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堕ち事件発生

「合ってねーじゃん!怖っ!俺図書委員辞めたくなってきたんですけど?!」


 放課後、図書室にて、紫乃本が声を恐怖を(まぎ)らわすように大きな声を出す。

 どうやら、報告にあった無くなっていたはずの本が数冊、図書室内に戻って来ていたのだ。単なる返し忘れ、と言う線もあるが、最後の返却履歴から、貸出記録も返却記録も無い為、何者かが盗んでまた返した、ということで間違いは無いだろう。


「紫苑五月蝿い(うるさい)。ここ図書室」


 彼の恐怖心なんて知ったこっちゃない、と言うようにスパッと指摘した河蘭妓に、紫乃本はハッとしたように自らの口を手で(ふさ)いだ。


「でも本盗まれたくらいでしょ?単なる遊び心じゃないの〜?」


 呑気(のんき)な表情と声色をさせて言う日ノ宮だが、彼女の言葉は意外と的を射ているように見えなくもない。数字に隠された何らかのメッセージ、と言うのは河蘭妓の考えすぎで、ただの数字遊び、という可能性も無くは無いからだ。高校生という年齢もあり、未だ厨二病の抜けない生徒がいても不思議ではない。


「あぁ、確かに。ちょっとホッとしたわ。ありがと向日葵!」


 緊張したような表情をしていた紫乃本の表情が、日ノ宮の言葉で少し(やわ)らぐ。

 彼女は昔から、紫乃本を怖がらせるような言動をとる河蘭妓に翻弄(ほんろう)される紫乃本を落ち着かせるような役割を(にな)っていた。ただし本人にあまりその自覚は無く、ただバカで呑気だから自然とそうなる、というだけであったりもする。実際、オカルト話になると、日ノ宮は河蘭妓に翻弄される立場に一転しているからだ。


「ま、どちらにしろ窃盗(せっとう)なわけだし、犯人探しは急いだほうがいいと思うわよ」

「どうやってだよ。いつ盗まれてるかもわかんねーのに」


 河蘭妓は紫乃本のその言葉に多少呆れたようにため息を吐いて「それを調べるのが図書委員の仕事でしょ」と返したが、それに紫乃本はどうやってだよ、とため息で返した。


「生き物がやってる以上規則性があるだろうから、今ある本全部書き出して、貸出以外で無くなってないか朝、昼休み、放課後で2ヶ月くらい確認したりして、どんな時に盗まれているのか割り出して、その時間に先生に許可取って張り込みして犯人押さえる…とか」


 思いつきだから少し杜撰(ずさん)かもだけど、と付け足した河蘭妓に、日ノ宮は「真夜ってやっぱ頭良いよね〜!いい子いい子!」と嬉しそうに河蘭妓の頭を撫で、紫乃本は軽く揶揄う(からかう)ように「もう頭良い通り越して怖いわ」と言った。


「はいはい。手書きじゃなくても書き出すのにも時間かかるでしょ。手伝ってあげるから、さっさとやるよ」

「神様、仏様、真夜様じゃねーか」


 感動したように言う紫乃本に、河蘭妓は「そんないる訳もない非科学的なものと並べないで」と冷静に返した。

 彼女は自分の目で見たものしか信じない主義で、神や仏といった明らかに人間の心の救いの為に生み出した偶像のような存在に対して、全否定を(つらぬ)いている。神や仏なんてものがいるなら、この世界こんなに腐っていない、という思考回路らしい。


「じゃあ始めましょ」


 と、河蘭妓が背を立ったのと同時に、河蘭妓のスマホが振動(しんどう)した。スマホの画面には、イーグル、という文字が記されていた。

 それを見た河蘭妓は一瞬、目の光が消え、暗いような冷たいような表情に変わったが、またすぐにいつもの凛とした表情に戻って、「ごめん、ちょっと出てくる」と二人に断りを入れて、図書室から退出した。





「何?今学校なんだけど」


 少し歩いた所にある、滅多(めった)に誰も来ることの無い空き教室に入った河蘭妓は、画面の応答ボタンを押して開口一番に、そう冷たく言い放った。

 彼女の顔に、もう普段の光の先にあるような凜としたいつもの白百合のような彼女はいなくて、まるで冷たく冷酷な独裁者のような、暗闇の中でしか光り輝けない黒薔薇のような、そんな彼女が存在していた。


「ごめんごめん。けどちょっとキンキュージタイなんだよねェ」


 電話先から聞こえてきた声は、男性にしては高く女性にしては低い、しかし確かに男性と言った声をしていた。

 彼の後ろでは何やら怪物の唸り声のような声と、ドンドンと言う打撃音、そして施設の警告音が微かに聞こえてきている。


「誰か堕ちた?」

「お、セイカーイ」


 悪魔や鬼が、理性を無くし暴れ回る現象。何が原因で起こるのか、そもそも原因なんてあるのかすら分からないそれを、秘密警察『devils』のメンバーは「堕ちる」と言う。闇堕ちした怪物みたい、と昔それを目の当たりにした河蘭妓が呟いたのが始まりである。


「誰?」

「水蛇」


 短い問いに短い答えで返した彼の声は、至っていつも通りであった。また、答えを聞いた河蘭妓も、その顔を(にご)らせることもなく、感情が動くこともなく、そう、とまた短く返した。


「今本部に人間居ねーから放ってるんだけど、事務と上が早く何とかしろって(うるさ)くて煩くて」


 ケタケタと笑いながら言う彼に、河蘭妓は軽くため息を吐いた。

 今回堕ちた、水蛇と呼ばれる彼は鬼であり、鬼同士の殺しは例え堕ちた者であろうと禁じられている。悪魔が殺せるのは人間と同族である悪魔のみであるものの、鬼に対する攻撃が禁じられている訳ではないのだが、そもそも悪魔というのは薄情(はくじょう)と狂気の化身のような連中が多いため、誰も動こうとしないのだ。


「こっちだって用事あるから。数時間待てって伝えて」


 たかが学校の盗本事件と、堕ち事件、どちらが重大かと言われれば、普通は堕ち事件だと言うだろうが、河蘭妓にとっては、もう助かる見込みのない水蛇と、幼馴染の二人、どちらを取るかと言われれば、天秤(てんびん)にかけるまでもなく幼馴染なのだ。

 情に熱いわけでもない彼女にとって、たった二つの大切なもの。それが紫乃本と日ノ宮であり、自らの正体にも気付かないような二人であっても彼女にとって二人は、彼女の唯一の生きる理由になっていた。


 その事実を知っている彼は、軽く笑いながら「リョーカイ」と返事を返して通話を終えた。




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