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河蘭妓の嫌な予感

「そう言えば、用事って何だったの〜?」


 食事も終わり、各々二階の大広間で布団を()いて寝る準備をしていたところ、思い出したように河蘭妓に向かってイーグルが()うた。それに河蘭妓は「盗本事件の調査」と短く返した。


「とうほん…って?」

「本が盗まれることじゃよ」


 もう布団の中に入って(なか)ば眠りかけている小鳩の問いに、鼓が答える。それに小鳩は「そっかぁ、ありがとぉ」と言って、眠りに落ちてしまった。いつもなら「本が盗まれたの?!」と驚くだろうが、何の反応も無かったところを見ると、よっぽど眠かったのだろう。眠ってしまった小鳩に、鼓が優しく掛け布団を被せた。


「私立でも盗みとかあるんだな〜」


 イーグルがケタケタと笑う。湖能端高校は一応それなりの名門校、ということになっている為、その校内で窃盗(せっとう)という犯罪が起きていることが面白いのだろう。


「私立はライバルを蹴落(けお)として学校に入って来た子達ばっかりだから、皆少し攻撃的…みたいなことを昔ママが言ってた」

「アイツにしてはマトモなこと言うじゃん」


 イーグルが皮肉を込めながら、またケタケタと笑う。それを見たブルは怪訝(けげん)そうに顔を(しか)め、声を落として「何が面白い」と聞いた。彼も悪魔でありながら、イーグルよりは人間の心をそれなりに持っていたのだ。


「だって、あの理不尽で利己的で頭トチ狂ったメンヘラがマトモなこと言うとか、笑えんじゃん」


 ケタケタと苦しそうに笑いながら言ったイーグルの言葉に、河蘭妓はほんの少し苦笑する。鼓は何も口を挟まず、何かをすることもなく、ただ心配そうに河蘭妓を見つめながら、話を聞いていた。その視線に気が付いた河蘭妓は、鼓に向かって「僕は大丈夫」と言い、鼓はその言葉を信じていないようだったが「なら良いのじゃ」と作り笑いを返した。


「ねぇ、イーグル。四十九の数字を見たら、何を思い浮かべる?」


 鼓からイーグルに視線を移して聞く河蘭妓に、イーグルは笑いを収めて少し考えてから「死んで苦しめ、だろ」と返した。


「図書室から盗まれた本の数なのよね。意図的にその数字に揃えられたみたいだけど」

「おー、怖っ」


 全くそう思っていなさそうに笑みを浮かべながら、イーグルが言う。

 彼は紫乃本とは真逆に、他人からの悪意が大好物であった。本人によると「人間が馬鹿なことやってたりするとおもしれーんだよなぁ」ということらしい。彼はそれなりに頭が良く、他者の大半の人間のする行動は、彼から見れば(おろ)かで滑稽(こっけい)にしか見えないのだ。そして殆どの人間を下に見ており、いつものようにケタケタと笑いながら嘲笑(ちょうしょう)するのも、彼の趣味の一つであった。


「それで数ヶ月その件について調査をすることになったのだけど…何か嫌な予感がするのよね。二人が僕から遠ざかって行くような…そんな予感が」


 いつものように無表情ながらも、見る人によっては明らかに不安そうな顔と声色をして言う河蘭妓の肩に、鼓がそっと手を添える。


「真夜の勘は確かにいつも当たっておる。じゃがもう少しばかり、幼馴染殿達を信じてみてはどうじゃ?今回ばかりは、お主も思い過ごしということも有り得るじゃろう」


 河蘭妓を安心させるように、柔らかく微笑みながら柔らかい口調をしながら鼓が言う。眠っている小鳩も、何かを察したのか、眠っているまま河蘭妓の手を軽く握った。


 河蘭妓はここに来た頃から泣き方を知らなかった。どこまで頑張れば頼って良いことになるのかも、自らの限界がどこにあるのかも、笑うことも怒ることも知らなかった。いや、忘れた、と言った方が妥当(だとう)なのかも知れない。それもあり、彼女がこうして弱音を吐くことは『devils』内でも、イーグルにとってもかなり珍しいことであった。イーグルに無意識のうちに頼ったりすることはあれど、意識的に弱音を吐いたりすることは本当に少なかったのだ。

 故に彼女は自分も気付かない内に無理をすることが多かった。そして限界を超えて完全に許容(きょよう)量を超えると、体も心も、何もかもが動かなくなるのだ。そうなると一日から三日、食わず飲まずの寝たきりになってしまう。その間はずっと目を閉じていて、することと言えばたまに寝返りを打つくらいで、まるで泣かない赤子のようになってしまうのだ。そうなれば『devils』の仕事に支障(ししょう)が出ることは勿論(もちろん)、日常生活も何も手に付かなくなる為、彼女の心配をしている人物は『devils』内にそう少なくは無い。

 ちなみに、河蘭妓は仕事上学校を欠席することも多いので、紫乃本達は何も疑問(ぎもん)には思っていないようであった。


「もし不安なら殺してやろーか?」


 不穏(ふおん)な笑みを浮かべながらイーグルが言う。彼なりの心配なのだろう。彼は人を殺すことしか知らない。どう(なぐさ)めれば良いのかも分からない為、こうして、と言われない限り、ただ側に居ることしかできない。故に自ら何かをするとなれば、殺す、という選択肢以外どうにも浮かんで来ないのだそうだ。ちなみに今回は「離れていくようで怖いのなら、離れないうちに良い思い出のまま終わらせてしまえば良い」と言う考えらしい。


「ううん、大丈夫。……もう寝るね。寝たら忘れるかも」


 河蘭妓の場合、寝て忘れると言うことは滅多(めった)に無いのだが、不安を(まぎ)らわすかのように河蘭妓は布団に入って目を閉じた。そんな河蘭妓に、イーグルはただ「リョーカイ」とだけ返して、彼女の隣に敷いてある布団に潜り込み、彼女の手を軽く握って眠りについた。





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