先輩の自殺
「バラバラすぎて分かんねーな」
盗本事件の捜査を始めて一週間。とりあえず一週間分の盗本履歴を表にして纏めてみたところ、盗本に遭う時間も、一日に盗まれる本の数も、盗まれる日にちの間隔も、盗まれる本の種類も、全てが見事にバラバラになっており、手がかりが何一つ得られていない状況であった。
「ここ一週間の盗本数は7冊。合計で56冊の本が無くなったというわけね。生徒か教師か外部犯か。それだけでも分かればまだ楽なのだけど…。この学校不用心にも校内には防犯カメラ設置してないのよね」
湖能端高校に設置されている防犯カメラは校門と裏門、それから高校の周りをぐるりと囲う形で設置されている。だが、校内に防犯カメラは一つも設置されていないのだ。学校側の主張としては、いじめをするような生徒はうちには居ないから問題無い、ということらしい。実際、校内で盗本が起きているのに学校側はそれを隠蔽している。私立の名門校、という肩書きを守るのに必死なのだろう。
「ホントこの学校、ところどころヤバイよね〜。去年なんていじめられて自殺しちゃった先輩が居たって誰かが言ってたよ」
「あぁ、あれな。確かあの時、学校側はいじめは認めなかったんだよな。事実、体に打撲痕は見当たらなかったから、それで捜査は打ち切りになったらしいけど」
去年この湖能端高校で起きた飛び降り自殺の報道は、かなりの話題を呼んでいた。自殺した少女の名前はローリエ・ローレル。海外から越してきた転校生で、可愛らしい顔立ちをしており、何より特徴的だったのは、黄色とも金色とも言える髪の毛だった。
しかし、日本語がまだ勉強中であったことや、そのせいで教師から優遇されていたことにより、彼女は次第にクラスから除け者扱いを受けるようになっていったのだ。
最初は無視から始まり、小物を盗んだり、間違えて壊したと言って私物を壊したり、グループ授業ではわざと発表者に推薦し、辿々しい日本語で頑張る彼女を嘲笑したり、殴られたと嘘をついて教師が彼女を怒るように仕向けたり。典型的ないじめの方法である、水をかけたり、殴ったり、暴言をノートに書いたり、教科書を破いたりといったことはされていなかったが、本人的には精神的にかなり来るものがあったのだろう。
まぁ、いじめていた当人達は、典型的ないじめのやり方では証拠が残りやすくなってしまうし、教師にバレる可能性も高まってしまう為、その方法は取らなかったのだろうが。
「私立に入れる頭脳があるから、いじめてたことを分からなくする方法も考えつくってことだよねぇ…」
少々暗い顔をして日ノ宮が言う。それに紫乃本は苦い顔をして「皮肉なもんだよな」と共感の言葉を口にする。河蘭妓も「そうね」と返したが、河蘭妓はイマイチ二人がなぜそんな顔をするのかは分かっていなかった。なぜなら、いじめなんてこの世界そこら中に溢れていてさして珍しいことでは無いし、暴力に遭っていなかったのだからまだ良い方で、ただ同じ学校の先輩というだけでさして接する機会も無かった人間が自殺しようがいじめを受けていようが、自分には何の被害も無く関係も無いのだからどうでもいい。というのが彼女の嘘偽りのない感想だったからだ。
「ま、とにかく今は犯人探しだよね。私から振ってなんだけど、この話終わり!」
その場の雰囲気に耐えきれなくなったのか、日ノ宮が立ち上がって明るく言う。それに反応して紫乃本もそうだな!ともう一度表へと視線を移した。河蘭妓もそんな二人から視線を表に移した瞬間、何を思ったのか紫乃本に声をかける。
「ねぇ、この盗まれた本の貸出記録って見れたりする?出来れば過去二年半くらいまで遡りたいのだけど」
「え?あぁ、まあ探せばあるだろうけど…そんな昔の見てどうするんだ?」
「良いから。見せて」
彼女の言葉の意味を咀嚼できず首を傾げる紫乃本に被さるように頼んだ河蘭妓に、紫乃本は少し驚いたような顔をしながら「あ、あぁ」と返した。
紫乃本がそれ以上訳を聞かなかったのには、彼女の圧に押された、というのもあるだろうが、河蘭妓がこれまで何か行動を起こしてきた時に、それが何の成果も生まなかったり、裏目に出たりしたことが無い、という彼女の実績もあったのだろう。
「でも流石に今全部調べんのは無理だから、とりあえず全部用紙にコピーで良いか?」
「うん、ありがと。お願い。全部私に渡してくれれば良いから」
今日中に全部確認しておく。と付け足した河蘭妓に、紫乃本は特に驚くこともなく了承の返事を返し、日ノ宮も「結果を期待して待ってます!」と笑った。