紫乃本の小学五年生の参観日の思い出
「ごめん、お待たせ」
「全然待ってないよ!だいじょぶ!」
「誰からだったんだ?」
先に作業を始めていた二人が、動きを止め彼女の方を見て返事を返す。
紫乃本からの問いに、全く変わらない様子で彼女は嘘をついた。
「ママから。元気してるかって」
彼女は普段から嘘に慣れていた。仕事の都合で、自らの保身の為に、面倒だったから。理由は様々であるが、色々な場面で彼女は嘘をついてきた。彼女が言うには、普段学校で見せている自分も誰か他の人間を演じているだけで嘘と同意だから、その上で嘘をつくことくらい何でもない、のだそうだ。
ちなみに言うと、河蘭妓に親は居ない。元から居なかった訳ではない。昔、悪魔に両親共々殺されたのだ。
ただその事実は、教師陣も認知していない。国が徹底的に隠蔽したのだ。それを知っているのは、河蘭妓自身と彼女の親を殺したその悪魔と、偉い立場にある人間と死体を処理した処理班だけだった。現在、河蘭妓の両親は海外に出張している、という設定の嘘を彼女は突き通している。
「えっ、おばさんから?!私もまた会いたいなぁ〜」
小学校時代から友人同士である二人は、当然河蘭妓の両親とも面識があった。「いつも娘と仲良くしてくれてありがとう」と優しく微笑んでいた河蘭妓の母親に対して、日ノ宮は好印象を抱いていたのだ。
「そうか?真夜には悪いけど、俺あの人ちょっと苦手なんだよなぁ」
「えっ、そうなの?」
軽く苦笑いをしながら言った紫乃本に、日ノ宮は意外そうな顔して言った。
「あぁ、だってあの人さ…」
俺がまだ小五の十歳だった時の授業参観日の休み時間に、俺の親、仕事で来れなくて、ずっと真夜と一緒に居たろ?当然一緒に真夜の母さんも居たんだけど、真夜がトイレに立った時、聞かれたんだよ。
「あなた、真夜のことどう思ってるの?」
って。まぁ普通に「大事な友達です」って答えたんだけどさ、そしたらあの人「そう。良かった」って微笑んでから、その後に続けて
「好きになったりしないでね。あの子は私の物なんだから」
って微笑みながら言ったんだけど、なんか圧?って言うか、目の奥笑ってなかったって言うか、怖くてさ。親が子どものこと心配してるとかそんなんじゃなくて、自分の玩具を取られないように威嚇してる子供みたいな感じしたんだよな。なんかすっげぇ不気味でさ、だから俺、あん時向日葵んとこに逃げたんだよ。
「あぁ〜、だからあの時、紫苑変だったんだ!」
謎が解けた、と言うように日ノ宮が納得したような声色でそう言った。河蘭妓も「それであの時居なくなってたのね」と納得したように言い、それに続けて申し訳なさそうな顔をして「ごめんね。ママが変なこと言って」と紫乃本に向かって謝った。
「いやいや、俺こそごめんな。真夜の前で悪口みたいな…」
河蘭妓以上に申し訳なさそうな顔をして言った紫乃本に、河蘭妓は「ママが紫苑を怖がらせたのは事実だし、紫苑が謝ることじゃないよ」と返した。
「ほら!作業やろ!まだまだ沢山本あるんだから!」
どこか気まずくなった空気を察して、日ノ宮が明るく言った。それに紫乃本はそうだな!やるか、と明るく返し、河蘭妓もそうね、と返した。
「ひま、ありがと」
作業がてら、紫乃本に聞こえないタイミングで、河蘭妓が日ノ宮に言う。
「何が?」
「さっき、変な空気になったの察してくれたんでしょ?」
「あれ、バレてた?」
「当たり前でしょ?」
日ノ宮は昔から、能天気な性格をしているものの、空気を読むのは得意だった。その上、誰かが喧嘩していれば、毎回と言っていいほど仲裁に入り、それぞれの話を聞いて両者納得する解決策を見つけ出していたりするようなお人好しだ。しかしだからと言って、八方美人という訳でもなく、自分が間違いだと思うことははっきりと言い、自分の意見もしっかりした人間であった為、彼女が校内で優遇されているのには、河蘭妓の友人というだけではなく、彼女の性格もあるのだろう。
「ああいう空気私苦手だし、全然だいじょぶだよ!」
「それでも。ありがと」
やんわりと謝罪を拒否しようとした日ノ宮に、河蘭妓は少し不満そうな顔をして言った。無意識にいろんなものを背負いすぎてしまう性格をしている日ノ宮に、せめて感謝の言葉くらいは受け取って欲しいという、河蘭妓なりの彼女に対する心配の表れなのだろう。そんな彼女に、日ノ宮は嬉しそうに笑って「じゃぁ、どういたしまして!」と返した。