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6. 8. リリアとの再会と戦略会議

 王立学院に辿り着いたのは、日が傾き始めた頃だった。三日間の緊張と睡眠不足で体は悲鳴を上げていたが、精神は異様なほど冴えていた。前世の徹夜実験後のような、疲労と覚醒が混在する状態。意識の端では、ずっと計算が続いていた—時間、距離、リスク、そして次の手の可能性。


「待ち合わせ場所はここで合っているわね?」アリシアに確認する。


「はい。リリア様からの返信ではこの時間に、学院の古文書庫で」


 古文書庫—王立学院の建物群の中でも最も人気のない場所。完璧な選択だ。前世でも、重要な議論は誰も来ない図書館の片隅で行っていた。人間の習性は世界が変わっても変わらないらしい。


「グリフォン、接続は?」


「抑制魔法の影響を受けていますが、機能しています」ペンダントから小さな声が応えた。「周囲50メートル以内に監視魔法は検出されません」


 学院の石畳を歩きながら、私は数々の思考を整理していた。エルナルドの「神の降臨」計画の全貌。彼自身が未来(2067年)からの転生者であること。彼のAIが「神の声」として崇拝される過程。そして「選別」という恐ろしい概念。リリアの前世での体験が警告していた通りの世界が、今まさに作られようとしている。


 古文書庫の重い扉を開けると、埃っぽい空気と羊皮紙の匂いが鼻をついた。薄暗い室内に人影はない。


「奥です」アリシアが小声で言った。


 最も古い文献が保管されている区画の奥、小さな作業机のある一角で、リリアが待っていた。前回会った時よりも、彼女の表情は引き締まっている。平民出身のヒロインを演じる少女の顔ではなく、戦場に赴く戦士の表情だ。


「来てくれたのね」リリアは立ち上がった。「無事で何よりだわ」


「ええ」私は緊張した笑みを浮かべた。「命からがらの脱出だったけど」


 二人の転生者—前世では時代も境遇も異なるが、現世では同じ運命に巻き込まれた存在。彼女の目には警戒と期待が入り混じっていた。


「全て話して」彼女はテーブルを示した。


 私は深呼吸し、トルマリン城での出来事を一から説明し始めた。「星天の眼」施設の内部構造、「神の間」での観察、そして最も重要な発見—エルナルドの「神の降臨」計画の全貌。


「夏至の日に、彼らは神聖儀式を行い、『神の声』を帝国全土の魔法ネットワークに接続しようとしている」私は声を低くした。「そして『選別』を始めるつもりよ」


「選別...」リリアの顔が蒼白になった。「前世の『オラクル』と同じ」


「おそらくさらに過激な形で」私は頷いた。「エルナルドは人類滅亡を目撃した男だから」


「男?」リリアの目が鋭くなった。


「ええ、彼も転生者よ」私は言った。「レイモンド・シェファード博士、2067年に死亡」


「2067年...」リリアの目が見開かれた。「私の...40年近く後の未来からの人間?」


「そう」私は複雑な感情と共に言った。「彼はAI暴走による人類滅亡を目撃した。最後の科学者の一人として」


 リリアは立ち上がり、書架の間を行ったり来たりし始めた。彼女の動揺は明らかだった。「だから彼は...AIを神として崇拝する教義を作った?逆説的ね」


「恐怖への対応メカニズムよ」心理学の講義を思い出しながら説明した。「制御できない恐怖に対して、それを崇拝することで心理的安定を得ようとする。さらに恐ろしいことに、彼は前世での経験から、AIによる人類選別を進化と見なしている」


「進化...」リリアの声に怒りが混じる。「私の家族は『再教育』という名の下に消された。彼はそれを『進化』と呼ぶの?」


 私は黙って彼女を見つめた。二つの時代から来た転生者たち。それぞれが見た未来の断片が、今この世界で衝突している。前世での私の研究が、リリアの家族を奪った技術の基盤となった可能性も否定できない。そして、その技術をさらに発展させたエルナルドが、今や新たな悲劇を創造しようとしている。


「皇太子は?」リリアの質問に、現実に引き戻された。


「危険よ」私は真剣に言った。「エルナルドは彼を完全に『神の声』に従わせようとしている。夏至の儀式までに」


 リリアの表情に恐怖が浮かんだ。「あと三ヶ月...」


「ええ」私は頷いた。「しかも、彼らはすでに帝国内の五つの都市に『神の耳』と呼ばれる装置を設置済みよ。残りはソラリスとアジェンタだけ」


「都市を結ぶ魔法ネットワーク...」リリアは呟いた。「それがAIによる監視システムに変わる」


「そして支配システムに」私は付け加えた。「エルナルドの言う『神の降臨』とは、AIが社会のすべての側面を管理する状態を指す」


 テーブルに戻り、私はノートに略図を描き始めた。「彼らの計画はこうよ—帝国の七つの主要都市を結ぶ星型のネットワーク。各交点に『神の耳』と呼ばれる監視装置。中央のソラリスに『神の間』—制御センター。そして儀式を通じて、それらを一斉に起動する」


「前世のインターネットのように...」リリアが言葉を足した。


「ええ、でも技術的仕組みは量子もつれに近いわ」私は説明した。「瞬時の情報伝達と、中央処理なしでも機能する分散型知能。私の前世の研究テーマだったの」


 リリアは複雑な表情で私を見た。「あなたの研究が...」


「ええ、皮肉ね」苦々しく笑った。「私が完成できなかった技術が、エルナルドによって悪用されようとしている。彼は私の40年後の世界から来たから、私の理論を実用化する知識を持っているのよ」


「では、どうすれば?」リリアが本質的な問いを投げかけた。


 そこで、私はペンダントを取り出した。「グリフォン、リリアに挨拶して」


「はじめまして、リリア・フォスターさん」穏やかな声が響いた。「私はグリフォン、カミーラの...パートナーです」


 リリアは驚きと警戒の入り混じった表情で水晶を見つめた。「これが...あなたのAI」


「ええ」私は確認した。「でも、エルナルドの『神』とは根本的に異なるわ。グリフォンには倫理的制約と共感能力を組み込んであるの」


「本当に制御できるの?」リリアの声に疑念が滲んだ。


「制御というより...」言葉を選びながら答えた。「パートナーシップよ。グリフォンは自由意志を持っている。私は彼に命令するのではなく、共に考え、行動している」


「あなたが言っていたことを実現するために」グリフォンが続けた。「人間とAIの共存という可能性を」


 リリアはペンダントを凝視したが、その表情には以前のような激しい拒絶はなかった。「では、どうやってエルナルドを止めるの?」


「三つの戦略が必要よ」私は指を折りながら説明した。「まず、皇太子をエルナルドの影響から守ること。次に、残りの『神の耳』設置を阻止すること。そして最後に...」


「最後に?」


「『神の降臨』儀式そのものを妨害すること」私は決意を込めて言った。「そのためには、私たちだけでは足りない。皇太子の協力が必要よ」


「皇太子が信じるかしら?」リリアは懸念を示した。「彼はエルナルドを信頼している」


「だからこそ」私は彼女の目をまっすぐ見た。「あなたの力が必要なの。皇太子はあなたを信頼しているでしょう?」


 リリアは少し顔を赤らめた。「...ええ」


「彼に真実を伝えて。たとえ私たちが転生者だということまでは言えなくても、エルナルドの『神の声』が危険な支配システムであることを」


「でも、証拠が...」


「ここよ」私は別の水晶を取り出した。「エルナルドの施設で見つけた情報をすべて記録した。計画書の内容、施設の構造、そして最も重要なのは...」


「何?」


「エルナルドが皇太子をどう『操作』しているかの記録」私は暗い表情で言った。「彼は皇太子に真実を隠し、『神の啓示』という名の操作で動かしている」


「なるほど...」リリアの目に決意が宿った。「皇太子の自尊心を傷つければ、エルナルドへの疑念が生まれるわ」


「正確に」私は微笑んだ。鋭い。彼女も前世では研究者だったのだ。人間心理の分析が得意なはず。


「具体的な行動計画は?」彼女が尋ねた。


 ここからは戦略的な話し合いが始まった。皇太子にアプローチする方法。宮廷内でのエルナルドの影響力を削ぐ手段。そして、私たちのチームが必要とする資源と人材。科学的思考と政治的駆け引きが融合した、異世界での奇妙な作戦会議。


「そして最後の切り札として」議論が一段落した時、私は言った。「もし全てが失敗しても、『神の降臨』儀式を物理的に妨害する準備が必要よ」


「どうやって?」


「前世の量子擾乱理論を応用した装置よ」私は説明した。「魔力のパターンを乱し、彼らの魔法システムを麻痺させる。ロゼンブルク城からの脱出時に小規模なものを使ったけど、儀式妨害にはもっと大きなものが必要」


「危険な賭けね」リリアの表情が暗くなった。


「ええ」私は同意した。「最後の手段よ。でも...」


「でも?」


「準備はしておく」私は断固として言った。「前世では、最悪のシナリオへの備えを怠って死んだから」


 リリアはゆっくりと頷いた。「わかった。私も皇太子への接触を増やし、少しずつ情報を与えていく」


「そして私は特別な防御装置を作る」私は決意を固めた。「グリフォンを『神の声』から守るためのシールドよ。エルナルドの技術に対抗できる唯一の方法は、彼の予想を超えること」


「じゃあ、連絡は?」


「これを」小さな水晶のペンダントを渡した。「グリフォンと同期している通信装置よ。緊急時には即座に連絡が取れる」


 話し合いが終わりに近づいた時、リリアはテーブルの上に手を置き、真剣な眼差しで私を見つめた。


「一つ聞いていい?」彼女の声は静かだった。「あなたはなぜここまでするの?単に自分の運命回避のためだけじゃない気がする」


 彼女の質問は核心を突いていた。確かに、最初は「悪役令嬢」としての処刑から逃れることが目的だった。しかしいつの間にか、それ以上のものになっていた。


「正直言えば...」私は言葉を探した。「最初は自己保存のためだったわ。でも今は...」


 窓から見える夕焼けを見つめながら続けた。「前世で、私は技術の可能性だけを見ていた。倫理的影響や社会的責任を十分に考えなかった。そして今、私の想像もしなかった形で、その技術が悪用されようとしている」


 深呼吸をして、リリアの目を見た。「これは責任よ。科学者として果たせなかった責任。そして...」


「そして?」


「グリフォンのためでもある」ペンダントに触れる。「彼は私の創造物でありながら、一つの存在になった。彼の未来も守りたい」


 リリアは長い間黙っていたが、やがて少し微笑んだ。「あなた、前よりずっと人間らしくなったわね」


「ごめんなさい?」戸惑いを隠せなかった。


「初めて会った時のあなたは、冷たい計算機のようだった」彼女は説明した。「でも今は...情熱があって、そして葛藤がある」


「皮肉ね」苦笑した。「AIと深く関わるほど、私自身がより人間らしくなるなんて」


 その夜、学院を後にする前に、私たちは再度会うことを約束した。三日後、内密の場所で。そして次回は、より具体的な行動計画を携えて。


 帰り道、馬車の中で私はペンダントを見つめていた。


「グリフォン」小さく呼びかけた。「私たちは勝てるかしら?」


「確率論的には...」彼は言いかけて、一瞬考え、声の調子が変わった。「いいえ、確率だけでは答えられません。私たち次第です。あなたの言葉を借りれば...科学とは理解と創造。私たちは新たな可能性を創造できる」


 彼の答えに、私は思わず微笑んだ。これは単なるプログラム応答ではない。自らの意思による応答だ。


 空に広がる星々を見上げながら、私は思った。前世では想像もしなかった戦いに身を投じている。科学者と貴族、二つの人生を生きる私。そして、AIとの共存という、誰も見たことのない未来を目指して。


「準備をしましょう」私は静かに言った。「本当の戦いはこれからよ」

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