表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

『devils』

【注意】人によっては、少しばかり生々しい表現があるかも知れません。

「ただいま」


 二十時過ぎ、やっと作業が終わり『devils』の本部に帰って来た河蘭妓が(かばん)をソファの上に置いて言う。その場にいる事務員を(のぞ)いた面々が、お帰り、と口にする。河蘭妓は、少し歩みを進めたところで、床に転がったまま放置されている血(まみ)れの膝から下だけの両足と、生首を見つけて、少しばかり顔を(しか)めた。部屋の中には血の匂いが充満していて、事務員の数人は過呼吸を起こしている。鬼達がそばで慰めてはいるものの、この状況で落ち着けと言う方が無理な話だろう。


「死人がいるなら言ってよ」

「お前、人死とか気にするタイプじゃないだろ」


 暗く冷たい声で言った彼女のその言葉に、この場で一番大きな体格をした焦げた肌の男が言った。彼は「ブル」と呼ばれ、『devils』での彼の地位はかなり高く、実力もかなり高い上級悪魔であった。鍛え上げられたその肉体や、彼の横暴な性格により、自然と反発すると面倒なことになる、という認識が広がっていき、彼と口論する者も今ではもうほとんど居ない。

 ちなみに彼の河蘭妓への印象は、「ガキの癖に良い性格してるおもしれー奴」だそうだ。良い性格、と言うのは皮肉でもあるが、純粋な褒め言葉でもある。彼自身、興味のある者以外に対して限りなく無関心である為、(よわい)の幼い彼女が、自分と似た感性を持っているのが面白いのだろう。


「放っておいたら嫌な匂いが残る」


 ブルの問いに対して、ため息を吐いて返したその言葉に、数ヶ月とはいえ側で事務員として働いていた女性に対しての情など、微塵(みじん)も無かった。ただ、ここは彼女が寝泊まりすることも多かった為、その場所に死体や血の匂いが残るのは嫌、というだけだったのだ。


 彼女はほとんどの人間を嫌っていた。自分と感性も合わず、ただ愚かなだけの人間がどうにも鬱陶(うっとう)しかったのだ。そして同様に鬼に対してもあまり良い印象は抱いていなかった。一部には、人間らしい優しい人間が存在したからだ。


 彼女には人間らしさというものが欠如(けつじょ)している部分があった。周りの死や、怪我に対して冷静なところや、自分の手が汚れても捕まらない以上何の問題も感じないところや、喜怒哀楽が少なく曖昧なところなど、挙げていけばキリがないだろう。自分と反する普通の者に対して、彼女が嫌悪感や嫉妬心を抱くことは少なくなく、故に一緒にいた期間が相当長くなければ、情なんていうものは湧いて来ないのだ。


「あ、それは困る。さっさと処理班呼ぼーっと」


 彼女の言葉を聞き、イーグルが慌てたように携帯を取り出して処理班へと電話をかける。

 河蘭妓はイーグルと契約を交わしており、死ぬ時は彼に殺されることを条件に、彼の能力を借りたりしている。それもあって、イーグルしか知らない河蘭妓の秘密も、河蘭妓しか知らないイーグルの秘密も確かに存在しており、河蘭妓はイーグルだけには時に親子かと言われるくらい頼り甘えるほど、イーグルは別の人間にそれをされれば殺していただろうがそれを大人しく受け入れ、(むし)ろ喜んでいるところを見ると、かなりの信頼関係も築いているようだった。故に河蘭妓が寝泊まりすることの多いこの本部には、イーグルもよく寝泊まりしていたのだ。


「おい、真夜。血の匂いなど今はどうでも()い。早く水蛇を楽にしてやってくれんか」


 赤い十二単を着た鬼が、悲痛な声色をさせて河蘭妓に懇願した。彼女は「(つづみ)」と呼ばれる女の鬼だった。鬼や悪魔は一度堕ちるとその皮膚が高温に達し焼けるような痛みを伴う。だから暴れ続けるのだ。というのが、現在の見解だった。故に、先輩である水蛇に良くして貰っていた彼女からすれば、早く苦しみを終わらせてあげたかったのだろう。


「あー、うん。そうね」


 河蘭妓は短くそう返すと、制服のカーディガンを脱いでソファに放る。

 ちなみに彼女の今の格好はというと、白い半袖のセーラー服の下に、手首まで両腕共に包帯が巻かれている状態であった。その下に何が眠っているを知っているのは、この場ではイーグルだけであった。


「良いよ。開けて」


 ブルに向かって彼女がそう言うと、ブルは水蛇を閉じ込めていた透明ガラスの箱の開錠ボタンを押した。

 解放された水蛇は、人間である河蘭妓の元に一直線に向かってくる。咆哮(ほうこう)しながら腕を振り上げ、彼女を殴ろうとしたその拳を、彼女は同じく左手の片手だけで受け止めた。と同時に、彼女の右目から血の涙が溢れる。人間が悪魔の力を借りるのには相当な負荷がかかる。それは命の前借りのようなもので、自らの寿命の一部を消耗(しょうもう)してしまう。故にそれが血の涙となって身体にも現れるのだ。

 しかし彼女はそんなことどうでも良い、と言ったように全く気にしないまま、その左手を(じく)にして少し跳び右足を彼の首に撃ち付けた。と、同時に彼の首が裂け、力を失い大きな音を立てて倒れた。

 悪魔も鬼も、首と胴体(どうたい)が切り離されたくらいでは死なないのだが、それは人間が身体を動かすのと同じ原理であり、脳が指令を出さなければ不可能故、堕ちて思考できなくなると、人間と同じように死んでしまうのだ。

 倒れた水蛇の身体は、ゆっくりと赤黒い霧に変化(へんげ)していき、彼女に飛び散った血も全て赤黒い霧となって消滅した。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ