表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

第3話.十番街での生活

 広いソファの上で目を覚ます。


(そうだ、私……いきなり魔界に来てしまって……)


 眠い目を開きながら身を起こすと、外の景色が寝る前と全く変わっていないことに驚く。

 黒い空。極彩色のネオン街。


「まだ朝ではないの……? でも、たっぷり寝た実感があるし……もしかして、魔界の景色はずっとこうなの?」


 フィノリカは、毛布をきっちりと畳んで立ち上がった。


「今は何時なのでしょう。バティンは……」


 バティンは居住スペースの自室で休んでいるはずだ。ちなみにフィノリカは寝る間だけ事務所のソファを借りている。


「お、よく眠れた?」


 ちょうど、階段を軽快に降りる足音がして、バティンが顔を出す。

 昨日のスーツ姿ではなく、ラフなプルオーバーのパーカーを着ていた。


「はい。あの……今は夜ですか? 朝ですか?」


 バティンは不思議そうな顔をした。


「ヨルとかアサって、なに?」

「えっ」


 もしかして、悪魔の世界には昼夜の区別がないのでしょうか。

 だとすれば……まずいです。こういう会話から、人間だってバレてしまう……?


「いえっ……変な夢を見て、自分でもよくわからないことを言っていたみたいです」

「そうなの? まあ魔界に堕ちたばっかで疲れたでしょ。ゆっくり休んでよ。何か飲み物でも持ってくる」

「ありがとうございます……バティンは親切ですね」


 フィノリカはそわそわしていた。掃除の対価以上に、親切にされてはいないだろうか。

 聖女見習いとして、元の世界では善行を施す立場でありながら、受け取ってばかりではないかと心配になる。


「そう? 一緒にいるメリットがある以上、仲良くしなきゃ損でしょ」

「メリット、ですか」

「悪魔って掃除嫌いが多いから、なかなかいないよ? こんなこと引き受けてくれる子」


 掃除はフィノリカにとって大した負担ではないが、悪魔には重労働ということだろうか。


(よかったです。そのおかげで、未知の地でもご飯と寝る場所を確保できました)


 フィノリカは悪魔の習性に、深く感謝を捧げた。


「はい、コーヒー」

「いただきます」


 紙コップに注がれたコーヒーを両手で受け取って、一口飲む。


「ふふ……目が覚めます」

「それは何より」

「バティンは、今日は何をするんですか?」


 問われて、バティンはポケットから端末を取り出す。


「んー、今日は依頼なさそうだしなあ……何するか」


 そしてふと、画面をタップして、とある見出しに目を留めた。


「なんだこれ? 『十番街のセントラル地区で、擬態した天使の痕跡見つかる』……」

「て……っ」


 天使様、と呼びそうになるのを慌てて喉の奥に押しとどめる。


「なんかヤバそうだな。なんで天使が魔界に?」

「ふつうは、いないものなんですか」

「まさか。いたら極刑ものだよ」


 フィノリカの背筋が凍った。

 天使。それはフィノリカたち教会関係者が仕えている、聖なるものの一角だ。

 

 その天使が魔界では存在を許されない存在なら、天使たちの加護を受け、使える聖女見習いが正体を明かして何事もないはずがない。


(いま以上に、気をつけなきゃ……っ)


 バティンはフィノリカの内心の冷や汗には気づいていない様子で、明るい調子で言う。


「そうだ、セントラルと言えば、いろいろ買い物もしたかったんだよな。フィノが疲れてなければ、一緒に行かない?」

「何を買うんですか?」

「もちろん、フィノの家具とか服だよ」

「ええっ!?」


 悪魔にとってフィノのような存在が貴重ということはわかったが、さすがにそこまで受け取るための対価を渡せているとは思えない。


「いいのいいの、フィノの働きに期待して前払いってことで」

「え、ええと……バティンはやりたいことのために、資金を溜めているのでは……?」

「……まあ、俺のやりたいことに少し通じてるとこもあるし。だから、いいよ」


 バティンのやりたいことと、フィノへの行為がどう繋がるというのだろう。

 フィノの脳内に疑問符が大量に浮かんだ。


「前払いって……急に掃除以外のことも、要求されたりしませんか?」

「ううん、掃除だけ。すごい助かったから引き続きお願いしたい」

「そうですか……なら、私に出来ることの対価として、頂戴いたします」


  なら決まりだね、とバティンは尖った犬歯を覗かせて笑った。





 ショッピング通りを歩きながら、バティンはフィノリカに問う。


「フィノ、どういう系統の服が好き?」

「ええと……シンプルなもので」


 フィノリカがいま身につけているものは、飾りのない厚い白のローブワンピース。

 教会の行事でよく着る服で、生地の裏には魔力刺繡が仕込んである。


 もっとも、魔界ではフィノリカの神術は使えないのだが。

 それでも祈禱杖を手放すのは落ち着かず、ローブの内側、腰に下げている。


「シンプル……ああいう感じ?」


 バティンが視線を向ける先には、真っ赤なワンピースを着たマネキンがあった。


「形は好きですが、色が派手です」

「派手かあ」

「それに、丈が短いような」


 バティンの洗濯物を片付けた時に、色合いがほとんどビビットだったことを思い出す。

 彼の服の好みのデフォルトがまず、絢爛なのだろう。


 フィノリカとて、全く着たことのない服の系統に興味はあるが……。


「同じお店なら、こっちがいいです」


 フィノリカは別のマネキンを指差す。

 白のブラウスに、深いエメラルドブルーのハイウエストのジャンパースカート。シンプルなブーツ。


「おお、似合いそう」


 バティンは店員を呼んで、試着室への案内をお願いする。

 手際よく服を抱えた店員が、フィノリカを店の奥へ誘う。


(なんか、不思議です……)


 本来ならば今頃、過酷な試練に挑んでいるはずが、のんびりと新しい服を選んでいる。

 今日がこうなるなんて、誰が予想しただろうか。


(……あら?)


 着替えのためにローブを脱いだ時、腰の祈禱杖がわずかに光っていることに気づく。


 今まで光を失っていたのに、どうしたのでしょう。


 フィノリカは杖を手にした。ゆるやかだが、加護の力が流れ込んでくる感覚がある。


「この力はいったい、どこから……」


 なんとなく、フィノリカは杖を動かしてみる。

 すると杖の宝玉が隣の試着室に向いた時、光が強くなる、ような気がした。


(もしかして)


 ――『十番街のセントラル地区で、擬態した天使の痕跡見つかる』


(魔界にいらっしゃるかもしれないという、天使様の加護……!?)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ