第12話 定例
「この部屋も久しぶりだな~。おっ、このマンガなつかし~!栄斗これ好きだったよな!」
僕の部屋に着くなり、勝手にシャワーを浴びて、持参した可愛らしいピンクの部屋着に着替えた夏奈は、本棚からマンガを一気に数冊抜き出すと、ベッドに胡坐をかいて読み始めた。
僕はそれを見ながらベッドの側のラグに腰を下ろす。
「栄斗もさっさとシャワー浴びて来なよ。」
命令口調の彼女はマンガから目を離さないまま。
僕の部屋なのになんでそんなに偉そうで我が物顔なんだ・・・!?
ちょっとだけむっとしながらも、言い返す勇気がなかったので、素直に着替えとバスタオルを持ってユニットバスに向かう。
――
シャワーを浴びて、ついでに歯磨きもして戻ってくると、夏奈はベッドの上に寝ころんでまだマンガを読んでいた。
夏奈にベッドを取られたから、僕はラグの上で寝るか。
体が痛くなっちゃうけど仕方ない。
そう思って、ラグにクッションを敷いて寝床を作ろうとすると、マンガから目を離した夏奈が不思議そうな顔を向けてきた。
「どうしてそこで寝ようとしてるのよ?」
「だって、夏奈がベッドで寝るみたいだから。」
「なんで?ベッドで一緒に寝ればいいでしょ!!」
「???」
夏奈は平然としているけど、僕の頭はスパークしてしまった。何を言っているのかわからない。
「だって、冬香さんとはいつも一緒のベッドで寝てるんでしょ?だったら別に構わないじゃん。」
「いや、だって中身は夏奈なんだから。それはさすがにマズいって・・・。」
「私は構わないよ。ほら。ここ空けてあげるから・・・。」
そう言って夏奈は壁際の方に体を動かしてスペースを空けてくれた。
えっ、え~っ?
実質は夏奈と一緒のベッドで寝るってことだよね・・・。
「ちょっと。栄斗が照れると私も恥ずかしくなってくるんだけど。ほら。これも冬香さんに自分の記憶として残っちゃうんでしょ?自分がベッドにいるのに、彼氏が床で寝るなんて切なすぎるって!!ほれっ!!」
ベッドの空いたスペースをパンパンと叩く夏奈。僕は吸い寄せられるようにそこに寝そべってしまった。
「じゃっ、眠くなってきたし、寝ようかね。」
言い終わるか終わらないかのうちに、彼女はリモコンで電気を消し、あっという間に真っ暗闇になった。
僕の部屋のベッドは、あまり大きくないシングルベッド。
どんなに注意しても体の一部が彼女に触れて体温を感じてしまう。息遣いもすぐそばに聞こえる。
冬香とは、前にこのベッドで一緒に寝たことがある。隣にあるのは冬香の体だ。
だからあの時と同じだ。
そう自分に言い聞かせたけど、とてもそんな気持ちになれない。
暗闇になって姿が見えなくなったからか、隣にいるのが夏奈としか思えない。
「あのさ・・・。大事なレースの前のルーティーン覚えてる?」
僕に背を向けて夏奈がつぶやいた。
「うん。中1の全国大会の時からだったよね。」
「予選前に震えちゃって思わず・・・。あれから高2までずっと大事なレースの時はルーティーンしてもらうようになって・・・。」
「ああ、どんどん増えてったよね。」
「そのせいで私が栄斗と付き合ってるなんて噂になったじゃん。高校の時なんか小夜ちゃんに大事なレース前に浮かれるななんて注意されて・・・。」
「ハハッ・・・ひどい風評被害だったよね。」
当時は変な噂がうっとうしかったけど、今となったらすべて懐かしい。
思わず笑い声を漏らすと、夏奈は急に黙ってしまった。
眠くなったのかなと思って僕も口を閉じる。
しかし話は終わっていなかったようで、壁際の方を向いた夏奈は、またぽつりとつぶやいた。
「あれ・・・やってくんない?なんか緊張してきちゃったから・・・。」
「え~っ・・・。あれか・・・。」
僕の頭の中では、高校2年生のインターハイ、女子5000m決勝の直前の様子を思い出していた。
◇◇
「おい、栄斗。もうすぐ招集時間なのに夏奈の姿が見えないから探してこい。」
「はいっ!!」
この日、マネージャー役としてインターハイに同行していた僕は顧問の森下先生の指示で夏奈を探しに出かけた。
もっとも、実は弱気なところがある夏奈が大事なレースの前に姿を隠すのはいつものことだ。
付き合いの長い僕は、どこに隠れているのかすぐにわかる。
「ああ、いたいた。ここだったか・・・。」
「栄斗・・・。」
今回の夏奈は競技場の中でもあまり人が通らない柱の陰で体育座りをしていた。
もし本当に隠れたいなら女子トイレとかに隠れるだろうし、きっと僕に見つけてもらうまでが彼女にとってお約束なのだろう。
「もう招集時間だって・・・。行こうか。」
「待って・・・足が震えて・・・。」
夏奈が不安そうな顔で見上げて来る。
いつもは強気の夏奈が、大事なレースの前に急に気弱になるのもいつものことだ。
そんなときの対応もすっかり習慣になっている。
「じゃあ、いつものルーティーンする?」
「うん・・・。」
僕はまず夏奈の冷えた手を取り、手でゆっくりとさする。少しずつ温かくなってきたら今度は足も・・・。
これは中学校の時からやっていたルーティーン。
「温かくなってきた。立てる?」
「うん・・・。」
フラフラと立ち上がった夏奈を後ろからハグする。なるべく強い力で。
これは去年から始めたルーティーン。
ハグしたまま5秒・・・10秒・・・。遠くの方から応援の声がよく聞こえる。
そろそろ、いつもなら「暑苦しいわ!!」とか夏奈がツッコんで終わりのはずだけど、今日は長いな・・・。
そう思っていると、女子5000m決勝の招集アナウンスが流れた。
「そろそろ行かないと本当に間に合わなくなっちゃうよ。」
夏奈が黙って体を離そうとしたので僕もハグの手を緩めた。その瞬間だった。
夏奈はそのまま僕の方に向き直ると、顔を近づけ一瞬だけ唇を重ねて来た。
「えっ・・・・?」
「よっし!!頑張ってくるか!!」
元気に走り去って行く夏奈を、僕は唇に手を当てながら呆然と見送るしかなかった。
◇◇
「じゃあ、はい。手を出して。」
「うん。」
僕はベッドに寝たまま、ゆっくりと夏奈・・・実際は冬香の手をさすった。それから足も。もっとも、今日はそんなに冷えてない。
それから背中越しに強くハグした・・・。
彼女は、一瞬、ふぎゃっ・・・と言った後、大人しくなり、それから急にからかうような口調でつぶやいた。
「・・・・もしかして私の魅力に理性を失ってない?そのまま襲い掛かって来るつもり?」
「いや、ご心配なく。冷静そのものだし。」
ゲシッ!!
突然肘打ちをくらった。
「じゃあ、これは何なんだよ。反応しまくってるじゃん。」
手の甲で反応している部分をとんとんと叩いてきた。
「お構いなく。すぐに静まるので。むしろ刺激するのやめて・・・。」
「・・・・ふ~ん・・・。」
彼女は飽きたのか、また静かになった。
思わず生理的に反応してしまった僕は、ハグしながらも、冷静さを取り戻すため頭の中では素数を数える。
「・・・ハグの後のルーティーンはしないの?ほら高2のインターハイの時の。」
「あれは・・・違うでしょ。事故みたいなものだし。」
いろいろ考えて、あれはうっかり顔を近づけすぎてしまったことが原因の衝突事故と結論付けている。僕の中では。
「そっか・・・。」
部屋の外からは学生らしき集団の騒がしい声が聞こえてくる。
そういえば今日はクリスマスイブだったな・・・。
「・・・あのさ、私が寝てる時だったら、好きにしていいから・・・。」
「えっ?どういうこと?」
彼女は僕の問いには答えず、そのまま、「す~っ、す~っ」とわざとらしく寝息を立て始めた。
僕は目を閉じて素数を数え続けたけど、体勢も苦しいし、なかなか眠れない。
ずっとハグしたままだけど、これどうしたらいいんだろう?
好きにしていいってことは、もうハグをやめていいってことかな?
僕はそっと体を離し、仰向けになった。この体勢なら落ち着いて眠れるかもしれない。
しかし、夏奈は寝相が悪いのか、背中を向けたままどんどん僕の方に体を押し付けてスペースを奪って来る。
ついには、ベッドの端に追い詰められてしまった。
それでもまだこっちに迫って来たので、夏奈の背中をハグみたいな体勢で受け止めながら、ベッドから落ちないよう耐え続けるしかなかった。
これなら床で寝た方が楽だったかもしれない・・・。




