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本部帰宅

「ただいま」

「…!おかえりなさい!」


 ドアを開け帰ってきた河蘭妓に小鳩は()け寄って抱きついた。河蘭妓は彼を受け止めて頭を撫でながら、鼓とブルにもただいま、と挨拶をする。


「事務は?」


 自らを含めて五人しか居ない室内を見回しながら言う河蘭妓に、抱きついたままの小鳩が「ハルさん以外帰ったよ」と言った。まぁ、同じ職場で働いていた人間が死んだのだから、仕方無いのだろう。

 小鳩に「ハルさん」と呼ばれた事務員の本名は菅原(すがわら)春告(はるつげ)。河蘭妓がここに来る随分(ずいぶん)と前から勤務(きんむ)している事務員で、年齢はもう七十を超えているらしい。堕ちた鬼や悪魔にも、仲間の死にももう慣れてしまったらしい。彼はこの近くに自宅を(かま)えている為、いつも夜遅くまで本部に残っていることも多く、(まれ)に泊まることもある。故に河蘭妓も彼には信頼を寄せていた。


「今は家に着替え取りに行ってるけどな」

「あぁ、それで」


 ブルの言葉に納得したように言った河蘭妓は、小鳩を抱き抱えてブルの反対側のソファへと座る。それに続いてイーグルも入り口のドアを閉めて河蘭妓の横へ座った。


「おい小鳩。お前()加減(かげん)真夜から離れろ〜?」

「フッ、嫉妬(しっと)か?見苦しいぞ」


 小鳩の服を軽く引っ張りながら、そして軽く小鳩を(にら)みながら言うイーグルに、ブルが鼻で笑いながら言った。河蘭妓を溺愛(できあい)するイーグルに対して、ブルが今のように小馬鹿にするような言動を取るのは、これが初めてではなかった。人を喰らう為だけに存在している悪魔が、人間に情を向けているのが馬鹿馬鹿しいのだろう。


「はぁ?お前だって(ゆき)溺愛してるだろ」

「俺は獲物(えもの)が取られたく無いだけだ。鬼には何も言わん」


「雪」と呼ばれたのは、『devils』所属の元死刑囚である。フルネームは門待(かどまつ)雪。彼女はブルと契約を交わしている人間であり、現在は地方の暴力団関係の仕事で本部には数週間顔を出していない。


「雪姉ちゃん、元気してるかなぁ」

「してるだろ。死んでねーんだから」


 悪魔は契約者が死亡すると、何か本能で分かるようになっているらしい。悪魔は契約者を喰らうのが決まりだからだろう。ただし、植物状態になっても分からない為、本当に死亡時以外は分からないらしい。


「死ななければ無事、というわけでも無いでしょ。雪は人間なんだから」


 河蘭妓が呆れたようにブルに言うと、ブルは「あいつはそう簡単に人間にはやられねー」と少し不機嫌そうに言った。河蘭妓を想うイーグルを馬鹿にしている割には、彼も大概(たいがい)門待を想っているのだ。ただ彼の場合は、少しイーグルのそれとは雰囲気が違うようだが、それはまたいつか。


「小鳩、そろそろ真夜から離れたらどうじゃ。夕餉(ゆうげ)の用意ができたのじゃが」

「ホントっ!?」


 小鳩は、鼓の言葉に嬉しそうに顔を上げ、河蘭妓の膝の上から降りてカウンターへの方へと走って、自分と同じくらいのカウンター席に飛び乗って座った。普段は普通の男の子にしか見えないが、彼も鬼。それなりに超人的なのである。ただ、鬼は悪魔より俊足力は低く、力が強い。鬼はそれぞれ一個自分専用の武器を持っており、それはかなり大きいものが多い為、鬼の方が力対決では勝つそうだ。体格差のある小鳩とブルで腕相撲をした時には、小鳩が勝つくらいに。


「今日は何?」

「米と味噌汁と唐揚げと肉じゃがじゃ」


 河蘭妓の問いに返した鼓の答えに、イーグルが少し不満そうに「魚ねーの?」と言うと、鼓はそれに「小鳩がおるからの。今日は無しじゃ」と返した。身を切って食べる魚は、先ほどのことを思い出してしまうのではないか、という鼓の配慮(はいりょ)であった。


「ただいま戻りました」


 戸が開き、初老の男性がそう口にしながら入ってくる。彼が菅原春告、ハルさんと呼ばれる人物である。彼は、室内に河蘭妓とイーグルを見つけ「河蘭妓様、イーグル殿。お帰りなさいませ」と軽く頭を下げる。それに二人はそれぞれただいま、と返した。


「ちょうど夕餉が出来上がったところじゃ。告春殿も食べるかえ?」

「では遠慮なく」


 彼は軽く頭を下げて、小鳩の横へ着席した。それに続くように、河蘭妓達もカウンター席へと着席する。鼓も、カウンター内からこちらに移動し、


「「「いただきます」」」


 言い方に左右あれど、全員の声が揃う。イーグルも小鳩も、昔は「いただきます」なんて言葉を口にしたことは無かったのだが、鼓に注意されたことで、今は毎回口にするようにしている。鼓は普段は優しいが、怒るとその姿はまるで般若のようらしいので、もう二度と怒られたく無いのだろう。


「美味しっ〜!」


 小鳩がニコニコと笑って言う。彼はもう何百回も鼓の料理を食べているのだが、いつも初めて食べたかのような反応をする。小鳩にとって鼓は母親のような存在であり、その鼓の作った料理は彼にとって特別なものだった。

 小鳩のその言葉に、鼓は「作った甲斐があるの」と笑う。自らを慕ってくれる小鳩は、鼓にとっても息子のように思っていたのだろう。



 鬼達は、皆それぞれを家族のように思っている。『devils』内の悪魔や人間と決定的に違う点。それは彼らが人間を殺したことが無いということ。鬼は人間を喰わずとも死にはしないのだ。彼らはただ生きてさえいれば良い。彼らは老いない。ただ、堕ちれば死んでしまうし、再生が間に合わなければ死んでしまう。しかし、滅多(めった)にそんなことは起こらない為、簡単には死なない。ただそんな彼らにも、一つだけ絶対の禁忌(きんき)が存在している。それは「自殺や自死に該当する行為」。それをしようとすれば、彼らの五感や四肢が一つずつ無くなっていってしまうのだ。それらが失われようと、鬼は死ぬことはない為、かなりの苦痛を強いられることになる。


 実際この『devils』本部の奥の部屋には一人、四肢と視力と聴力を失った鬼が住んでいる。その鬼は、ずっと何も飲食していないのだが、皮肉なことに鬼は飲食せずとも死なない為、ただただ生き永(いきなが)らえなければならないのだ。

 河蘭妓はその鬼との面識はない。彼女が初めてここに来た当時からそこは厳重(げんじゅう)封鎖(ふうさ)されており、彼女は中に入ったことが無いのだ。無論、話しかけても返事が返ってくることはない為、声を聞いたこともないらしい。かなりの古株(ふるかぶ)である菅原でさえ、会ったことは無いと言う話であった。



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