してくれたのも冬香だ。
「栄斗くんは、ずっと陸上やってたし、箱根駅伝のコースを巡るのはどうかな?」
行きのロマンスカーで、冬香が、はにかみながら、控えめにそう提案してくれた時、僕の心の中で何かがカチッとはまった音がした。
「行きたい!絶対行きたい!」
自分でもびっくりするくらい大きな声を出してしまった後、目を見開いて驚いた冬香の顔が目に入ってきて、少し冷静になった。
「あっ・・・ごめん。冬香はそれでいい?他にも美術館とかたくさんあるみたいだけど・・・。」
「大丈夫だよ。私もお正月は箱根駅伝見てるし。それに栄斗くんが楽しめる場所で、一緒に楽しめるのって素敵だなって・・・。」
目を細めた慈母のような優しげな微笑みを見ていると、不意に幸せがこみあげて来た。思わず頬も緩んでしまう。
――
「ねえ、このバスに乗ると駅伝のコースに沿って往路のゴール近くまで行けるみたいだよ!行ってみる?」
「行く!!」
冬香の誘いに二つ返事で応じて、僕たちはバスに乗って、一路、箱根町港バス停を目指した。
バスの中でも、「すごいね、あれテレビで見たことある」とか言いながら外の景色を指さしてはしゃいでいる僕に、冬香は目を細めて優しく微笑んでくれる。
クリスマスの日の涙が夢だったみたいに思える。
もう不安な思いをさせない。ずっとこの笑顔を守れるといいな・・・。
その後、箱根駅伝の往路ゴール地点の沿道を少し走ったり、芦ノ湖の海賊船に乗ったりしているとあっという間に時間は過ぎ去り、暗くなってきたので冬香と箱根湯本にある旅館にチェックインした。
「すごい・・・豪華な部屋・・・。お姉さんには感謝しないと・・・。」
「だね~。お土産買っていこうね。」
12畳はある真新しい畳、綺麗な襖絵、大きな窓の外には山と川が織りなす絶景。
冬香は慣れているのか平然としているけど、僕はこんな立派な旅館に泊まるのは初めてだし少し気後れしてしまう。
そんな中、僕は少し不安になった。
ずっと忘れてたけど、もしかしたら今日も夏奈と冬香が入れ替わっていることはないだろうか?
今日の冬香は優し気に微笑んで、おっとりしていてどこからどう見ても冬香だけど、最近の夏奈はすぐには見分けがつかないくらい完璧に冬香に擬態できるようになっている。
もしや今日も、黙って冬香のフリをしているのかもしれない。
これから夜もあるわけだし、早めに入れ替わりを見抜いておかないと。
そして、入れ替わりを見抜く方法は・・・ちょっと恥ずかしいけど、あれしかない!!
「冬香、今日はこんな素敵な旅行に連れて来てくれてありがとう。」
僕は冬香のすぐ近くに腰を下ろし、熱を込めた視線で彼女を見つめる。
「いいよいいよ。ここもお姉ちゃんが予約してたとこだし。私は何もしてないし・・・。」
正座した冬香はニコニコしながら恐縮している。
「ううん、それだけじゃない。今日は箱根駅伝のコースとか僕の好きそうなところを提案してくれて・・・しかも寒い中を結構長い時間歩いたのに文句ひとつ言わないで・・・。そんな風に僕のことを考えてくれて嬉しい・・・。」
「わたしも・・・楽しそうにしてる栄斗くん見てると、ほわほわした幸せな気持ちになる・・・。」
「僕こそ、冬香と出会えて、こうして一緒にいられて本当に、本当に幸せだと思う。冬香のことが大好き。これからも一緒にいてください。」
照れもせずにこんなセリフを言ったのには理由がある。
僕が真面目な顔でこういったストレートな愛情表現をすると、夏奈だったらいつも吹き出し、腹を抱えて笑い出す。対夏奈限定の鉄板ネタだ。
だからもし入れ替わってるならこれで確実にわかるはずだけど・・・。
「うん・・・ありがとう。わたしも栄斗くんのこと大好き。これからも一緒にいたい。」
彼女は顔を真っ赤にして目を伏せた。
この反応は・・・夏奈じゃない?
でも油断はできない。ダメ押しをしておくか・・・。
「冬香・・・。」
僕は少し冬香ににじり寄り、肩を抱いてゆっくり顔を近づけた。もし夏奈が冬香と入れ替わっていたら、キスされるフリをしたら必ず直前で阻止するはずだ。
「栄斗くん・・・。」
しかし、彼女は何の抵抗も見せず、半分目を閉じながら、むしろ僕のキスを待っているようだ・・・。
そのままキスをしたけど、何の抵抗も見せなかった。それどころか、いったん唇を離したのに、今度は向こうから唇を重ねて来た。
これ間違いない。今日は夏奈じゃない、正真正銘の冬香だ。
僕はホッと胸を撫でおろした。これで今日は入れ替わりの心配をしないで過ごせる。
「あっ、そういえばそろそろ夕食時間だよ。会場に行こうか?」
「えっ?あっ、うん・・・。」
一瞬だけ冬香が不満そうな顔をした気がするけど、すぐにいつもの笑顔に戻ってくれた。
クリスマスは夏奈のせいで散々だったけど、今日はその埋め合わせもしないと。
そう思いながら、冬香と手を繋いで夕食会場へ向かった。




